実態はズタボロに破壊されちゃって……
「だよね~。スゴいショッキング……じゃなくて、え~っと……衝撃的な話だよね。だってアナタは徳川一四代将軍様だもんねえ」
ライカは空になった彼の盃に酒を注ぎ、自らの湯呑みにも茶を注いでぐいと飲み干した。
「でもね。あたしもこの三日間、色々考えたんだけど~。本当に大事なのは『その先の歴史』なんだよね~」
「申せ」
「うまく説明出来るかどうか、自信ないんだけど」
ライカは少し思案し、しかしすぐに話を続ける。
「欧米列強って、今は『互いに国交を結んで仲良くやっていきましょう』なんて言ってるけどさあ、その本質は『潜在的な敵』なの」
「左様……」
家茂は頷く。
「まずアメリカが、そうだよね。あたし達の時代って、ガッコで結構『ウソ歴史』を教わるんだ~。例えばペリー来航を『恫喝外交』ってセンセから教わるの。でもあれって完全に『軍事行為』だよね……。全っ然、『外交』じゃないじゃん」
「いかにもその通りである。あ奴ら、こちらの役人共が制するのを無視し、このすぐそばまで侵入して来おった。そして大砲をぶっ放しおった。弾は込めていなかったようだが」
「ほ~らやっぱり! あたし達の時代……一五〇年後なら、そんなことしたら即戦争だよ」
「それは当世とて、同じことぞ」
彼はライカの言葉に頷く。
「あ奴らの行為は外交にあらず。我が方を完全に舐め切って、砲艦で脅し己が要求を飲ませる、軍事行為そのものであった。故にあの時も開戦論者は多かった。皆、激昂したものよ」
「でも今の日本は技術とか、色々遅れを取ってるから、欧米列強には全然敵わない。追い付くのに何十年もかかる」
「まあ、その通りだろうな」
「だからこの後の明治新政府もさあ、一時的に彼らと仲良くしつつ、彼らの技術を導入して産業を興し、まず国力を養おうとしたの。実力が足りなきゃ、こちらが何言ったってムダだもんね~」
「左様か……」
彼は、静かに頷く。
「というわけで、ずっと、欧米列強が『潜在的な敵』であることには変わりない」
「そうだな。あ奴らは世界中の国々を力づくで我が物とし、次々と己が支配下においた。我が国とて例外ではなかろう。このままでは我が国も、あ奴らの植民地にされてしまう」
「そうそう。さすが一四代将軍様~♪ よく解ってらっしゃる」
彼も次第に、ライカの珍妙な口調に慣れてきた。
「それでね。明治三〇年過ぎに、日本は清国と戦って勝つの。あ、今から四〇年位先、かなあ。さらにその十年後、今度はロシアと戦って勝つの~。四〇年以上かかって、それだけ日本も国力をつけた……ってわけ」
「ロシアとは、『おろしゃ国』のことか?」
「そうそう」
「なんと……。それは凄い」
「でも問題はここからよ。日本が力をつければつけるほど、欧米列強とますます利害が衝突して危険性が高まったわけ。まあ、そりゃそうだよね~。連中は日本を含む、東アジアを食い物にしてるんだから。でも我々日本の側としては、あっさり食われるわけにはいかない」
「うむ……」
「で、それを全く解決できないまま、とうとう彼らと戦争になって一九四五年に完敗するの。え~っと……今この時点から、八〇年位以上先の話かな」
「なんと……」
彼はひたすら、驚かされるばかりである。
それを抑えるかのように、彼は盃を傾け、一気にごくりと飲み干す。
「日本は敗けたけど、植民地にはならないの。さすがにさ、列強が好き勝手に植民地を獲得出来る時代ではなくなってきて……。でもまあ属国っていうか~、実質的な植民地になっちゃうの」
「……」
「特にアメリカなんだけど~、『日本が二度と自分達白人国家に歯向かわないように、徹底的に貶める』って戦略で、日本占領政策を推めたの。だから、日本は戦後復興して見た目こそ豊かになったんだけど、実態はズタボロに破壊されちゃって……。あたしはそんな時代からここに飛んできた、ってわけ」
ライカはそう語りつつ、彼の盃に酒を満たす。彼は注がれるなり、そのまま一気に飲み干した。
飲まずにはいられない。彼女の語る我が国の将来は、為政者たる彼にとって衝撃的過ぎた。