【ウェリエの聖域シリーズ】とある医者の日記:災害神話-生物学的感染(BiometricsInfect)-
彼らが『異世界』という、我々の世界に転移させられたとされる一人の医者と呼ばれる者の日記である。
こんにち『彼ら』がいう"日本語"という言語は共通語となっているが、当時は珍しい言語であったのだろうということがこの日記から見て取れる。
彼らが生きていた時代。彼らからみると、我々は後世の人間である。
そこにどれほどの災害があったのか。否、その災害はどのようにして神話となり得たのか。その答えが、この日記に片鱗があるのではないだろうか。
晴れ
今更であるがこの日から日記をつけようと思う。
今から二年前の……そう俺の名字であるほずみの日、つまり八月一日。
忘れられない日だ。
自分の名字ってのもある。数十年前にやっていた医療ドラマの放送日もこの日だ。
この日にやっていたドラマを見て「医者を目指す」と言い切ったのも覚えてる。
ついでに言えば、高校一年のときに彼女に告った日もこの日で、二浪したときにフラれたのもこの日だ。
念願の大学に合格して勉強した甲斐もなく、どう計算しても「留年が確定したっぽい」と打ちひしがれたのもこの日だし、俺のその姿に笑ったとアイツが告白したのもそうだ。
そうして俺は。
そうだった。
アイツが後輩だったのがいつの間にか同輩、そして先輩となり、後がなくなった俺を蔑みながらも、その腹を抱えて大笑いするその顔が。
(以降、意味のある言葉を黒の墨で塗り潰し)
いや止そう。
これ以上、女々しいことを書いてセーハに見られたら、なんて言われるか。
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――――――中略――――――
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晴れのち雨
今日でこの診療所に来てから二年目となる。
詳しい日付の感覚はない。
セーハ曰く一年というものは、三百六十五日ではなく季節の一巡で一年と定義しているらしい。
医者としては正確な年月日が知りたいところであるが、それでもなんとなくで通じる辺りテキトーでどうにかなる風土らしい。
仕方がない。
それで二年もこの世界でやっているのだから、今後もやっていけるだろう。
そういえばセーハも結構長い付き合いだ。
この世界に来てから大体二年。いや一巡期を二回も一緒に過ごしている。
二年より前の病院では、色々あって同じ人が二年もいるというのはなかった気がする。
別のところならあったかもしれないけれど、少なくとも俺のいたところではそんなことはなかった。
うん、ないな。記憶を探ってもいない。
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雨
スタッグスの爺さんが骨折した。
高いところから落ちたとか。
まあ、爺さんは庭師だ。高いところに登るなと言っても無理があるだろう。
この間教えたように、冷やして添え木した状態で来院したので、セーハに頼み回復術を掛けて貰い退院。
いやはや、二年もいるが未だに回復術は驚かされるばかりだ。
開放骨折でもあのように治せるのだから。
俺、要らないんじゃないかな。
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曇り
アデナさんが口唇炎に罹った。
原因について聞かれたので、栄養不足または疲れなどによる睡眠不足の可能性について伝えた。
思い当たるところがあるようで、どうやら最近の事業に追われて睡眠不足のようだ。
俺も中々アレであるが、一応はこの街の住人だ。
事業について聞いてみたところで、院長がタイミング悪く診療室に来て、聞けずじまい。
そういえばこの街も結構広く、未だに行けてないところがある。
院長に行くなと厳命されているし、セーハも教えてくれない。
……セーハに聞いてみるか。
じゃなかったら、アデナさんのところに直接伺うことにする。
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雨
アデナさんのお父さんが頭痛で来院。
症状を聞くと目の奥も痛いようだ。
肩に触れてみると凝っているように感じる。
ちょっと肩を動かしてもらうと痛いし、目が乾くとか。
眼精疲労の可能性あり。
パソコンとか携帯電話などのモニタをまじまじと見る関連のことはない世界の筈なのに眼精疲労。
異世界というものはよく分からないな。
もちろん、別の場合もある。
年齢が年齢なので老眼などで……というのもあるだろう。
メガネとかその辺りは専門外なわけで。
うむ。
なお、そういった系統のものは回復術では治せず、専ら体力とかで治してきたらしい。
変なところでローテク? だ。
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雨
アデナさんがまた来院。
またも口唇炎。それと口角炎も発症。
また目が充血しているあたり、ビタミンB2の欠乏症の可能性あり。
この世界では不明だが「俺の世界では」と前置きして動物の肝臓にそれらの栄養素が含まれていることを教えた。
明日にでも摂取する模様。
ついでに例の事業について聞いた。
今度、時間が空いたらその事業を見せてくれるらしい。
楽しみだ。
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雨
またも雨。
ここ最近、どんよりとした雨が続く。
アデナさんからのお誘いはまだ来ない。
まあ、あちらもあくまで口約束だ。
仕方がないといえば仕方がないし、期待しすぎてもしょうがない。
タンザさんが来院。
彼も口唇炎だ。彼にもアデナさんと同じように肝臓について紹介。
やはり俺が転移者であることはある程度の強みがあるようだ。納得して帰っていかれた。
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雨
タンザさんが来院してから翌日である今日。
アデナさんが来院。経過は良好のようだ。
気になるところといえば、『よだれがかなり出る』そうだが口内炎が出来ると唾液が出る。
その関連ではないだろうか。のどに異物感はないそうだし、口腔内を見たが扁桃腺などの腫瘍も見受けられない。
流石にその奥は機材がないので見れない。
水なども飲めるようであるし、一時的なものとして診断。
念のため、セーハに頼み回復術を掛けて貰う。
唾液については特に治癒しない辺り、口内炎関連だろう。
