「むしろ……好みかな?」
「ふぁ……、今日からまた学校か……」
俺は玄関を出て家の前で欠伸してからそう呟くと空を見上げた。
何もかも吸い込んでしまいそうな青い空
重たい足を学校へと向ける。
教室は相変わらず外に聞こえるぐらい騒がしい。
教室へ入ると、俺が来ることを忘れていたのか教室の喧騒が止み視線が集まる。舌打ちが聞こえてきた。俺は素知らぬ顔をして自分の机へと向かった。
白咲の机と俺の机は離されていた。2つの机の間には女子が群がって、俺に向けて殺気を放っている。
まぁ、当然か、
頼みにくいなあ、止めようか……
俺は横からぶつけられる視線に不快になりつつも、椅子に座ると
──ピチャ、
濡れていた
「チッ」
俺の舌打ちが教室に響いた。
一瞬でクラスの雰囲気が凍りつき、女子の殺気が止む。
まただ、
この空気は嫌いだ。
暴力で支配している感じがする……
昔って言っても中1の時、俺が喧嘩をしたという噂のせいで周りは俺に完全にビビっている。
大概、俺は何もやり返さないが、一部を除いて、周りの連中はいつも誰がやったか分からないように仕掛けをしている。言うなれば全員が共犯。
俺はため息を吐いて、頭を掻きながら立ち上がる。そのまま教室から出て行った。
加奈はその後ろ姿を悲しげな表情を浮かべて見送っていた。
「加奈、大丈夫だよ。私達が守ってあげるから」
「うん……」
友達の1人が加奈に対してそう言うが、加奈の返事は歯切れが悪かった。
──ガラガラッ
扉を開けて入ったのは保健室
「すみません、しんどいんでベッド借ります」
俺は先生の返事を待たずにベッドへと向かう。そのまま倒れ込んだ。先生も馴れた様子で特には気に留めず、机に向かっている。そう、俺はよく保健室にエスケープする。
おもむろに立ち上がると俺のいるベッドのカーテンをシャーと閉めた。その後、椅子に腰掛けてからカーテン越しに、
「獅村くんだっけ?」
その口調は優しい。話し方だけでも優しさが滲み出ている。
「はい。そうすけど」
「どうして、水なんかかけたのかな?」
本当のこと、言わない方がいいな。
「白咲が勉強できるからイライラしてかけました」
「そっか…、あなたの為人はよく分かったわ。優しいのね」
俺はベッドから上体を起こして、カーテンの向こう側にいる先生のシルエットを見る。
「……知ってたんすか」
「ごめんね、騙すつもりは無かったんだけど」
「別にいいっすよ」
「どうしてあなたはそんなに評判が悪いの?」
「さぁ、容姿のせいじゃないっすか」
「悪くないと思うんだけど、むしろ…好みかな?」
そう言われたからといって別にトキめいたりなんかはしない。
「そういうことっすよ」
「え?つまり…嫉妬?」
「…はい、とは言いたく無いっす」
「そうね」
向こう側からふふっと先生の笑い声が聞こえる。シルエットの肩も揺れていた。
「じゃあ、どうして女の子にも悪いの?」
「噂に尾ひれでもついてるとかじゃないすか」
「そう、私にはあなたはそこまで悪い子には見えないんだけど…、やっぱり噂の方を信じちゃうのかしらね」
俺は返事を返さずにまた寝転がった。
─────
───
─
獅村くんが居なくても授業は通常通り進む。
私はペンを片手に持ちながらボーッと獅村くんの席を眺めていた。
やっぱりいつも通り先生は何も言わないんだ。
なんだか寂しいなあ。
授業が終わると、私は担任の先生に呼び出された。話は大体予想がつく。
職員室に入ると私は担任の先生に相談室へと連れて行かた。中に入ると先生は椅子に浅く座って前で手を組んで口を開いた。
「白咲、志望校を変えるのは本当か?」
やっぱり……
「はい」
「どうしてだ?お前なら晴山ぐらい行けるだろう?」
怒っている様子はなかった。単純に疑問に思っているんだと思う。それは当然のことだと思う。
「雪ヶ丘なら家から近いですし、それに…勉強なら何処でも出来るかなと思いまして」
「そうか…、まあお前が決める事だからこれ以上は何も口出しせんが、後悔はするなよ」
