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Dead End/Over Route(デッドエンド/オーバールート)  作者: 高嶺の悪魔
第一話 終わった後の話 ~少女墜落~
7/13

7

「嘘よ」


 僕の言葉を、芽舞さんはただそう否定した。


「どう見ても、生きてるじゃない」


「そう見えるだけ。生きてるみたいに動いているだけ」


「身体があって、動いていれば、それが生きているって事じゃない」


「違うよ」


 僕は首を振った。

 そう。決定的に違う。


「僕のこれは、僕の、僕ら姉弟の恩人である魔法使いさんが生きている人間を精密に、緻密に模して造ってくれた、中身の無い空っぽの身体なんだ。そこに今は僕の魂と心が入っているだけ」


 一番大事な、命が無い。

 分かりやすく言えば、ロボットだ。

 ただ、動力源が電力じゃないだけ。


「だから、多分。芽舞さんでも入れるんじゃないかな」


 元々、人間の魂を入れる為に造られた器だし。

 芽舞さんが地縛霊ならば、僕はさながら自縛霊とでもいったところだろう。

 肉体の有無以外に、僕と彼女に大した違いはない。

 何より。だからこそ。


「それに屋上ここから落ちた程度じゃ、僕は終われないし、終わらないから。僕の身体を心配する必要も無いよ」


 そう。身体があろうとなかろうと。もう終わっているんだ、僕は。

 それでもお姉ちゃんがあんな事をしてまで、あんな代償を払ってまで。

 あんな有様になってまで。

 僕を望んでくれたお陰で、僕はここに居られる。

 終わった後の後日談を、もうどうにもならない何気ない毎日を続ける事が出来ている。

 これが終わるのは、まだもうちょっと先のお話になるだろう。

 だから。


「試してみる価値はあるんじゃない?」


 僕は芽舞さんに、そう言って手を差し伸べた。


「絶対に嫌だわ」


 そして、彼女は拒絶した。


「何でさ!?」


 良い考えだと思ったのに!

 この期に及んで、まだ僕を信頼できないのか。この子は。


「いや。仮に貴方の中に入れたとして。貴方の思考とか思想とか記憶とかに私が飲み込まれる危険がありそうだし」


「それって、取り憑かれる側がする心配だよね、普通!?」


「逆に聞くけど」


 そこで初めて芽舞さんは、僕に正面から向き合って。


「どうして、私の為にそこまでするの? どうして、そこまで必死なの? どうして、自殺した幽霊の為に自分の身体を貸し出すなんて発想が出来るの?」


 彼女はそう、僕に尋ねた。


「どうしてって」


 僕は特に考える事も無く、それに答えた。


「なんかさ、嫌なんだよ。誰かのそういう所を見るのが」


 それだけ。本当に、ただそれだけだ。

 理由なんて特にない。いや、そもそも必要ないと思う。

 ただ、人がちょっとしたことで不幸になるのが我慢できない。

 ただ、人がちょっとしたことで困っているのが堪えられない。

 それが僕なのだ。

 以前ならまだ取り返しがついたかもしれないが、今はもうどうにもならない。

 もう僕は変われない。僕はきっと、もうずっとこのままなんだろう。

 それが終わるって事じゃないか。

 或いは、僕が正しく終われなかったせいなのかもしれないけれど、目の前で落ち続けている女の子を放っておく事がどうしても出来ない。

 終われるかもしれない可能性を無視して、今、目の前の少女を見て見ぬ振りをする事が、どうしても出来ない。

 突き詰めてしまえば。


「貴方、良く人からお人好しって言われない?」


 芽舞さんは、ほんの僅かだけ頬を緩めて、僕にそう言った。

 僕は気恥ずかしくなって、その顔から眼を逸らした。

 そう。突き詰めてしまえば、僕はただお人好しなだけなんだろう。


「ただ」


 芽舞さんは、何も答えない僕に続けた。


「ちょっと、度が過ぎてるわね」


「ぐぬ」



「うわ、本当に入れた」


 僕の喉から、僕の口から、僕の声だけど僕のものじゃない言葉が出る。

 うん。どうやら上手くいったらしい。

 あの後で、どういう心変わりなのかは知らないが、芽舞さんは僕の身体を使う事に了承してくれた。

 女心とはまさに秋の空のようなものなのだと、前にお姉ちゃんが言っていたが、その通りなんだなぁ。


「あのさ。お姉ちゃんの事を想像するのやめてくれない? 貴方の思考が直に伝わってくるのよね、今」


 あ、そうなの?


「そうなのよ」


 僕の口を通して芽舞さんが僕に語り掛ける。

 傍から見たら、僕が夜の屋上で虚空に向かって会話しているようにしか見えない。

 今の僕らは何というか、表層に出ている意識が芽舞さんで、僕は頭の中に在るもう一つの意識みたいな状況だ。

 ちょっと説明しづらいけど、自分が考えている事と同時に自分のものじゃない思考が割り込んでくる感覚。

 やっぱり、分かりにくいか。

 ところで、どうかな。17年ぶりの肉体って言うか、僕の身体は?

