隣国の村にて
目を覚ましたシンは、自分がどこにいるかも分からずにあたりを見回す。
そうすると椅子に座って器用に寝ている男を見つけた。
次に自分が毛布をかぶっている事を知り、寝てしまったところを彼に保護され、毛布を貸し与えられたのだと理解した。
シンは自分の行いの稚拙さに顔を赤くし、毛布のぬくもりに、門番の優しさに感謝をし、自然と頭を下げた。
「ん? 起きたのか」
そんなシンの動きで目が覚めたのだろう。門番はすぐに目を覚まし、シンに声をかける。
「おはようございます。
毛布を貸していただき、ありがとうございました。おかげでとてもよく眠れました」
「ふん。何があったかは知らんが、外で寝るんじゃねぇ。迷惑だろうが」
お礼を言うシンに対し、門番の男は鼻を鳴らし、顔を背けた。正面からお礼を受け取る気は無いようである。
「泊めていただいたお礼を置いて行きます。ありがとうございました」
「礼? そんなモノいらねぇよ。持って帰りな」
「では、失礼します」
「おい! 小僧!! ……くそ、行っちまいやがった」
そんな門番の様子を見て、シンは手持ちの中から銀貨を一枚取り出し、男に直接手渡さず、そのまま出ていった。
男は金が欲しくてやった事では無いと銀貨を返そうとするが、直接受け取った訳では無かったので銀貨を手にして突き返そうとする前にシンが出ていったしまった。
自分の反応を予測してああいった行動に出たシンに対し、不承不承ではあったが銀貨を自分の懐に納める。
「可愛げのねぇ小僧だ。いっちょまえに気を遣いやがって」
銀貨一枚は男にとって日収とほぼ同じである。少ない額とは言い切れない臨時収入になる。
しかし男の顔が少し緩んでいたのは、そんな事とは関係なかった。
村を、故郷を出たシンはこれからどうするのかを考えた。
王女に言われた通り一兵卒としてやり直すのか? 自分を切り捨てた家族を守るために戦うのか?
それだけは絶対に嫌だと、シンは思った。
裏切った王女に対する想いは、疫病神と罵った家族だった者達への想いは、時が経ちシンの中で反転した。
直接害するほどの怒りこそ抱いていないが、あいつらとは二度と関わり合いになりたくないとシンは考えた。
「じゃあ、国を出よう」
この国にいれば王女や彼女の言う真の勇者と関わりを持つ可能性が高い。
だったら国を出るしかないなと結論を出した。
怒りも悲しみもすべて忘れ、新しい土地で幸せになろう。
手持ちのお金は心許ないが、他国の辺境で戦えば生きていけるはずである。勇者の力こそ失ったものの、勇者をしていた時に学んだ武術と魔術はシンの中にまだ残っている。
勇者の力を失った直後こそ体を上手く動かせなかったが、徐々に思った通りに体を動かせるようになっている。魔力は少なくなってしまったが魔術も問題なく使えた。
また戦える。
まだ戦える。
シンは、自分はまだこれからだ、と思いを定める。
幸せになると言う未来に明確なイメージを持っていないが、それでもシンは歩き出した。
クロッサス王国はそこそこ規模の国でしかなく、国境の警備はそこまで厳しくない。
シンは国境近くになると関所を避け森の中を通って密出国をした。
辺境近くの森の中は危険なモンスターも生息していたが、元勇者であったシンにとって脅威と言えるものではなかった。むしろ動物の姿をしたモンスターは肉を提供する獲物でしかなく、積極的に狩りに出る勢いであった。
隣国の関所も同様の手段で迂回すると、シンは昼前ぐらいに小さな村へと辿り着いた。
村と言っても辺境の村なので高い木の柵と空堀に囲まれた場所である。
シンは村で休みたかったが、排他的な若い門番に阻まれ、村の中に入れてもらえず村の外で寝る事になった。
……門番は言外に袖の下、通行料とは別に多少の金銭や物品を要求していたのだが、シンがそれに気が付けなかったのでこのような事になったのだ。
