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純愛という理想

 シンは嫁を探していたが、嫁を探していたのは幸せになる為だった。

 だから、こういった状況は想定外である。


「シンさん、一緒にご飯を食べましょう?」

「シン様、良ければこれを持っていってください」

「シンお兄ちゃん、遊ぼ?」


 シンにとって女の子に囲まれるというのはどうすればいいのか分からない状態であり、なにがどうなってこんな事になったのか理解できない。原因が分からないから対処のしようも無かった。

 クコの時は逃げられたが、同じ村人である彼女たちからは逃げられない。

 女性慣れしていないシンはお手上げ状態である。


 それに自分(シン)に群がるだけでも手一杯になるというのに、彼女らは基本的に仲が悪い。

 互いがライバルなので牽制しあうのだ。

 女同士で本格的な衝突こそしないものの、シンの頭は破裂寸前である。



「そんなわけですから、助けてください」

「無理だね」

「無理だな」

「諦めろ」

「死ぬな」

「爆ぜろ」


 そんばいっぱいいっぱいのシンが周囲に助けを求めても、誰も手助けしてくれないようだ。

 周囲に助けを求めるが、女の集団というのは男に手出しできない脅威であり、同じ女でもシンの事をニヤニヤした目で見ているだけと助ける気が無いようだ。

 中には嫉妬の目で見てくる人もいる。


 シンはシンで、この状況を作った男爵の方を恨めしそうに見るが、自分の所為だけじゃないと男爵も反論をする。

 事実、シンが張り切らなければここまで女が集まる事は無かったので、そう返されるとシンは何も言えなかった。


 流石の勇者も人間関係まで無敵とは言わない。シンは状況不覚の窮地に立たされていたのであった。





 ただ、騒がしい新しい人間関係の中でも落ち着いて相手が出来る人もいる。

 教会関係者である。

 彼らはシンに対し友好的ではあるが距離を置いているので、シンも安心して話が出来るのだった。


「話は分かりますが、あの中から嫁を決めるのでしょう? ちゃんと話し合う事が大事です。

 それに、何が嫌で何をして欲しいのかをはっきりさせない事には彼女たちも態度を改めようがありません。まずは言いたいことをちゃんと言わないと。そうやって適切かな関係を作っていくことから始めましょう」


 神官のお爺さんは、孫のように若いシンに対し、ちゃんと答えてくれる。

 まずは話し合えとシンに助言をする。



 それを実践できるかどうかは別問題だが、まともな応対にシンは一息つく。


「ですが、どうすればいいのか分かりません。理想の形はしっかりとあるんですけど、そこに至る方法が見えていないんです」

「理想、ですか?」

「はい。エド夫妻のような、幸せな家庭を築きたいんです」

「それはそれは――」


 シンの言葉を聞いて、老神官は思わず出そうになった「それは無理でしょう」という言葉を飲み込んだ。


 人にはそれぞれの歴史がある。

 少なくとも、同じような状況にいる人はいてもまったく同じ人生を歩んできた人など一人もいない。

 だから理想の形はエド夫妻でいいとしても、そこに至れるかどうかで言えば「まず不可能」としか老神官には思えない。


 あの夫婦は幼い事からの付き合いで、本当に長い時間をかけて絆を深めてきたのだ。同じだけ時間をかけようと思えばあと10年はかかるし、それまで集まった女性を待たせるなど、まともな判断ではない。

 それに、だ。シンはエドと全く違う種類の人間である。


 エドは気弱に見えて強い意志を持った人間だ。腕力はそれなりだが、真面目な性格の、誰からも信頼される種類の人間である。

 逆にシンは見た目からして強そうで、実際に誰よりも強いという人間だ。心の方はそこまで育っておらず、どこか幼い部分をそのままにしているなど、真正直であるがどこかズレていると、そんな評価を得ている。

 金銭的な意味ではシンの方が圧倒的に頼りになるし、引く手あまたの人材である点もエドとは違う。エドはどこにでもいる一般人で、金銭的な面ではあまり裕福ではなく、外から見れば替えの利く人間でしかない。


 そんな違いのありすぎる二人が同じような幸せを得られるとは、普通ならだれも思わない。

 シンの周りはエドよりも騒がしくなるだろうし、たとえ心から愛し合う人と一緒になったところで同じような生活が出来ないことも、シン本人以外にとっては分かりきった事である。


 空気の読める老神官はそれをシンに言えず、どうしようかと天を仰ぐ。

 しかし神様もこんな事で信者に言葉を授ける事はしない。

 よって老神官は何も言えず、曖昧な笑みを浮かべる事しかできなかった。



「そういえばですが、複数の女性を娶る気はありますかな?」

「嫌です」

「ですが、一人に決めたところで――」

「嫌です。それは、幸せじゃないですから」


 話を変えようと、老神官はシンに一夫多妻を勧めようとしてみた。

 一夫一妻を推奨している教会であるが、推奨している事と禁止していない事は両立する。裕福な男性が複数の女性を囲う事については特に何か言われる事ではなく、女性に金を無心(おねだり)するようなことにならなければ悪い事ではない。

 だからシンにまとめて貰ってしまう選択肢もあると伝えようとしたが、それはとても強い意志で断られた。


「もしも自分の嫁が他の男とそういった事をしたら、僕は絶対に許せません。それなら女の人も僕が嫁以外の誰かに手を出すのを許せないと思うんです。形の上では許しても、納得できないだろうと思います。

 いえ。そこで納得されるような人とは、幸せになれないと思うんです。

 だから結婚するなら僕はたった一人を選びたいし、たった一人として選ばれたいです。

 嫁は、何人もいりません」


 シンがたった一人だけを愛そうとするのには、もちろんエド夫妻の例があるからだ。

 妻のソフィアは嫉妬深い面があるので、浮気は許さないし複数の嫁など論外なのである。



 シンは結婚に対し、どこまでも誠実にあろうとしている。

 それは分かるのだが、有力者の一夫多妻は救済という側面があるし、そもそも一人しか(・・)嫁がいないのであればそれを隙として付いてくる人間はどこにでもいる。

 人はあくまで自分の常識で物事を判断しがちなのだ。シンの思いを無視する誰かは必ず出てくるし、ならば最初から数人の嫁を貰っておく方が問題は起きにくい。複数いるのだからそこにもう一人ぐらい加わっても傷になりにくいというか、諦めが付くというか。どちらかと言えば後ろ向きな考えであったが。


 勇者という看板があればあるいは、と老神官は考えたが、その先の光景を予想して目まいから立ちくらみを起こしそうになった。

 国を相手に戦える勇者が、国王や有力貴族と正面から戦争をする。

 ありえない、成立しないと言いきれない光景だったので、このままいくと本当にそう(・・)なりそうだと思ってしまったのだ。

 国王が王女の一人をシンに娶らせようとして、シンがそれを断り、国が面子を守ろうとすれば、あるいは……。



 この世界はまだ政教分離が行われていない。宗教勢力は国に対し、それなりの発言権を持つ。

 教会がどこまでシンをかばうかにもよるが、シンとは違う場所で本当にどうすればいいのか分からなくなった老神官の苦悩もまた、始まったばかりである。

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