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Dead End/Over Route(デッドエンド/オーバールート)  作者: 高嶺の悪魔
第二話 取り返しのつかない話 ~少女奉納~
11/13

2

 あれこれ言い合っているうちに、気が付けばもう教室の前までやってきていた。

 ああ。今日もまた退屈極まりない学生生活の一日が始まるのか。まぁ、授業中はほとんどお姉ちゃんのことを考えていればすぐに終わるんだけどさ。

 僕にお姉ちゃんがいて良かった。もしもいなかったら、退屈のあまりとっくの昔に気が触れていただろうな……ほんと、お姉ちゃんがいない人って授業中に何してるんだろう。

 心底から疑問に思いつつ、僕は始業前のクラスメイト達が思い思いに過ごす教室へと入った。転校してからすでに二週間近く経つせいか、以前ほど好機の目に晒されることは少ない。

「・・・・・・おはようございまーす」

 僕は控えめな声で朝の挨拶を口にすると、運んできたプリントを教壇の上に置き、窓際の前から三番目の自分の席に向かう。

 と、そこで。

 いつもとは違う光景が目に飛び込んできた。

 僕の席の隣、転校してきてから今まで、つまり、二学期が始まってからずっと空席だったそこに、見覚えのない男子生徒が座っていたのだ。

 そういえば、夏休みが終わってから一度も登校してこない生徒がいるって、委員長や担任の三枝先生が言っていたような。どうやら彼がその生徒であるらしい。夏休み明けに相応しい、健康的に日焼けした精悍な面立ちと、高校生にしては些か以上に鍛え過ぎじゃないかと言う体躯に、短く刈り込まれた髪。

 運動部にでも所属しているのだろうかと思ったが、制服の前ボタンを全て外れているし、シャツはズボンからアウトしてるし、何よりふんぞり返るように自分の机に座っている彼から出ている雰囲気はスポーツマンと言うよりも、不良のそれだ。

 できれば関わりたくない。やだなぁ、よりによって隣の席があんなのかよ。不良は苦手なんだよ僕。

 などと思っていると、どうやら僕の後ろで委員長も彼の存在に気付いたらしい。突然、大声でその生徒を呼んだ。

「れっ……真成君!?」

 ん? 今、委員長なんか言いかけなかった? 

 とかいう疑問を僕がぶつけるより前に、委員長はプリントを教壇へ叩きつけた。勢いが良すぎて、プリントは滝のように床へ崩れ落ちてゆく。それも無視して、大股で男子生徒の下へ向かう委員長。

 あれ。これ僕が片付けるヤツ?

「おう、伊吹か。久しぶりだな」

「久しぶりだな、じゃないわよ! 二学期が始まってから一度も登校してこないし、一体、今までどこで何をしていたの!?」

「ちょっと色々あってな。おい、ところでプリント床に落ちたぞ」

「私が落としたものは六道君にでも拾わせておけばいいのよ!


 おい。

「召使いに辛く当たる傲慢なお嬢様かお前は」

 誰が召使いだよ。

 ……いや、まぁ。拾うけどさ。なんか、クラス中の視線が僕に向いてるし。みんなの目が、拾えって訴えてるし。何か転校してきてからこんなこと多くない? 僕が演じてきたクールで近寄りがたいミステリアスな転校生のイメージが滅茶苦茶だよ。

 と、誰に愚痴れるわけでもないので、仕方なく床に散らばったプリントを集めるために僕はしゃがみ込んだ。

 あー、埃っぽくなっちゃってるし。しょうがない。一番汚れている奴は僕がもらっておくとして……と、僕がせっせとプリントを拾っている間にも委員長と謎の男子生徒Aの会話は続いていた。

「六道? そんなヤツ、うちのクラスにいたか?」

「転校生よ。彼、六道縁君。二学期になって転校してきたばかりなの。まだクラスに馴染めてないから、仲良くしてあげてね」

 ねぇ。普通さ。床に落ちたもの拾っている人をそのまま紹介する?

 本気で僕のことを召使いか何かと勘違いしてない、委員長?

