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女商人クコ(撤退)

 軍というのは男所帯である。

 それはもしも男と女のどちらが多く死ぬとしたら、女よりも男の方が人口の立て直しをやすいという事情だったり。

 身体能力で考えると男の方が優れているという当たり前の話だったり。

 建屋を作るときに風呂やトイレを男女別にするという発想はしていないが。


 男と女を一緒にすると性的な事案が発生するという理由である。



 商人として訪れる扇情的な女性がシンに迫るようになったが、その女たちは別の兵士を引っ掛けるだけでシンに近づく事は成功しない。

 相手の狙いが分かっているなら対処は比較的簡単であり、シンを追いかける大義名分など存在しないから周囲の兵士が妨害して終わりなのである。

 そして妨害役の男たちは綺麗処を回収(・・)するなど役得にホクホク顔であり、シンの身の回りは安全であると思われたが。


「こんにちはー」


 村で顔を通した女商人、クコがシンのそばに現れた。

 ちょうどシンが他の女から隠れ、人に見つからないような部屋に移動した直後を狙われた。


 クコは最初から周囲の妨害を想定しており、彼女が現れるまでの女たちは上手くいけば儲けもの程度の気持ちで送りこまれた、情報収集用の斥候だったのである。

 そうやって情報を集めていたからこそ、彼女は容易にシンに近づけたのだ。


 時期は既に夏真っ盛りであり、シンにすり寄ろうとするクコの服装はかなりきわどい。

 普通であれば肌を日に晒す事を避けるのが女性の嗜みであり、クコも肌が日に焼けないように薄手の布で身を覆っている。だが、その布が今は取り払われており、若さと豊満さを兼ね備えた肢体で男を籠絡しようとしている。


 そんなクコだが、本人はまだ乙女である。

 これからしようとしている事を考えてしまったからか、やや恥じらいの表情を隠しきれずに、それでも笑顔を絶やさずにシンへと迫る。



 シンも若い男である。

 当たり前のように性欲はあるし、女性の身体に興味がある。抱いていいなら抱いてしまいたいと若い本能が叫んでいる。

 それでもシン自身の考える「真実の愛」が、一時の情欲に身を任せるべきではないと理性を総動員してクコから距離を取ろうとする。


 本気で距離を取るのであれば一瞬で姿を消すこともできるのだが、距離を取りつつも今後の為に説得をすべきだと、完全に距離を取り切れないのは本能に屈する部分があるからだろうか?

 そのあたり、シンの対女性経験値の低さが窺える。



 シンが距離を取ろうとしつつも本気で逃げ出さない事に、焦りと安堵という矛盾した感情を抱え、クコはシンとの距離を詰めるのを止めた。


「そう怖がらないでください。

 私は、兵士さんと少し(・・)仲良くなりたいと思っているだけですよ?」

「仲良く、なるだけなら、こんな事、する必要はないよ」


 まだ余裕のあるクコに対し、余裕の無いシンはどもり気味に答える。


 クコの狙いは、シン自身である。

 シンが来てからこの砦では誰も死んでいない事、他の者達がシンを大事にしている様子からシンを有望な若者だと目を付けた。

 将来有望な人間で同年代というのは珍しい。年長の者であれば何らかの功績からそれが分かるのだが、シンの年齢でそれは相当珍しい事である。


 だから、クコはシンを欲しがる。

 クコは商会長の娘だから商隊一つを率いているが、クコは自身に商隊を率いられるほどの何かがあるとは思っていない。

 だからこそ、有能有望な伴侶は彼女にとって必須なのである。


 本当に死んでいいのかという思いもあったが、彼女は自分の天運に全力で賭けることにしたのである。



「あら。仲良くなる方法なんて、色々とあっていいと思いません?」

「こういうのは、良くないと思う」

「そうですか? はしたない(・・・・・)とは思いますが、会える機会が少ないのですもの。

 時には感情に身を任せるのも悪くないですわ」


 クコの考えなどシンは知らない。

 シンの過去を、クコは知らない。

 どこか噛みあわない二人の攻防は続く。


 色仕掛けに対しシンは否定的だが、クコはたまに会う事しかできない関係なのだしそれもいいのではないかと肉体関係を迫る。

 実際、時々しか会うことの無い恋人同士(・・・・)であれば(たま)の逢瀬で盛り上がる事にシンも否定しなかっただろうが、二人の関係はただの知人、友人ですらない間柄だ。クコの望む方向性に至るにはいろいろ足りない。

 二人の間に緊張感が走る。



 そんなシンとの問答に、クコはやや焦りを感じた。

 未経験のクコに色仕掛けは簡単ではないと分ってはいたが、それでもシンの対応に壁のような物を感じたからだ。

 シンは王女に振られた事で、表面上は恋人を求めつつも、心のどこかで恋人を作る事に恐怖している。


 クコとの関係を小指一本(こいびと)分だけ深める事に怯えているのだ。


 女の本能で、クコはシンに甘い言葉が届かない事を理解した。



 こういった手合い(ヘタレ)にはまず押しの強さで迫り、既成事実を作ってしまう方が分かりが良い。心に巣くう不安など一度ヤってしまえば振り払えるという()の先輩方の助言に従い、クコは覚悟を決める。

 幸い、シンは話し合いと称してクコから逃げようとはしていない。距離を取ろうとしているだけである。

 クコは女は度胸だとばかりにシンとの距離を一気に詰めようとしたが。


「おーい、シンを見なかったか?」

「こっちには居なかったぞー」


 外で、シンの名を呼ぶ声がした。

 場の空気が霧散する。

 二人の間にあった緊張感は立ち消え、どちらからともなく、二人は大きく息を吐いた。


「残念、ですね。ちょっと時間をかけすぎました」

「僕らには縁が無かったんだよ、きっと」

「そうですね。また(・・)の機会を狙うとします」


 場の空気は色事に向かないものとなった。

 今回はもう無理だろうと諦めたクコは苦笑いするしかない。せめて次につなげようと、仕切り直しだとばかりに再来を宣言してその場を去っていく。



 シンは勿体無い事をしたのかもしれないと思ったが、すぐにその考えを振り払う。

 いつか出会うだろう女性と顔を合わせた時、まっすぐその人の顔を見れないようなことはするべきじゃないと自身を戒める。



 女商人クコは砦へ定期的に出入りする商人である。

 しかしシンとクコの攻防は、シンが砦から去った後も場を変えて、また何度も行われるのだった。

 そしてそのたびにシンが逃げて終わるのである。

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