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兵役

「聖剣?」


 シンはヨーゼフの勧めるままに、村に居着く事にした。


 シンがいる村はポコリ村といい、人口300人ぐらいの、そこそこの規模の村だ。

 ポコリ村はちょうど運悪く兵役で狩人の数が足りなかったので、シンは狩人として生計をたてていく事になった。



 そしてシンが狩りのために山に入ると、突然、見慣れた剣が姿を現した。

 シンが四年間振るい続けた聖剣である。紛い物の勇者から逃げ出し、主の所へ戻ってきたのだ。


 シンは聖剣を見ると、穴を掘り、近くに落ちていた木の枝で聖剣を穴に落として埋めた。前に持とうとしたときに電撃で痛い目に遭ったので当然の対応である。二度と出てくるなとばかりに土をしっかり踏み固める程度には恨んでいる。

 もしかしたらまた勇者として聖剣を手にできるかと考えもしたが、自分を裏切るような剣など、危なくて持ちたくもない。


 もしも聖剣に会話能力があれば謝罪や何らかの反論があったかもしれないけれど、残念ながらそのような力は無かった。

 この場では全く役に立たなかったが、何をしても壊れないだけの強度と魔法を斬り裂いたり弾いたりする能力などがあるだけなのだ。残念ながら、物理的手段で埋められないための能力すら無かった。


 忌々しい思い出の欠片を消し去ったシンは、何事も無かったように大きな熊を狩って帰るのだった。





 時折不測の事態(聖剣の襲撃)が発生するも、シンはそのまま村に馴染んでいった。

 生活は大型の獣を3日に一回狩ってくるだけで十分すぎる収入となるので、金銭に苦労するという事は無かった。

 獣は基本的に村長が買い占めているのだが、その肉は村の中に振る舞われる事もあり、村人のシンに対する印象は短期間でかなり良くなった。


 村長も村に大きく貢献しているシンを気に入っており、何かと面倒を見るようになった。

 村長にしてみればたいして目立つ産業も無い田舎の村で先の展望もろくに無かったところが、周辺に保存食と加工した肉を安く売るなど、金銭収入の増加もそうだが力関係で上に立つ事が出来るようになったのだ。今のシンは村にとってかなり重要な人材だと心から喜んでいる。



 ただ、村での生活に問題が無いわけでもない。

 生涯の伴侶を求めて村に居着いたシンだが、村には若い独身女性がいなかった。

 村にいたのは既に売約済みの女性ばかりで、あとは未亡人だけである。村社会など、だいたいどこもこのような状態である。

 今は村長であるジョナサン男爵が慌てて近くの村に声をかけているところだ。


 ただシン個人の認識として、まだ村のみんなに村の一員として認められていないからと、女性関係ではあまり慌てていない。慌てて変な女に引っ掛かりたくないのだ。

 なお、村の者はシンのことをちゃんと認めている。狩人としての実力を示し、人格にも大きな問題が無いので、気にしているのはシン本人だけである。


 もう一つ問題を挙げるとすれば、未亡人たちがシンに色仕掛けをしている事か。彼女らはシンに感謝の気持ちとして色事を行おうとしているだけであり他意はない。他意はないのだが、今のところシンはそれに応じずにいる。

 将来の嫁に、今から操を立てている。それが理由だ。


 村の女衆はそんなシンのことを男色ではないかと疑っているが、男衆は「お前ら相手じゃたたない(・・・・)だけだ」と笑っている。そして男衆は女衆にボコボコにされるのだった。





 ジョナサン男爵が頑張って嫁探しをしている中、嫁候補が見つかる前に別の話が持ち上がった。

 辺境送りの兵役が、追加で課せられるというのだ。


 辺境は、兵役の中でも死亡率が高い職場である。

 他にも賦役、肉体労働などが税として国から課せられることがあるが、兵役と比べればまだマシである。さすがに夏場などは人死にが出るが、兵役はだいたい人が死ぬ。五人に一人は死ぬのだ。過酷さは段違いである。


