魔術と自重
シンは数か月ぶりに辺境へとやってきた。
辺境と言っても国が違うため、懐かしさを感じる事はない。
ただ、前よりも雑な場所だな、とは思った。
砦と言っても石で出来た建物ではなく、木造2階建てのものである。
シンが前にいた砦も似たようなもので、軍事拠点としてよりも、ただ会議などを行えればいいといった考えで作られている。
他には宿舎と炊事場があり、周囲は柵で囲われているのと、あとは見張りの物見櫓ぐらい。
必要な施設は揃っているので最低限の機能を果たせると思いたいのだが、どの建物も見たところ築10年以上といった風格であり、宿舎などは隙間風で寒そうなボロさであった。
辺境の部隊は、砦一つに付き正規兵20人と民兵を100人、雑務担当を10人、あとは伝令兵が10人ほど詰めている。
ただし補充人員を要求された事から分かるように、最近大きめの戦闘があったばかりで、30人もの死者を出していた。そのため、砦の雰囲気はかなり暗い。
補充人員はシンたちの居たポコリ村の他にからも集められており、28人もの大所帯であった。
その全員が砦を束ねる小隊長の前に整列する。
「ふん、あまり使え無さそうだな。すぐに死にそうだ」
小隊長は集められた人員の前に立つなり、彼らを馬鹿にしたような顔をする。
これは新人である彼らに上下関係を叩き込むのもあるが、何よりも素人である彼らがまともに戦えるようになるまで前線に立たせる意図が無い事を示しており、無駄な死傷者を出したくない軍人である彼の気遣いであった。
これに憤慨するような血の気の多い若者は兵士との手合わせにより手荒い歓迎を受け、無茶な事をしなくなるように教育されるのだ。
今回集められた若者の中にはそういった若者はいなかったので、小隊長の気遣いは不発に終わる。
小隊長は簡単な今後の予定と彼らの仕事について話し、最後に真っ直ぐシンの方を見た。
「そこのお前。従軍経験があるっていう話だったな。
どの程度だ?」
「クロッサス王国の魔境で、モンスターの殲滅任務を、四年行っていました」
「……ほぅ」
小隊長は叩き上げの軍人である。現場で出世した、平民にしてはかなり強い兵士である。
その彼の目をもってしてもシンの実力はうかがい知る事が出来ず、ただ強いだろうとしか思えなかった。
クロッサス王国出身と言っていたが、小隊長はこんなところに来るぐらだから訳アリなのだろうと、そこは気にしないことにした。出身地よりも使えるかどうかの方が重要なのである。
「お前は別の任務だ。武器は無いようだが、何を使う?」
「これぐらいの剣を使っていました。あとは魔術を使えます」
「なに!? 魔術師だったのか? いや、剣も使える? ああ、そんな事はどうでもいいな。使えるのはどんな魔術だ? 火は出せるか? 水は?」
シンは両手を肩幅よりも少し長めに広げて剣の長さを指定する。その剣の大きさを見たポコリ村の若者は微妙な顔をしたが、賢明にも何も言わなかった。
ただ、小隊長はそんなシンの剣の事よりも魔術の方に強く喰いついた。
才能と教育が必要な魔術師が一人いるかいないかというのは、部隊にとって大きな違いになる。
水の確保に火種の用意。それらが出来るだけで野営などの準備に使う時間が一時間は削れる。魔力が少ないなら戦闘に魔力を使わないでくれと言うほど、魔術は生活を支えられるのだ。
魔術師は貴重である。
魔術の知識は危険なので厳重に管理されている。維持や確保をするのに大金を使うため、どの国でも魔術師は王都などの重要拠点に回されており、使い捨てが多くいるような辺境には配備されないのだ。
たとえ戦闘回数が多く危険度が高い、特に必要とされる現場の最前線でも、魔術師を死なせないためにそれ以外の若者を使う。
それで、多くの命が失われると知っていても、だ。
辺境にいるのは感覚で魔術を扱う、先天的な魔術師ぐらいである。
シンの加入は、小隊長にとって大きな期待を寄せる出来事となった。
そして彼の期待は大きく斜め上に叶えられることになる。
「モンスターとの戦闘であれば、索敵、攻撃、防御、回復、能力向上ができます。索敵は歩いて十分の範囲、攻撃は最大で十までなら一撃で撃破できます。
生活方面では火種、集水、照明、土ですけど壁作り、あとは……氷も作れますね」
パッとシンができることを言われただけだが、小隊長は目の前の男が言った言葉を理解できなかった。だが、小隊長としての威厳を保つため、シンにバレない程度の演技力を発揮して表情を保つ。
これが出来もしない事を得意げに語っているのであれば、馬鹿な冗談を言うなと一喝して終わるのだが、シンは誇張表現ではなく、過少申告しているように小隊長は感じ取ったのである。そして、それは真実であった。
シンは自分の能力が原因で騒ぎを起こす気が無く、全力を出せば索敵と攻撃は桁を二つほど上に引き上げられる。相当無理をすればさらにもう一桁上げる事も不可能ではない。ただそれを言ったら勇者とバレてしまうし、面白くないことになりかねないと危惧したのだ。
本人は至って真面目に自重しており、ただ、それでも人間の感覚で言えば規格外なだけであった。
周りにいた人間、基準にした宮廷魔術師筆頭であればそれと同じことが出来るので、これぐらいなら「かなりすごい」で済むと思っているのである。国一番の魔術師と同じことが出来るという意味を、シンは正しく理解していなかった。
何とか再起動した小隊長は、順番に、何が出来るのかを確かめることにした。
「よし。なにがどの程度出来るのかを確認する。そうだな、火種や照明は今は不要だから、壁と氷でも作ってもらおうか。ああ、あとで炊事場の樽に水を入れておくように」
「分かりました」
小隊長は、心のどこかで先ほどの申告が嘘であって欲しいと願いながら、シンの方を見る。
言われたシンは何の気負いもなく、高さ五m、幅一mの壁を横に一〇〇mほど並べた。
魔法で壁を作るといっても、何も無い所から土を用意して壁にするわけではない。小隊長から見て壁の外側には壁と同じ量の土が無くなっており、そのまま空堀として使える状態であった。
それを確認した小隊長は天を仰いだ。
自分の処理能力を超える逸材であると、考えるのを止めて、いつも通りの仕事をしようと心に誓う。仲間が死ななくなる、生活が豊かになるならそれでいいじゃないか。
シンはそのまま氷の塊を作り、炊事場の方はどうしましょうかと小隊長に聞いた。
小隊長はどこか虚ろな表情で「よし、行ってこい」とシンにいうと、氷の塊に触れた。肌寒い時もある秋なので氷が作れる事に意味は無いが、夏になればこれだけで大活躍、どこからも声がかかるだろうなとそんな益体も無い事を考える。
「ああ。魔術を教えられるか聞いてみるのもいいかもな」
小隊長は疲れた頭でぽつりとつぶやき、その後、シンによる魔術教室が開かれることになる事が決まった。
余談であるが、シンから魔術を習った者達はその事について口にしないように箝口令が敷かれた。そのうちバレるだろうが、村に無事帰れればそこで村の連中にも教えてやれと言われれば兵士の誰もが従う。
ほとんどの者がこんな場所に無理やり連れてこられる羽目になった事を恨んでいるため、王都に行って金儲けなどとは言わないのだ。それに村に残してきた家族や恋人とか友人の事も気になるし、他の誰もが村のためにと公言している中で王都で一旗とは言い出しにくいのである。
シンの事を砦の外に漏らさないという暗黙の了解は、そうやって守られるのであった。