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Dead End/Over Route(デッドエンド/オーバールート)  作者: 高嶺の悪魔
第一話 終わった後の話 ~少女墜落~
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6

第一話分は全部、書き上げたので毎日更新にします。

「私を成仏させるって、どうやって?」


 僕の言葉に、芽舞さんは首を傾げた。


「それはまだ、思いついていないけど……とにかく、どうにかして見せるから」


 そう。

 残念な事に、情けの無い事に、ここまでやって来て、僕には芽舞さんをどうすれば救えるのかが分かっていなかった。


「知り合いにさ、こういう事に詳しい人がいるんだ。その人に色々聞いてみるから」


 その人とは、もちろん環希たまきさんの事だ。

 助ける必要は無いとか言っていたから、多分本人からの助力は不可能だろうけど。

 何気なく聞いてみれば、解決の糸口になるような事を引き出せるんじゃないかと、僕は踏んでいた。


「詳しいって、寺生まれの人? もしくはどこかの神社の神主さん?」


「あ。いや、魔法使い」


「はっ」


 僕の答えを鼻で笑いやがった。

 メルヘン野郎とか思われてるんだろうか。

 でも、仕方ないだろ。本人がそう言っていたんだから。


「君だってそろそろやめたいと思うだろ? こんな……」


 自殺を繰り返し続けるのは、という続きはなんだか残酷な気がして言えなかった。

 だが、やはり芽舞さんは無感情な顔を傾げるばかりだった。


「どうかしら? やめたいとか、特に思わないわ。このままじゃいけないとも。そもそも、何かを考えて落ちているわけじゃないし」


「でも、やめられるならやめたいんじゃないの? 17年も続けて、もう十分だとは思わない?」


「17年……そっか、17年もここにいるのね、私」


 どうでも良さげに芽舞さんは言った。


「正直、時間の感覚とか無いの。生きていた頃の記憶とか、痛いとか怖いとかも。ただ、ここで落ちているってだけ。それだけ。他にはなんにもない」


 だから、落ちるのはやめられないわよと、彼女は言う。

 むぅ。中々の難物だ。

 どうすれば、芽舞さんに飛び降りをやめさせられるの……。


 ――いや、ちょっと待てよ。


 小さな違和感に気が付いた。

 彼女はさっきから“落ちる”のをやめられないと言っていた。

 一度も“飛び降りる”とは言っていない。

 “落ちる”。“飛び降りる”。

 その違いは何だろう。

 後者の言葉は自発的な意志によって起こされる行動なのに対して、前者には自分の意志が介在していない。

 “落ちる”というのは、ただ事象のみを指し示す言葉だ。

 そうか。僕の質問が間違っていたのだ。

 彼女は飛び降りているわけでは無く、落ちているんだ。

 だから、飛び降りる理由について聞いても意味は無い。

 そもそも、彼女は飛び降りているわけじゃないから。

 なら、落ちた、いや、落ちている理由を聞かなくちゃ。



「芽舞さんは、どうして落ちているの?」


 僕は聞いた。

 彼女が、何故落ちるのか。その理由こそが、この問題の解決の糸口に違いないから。


「どうしてって……何度も言ったでしょう。理由なんかない。最初に落ちた時に、死んだ時にならあったかも知れないけれど、今はもう忘れた」


「違う。あるはずだよ」


 僕は、芽舞さんの返答に首を振った。

 環希さんが言っていた。

 幽霊は死の直前に感じた強烈な想いによって、現世に縛りつけられている魂だと。

 その行動は、それらの強烈な想いによって支配されると。

 ならば、何かあるはずなのだ。

 この目の前の少女にも、落ちるだけの理由、強い想いが。