 ちゃんと動かせる?


「うーん……」


 芽舞さんは、僕の身体を使って腕をプラプラさせたり、ピョンピョンと飛び跳ねながら久しぶりの感覚に慣れようとしているらしかった。

 やがて、一通りの動き方を試した後で。


「男の子の身体って、なんて言うか……変な感じ」


 そう、ぽつりと呟いた。

 あー。まぁ、それはそうかもしれない。

 僕は女の子の身体になった事は無いけど、多分それなりに違和感はあるんだろう。


「……ついてる」


 何が!?

 いや、言わずとも分かるけど!

 やめて! 何か僕の方が恥ずかしくなってきたから!!

 もうとっととやって終わらせようよ!


「ねぇ、本当にいいの?」


 いいよ、いいよ。大丈夫、大丈夫。

 最終確認ぽく尋ねた芽舞さんに、僕は深く考える事も無く応じた。

 それに、ここまで来て、やっぱり無しなんて言えないでしょ。


「そう。それじゃあ、よっ……と」


 芽舞さんが、僕の身体で鉄製の手すりを乗り越える。

 眼下に広がる景色は、夜の校庭。目の眩みそうな高さからそれを見下ろす。

 ……なんて言うか。こう、実際に手すりの外に出て見る景色っていうか、この高さから見下ろす地面って割と迫力があるというか。

 正直怖い。

 何だろう。この感覚。

 身体の支配権を芽舞さんに譲っているせいで、僕の意志とは関係なしに身体が動く。

 言うなれば、アレだ。

 肩車されている感じだ。

 超怖い。

 良く分からない浮遊感を感じる。

 あの、芽舞さん。


「…………」


 あの、ちょっと心の準備を――。


「――――」


 ふっと、足が踏み外された。



 それは一瞬の出来事だった。

 落ちる。堕ちる。墜ちる。

 先行して走る身体に、内臓が後から追いついてくるような感覚。

 あっという間に迫る地面。激突。

 人間の肉体が受け入れる事の出来る許容量を遥かに超えた衝撃。

 皮膚が裂け、骨が砕け、内臓が破裂し、穴という穴からクラッカーのように血と内容物が噴き出す。

 今際の最期。

 その際に、芽舞さんの記憶が、想いが、逆流するように僕へと流れ込んできた。

 ――ああ、そうか。


 ――ああ、そうか。私はこうやって落ちたのか。

 ――ああ、そうだ。私はこうやって死んだんだ。


 ――なんて。


 ――なんて、無様。



 そんな想いを最期に残して、少女は消えた。

 最後の最期に流れ込んできた彼女の記憶。



  春休み。

    早めに終わった部活動。

      帰宅して目撃した、母親の不貞の現場。

        父親では無い、若い男。

       そこから狂った家族の歯車。

      両親の軋轢。

    家中に響く父の怒号。

      ヒステリックな母の声。

   陰惨に変貌した家庭環境。

     何処から話が漏れたのか。

       二週間ぶりの学校で向けられた、同級生からの侮蔑の視線。

         私じゃないのに。

           私が悪いわけじゃないのに。

             どれほど声を張り上げても、誰にも届かないその悲鳴。

           やがて、少女は全部を諦めた。

         何もかもどうでも良くなっていく無気力感。

       せめて誰もの視線から逃げようと、ふと立ち寄った、その頃は生徒の出入りも自由だった、学校の屋上。

     見下ろした先の風景。

  そうやって、彼女は落ちた。



 死のうと考えていたわけでは無い。

 死のうと思っていたわけでも無い。

 ただ、生きるのも死ぬのも、何もかもがどうでも良かっただけ。

 そこで道端の石に躓くようにして、少女は、折淵芽舞は落ちた。

 明確な己の意志によって落ちたわけでは無いからこそ、死後も彼女は落ち続けた。

 何故、自分は落ちたのか。

 それが分からないから、落ち続けた。

 理由を求めて、落ち続けた。

 そしてようやく、求めていた答えを知った。

 理由なんて無かったという、無残な答えを。

 だからこそ、彼女は最期に自分を。

 自分の最期を、無様だと言ったのだろう。


 僕の死に様はどうだっただろうか。

 やっぱり良く憶えていないが、僕の死体はあの環希さんすら顔を顰めさせたのだ。

 中々に凄かったのではないだろうか。

 さて。

 兎にも角にも、少女の17年にも及ぶ墜落劇は幕を閉じた。

 そろそろ、僕もお姉ちゃんの待っている家へ帰るとしよう。

 そう思ったところで、僕はようやく気が付いた。


「……あ゛」


 潰れた喉から、潰れたカエルのような声が漏れた。

 やべぇ。どうしよう。

 立ち上がれない。ていうか、動けない。

 冷静に考えたらそりゃそうだ。

 何せ全身の骨が砕けているんだから。

 筋肉だけは辛うじて脳からの命令を受け取ってぴくぴくと動くが、それだけだ。

 ヤバい。マジヤバい。どうしよう!?

