「頼むしかねぇか……」
「獅村くん、ごめんなさい、ありがとう……」
私は頭を下げて言った。
獅村くんは一瞬呆気に取られていた。でも、すぐに、はぁ、とため息を吐いてから。
「別にいい、我慢出来なかったんだろ。誰にも言わないから安心しろ」
「……でも」
「何?」
獅村くんは突き放すように強い口調で言う。私を見る目は冷たい。私は少し怯みながらも、
「お、お礼がしたい……」
「いらない」
いらない……?でも、このままだと、私は……
私は冷たい態度に悲しくなってうつむた。そんな私を見て獅村くんは同情したのかな?私に向かって、
「だったら、勉強道具貸してくれ、問題集とかでいい」
「どうして?」
「俺は教科書が使い物にならない。それに雪高に行くには学力が足りないんだ、だから問題集とかでいいから貸してくれ。もってるだろ?」
「うん!分かった、取ってくるね」
私は笑ってそう言うと、身を翻し、獅村くんに背を向けて家に向かって走って行く、
──ドシンッ!
私は転んだ。
恥ずかしい……
私はすぐに立ち上がると眼鏡を直して、服をパタパタとはたいて獅村くんの家の2つ隣の家の中へ
「え?白咲の家って……」
比呂が隣にいる奏の方を見下ろすと同じことを思っていたのか奏もこちらを見上げていた。
「おにいちゃん、あのひとのおうちってあのおっきいところなんだね」
「そうみたいだな……」
白咲が入って行ったのは門からして立派な大きな日本家屋。高い塀に囲まれており中はよく見えないが、門から見える屋敷は風格がある。
比呂と奏がしばらく固まっていると、屋敷から加奈が出てくる。
「獅村くん、はい、これ。取り敢えず全教科あるから」
「ああ、助かる。また今度返すわ」
「ううん、いいよ、あげる。もう全部解き終わったやつだから」
「……そうか」
「うん、」
「あー、それと、もう俺には関わんな」
「え?」
関わんな……?
私は呆気にとられた。
「俺に関わるとろくな目にはあわん」
獅村くんはそう言うと他には何も言わずに奏ちゃんと家の中へと入っていく。
私は何も言えずにその背中を立ったまま見送ることしかできなかった。
何も言い返せない自分が悔しい、
私なんかよりもよっぽど辛いはずなのに……
自分の無力さに悔し涙が込み上げてくる。私は歪むような苦しげな表情を浮かべて唇を噛み締め、涙を堪えた。
……私じゃ力にもなれないのかな
「おにいちゃん、よかったの?」
「ん?なにが?」
「おともだちにならなくて」
純粋に質問をする奏の顔を見れずに、比呂は顔を逸らした。
「……ああ、いいんだ」
奏は不思議そうな様子で比呂を見上げていた。
─────
───
─
私はベッドに寝転がってクッションを抱きしめている。
ベッドの上に広がる艶のある絹糸のような長い黒髪、目は大きくぱっちりとした黒い瞳、その容姿からはおっとりとした柔和な印象を与えられる美少女。
出る所もしっかり出ており、一目見れば誰もが彼女に対して恋心を抱くだろう。
とても学校で見る加奈とは同一人物には見えない
風呂上がりなのだろうか、顔が少し火照っている。プシュ〜と効果音が聞こえそうだ。
やっぱり獅村くんは優しいな。
初めて会った時だって、今日だって…
「志望校変えようかな……」
ボソッと呟いた。
雪ヶ丘なら家からも近いし、獅村くんとも同じだから……
でも、関わるなって言われたんだった。
私は寝返りをうち枕に顔を埋める。
「ん〜〜〜〜!むー!」
「……ぷはっ、・・・・はぁ」
何か出来ないのかな……
─────
───
─
家に帰ると奏が神棚の両親の写真の前で手を合わせている。奏は毎日家に帰るとやっている。
ルーティンって言うやつだ。本人曰くその日の出来事を報告しているらしい。
父は奏が生まれてすぐに事故で死んだ俺も小学生ぐらいだった気がする。そこからは母が女手一つで俺たちを育てていたが俺が中1の時に病気で死んだ。
2人が遺してくれたのは遺産とこの2人には少し大きすぎる家
親戚に引き取られる話もあったけど拒んだ。別に仲が悪いわけではない。
けど、何か違う気がして断った、今でもたまに面倒をみてくれている。まあ親戚の話はまた今度しよう。
「奏、ごめんな。今日もこんなもんしか作れなくて」
「ううん、いいよ、おにいちゃん。かなでがおっきくなったら、りょうりつくってあげるから」
奏の言葉に俺は思わず笑みがこぼれた。
俺は料理が全然上手くならないため、いつも食べるものが質素になってしまう。味は……うん。
奏が布団に入ると、俺は添い寝をして、奏の頭を撫でて眠るのを待つ。奏を寝かしつけると、起こさないようにそっと立ち上がって机に向かう。白崎に貰った問題集を机の上に広げた。
部屋の明かりは外から差し込む月明かりと机に置かれたスタンドライトのみ。音はカリカリと書き込む音しかしない。
比呂の手の動きが止まった。
「中点連結定理?数学難しいなぁ……」
首を傾げ、ペンを持つ右手で頭を掻くと、ため息をこぼした。
「……どうすっかな、あんなこと言った手前、白咲には頼みにくい」
もう一度ため息をこぼすと、俺は机に突っ伏した。
「 ・ ・ ・ もう、頼むしかねぇか……」