 あと、ぼっち前提で人のこと紹介するのやめてくれない? あと、不良苦手なんだ僕。

「ど、どうも……」

 とは言え、紹介されてしまった以上は何かリアクションせねばと、僕はしゃがんだまま顔だけを彼へ向けて小さく会釈をした。何このみじめな気持ち。

「へぇ……微妙な時期に転校してきたなぁ」

 僕のほうを見て、今まで何度言われたかも分からないありきたりなテンプレを口にする男子生徒A。

 どうでもいいけど、どっちか手伝えよ。


 集め終えたプリントを教壇の上に戻した僕は、ようやく自分の席へ辿り着いた。隣の席にいた彼はそんな僕に、「災難だったなぁ」と声を掛けてくる。その災難の原因は両腕を組んで彼を見下ろしていた。

「俺は真成まなりだ。真成廉れん。よろしくな、転校生」

 そんな委員長を完全に無視しながら彼、真成君は僕の方へ身体ごと向けると片手を差し出した。こうして向き合ってみて気付いたのだが、彼は酷くまっすぐな目をしていた。なにか、硬い信念のようなものがあるのか。

 どうやら、不良というわけではないらしい。見た目で判断して申し訳なかった。

「あ、うん。僕は六道縁。よろしく」

 僕は内心で詫びながら改めて自己紹介をすると、差し出された手を掴もうとした。

「ああ、ところで六道」

 手を伸ばし、その手を掴もうかという瞬間。突然、ひょいとその手が遠のくと、真成君の思い出したような声が聞こえた。

 なんだろうかと顔をあげた僕に、彼はまっすぐな目をしたまま告げた。

「六道。俺はお前の友達にはなれない」

「へ?」

 え。何だこいつ。僕のこと馬鹿にしてんのか。いや、と言うか、そんなに友達欲しそうに見えるか僕? 

 僕にはお姉ちゃんがいればそれだけで十分だって言ってんだろ!

 だが、次に真成君の口から飛び出したのは僕の想像をさらに超えた一言だった。

「俺は“正義”の味方だからな。愛と勇気以外、友達にはなれん


 え。何言ってんコイツ。なんでそんなまっすぐな目をしながらそんな恥ずかしいことが言えるの。

 もしかして、自分のことをパン屋の煙突に飛び込んだ流星から生まれたヒーローだと思い込んでるの?

 お腹を空かせた子供たちに僕の顔をお食べとか言ってるの?

 やめろよ。あれはファンタジーだから許されるのであって、現実にそんなことしたらただ単に子供にトラウマ植え付けるだけの蛮行だからな。不良よりもよっぽどタチが悪いよ。

 と、固まっている僕の横で、委員長が盛大に溜息をつきながら会話に割り込んだ。

「あー、もう。だから初対面でそういうこと言うのやめなさいって言ってるでしょ。ほら、見てごらんなさい。六道君ツッコミが追いつかなくてフリーズしちゃっているじゃない」

 ツッコミっていうか、情報の処理と理解が追いつかないんだよ。

「気にしないで、六道君。ちょっとイタいの、こいつ」

 ちょっとじゃないよ。委員長。これモルヒネが必要なやつだよ。

「誰がイタいヤツだ。誰が」

 お前だよ。

「まぁ。友達にはなれんが同級生として仲良くするくらいは構わんからな。ってことで、よろしくな」

「よ、よろしく……」

 僕の胸中で行われたツッコミは総スルーされ、改めてぐいっと手が突き出される。僕はそれに、恐る恐る手を伸ばした。握手しなきゃダメだろうかこれ。

 できれば関わりたくないんだけど。これほど差し出された手を取りたくないと思ったことはないんだけど。

 そろっと視線だけを動かして真成君の顔を窺うと、やっぱり物凄いまっすぐな目で僕を見ている。

 仕方がない。

 僕は絶対に引きつっているだろう笑みを浮かべながら、真成君の差し出した手へ右手を伸ばし――。


 ――バチンっっ!!


「いっ……ったい!?!?」

 手が触れた瞬間。火の点いた爆竹を握りしめたような衝撃を右手に感じて、僕は腕ごと弾かれるように後ろへと飛び下がった。

「え、何? どうしたの一体?」

 あまりの痛みに蹲った僕を見て、事態を飲み込めていない委員長が驚いた声で聞く。

「いや、分かんないけど……」

「静電気?」

 びりびりと震える右手を押さえつつ、涙目になっている僕を見て、委員長が首を傾げる。

 いや、静電気なんてものじゃない。真成君の手に触れた部分には、勢いよく閉めたドアに思いっきり手を挟んだような痛みがまだ残っている。

「大丈夫?」

 あまりにも痛そうにしていたせいか、怪訝そうな顔を浮かべつつも委員長は僕の手を確認する。

「外傷はなさそうだけど……」

「ん、いや、大丈夫。もう大丈夫」

 まだ痛いけど。これ以上痛がっても相手に悪いしと、僕は右手をズボンのポケットに突っ込んだ。指を小さく、曲げたり伸ばしたりしてみる。動くには動くが、どうにも神経が麻痺したように反応が鈍かった。