「分かりました…、ありがとうございます」
私は真っ直ぐ先生の目を見て言った。
後悔なんかしない、するはずがない。
私は立ち上がってぺこりと頭を下げると、
「失礼します」
そう言って部屋を後にした。
教室に戻ると獅村くんはまだ帰ってきていない。私はため息をついてから自分の席へと戻った。
椅子に座ると、友達が集まってきた。
「何の話だったの?」
みんな興味津々だなあ。ちょっと近いよ。うぅ……
「うーん、進路についてだったよ」
「へぇー、そうなんだ!晴山いけるって?」
「うん……、まあそんなとこかな」
「いいなぁ、私も晴山いけたらな」
「どこに行くの?」
「私は仙陽高校かな……ちょっと遠いけど」
友達は少し自嘲気味に言うけど、仙陽高校も晴山よりもランクは落ちるけど簡単には入れない。
「仙陽も難しいよね。あそこは特別スポーツが盛んらしいし」
「そう!そうなんだよ。マネージャーやるんだあ」
そう言う目は輝いていた。
「受かると良いね」
「そだね」
─────
───
─
帰り道、私は途中で友達と別れて、1人で歩いていた。
家の前とかで会えないかな……
少し立ち止まり、はぁ、とため息を吐いてからまた歩き出す。
周りが見慣れた景色に変わっていく。
家の近くに着いたとき、私は足を止めた。
あ!獅村くん。
獅村くんが私と獅村くんの家の間で1人で立っていた。
もしかして、待ってたのかな?
私は足の動きを速くしていき、獅村くんのもとへ
「ひゃっ!」
──ドシン、
いったぁ〜い、また転んじゃった
「おい、大丈夫か?」
地面に座って眼鏡を直しながら見上げると、獅村くんが私を見下ろしていた。
おわぁ〜、はっ!
一瞬見惚れてしまった。
私はハッとしてから慌てて立ち上がり、服についた汚れをパタパタとはたいた。
「獅村くん。どうかしたの?」
獅村くんはバツの悪そうな顔している。私じゃなかった……?
「それが……、昨日あんなこと言っといて悪いけど、勉強教えてくんない?」
「ふぇっ?」
私の間の抜けた返事に獅村くんはピクリと眉を動かした。怒ったのかな?でも、今……
「だから、勉強教えてくんない?」
え?勉強……?教えて……?
私は言葉の意味が理解出来ずに固まってしまい、頭をフル回転させる。2秒ぐらい経った後やっと理解できた。
「あ!そういうこと……、いいよ!」
私満面の笑みを浮かべた。でも、次の言葉には予想できなかった。
「じゃあ、今から来い」
私は『今』という言葉に異常に反応した。ポッと頬が赤くなるのが感じる。
「え!?今から?」
「おう、ムリ?」
「別にいいけど……」
「じゃあ、来い」
獅村くんは意外と強引なんだね。
心の準備がまだ……
男の子の家に入るなんて
しかも獅村くん……
あぅ……
私は獅村くんの後をゆっくりとついて行く。だって近いと恥ずかしい。
家が近付くにつれて、だんだんと私の脈が早くなってきた。心臓が爆発しそうなくらい。
私の足と手の動きは完全にそろってしまった。
獅村くんはドアノブに手を掛けて、
──ガチャリ
中へ入って行くが、私はドアの前で完全に固まってしまっている。ど、ど、ど、どうすればっ!
「おい、何してんだ……早く入れ」
獅村くんはポッケに片手を突っ込みながら顎を使ってクイッと家の中を指した。うん、絵になる。
感心していてる場合じゃなかった。
「は、ひゃい!」
声が裏返った……、聞かれたのかな?うぅ……恥ずかしいよぅ。
でも、獅村くんは何も思わないのかな?私一応女の子なのに……
私は足を踏み入れた。歩きながら家の中を見回す。
初めて入った。意外と綺麗なんだね、2人には広い気がするけど
あ、もともと2人だけの予定じゃなかったもんね……
獅村くんに連れられて居間に行くと、奏ちゃんが絵を描いていた。真剣な顔をして舌を少しチロッと出しながら、机に向かう姿が愛くるしい。
奏ちゃん可愛い……
奏ちゃんが私に気付いた。手の動きを止めると、バッと手を上げて絵を私に見せてくれた。
描いてあるのは猫?