 環希さんはこうも言っていた。

 死にたいと強く願って死んだ霊は、死後も自殺を繰り返すと。

 しかし、この少女は飛び降りたわけでも、飛び降りているわけでも無い。

 落ちたのだ。落ちているのだ。

 そこには彼女の意志が無い。

 つまり、全く別の理由からこの子は、折淵芽舞さんは落ちているんだ。


「思いださなくていいんだ。今、君が何故落ちているのかを教えてほしいんだ。なんで落ちるのか。なんで落ち続けるのか。必ず、そこには理由があるはずだから」


「なんで落ちるか……」


 芽舞さんは何処か遠くを見るように、ぼぉとした視線を虚空に向けた。

 僕は、彼女の考えがまとまるまで黙っている事にした。

 見上げた空には、綺麗な満月が輝いている。

 その周りを埋め尽くすような満天の星々は、遠くの山々の間にまで続いていて。


「ああ、そう言えば」


 ふと、芽舞さんが呟くのが聞こえた。

 そして。


「えー―?」


 星空に吸い込まれるように彼女の背中が、落ちていった。

 僕が手すりに近づくまでのほんのわずかな間に、芽舞さんは落ち切って、地面に吸い込まれるようにして消えると。

 また、僕の傍らに姿を見せる。

 そして、ゆっくりと振り向くと、ぽつりと言った。


「落ちた後の、私が死んだ瞬間がね。どうしても思い出せないの。気付いたらここにいて、気付いたらここから落ちて、それでまた、ここにいる。それの繰り返し。ねぇ、私はどうやって死んだのかしら」


「あー。何となくわかる」


「いや。死んだことないでしょ。貴方」


 いやいや、実は経験者なのだよ。

 確かに。そこまでの事は良く憶えているんだけど、死んだ瞬間っていまいち思い出せないんだよな。


「それが君の、落ちる理由?」


 僕は尋ねた。

 死んだ瞬間を思い出せないから。

 終わった時の事が分からないから。

 だから、その瞬間を思いだそうとして、落ちる。

 つまり。


「私の自殺は、不完全なのね。きっと」


 彼女はそう、結論した。

 そう。彼女の自殺は、まだ終わっていないのだ。


 いや。実はまだ、芽舞さんの身体がどこかで生きているとか、そんな希望的なお話ではもちろんない。

 環希さんが言っていた。

 人が人として生きるには、命と魂と心が必要だと。

 そのどれかが欠ければ、人間は人間足りえない。

 肉体はその為の器でしかない。

 逆に。

 人が人として死ぬには、そのどれも・・・が一度に無くならなければいけないのだ。

 一つとして残してはいけない。

 ただ唯一、その入れ物だった肉体だけを残して、故人として誰かの記憶にのみ残り続ける。

 それが人間の、人間としての死に方だ。

 残してしまえば、こうなる。

 自らの死について疑問を、未練を残してしまえば、彼女のような幽霊に。

 だけどまだ。


「大丈夫だよ」


 僕は言った。

 だけどまだ、彼女は死にぞこなっているだけだ。

 僕のように生きぞこなっているわけじゃないなら、まだ大丈夫だ。


「まだ、君は終われる。終わりにできる」


 僕のような有様には、ならなくても大丈夫だ。


「どうやって?」


 少女が聞いた。

 無感情な顔で、無感動な瞳で。


「それは」


 僕は彼女をしっかりと見返しながら。


「分からない」


 正直に答えた。



 芽舞さんが盛大にズッコケ、その拍子に落ちた。

 多分、今回のこれは彼女の落ちる理由とはまた違う理由なんじゃないだろうか。

 その証拠に、屋上へ戻って来た芽舞さんの顔が少なからず焦っているような気がする。


「貴方……さっきから散々、分かったような事を言っておいて、それ? 何なの? やっぱり私をからかってるんじゃないの? そんなに面白い? 自殺した女の子を馬鹿にするのが?」


