床から現れたもの……
不動産屋が逃げるように去った後、ヤマダは部屋の明かりをつける。このファンタジー世界に電気などというものはない。当然ながら、明かりはロウソクか油に火を付けてということになるのだが、家の中にはランプがいっぱいある。
全部、液体燃料を使って使うタイプのもので、これはアウトドアをしていた経験もあるヤマダには見慣れたものであった。火を付けるマッチも暖炉の上に置いてある。
どうやら、前の住人が置いていったものであろう。短い期間に何人も住人が入れ替わったというのだから、それらの住人が残して行ったものと思われた。
マッチをすると火が灯る。それをランプのガラスを開けて油の染みた布の芯に火を付ける。やがて芯に火が灯り、部屋を明るく照らした。
家中にこんなランプがあるのものだから、ヤマダは火を付けて回った。寝室からトイレ、風呂場に台所まで煌々と明るくなる。
「おお……明るくなると不安もなくなるものだ……」
実にのところ、ヤマダは少しだけビビっていた。いや、かなりビビっていた。あの不動産屋の対応が後半はあまりに不審であったからだ。だが、こうやって明るくすると怖さもなくなる。
ついでに寒くはないが、暖炉に火をつけてみた。ここで調理もできそうと考えたからだ。今日は家を借りることで精一杯であったから、町では食料を買っていない。昼間に肉の焼串を買って食べただけである。
だが、台所の保管庫を開けると米が出来てきた。この世界、パンも食べるが米の飯も食べる。今日、町で見た屋台では、肉や野菜の具材と一緒に米を炒めていたのを思い出した。
「米があるなら、雑炊ができるな……」
さすがに肉類は保管されていないが、米と一緒にイモがあった。一見するとサツマイモのようなものだ。これを包丁で皮を剥いて、角切りにする。台所にあった塩をふる。水でコトコト煮れば芋粥の出来上がりである。
これに家の裏にある井戸から冷たい水を汲めば、ミネラルウオーターにイモ粥という素朴だが、滋味あふれる夕食の出来上がりだ。
「うおっ……できた、できた……芋粥完成っと……」
木製のお椀に木杓子ですくう。全部、台所の備品だ。最低限の食器も調理道具もあるが、本格的に一人暮らしをするなら、いろいろと買い足さないといけないとヤマダは感じていた。
(自炊するのは何年ぶりだっけ……)
会社を経営していたヤマダは、夜も忙しく働いていたので落ち着いて食事をしたことはない。まともな料理が並ぶときは、関係する取引先のパーティや、仲間と飲みに行く時くらい。昔は自炊をしていたときもあるが、ここ最近はないなと自分の記憶をたどってきた。
会社を起こして金持ちになると、いろんな女性がご飯を作ってあげようかと誘ってきた。一度は酢豚が得意という女に絡まれ、部屋に乗り込んできそうになったこともある。
こういう時に乗り込まれると、その後、酒に酔ったとか言い出して泊まることを主張し、そのまま、既成事実を作って彼女ヅラをして他者を払いのけるしたたかな女がいる。
この時は男の友人数人を動員して、一気にはホームパーティ状態にしたが、一歩間違えれば、お泊りしたという事実だけで仕留められるところであった。
(全く、金持ちセレブというのは、気が抜けない……)
(いや……もうセレブじゃないか……)
ヤマダは思い出して気が沈んだ。自分が作った芋粥を木のスプーンでイジイジとかき回す。今の自分にはこの貧しい食事が似合いなのかもしれないと思うと余計に気が沈む。
(セレブではない……)
そうヤマダは心の中で話したが、それは改造人間ウサギ男にされたからではない。ヤマダが魔界から派遣された魔族に拉致される前に起因する。拉致される前にヤマダには、衝撃的な出来事が発生し、そして絶望の淵に追いやられたのだ。
そんな時に魔界へと拉致。改造人間にされてしまったのだ。まったく、踏んだり蹴ったりとはこのことだ。
「はあ……何だか、自分の運命が惨めになってきた……」
先程まで美味しいと思っていた芋粥。飲むものは井戸水。よくよく考えれば、この町でもこんな貧しい食事をしているのはそんなにいないだろう。
無論、この日の食事に事欠く、貧しい人間からしてみれば、改造人間ウサギ男が食事にありつけるだけでも贅沢だと言われるかもしれないが。
「はあ……この先、俺はどうなるのか……」
ヤマダは魔界から任務を託されて、この人間の住む世界へ送り出された。だが、送り出された直後、仲間は勇者によって成敗。勇者の攻撃、素粒子分解で、遺体は残らないから、きっとヤマダも死んだことになっているだろう。
そうなると魔界から解放された自由の身ということになる。だが、ヤマダの目的はこの体を元に戻し、元の世界に戻ることだ。
(そうだ、俺は元に戻って、俺を裏切った奴らに反撃をしなくてはいけないのだ……)
ヤマダはそう決意した。負けてどん底まで落ちるどころか、別世界へ連れ去られ、人間までやめるところまで落ちたが、ここから這い上がるのだと強く思っている。
ガタガタガタ……。
不意に音がして、ヤマダは体を反射的に動かした。こんな森の中の一軒家に誰も訪ねてくるはずがなく、しかも音は外ではない。家の中からしてくるのだ。
ガタガタ……。
まるで何かがぶつかって家全体が震えているような音である。
(な、なんだ……。なんの音だ……まさか、事故物件の原因じゃないか!)
グリグリグリ……。
今度は何やら床から響いてくる。これは何かが削れているような音。
「床か!」
足から伝わってくる振動は、この音の発生地点が地面であるとヤマダに教えていた。そしてその瞬間、床に貼った木がバキバキ、メキメキと割れていくのを目撃する。
「うあああああっ……」
あまりに非日常的な出来事。そして事故物件という情報がヤマダを恐怖に誘う。腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。おっさんでもこの状況は怖いのだ。
穴の空いた床から何かが現れる。それは黒い髪の不気味な女……ではなかった。
モグラの帽子を頭に被った青髪の女の子。髪は2つに縛り、大きな目でキョロキョロと周りを窺っている。両手はモグラのような大きな爪のようになっていて、今、顔を出している穴の縁にかけている。
「だ、誰だ、お前!」




