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二日後。
「どうしたの、六道君。突然、二日も休んで?」
教室に入るなり、僕は委員長にそう問い詰められた。
「いや、ちょっと修理を受けてて」
「どこか怪我でもしたの?」
委員長は、僕の身体を眺めまわして小首を傾げた。
「いや、大丈夫だよ。もう直ったから。あと、この話はこれで終わりにしよう。この二日間の地獄を僕はもう思い出したくない」
そうは言っても、ゴリゴリチュイーンチュイィーンと身体の内側を抉るドリルの音とかがまだ鼓膜に張り付いたままなんだけど。
よくあの拷問の後でも正気を保ててるな、僕は。
やっぱりあれかな。ずっとお姉ちゃんが手を握っててくれたからかな。
いや、絶対にそうだろう。
お姉ちゃんが居なかったら、僕は今頃廃人になっていたに違いない。
それぐらいの地獄だった。
「はあ」
委員長は良く分からないとばかりに首を捻った。
「まぁ、もう大丈夫だよ。もう終わったから」
「終わった?」
僕の何気ない言葉に、委員長が過敏に反応した。
「終わったって、何が?」
「ち、治療がだよ」
「……なんか、一仕事終えたーみたいな顔をしているように見えるのは私の気のせい?」
「気ノセイダヨ」
委員長は時々、勘が鋭い。
気を付けないと、その内ばれるんじゃないか僕の正体。
「ま、いいわ。それよりもいい知らせがあるわよ」
「ん、何?」
良い知らせ?
「お姉ちゃんとの結婚が法律で認められたとか?」
「それは絶対に在り得ないから。そんな悪法が成立したら日本は終わりよ」
何言ってんだ、むしろ日本始まったってなるだろ。
その反論は、二日ぶりに向けられる委員長のごみを見るような目によって封殺された。
「君が休んでいる間に、生徒の屋上への出入りが解禁されたのよ」
委員長が長い髪をさらりと払いながら、そう告げた。
「良かったわね。これで屋上の幽霊さんに会えるじゃない」
「あ、あぁ……うん」
「……ちょっと待って、なにその、どうでも良さそうな返事」
「え、あ、いや! や、やったー! これで自由に屋上に行けるぞー! 幽霊系女子ときゃっきゃうふふだー!」
「君、そんな性癖まであったの」
ドン引きされた。
「だから僕はお姉ちゃん一筋だって言ってんだろ!!」
「あ、うん。いや、はい」
委員長との距離がさらに遠のいた。
あれ? デジャブ?
「ところで、何でそんな突然? あれだけ固く封印ていうか、立ち入りを禁止してたのに」
「ああ、それはね」
委員長は人差し指を立てて説明する、どこかの教師のように口を開いた。
「おじい様が決めたのよ。何時までも、過去の事件に拘り続けても進歩は無いからってね。自殺者が出たという事実から目を逸らさずに、むしろ、2度と同じような事が起こらないように教育する事こそが、学び舎たるの意義であると」
「ふぅん。立派な人だなぁ」
「そうよ。尊敬しなさい。そもそも、こんな中途半端な時期に転校してこれたのも、この学校だからなのよ? 教育とは、それを望む者に対して常に提供されるべきであるって言うのがおじい様の信念だから。……まぁ、そのお陰で誰でも入れる学校だと思われちゃっているんだけど」
ああ。そう言えば。
転校の諸々の手続きは全部、環希さんがやってくれたのだけど、僕は編入試験すら受けていない。
そう考えると、割といろんな人の善意で僕は今ここにいるのだなと思う。
もちろん、一番はお姉ちゃんだけど。
そんな朝のやり取りが終わって、授業中。
いやぁ! 窓の外を女の子が落ちていかないってだけで、こんなにも教室が快適なものになるとは!
授業中は誰もが集中しているし、お陰で邪魔される事無く僕はお姉ちゃんの事を考える事が出来る!
窓の外に広がる青空にお姉ちゃんの顔――の代わりに、芽舞さんがにやりとした顔で浮いていた。
「…………………………」
気のせいだろう。
僕はどうしたんだ一体。
まさか、あの一晩でお姉ちゃん以上にあの子の事を深く心に刻み付けてしまったのか、僕は。
いや、あり得ない。そんな事は絶対にない。
だから、窓を見ればほら、お姉ちゃんの笑顔が。
「ふっ」
求めた幻覚の代わりに、呆れたような、見下すような態度で、折淵芽舞が僕を見下ろしていた。
「何でだーーーーーー!!!???」
色々あって、また昼休みだよ畜生!
は? 何があったって? 色々は色々だよ!