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――――――中略――――――
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雪
湿気がないからか、インフルエンザと思われる症状を確認。
回復術では回復が見込めない。それどころか悪化しているように見受けられることから、セーハほか回復術師らに禁止令を出す。
俺を勝手にライバル視しているバカ回復術師は回復術を掛けて、余計に悪化させている。
なまじ回復しているように見えているから、なおさら危険だが回復したように見えるのは患者にとって安心出来るところなのだろう。
向こうに行く患者が後を絶たない。
おまけにこちらは小さい診療所だ。そして向こうは大病院。間違いなく見栄えはあちらがいい。
クソッ、忘れていようとしていたのにアイツが脳裏に。
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――――――中略――――――
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快晴
俺に新しい仲間のマコトがウチの診療所に来た。
同じ転移者で薬剤師だとか。同じく何故か来たこの異世界で頑張っていこうと誓った。
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大風
砂によってどうやら俺の気管がやられたようだ。
回復術と薬で絶対安静を命じられた。
ベッドの隣には薬剤師のマコトがいる。
……出来ることなら。いいや、止そう。マコトは日本語が読めるし書ける。
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風雨
昨日の日記を書いてから、セーハが俺の日記を読んだ。
というのも読んだどころか、たどたどしく拙い日本語の発音で感想を言われた。
……、今日からそういう系の日記は書かないようにしよう。
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――――――中略――――――
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晴れのち曇り
アデナさんの事業は胸糞悪くなることであったのは今日に限った話しではないし、実際に以前にも日記に書いた通りだ。
あのときに散々、自分の中の良心に従って行動しようともした。
けれども結局の話し、例の話は折り合いを付けなければいけない。
俺はもう例のことについてとやかく言えるような立場ではない。
そう、最早恩恵を受けてしまっており、それなしでは考えられない。
だから。
マコトが自殺未遂をする気持ちは分かる。
日本ではあり得ない世界だ。
自分たち人間のために別種族をああいったことをするなんて。
でも。
俺もお前も共犯者なんだよ。
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大雨
アデナのおとう(ズブズブに濡れてから乾いたあとがある。書かれていたであろうほぼ消えてしまっているようだ)
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――――――中略――――――
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クソが。
馬鹿かよ、俺は。
唾液の時点で気付けよ、クソが。
大病院のあそこと、アデナさん一家の葬儀に参加。
セーハが「幸い」と胸を撫で下ろしているが……幸いでもなんでもない。
俺は最悪を想定しなかった。
ああ、そうだ。
なぜあそこで帰らせたんだ。
気付けるところもあった。
それなのに。なんで。
『狂犬病』と診断しなかったんだ……。
ああ、そうだよ。
診断出来ても致死率ほぼ百パーセント。
治癒方法はほぼないに等しい。
でも、ここは異世界。回復術がある。きっと何か出来たかもしれないのに。
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――――――中略――――――
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マコトを帰らせたい。
みるみるうちにやつれていく。
色々なところに自傷跡が見える。
彼女にこの世界は厳しい。
お願いだ、神様。
彼女を日本に帰らせて欲しい。
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お願いします。
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大丈夫だ、マコト。
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晴れ
気丈に笑うマコトが痛々しい。
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――――――中略――――――
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結局のところ、ここは異世界なのだ。
俺は男だ。だから腕っ節もある。この四年間も車なんてものはないから、年がら年中走り回った。
東に骨折した人がいれば走り、西に風邪の人がいれば見に行き、北に喧嘩して火傷とか傷を負う人がいれば、南で助けてと願う人がいれば。
そう信じてきた。
そうだ。その通りにやってきた。
足腰も鍛えられた。この四年間内科外科になんちゃって回復術も学んだ。
そこに、薬剤師のマコトがいてくれれば敵なしだと思った。
ああそうだよな。
マコト。
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――――――中略――――――
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マジかよ。
これが災害か。
嘘だろ……俺はもう。これ以上人を死なせたくないんだ。
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頼む。こいつはどこが悪いんだ、教えてくれ。
教えてくれ頼む。頼むよ神様。
血痰と頭痛、高い発熱に下痢……肺結核の重いやつか?