「い、いや! ごめん! ごめんなさい! ただ、どうにかは出来るかも知れないけど、どうしたらいいのかが分からなくて!」


 芽舞さんから、何か凄く恐ろしい妖気というか、怨念のようなものを感じ取り、再びの土下座。

 日本人のみが示す、誠心誠意を込めた謝罪のポーズ。

 これで許してもらえなかったら、もうどうしていいか分からない。

 だって、この上にはもう切腹しかない。行き止まりデッドエンドだ。


「ああもう。偉そうな事ばかりぺらぺら言っておいて。最終的には分からないって何よ。馬鹿なんじゃないの。死ねシスコン。シスコン死ね。滅びてしまえ」


「おい、待ってくれ。君のその強烈な呪いで全世界の弟が全滅してしまったら、お姉ちゃんを誰が守るんだ」


「統制された暴力と法律よ」


 国家じゃん。

 まぁ、確かにお姉ちゃんの存在はそれぐらいに重要ではあるけれど。

 でも弟が居てこそのお姉ちゃんだろ。


「ああ。ムカつくわ。きっと生きてた頃でもこんなにムカついた事が無い。シスコンの話なんて聞くんじゃなかった。もういいから、私の事なんて放っておいてくれる? さもなきゃ、貴方に取り憑いて諸共に落ちてやろうかしら」


「ん?」


 芽舞さんの言葉に僕は。


「ああ。そっか、そうすればいいのか」


 そう、握りこぶしを手のひらの上に打ち付けた。


「はぁ?」


 芽舞さんが僕を凶悪な目つきで睨む。

 なんだか、感情豊かになって来て無いか、この子。


「だから、僕に取り憑いて落ちればいいんだよ。芽舞さんは身体が無いから、地面に物理的に落ちられないから、自分の中にある行動っていうか、記憶をループし続けているんじゃないかな? だったら、身体があればちゃんと落ちられるし、最期の瞬間まで追体験で思いだせるんじゃないの?」


「無理よ」


 その僕の意見を、芽舞さんが手を振って否定した。


「どうして?」


 さっき、自分で取り憑いて落ちてやろうと言っていたにも関わらず、無理だと断言した彼女に僕は怪訝そうな声で聞いた。

 すると芽舞さんは、溜息(いやまぁ、幽霊だから息なんてしてないんだけど)を吐いて言った。


「前にね。試した事があるのよ。誰かに取り憑いて落ちてみようって」


「やめてよ!!」


 悪霊一歩手前じゃないか!


「危ない所だよ! 僕じゃ無かったら死んじゃうでしょ!」


「いや。貴方でも死ぬと思うわきっと。ていうか、死んでよ。姉への想いだけで死すら克服できるとか思っちゃってるかも知れないけど」


「出来るよ、割と!」


「ごめん。やっぱり帰って。私じゃ、貴方に打ち勝てそうにない」


 なんで幽霊にお化けを見るような目で見られなきゃいけないんだ。


「……ん? いや、試してみたんだよね……? でも、君以外の生徒が飛び降りたって話は聞いていないんだけど?」


 それとも、生徒じゃなくて教職員とか、事務員とかで試したんだろうか。

 確かに肉体のある身で屋上へ来るには、生徒よりもそっちの方が簡単だろう。

 でも、流石に、他にもそんな事があったら委員長が知っているはずだし、その事を言わないはずが無いと思う。

 僕がそう尋ねると、芽舞さんはふるふると首を振った。


「違うわ。出来なかったの。取り憑けなかったのよ。生きている人間に取り憑くのってね、結構大変なのよ。なんかもう、生きているってだけで凄いパワーなの。私なんて到底、手出しが出来ないくらいにね。幽霊が人に取り憑くなんて話はよく聞くけど、あれはきっと私なんか以上に力が強くて、想いが強い幽霊ひとなんだと思うわ」


「ふぅん」


 そんなものなのかな。

 いや、そんなものか。

 前に環希さんが言っていたっけ。

 命とは、生きているとは、それだけで神秘の塊なのだと。

 それは魂や心をこの世に縛りつけるのではなく、繋ぎ止める為の奇跡の力だと。

 だからこそ命ある者は、その命を永らえさせる為に食べて、眠り、そして次代へと新たな命を紡ぐ。

 その奇跡の連鎖こそが、生命の循環に他ならないと。


「だから、貴方に取り憑くなんて私には無理よ」


「でも、僕の身体なら大丈夫だと思うよ」


 彼女と同時に、僕はそう言った。


「……どうして、そう思うの?」


 芽舞さんは、まだまだ疑わしげだった。


「どうしても何も」


 この“身体”はそういうモノだし。

 元々、コレはそういう為のモノだし。


「芽舞さん、まだ気付いてないのかも知れないけど。僕、生きてないよ」


 僕は彼女に真実を告げた。

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