授業中に突然、窓に向かって叫びだした転校生に、自分ならどう接するかを想像してみろよ!
それが答えだよ!!
というわけで僕は誰もの視線から逃れる為と、全ての元凶である彼女に会うために屋上へ来ていた。
二日前まで固く封印されていたその鉄製の扉は今や開け放たれていて、秋の心地よい風が吹き込んでいる。
何はともあれ、屋上へ行くのに一々肩を外さなくても良くなったのは良い事だと思う。
「あら。また来たのね」
僕が屋上へと踏み出すと、芽舞さんは手すりに腰かけるようにしてそこに居た。
「また来たのね、じゃないよ! なんでまだ居るんだよ! 成仏したんじゃなかったの!?」
「ああ。その話ね」
芽舞さんはどうでも良さげにふっと溜息を吐いて、くるりと屋上の外へと振り向いた。
「うん。貴方のお陰で、自分がどうやって死んだのかは分かったんだけど……なんて言うのかしら、全部終わった後で、アレ、これなんか違うなーってなったのよ」
「違うなー、って何だよ!?」
僕の努力は何だったの!?
あの二日間の地獄は!?
何の意味も無かったっていうのか!!
「いや、ほら、私って別に死にたくて死んだわけじゃないじゃない? だからこう、なんて言うのかな。もうちょっと、この世界を見てみたいなーと思ったわけで」
「見てみたいも何も、この場所からは動けないじゃないか、君」
地縛霊とはその土地、その場所に、生前の強い執着によって縛られている魂だから、ホイホイと何処でも好き勝手行けるようなもんじゃないだろう。
ていうか、キャラ変わってないかこの子。
そう思いつつ言った僕に、芽舞さんはくるりと振り向いた。
「ううん。今は割とどこでも行けるの。貴方のお陰で、私がこの場所に執着する意味が無くなったからかしら? 地縛霊から浮遊霊に昇格、パワーアップよ」
パワーアップなのかそれ。
「それにまぁ。終わりにしたくなったらまた、貴方の身体を借りればいいし」
そう言った芽舞さんに。
「いや、ゴメン。ああいうの、もうできなくなっちゃったんだ僕」
僕はそう首を振った。
「あら、どうして? ……あ、いや、やっぱり言わなくていい。どうせあれでしょ、お姉ちゃんにそう言われたからとかそんな事言いだすんでしょ」
「いや、そうじゃなくてさ。芽舞さんみたいに、僕もパワーアップしたんだよ」
まぁ、僕の場合もパワーアップなのかどうかは疑問が残るが。
とにかく、二日前の僕には無かった機能が、今の僕には追加されていた。
「どういう事?」
「んー、なんて言うか、痛覚の機能が付きました」
環希さん曰く。
痛みとは生き物に備え付けられた防御機能であると。
それが欠落しているが故に、僕は今回のような狼藉を働いたのだと結論され、痛みとついでに暑い寒い、熱い冷たいという温度感覚機能もついでに付け加えられた。
「だから出来ない。って言うか、やりたくない」
ちゃんと痛覚が機能しているかのテストで散々いたぶられたが、一昨日の有様を想像するにあんなもんじゃなかったのだろう。
今あんな事やったら死ぬ。
いや、生きてないけど。僕。
「なるほどねー」
僕の報告を聞いて、妙に納得したように芽舞さんが頷いていた。
「確かに、放っておけば炎の中にでも飛び込みかねないからね、貴方」
流石に、いくら僕でも意味も無くそんな事をしないよ。
いや、お姉ちゃんの為なら躊躇う事無くするけどさ。
「でも、そっか。それじゃあ、飛び降りは出来ないわね。貴方に取り憑けば私も感覚を共有して痛いだろうし。でも、例えそうだとしても。どれだけ痛くても、それでも死ねないのね、貴方」
最後に、芽舞さんは憐れむように、そんな言葉を付け加えた。
「死ねないというか、生きてないんだよ」
僕はそう、肩を竦めた。
「君こそ、せっかく終われたのに」
せっかく、次に行けたのに。
僕らが行けない、その先に。
それが僕には堪らなく羨ましい事だと言うのにと、芽舞さんを見つめた僕に彼女は。
「じゃあ、貴方が私を終わらせればいいじゃない。二日前の夜のように。それ以外の方法で」
それまで楽しみに待っているわーと、芽舞さんは屋上から降りていった。
それを見て、僕は。
「…………まぁ、いっか」
そう納得した。
彼女は降りていった。
落ちるのではなく、降りていった。
それだけでもまぁ、僕にしては良くやった方だと思おう。