いや、こんなに大勢に重篤な肺結核になるなんてあり得るのか。
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なんだこの皮膚潰瘍は。
考えられるのは外傷、熱傷、感染症。
皮膚潰瘍に併せて口内炎あり。
しかし唾液は見受けられない。
関節症に血便の疑いあり。
視力の低下が以前よりあり。
針反応あり。
死亡した患者の股間にも潰瘍を確認。
……まさか……いや、こんな異世界でコイツがいることがあり得るのか?
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別の街にいる医療系能力者に伝言なる魔法で教える声が震えるのが分かる。
だれが分かるかよ。
もちろん、確定なんかではない。
でも恐れあり……だ。
ベーチェット病。
完全型か不全型かは不明だが、この際区別なんて意味がない。
そうだよ。薬剤師チートとやらを持つマコトがいれば、治せたのに。
………………
…………
……
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………………嘘だろ。
ベーチェットと診断した。
確かにした。
だが、皮膚のあちこちから出血斑。
からの壊死による黒い肌。
頭に浮かぶのは『黒死病』の三文字。
ネズミはいるがネコもいる。
獣人はいる。どっちの種族もいる。
ノミか? この五年の間、ノミなんてたくさんいた筈なのに、このときに限って?
考えられる原因が分からない。感染経路が不明だ。
潜伏期間が長いのか? どういうことだ。
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セーハの妹が罹患した。
俺の説得に応じ、隔離に成功したが彼女の悲鳴が止まない。
俺の世界の歴史通りで言うならば、この世界も人口が相当数犠牲になるのではないだろうか。
隣町の異者からの伝言が届いた。
ベーチェットと診断した件に不問となった。
俺と同じ所見をしたそうだ。
そして黒死病を確認したそうだ。
しかし気になるのは感染経路。
どこで罹患したのか。
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――――――中略――――――
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……あれから、数日経っ(日記が破れてしまっている)
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(数枚分の日記が破れて最後のページ)
あはははは、なんだろうな。
この病気って奴は。
俺はなんだったんだろうか。けっ局おれは。何がしたくてここに来たんだろうか。
アイツのような人をうしなわわせないために来たつもりだったんだけど、覚ごがたりない
それに俺はさ。
男のはずなのに。身体が丸みをおびていき、自分で言うのも何だけどきん骨りゅう々だったんだぜ。
それがなんでむねが出てきて、のど仏も引っ込むんだよ。
あはは、おかしいだろ。
街の男女が亡くなっていくから、また伝染病と思えば……、俺はなぜか女体化だ。
なんだよ、これ。
おかしいだろ、セーハとは結婚してまだなのに。
セーハを疑うわけじゃないけれど、なんでにんしんしているんだよ。
おかしいだろ。
俺は疑っていないのに、それなのになんでセーハが自殺しなければいけないんだよ。
きっと何かが起きているっていうのに。その何かが分からないま、
(最後の字と思われる墨線が日記帳の下部まで伸ばし消えている。どうやら書き手は力尽きたようだ)
作者名とアカウントネームが違うため、私の活動報告に直接飛べません。目次の下部にある「作者マイページ」から、私のアカウントの活動報告の閲覧出来ます。
今回の短編についての言い訳も活動報告の方に書きます。