 まるで、油をさしていない機械のように動きがぎこちない。

 機械、ロボット……人形、か。

 なんてことを思い浮かべながら、僕は真成君へと向く。

「真成君は大丈夫だった?」

 そう言った僕に、それまで自分が差し出した手を無言で見つめていた真成君はふいに、顔をあげると何かを確認するような声を出した。

「あれ、お前……」

 そして。彼は、真成廉はまっすぐに、僕へと問いかけた。

「なにか、ルール違反していないか? 主に世界の理的なものを」

 突然の、核心を突くような一言に、心臓がばくりと飛び跳ねた。

 正確には、精確に精巧に精密に、六道縁という人間を模して作られたものの一部が。奇妙に蠕動し、収縮する。

 その動きによって絞りだされるように、僕の喉からは枯れた声が漏れた。

「なっ……」

 なんで、分かったの。

 そんな言葉が言えるはずもなく。

 僕の口は機械的に、単調な言葉を紡ぐ。

「ナンノコトダカワカラナイナ―」

「いや、何よその平坦すぎる棒読み」

 すかさずツッコむ委員長。しまった、ミスったか。

「本当か?」

 そして、さらに疑問が深まった様子の真成君。

 むしろ僕のほうが彼に対する疑問が尽きないのだけれど、今はそれどころじゃない。

 とにかく、どうにかしてこの場を切り抜けなくちゃ。助けて、お姉ちゃん。

「ほほほ、本当だよ! この僕が世界の理レベルのルール違反なんてするわけないだろ! たとえどんなに車通りが少ない道でも赤信号では止まるんだぞ僕は!」

「偉いわね」

 必死の言い訳に、委員長がものすげえどうでも良さそうに相槌を打った。

「カンニングもしたことがないし、ピンポンダッシュもしたことがないし、燃えるゴミの袋にまぁいっかーとか言いながら小さな燃えないゴミを混ぜたこともないし、他にも……」

「いや、もういいわよ。なんか違反するルールがちっちゃいのよ」

「ちっちゃいとはなんだ!」

「そうだぞ、伊吹。ルールに小さいも大きいもあるか。意味があって決められたルールなんだから、ちゃんと守れよ」

「なんであんたまでそっち側についてんのよ! つーか、それはむしろ私のセリフでしょ!」

 いつの間にか二対一の立場から、一対二の立場に逆転していた委員長が真成君の机をばーんと叩いた。

 やぁねぇ。最近のJKは。ちょっと責められるとすぐに逆ギレするんだから。

 あと、真成君“正義の味方”を自称するだけあって割と常識人なのね。いや、その肩書を自称する常識だけは知らないんだけど、僕。

「はいはい、分かった分かった。世界の理だか円環の理だか知らないけど、とにかく六道君は道交法も、町内のゴミ出しルールも守れるし、迷惑行為も行わない人なのね」

「当たり前だろ。僕はただの一度としてお姉ちゃんからの言いつけを破ったことなどない」

「姉じゃなくて法に従え、このシスコン」

 委員長が一気に冷めた目で僕を見下してきた。

「えっ……お前、シスコンなのか……?」

 そして真成君が椅子ごと、後ろに少し退いた。

 えっ!?

 嘘だろ……? 僕、こんな奴にまで引かれたのか、今……?

 正義の味方を自称する、自分がア〇パ〇マ〇の生まれ変わりだと信じているような奴に……?

 畜生。何故だ。

 何故、ただ姉を愛しているというだけで他人ひとは僕らを異端として扱い、追放や弾圧の対象にするんだ。

 ……いや、これもあねが与えた試練なのか。

 分かったよ、お姉ちゃん。必ず乗り越えて見せるから。

「ねぇ。時々やってる、そのわけわからない祈りのポーズするのやめてくれない? いや、何考えてんのかとか何してんのかとかさっぱりわからないんだけど、ただただ気持ち悪いから」

 そう言った委員長は、噛み終えたガムを吐き捨てるような顔をしていた。

「ていうか、何の話してたんだっけ……?」

 気を取り直したように、委員長がそう小首を傾げた時だった。


「はーい! 二年E組のみんな、おはようございまーす! 担任の三枝穂乃果さえぐさほのか先生ですよー! 現国担当ですよー! 年齢はヒ☆ミ☆ツ☆! 朝のホームルーム始めますよー!!」

 すべてをぶっ壊すような勢いで、担任の三枝先生がやってきた。

 淡い茶髪の可愛らしい人で、普段はおっとりとした雰囲気の女教師なのだが、なぜかこのところ異様にテンションが高い。まるで重しを取り除かれたように生き生きとしている。

 と言うか、なんだろうか。

 その日の初登場時には一々フルネームで説明的に名乗りを上げるのがこの学校の校則なのだろうか。

「――って、ひぃ!? ままま、真成君っ!?」

 そして、三枝先生は真成君を一目見るなり悲鳴を上げていた。

続きは月曜日

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