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魔術教室再び

 シンが老神官と話をしていると、残りの住人も姿を現す。

 歳を召した修道女と、そのお付である見習い修道女の二人だ。


「お茶をお持ちしました」

「あ、ありがとう」


 男二人が話していると、見習いの少女がお客さまにお茶を出す。

 お茶はそこいらに生えているハーブを乾燥させて作った物で、高価な品ではない。だが、お茶を沸かす手間などを考えれば裕福ではない教会としては頑張ってもてなしていると言える。


 お茶を持ってきてくれた少女にシンは頭を下げ、感謝の言葉を述べる。

 少女はシンに微笑み返すと、そのまま何も言わずに戻っていった。



 シンは自分と自然な距離感を保つ少女に好感を持ったが、そこで距離を詰めようとはしなかった。

 当たり前である。距離をぐいぐいと詰めて来ようとする少女たちに辟易としているのに、なぜ自分が同じことをしなくてはいけないのか。

 立場が違っても、自分がして欲しくない事は人にしない。それがシンの考えの基本にある。


 そんなシンの様子を見ていた老神官と修道女だが、修道女の方は何か思いついたようで、挨拶もそこそこに場を辞した。シンにしてみれば何をしに出てきたのか分からない態度であった。



 その数日後である。

 シンを悩ませた女性たちからの接触が減ったのは。

 彼女たちはとある筋(・・・・)から得た情報により、積極的なアプローチが逆効果であることを理解したのだ。


 誰がどう動いたのかは不明だが、シンの生活が穏やかになったのだけは間違いなかった。





 生活が穏やかになると、以前の構われていた頃が懐かしく思えるから人間というのは不思議である。

 少女たちから慕われていたのは気疲れするものの、そこそこの時間がそうであったために、シンにとって日常になっていたようだ。シンは村の中でも一人でいる時間が増えたことで、どこか寂しいと思うようになった。


 その身勝手さを自覚し、シンは苦笑してしまう。

 いったい自分は何様だ、どんな生活を望んでいるのか、と。


 多くの人に慕われるのは悪い気はしない。

 多くの女性に迫られるとどうしていいか分からなくなる。

 しかしこうやって距離を置かれると、自分からどうやって相手に踏み込めばいいのか分からない。

 どこまで踏み込んでも大丈夫なのか、どこまで踏み込むと相手を不快にするのか分からない。



 だからか、と、シンはようやく一つ目の結論を得る。


 生まれた時から時間をかけて互いの距離をはっきりさせたエド夫妻が羨ましいと思ったのは、そこなのかと。

 シンは距離感の近い誰かが欲しかったのである。



 兵役で村から出ていたシンは村の誰ともそこそこに距離感がある。例外は同じ時期に兵役に出ていた同期達ぐらいである。

 何をするにも手さぐりで、互いに話し合って適切な距離を作らねばならない。それなのに遠慮してしまい距離を測りかねる。シンはハリネズミのジレンマに陥っていたのだ。


 幼い事から知っている相手であれば距離感というのは間違えにくい。

 「分かったつもり」になる事はあるが、それでも新しく関係を作るよりは互いの情報が多い分だけ適切な距離を作れる。

 そして幼いうちは遠慮なく動けるので村の誰とも知り合いになれた。互いを知る機会はいくらでもある。


 逆に「知っているから踏み込みにくい」という関係になる事はあるが、それを言いだしてしまえばどのような関係でもそれは起こり得ることだ。

 全体的に見れば知っている相手と知らない相手では、知っている相手の方が話しかけやすいのは事実なのである。相手の趣味を知っていればその事が会話のとっかかりになるし、同じ組織に所属して顔見知りになっていればそこから話題を探す事も出来るだろう。



 シンに足りないのは、相手の情報である。

 そして相手の事を知ろうとする積極性だ。


 今からエドたち夫婦のようになれる相手などいないが、それに近づくための努力は出来る。


 狩人として普段から同じ相手ばかりに関わっていたため、シンの世界は狭かった。あとは少女たちに囲まれているか、自由な時間を赤ちゃんのスレイに注ぎ込んでいた事もあり、交友関係が非常に狭い。

 ならば狭い世界を広げるために新しい事を始めようと、シンは村長である男爵と相談するのであった。





「もちろん! 喜んで協力させていただきますとも!」


 シンが魔術を使えるのは、兵役に出てから知れ渡った話である。

 村に来てから兵役に出るまでの時間が短かったため、当初は話す機会が無かったのだ。シン自身は魔術が使えることを特に吹聴していなかったし、見せる事も無かったので知られる事も無かったのだ。


 それが兵役で魔術を披露し、それを教えていたことで公然の秘密となった。

 誰が教師をしていたかはみんな知っている事だが、あえて話題にする者はいなかった。広めて回った場合の危険が大きすぎるのである。砦の中では本人が自己申告していたこともあったので教師などしていたが、それでも砦の中だけの秘密と、建前を主張できる分だけはしっかりやっていた。

 そうやってシンの秘密は守られていたのだ。


 だから男爵も自分からはその事には触れなかったし、あえて魔術で何かしてくださいとは言わなかった。

 だが、シンが自分から魔術で何かしたいと言い出せば話は別であり、男爵はようやく魔術の恩恵にあずかれるのかとほっとした。

 少女たちを送り込んだ村にしてみればそれが目当てだった事もあり、口にはされなかったが無形の圧力はかけられていたのだ。下手に何か要求されるよりも性質が悪かった。男爵の心労は、実はかなり溜まっていたのである。もう少しシンが申し出るのが遅かった場合、男爵は倒れていたかもしれなかった。



 こうしてシンは村で魔術教室を開くことになり、クロッサス王国仕込みの魔術がサイアプ国の田舎から広まっていくのであった。

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