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ポコリ村の変化

 砦に、村に。

 クコがシンを追いかけ何度もやってくるようになると、周囲の人間はそれに馴染む。

 そして、逃げるシンに疑問を呈するのだ。


「試しに付き合ってもいいんじゃないか?」


 と。


 シンにしてみれば、試しとはいえ一度付き合えばそのままズルズルと行きそうな気がして躊躇ってしまうほど怖い。

 だが、それならそれで構わないのではないかと周囲は思うのだ。


 簡単に切れる間柄であればシンの言う「真実の愛」ではない。

 だが、腐れ縁だろうがなんだろうが、簡単に断ち切れない関係であれば、それは「本物の絆」ではないかと。



 それに、だ。

 兵士たちはよく知っている。

 真実の愛だろうが何だろうが、愛などいつかは冷めるものだと。

 真実だろうが偽物だろうが作り物だろうが、愛が冷めた後に残る“本物”こそ尊いと。


 長年連れ添った老夫婦などを見るとそれがよく分かる。

 二人を繋ぐのは永遠不変の愛などではなく、時間とともに形を変えながら、時に切れてしまってもまた結びつくような関係なのだ。



 クコとシンの間にあるものはどんな感情かは知らないが、多くの兵士たちはシンがクコを嫌ってないなら問題ないと思うのだ。


 歳のいった兵士がそういった話をすると、シンは難しい顔をして「よく分からないけど、なんとなく駄目だと思うんです」と返した。

 波乱万丈、戦場こそ故郷であるといった生活をしてきたシンは勘だけで生きている所があるので、自分の感じたものに依って生きている。王女に騙された事を考えるとあまり頼りない勘だが、それでも心のどこかで警鐘を鳴らしてしまう相手を伴侶にしたいとは思えなかった。少なくとも、幸せになれると感じられない相手は駄目なのだ。


 多くの兵士はシンの幸せを願っているので、優良物件と思えるクコとくっつけばいいと考えている。

 さすがに無理強いする事では無いから兵士たちも強くは言わないが、シンは周囲から向けられる視線に居心地の悪いものを感じるのだった。





 そんな兵士たちとシンのやりとりとは別に、ポコリ村にいくつかの変化があった。



 まずシンが憧れた夫婦、エドの嫁ソフィアが妊娠した。


 出産は妊娠発覚からおおよそ半年程度である。

 初めての妊娠だというのにソフィアの体調は至って健康であり、変化がほとんど無かったのだ。生理は止まっていたが、そちらは本人からただの生理不順と思われていたので誰も気が付かなかった。

 お腹が出てきたことを突っ込まれ、それと生理が来ていない事から妊娠とようやくわかったのである。

 妊娠するとつわりなどで体調を崩すと思っていたソフィアが一番驚いていた。



 他にも、ポコリ村に他の村の未婚の女が集まりだしていた。

 10人以上の若かったり幼かったりする娘が集まった。


 彼女らは男爵がいくつもの村に声をかけた結果であり、シンたちが大休暇で訪れた村の村長らがシンの恩恵に与ろうと送り込んだ嫁候補たちだ。

 歳は一番上で14歳。下は10歳である。

 年齢はシンが兵役を終えた後を意識しているのと、シンがすぐに結婚をしようとしていない事からだ。

 シンが兵役を終えるのはあと1年ほど先であり、ゆっくり愛を育む時間にもう1年以上(・・)。そう思えば一番若い10歳も一応は恋愛年齢の圏内である、ハズだ。


 彼女たちはシンが戻ってくるまでに、頑張って村に馴染むのだろう。



 最後の変化は、村に教会ができた事だ。

 そして老齢の神官と修道女、年若い見習い修道女が赴任してきた。


 これまでポコリ村には教会の類が無く、教会の活動といえば壮年の修道士が説法を行うだけであった。

 これは経済的な基盤の弱い村ではよくある宗教形態であり、教会を維持できないと思われれば教会を無理に作らないという教えに基づくものだ。


 教徒に無理をさせないという神の教えがあるため、この世界の教会勢力は清貧を貫いている。

 これは実在する神がいるからである。

 さすがに年に一度あるかないかとはいえ、信徒に声をかける神がいる世界で神の名を騙るのは無謀なのだ。ごく稀に蛮勇を振るう者がいるが、早い段階で粛清されるのがオチである。


 なお、彼らはシンが勇者である事を知っている。神の啓示という名の確信を持っているので誤魔化しようがない。

 ただし今の所は彼らが動く気配など全くない。

 彼らはシンを見守る事が使命であり、助ける事も積極的に関わる事も神様から指示されていないのである。





 この中でシンに一番影響があるのは嫁候補の女達であるはずだが、シンの関心はソフィアの子供の方に向いている。

 彼女ら夫婦はシンにとって幸せのお手本なので、一番の関心事がソフィアの大きなお腹に向けられるのは仕方がないことなのである。


「名前、どんなのがいいのかなぁ?」

「まだ早いよ」

「今のうちから考えておくんだよ、ソフィア。子供の名前はあとになって慌てて決めるものじゃない」

「妙に凝った、変な名前だけは付けないでくださいね、お義父さん」


 二人の子供が一番大事なのは、ヨーゼフをはじめとした爺婆世代である。

 初孫に向ける彼らの熱意はすさまじく、親となる当の本人たちよりもずっと熱心に動き回っている。そしてシンと結託し、クコから色々と買っては出産に備えて準備しているのだ。

 そんな自分の親に、エドたちだけでなく周囲も少し引いている。

 シンが来る前までであれば生活に余裕は全く無かったので、いくら生活が楽になったからと、そこまでするのかと思ってしまうのだ。


 ついでに、この件に関してだけは逃げ回らないシンに対してクコも苦笑いを隠しきれない。

 自分(クコ)が目の前にいようがシンには見えていないようなので当然である。ある意味、逃げ回られるよりも性質(タチ)が悪い。



 ソフィアの妊娠の話を聞き、シンは張り切ってモンスターと戦う。

 これまでにない勢いで勇者がモンスターと戦うため、魔境は徐々に人間の領域へと塗り替えられていく。


 シンが兵役を退くまでにサイアプ国の面積が北に広がるのは間違いなかった。

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