「どう?」
「うーん、分からないかな……ごめんね」
奏ちゃんはため息を吐くとやっぱりと呟いて、
「でも!おにいちゃんは、すっごいじょうずなんだよ!」
「そうなんだ」
意外な特技を発見したな。獅村くんは絵が上手いっと。
「奏、余計なこと言うな」
「いいじゃん、ぶぅ〜〜〜」
奏ちゃんは獅村くんにブー垂れた。か、可愛い……
その和やかで微笑ましい兄妹のやりとりを見れば誰でも心が癒されると思う。
私も思わず笑みがこぼれた。これは仕方がない。
「おい、早く勉強すんぞ」
「あ、うん。でも、その前に……」
「なに?」
「獅村くんって言うと何だか面白い人思い出しちゃうから、比呂って呼んでもいいかな?」
加奈はおっとりとした口調で話した。
うんうん、あのアイーンの人。
……でも、いきなり下の名前で呼んでいいのかな?ちょっと恥ずかしいな。
私は自分の言っていることに気付いた。顔がみるみる紅潮していくのが分かる。やってしまった……
(白咲って意外と抜けてるのか……)
獅村くんは顔色一つ変えずに私に対して、
「勝手にしろ」
言い方はキツイけど怒っている風には見えないし、いいって事だよね。
・・・え!?いいの!?ちょっと嬉しい……
私が浮かれていると、獅村く……比呂が私に向かって、
「おい、聞いてんのか?」
「あ、ごめん、うん、分かった」
奏ちゃんがニヤニヤして私を見ている。
奏ちゃん、なに!?
「あとさ、一週間に1回でたのむわ」
「うん、いいよ」
「悪いな」
比呂が少し真顔になって言うから、私は慌てて、
「いや、私の方が助けてもらったから……」
「じゃあ、これから頼むわ」
「う、うん!」
「あと、このことは秘密な」
「うん、分かった」
─────
───
─
「ふぁ……」
比呂はペンを置くと、欠伸し、背中を伸ばすと、ポキッと音がした。
私は比呂の部屋を目を輝かせながら見ていた。だって本が……
「ひ、……比呂の部屋って本多いんだね」
「ん、ああ、本は好きだからな」
比呂は欠伸を噛み殺して本棚に目を向けながら私に向かって言った。
「そうなんだ…、私も本好きなんだ」
「いっつも本読んでんもんな」
「え?」
いっつも?
心臓が強く跳ねた。
驚いている私を尻目に比呂は本棚を物色している。
「休み時間とかよく読んでんだろ?」
「そうだけど……見てたの?」
「ん?ああ、まあな」
見てたの?私のこと?
また跳ねた。
比呂は当たり前のようにあっさりとした口調で言う。そして、一冊の本を手に取って私に差し出した。
「この本オススメ、貸してやるよ」
「うん……、ありがとう」
私はさっきの言葉が頭から離れなくて、比呂を直視出来ない。
「なに?」
そんな覗き込むように見ないでよ……
「ううん、大丈夫……」
「そうか、じゃあまた来週頼む」
「うん」
玄関で奏ちゃんに見送ってもらい、家までは比呂が付き添ってくれた。
「近いから別にいいのに」
「危ないから一応な」
「うん……、ありがとう」
私は比呂からずっと顔を逸らしている。だって、ね?
「なんか変だぞ。大丈夫か」
「だ、大丈夫!じゃあまた!」
比呂は手を挙げ、何も言わずに帰った。バイバイぐらい言ってくれても……
私は家の中へ入ると胸に手を当てた。
まだドキドキしてる……
私は貸して貰った本を抱き締め、微笑むと、自分の部屋へとスキップしながら戻った。
部屋に向かう途中、転んだということは……うん、言いません。
前作と世界観は同じにしています。