 このまま夜が明けたら、17年ぶりの新たな飛び降り自殺死体として衆目の目に晒される!!

 いたいけな高校生たちにトラウマを植え付けてしまう!

 やっぱり自殺は良くないんだなぁ。


 って、現実逃避している場合じゃない。

 如何にかして家まで帰らないと! 放っといても治らないんだからこの身体。

 だけど、どれほど頑張っても一メートルはおろか、一センチたりとも進めない。

 どどど、どうしよう!?

 早く帰らないとお姉ちゃんが待ってる! 

 多分、お姉ちゃんの事だからご飯も食べずに、お風呂も入らずに、ずっと僕を待っているはずだ!

 くそぅ! こんなに遅くなるつもりは無かったのに!

 夜更かしはお肌の天敵なのに! 

 このままじゃ、お姉ちゃんのお肌が!

 あのきめ細やかですべすべした、陶器のようなお肌が損ねられてしまう!

 それでいいのか、六道縁! 

 弟として姉の肌の健康を損ねる原因になってしまっていいのか!!


「い゛い゛わ゛け゛か゛ぁ゛…………!!」


 五臓六腑から血液とともに絞り出したその声は、夜の校庭に地獄の底から聞こえる悪魔の罵りのように響いた。

 そして、まるでそれに答えるかのように。



「やれやれ。まさか本当にやるとは。これはもう、お人好しって次元の話じゃないぞ、縁君」


 心底から呆れたという口調で、魔法使いの声が聞こえた。


「た゛、ま゛き゛、さ゛ん゛……?」


「あー。喋るな、喋るな。怖くはないが、気持ち悪いから。一体、どんなB級ホラーの化け物なんだ、君は」


 言いながら、環希さんは僕の身体に近づいて、僕のすぐ近くにぼすんと何かを落とすように置いた。

 唯一まともに動く右目の眼球をぐるぐるさせて、僕は環希さんの姿を探す。

 ちなみに左目は顔のすぐ近くに転がっていた。

 千切れた視神経が、解れた糸のようにくっ付いている。

 うわ、グロっ!?

 僕、一回死んだけど、生きてないけど、だからってホラー耐性もグロ耐性も強いわけじゃないから!


「まったく。君のお姉さんが半狂乱で君が帰って来ないと私の部屋に殴り込んで来て、これはまさかと思って来てみれば案の定だ。しかし、まぁ、まさか、彼女の為に身体まで貸して自殺を完遂させてやるとは。まったく。君は」


 ブツブツと文句を言いながら、環希さんは僕の飛び出した眼球を摘まみ上げた。

 ジーーとジッパーを開ける音がする。

 あの。何ですか。何しているんですか。

 滅茶苦茶尋ねたいが、声が出ない。


「君の身体は、私が、私の技術の粋を凝らして造り上げた傑作なんだぞ? 幾ら君にくれてやったとは言え、人の作品を勝手にこう、ぐちゃぐちゃに壊すんじゃない」


 今度は怒ったような声を出しながら、環希さんは僕の身体を折りたたみ・・・・・始めた。

 丁度、上下一体のツナギをたたむみたいに。

 なになになに!? 何をされるの、僕!?


「何よりもまだローンすら払い終わっていない内から、ここまで派手に壊すなんて馬鹿なんじゃないのか。言っておくが、修理代は別途で請求するからな」


 うぐ。

 嫌な事を思い出させられた。

 そうなのだ。僕は、僕たちはこの人に借金があるのだ。

 あの後の面倒事の解決料と僕の身体の代金、しめて五千万。

 現代の魔法使いは意外と世知辛かった。

 修理代ってどれくらいになるのだろうと考えていると、突然身体を持ち上げられた。

 その先にあったのは。

 あ、これアレだ。ボストンバッグだ。

 環希さんはその中に、僕の身体を詰め込んだ。

 ジッパーの、その間から見える夜空がだんだんと閉められていく途中、一瞬だけ環希さんと目が合った。

 あの。なんか、もうちょっとどうにかならないんですか、コレ。

 と、僕は必死に視線で問いかける。

 それが通じたのらしい。環希さんは不機嫌そうに顔を顰めた。


「何だ。何か文句があるのか。あのな、君みたいな見た目完璧な死体を堂々と持ち歩いていたら、私がどこぞの猟奇的殺人犯だと勘違いされるだろうが」


 その言葉とともに、ジッパーが完全に閉じられた。

 うわあ。バッグの中ってすっごく暗いんだなぁ。


「いいか。動くなよ。声を出すのも、奇妙に筋肉を蠕動させるのも許さん。これ以上、修理の手間をかけさせるな」


 環希さんの命令的な口調だけが暗闇の中に響いた。

 ……早く、お姉ちゃんに会いたい。

続きは、また明日。

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