「誰を送るというんだ!? まだ前に送った者も帰ってこないというのに!!」


 男爵は所詮(しょせん)、田舎の弱小貴族でしかない。国の意向に従うしかない。

 逆らえば改易されて他の誰かが村人に兵役を課して終わりだ。男爵が追放されるだけで事態が悪化するだけである。

 ポコリ村と共に生きてきた男爵には村への愛着心があるが、新任の代官などにそんなものは期待するだけ無駄である。国の為に人を使い潰す事さえ躊躇わないかもしれない。彼等は中央からの評価が上がればそれでいいのだ。

 40近い男爵は薄くなりつつある髪を掻き毟り、大いに悩む。


 まず、男爵の中でシンは残す事が決まっている。

 他に替えの効く人材がいないのだから当たり前である。

 新婚のエドも候補から外された。さすがに新婚の夫婦を引き離すほど、男爵は空気が読めない男ではない。


 逆に、若いが子供のいる男数人が候補に挙がる。

 最悪、父親である彼らが死んでも子供がいるなら家は残るので、家が潰れる事は無いからだ。


 ジョナサン男爵はそうやっていくつかの基準の中から条件を満たす数人を選び、その全員が生きて帰ってくることを切実に願うのだった。





 秋のある日、ジョナサン男爵から村人へ、兵役の話が出た。

 兵役があるというのは噂で聞いていたので、誰が行くことになるのか戦々恐々としていたが、村人たちも本音を言えば誰が行くことになるかは薄々と察しがついていたので半ば諦めの空気が流れていた。

 男爵から誰が兵役に就くのか話をされ、選ばれた者は項垂れ、選ばれなかった者はホッと胸をなでおろして、すぐに選ばれてしまった者への罪悪感から俯いてしまった。


 諦観から誰もが現実を受け入れようとしていた時、一人の男が前に出た。


 シンである。

 シンは、決定を不服とばかりに男爵の前に進み出た。


「僕が、兵役に就きます」

「馬鹿を言うんじゃない。一人だけであればシンを送る事も考えるが、五人は送らないと形にならない。

 ならば他の者よりも良く働くシンを外すのが道理だ」

「僕なら、一人でも他の誰よりも戦えます! 辺境なら四年もいたし、魔物とも何度も戦っています。僕が行くのが一番いい結果を出せるんです!」

「辺境に四年も? いや、シンは自分を十六歳と言っていなかったか?」

「十二の頃から辺境にいました!」


 最初はシンの話を一蹴した男爵であるが、話を聞くにつれシンの異常さにようやく気が付く。

 十六歳と考えれば異様な狩りの成果を誇り、三十歳を超えるベテランよりも腕が立つ。村の誰もがそれをただの才能という言葉で軽く考えていた部分が大きかったが、それだけではない“何か”を感じ取ったのだ。

 これは直接戦っているところを見た者がいなかったことも理由の一つで、もし兵役に出た事のある壮年の誰かがシンの戦闘を見たのであれば、それが人間業ではないと気が付いただろう。そもそも、魔術を使える一般人はいない。本来ならそれだけで特殊な背景の持ち主と分かるのだが。



 シンにしてみれば、村の仲間になった人たちが死ぬかもしれない戦場に行くのが許せなかっただけである。

 シンにとって辺境・魔境という戦場はさほど危険な場所ではない事も兵役に立候補した理由だ。

 仲間は死ぬかもしれないが、自分なら死なない。

 自己犠牲ではなく、単純に自信があるからこその行動だ。


 ただ、周囲からはそんなシンの行動が勇敢な、英雄的な行動と捉えられる。シンを見る目に熱がこもる。

 そしてそれを後押しするような“演出”が行われた。


「おい、あれ……」

「綺麗……。すごくきれいな、剣」

「まさかあれ、聖剣か?」


 今まではたびたび狩場に現れた聖剣が、よりにもよって大勢の人の目のある場所で、シンに対し手に取れとばかりに現れた。

 男爵すらも驚愕で言葉も出ない中。


「えい」


 シンは魔法で穴を掘ると、いつものように聖剣を穴に放り込み、そのまま地面に埋める。


 今度は別の意味で言葉を無くした大衆の中、シンは何事も無かったかのように話を続けた。


「僕が、辺境に行きます」


 思考を放棄した男爵は、何も言わずシンの言葉に頷くのだった。

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