シンは周囲の木々を使って村の近くに仮の寝床を作ると、途中で手に入れた肉を焼いて食べる事にした。
乾いた小枝に魔術で火をつけ、肉を鉄の串に刺し火のそばで炙る。
調味料をして酸味のきいた木の実の汁と僅かな塩をかけ、肉を頬張った。
雑な料理であったが、シンにとって慣れ親しんだ味である。うまいうまいと平らげる。
保存のきかない生肉だったので何日も持っていられない。そしてモンスターの肉はたくさんある。ならば全部食べてしまえとばかりに肉を焼く。
肉の量が量なので途中で塩を使えなくなるが、それでもお腹いっぱい食べれる方が幸せである。構わず食べ続ける。
すると、肉を焼くシンの所に先ほどの門番がやってきた。
「美味そうな肉だな。まだあるのか?」
「まだ一抱えはあるよ」
シンは門番が肉を奪いに来たのかもしれないと思ったが、この門番はたいして強くも無かったので気負わず正直に答えた。
「肉を分けてくれるなら、村の中に入れてやってもいいぞ」
「もう、寝床も作った後だから」
だが、門番は普通に交渉を仕掛けてきた。武力行使をする様子は無い。
そんな門番に対し、シンはつれない返事をした。実際、もう寝床を作ったのだから村の中に入る利益はほとんど無かったからである。
もし村の中に入ったとしても、精々、寝床の質がほんのわずかに良くなるだけである。普通の村は宿など無いのでその程度だ。
門番は自分のせいでシンが拗ねてしまったのだと思い、頭を下げてお願いを続けた。
「さっきは悪かったよ、この通りだ、許してくれ。
実はな、今日は村の仲間が結婚をするんだよ。それで連中にも肉を食わせてやりたくてよ。お願いだ、二人分の肉を分けてくれないか? いや、売ってくれないか?」
「しょうがないなぁ。いいよ。塊一つ分で良ければ上げるよ」
門番は土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。彼は小狡い男ではあったが、友人の為なら頭を下げられる男であった。年の近い友人の為に、どうしても肉が欲しかったのである。
そんな男の謝罪を、シンは呆れた顔で受け入れる事にした。
村に入れてもらえなかった事にそこまで怒っていなかった事もあるが、誰かの、仲間の為に頭を下げるこの男を憎み切れなかったのだ。それに肉なら今日明日だけでは食べ切れないほどの量があったので、たいして惜しくも無かったのである。
だからほんの少しの羨ましさを感じつつ、門番に肉の塊を渡す。
「すまねぇ、恩に着るぜ!
どうせだからアンタもい祝って行ってくれよ! ほら、案内するぜ!!」
門番は渡された肉の重みで喜びをあらわにし、シンの手を取り村に連れて行く。
門をくぐったところで壮年の男が待ち構えていて、持ち場を離れていた若い門番を叱り飛ばす。怒られながらも門番が肉を差し出すと、壮年の男は事情を理解して門番の替わりにシンを村の中へと案内する。
「感謝するよ、シン。
今日結婚するのは俺の娘でな。祝いの料理の一つでもあれば恰好が付く。
娘は夫の家で寝る事になるからベッドが一つ空いているし、今晩はうちに泊まっていけばいいさ」
村の案内をする男は今日結婚する娘の父親であった。
彼はシンの事情を聞くと、シンに寝床を提供すると申し出た。
シンは思ったよりもまともな寝床を得られたことに喜びつつ、今日の結婚式について話を聞く事にした。
肉一塊は全部薄く切ってスープの具となった。大勢に振る舞う料理にするなら単体で焼くよりもこちらの方が行き渡るからである。
この村では新郎新婦の家は周りの祝福に対し料理を振る舞って返すのが礼儀とされる。その料理がどれほどの物かで周りの祝福、つまり村での立ち位置が変わるため、貧相な物を出せば娘夫婦が苦労をする。
肉を使った料理であれば新たな夫婦には十分な祝福が与えられるだろう。
新婦の父やその家族は偶然の采配と肉を分けてくれたシンに感謝をし、結婚式を迎える運びとなった。