「彼優しい子ね」
朝は早い、目覚まし時計が鳴る前に目を覚ましたら、隣で寝ている奏を起こさないようにそっと起き上がる。その後簡単な朝食を用意してから奏を起こす。
料理はそこまで出来ない。生活には困らない程度には出来るが上達する気配はない。
味は食べた人が感想に困るぐらい。不味くも美味くもない。
朝食を食べ終えると、まだ眠そうに目を擦る奏を無理やり着替えさせてから保育園まで送る。
俺は再び家に帰ってから制服に着替えて、憂鬱な気分を押し殺しながら学校へと向かった。
教室に着くと、今は受験前だということを思い知らされた。ほとんどの生徒が机に向かっていた。ガリガリとあちこちからペンを動かす音が聞こえる。少し関心しながら自分の席へ目を向けた。
机の花瓶には花が3本。
増えた……。
ただいつもと違うのは隣に人が集まっているということ。そこでは勉強会が開かれていた。
彼女はどうやら勉強が出来るらしい。
「こっち見んな」
少し見過ぎていたらしい。
取り巻きの一人が発したその言葉はまるで警告のようで、他の女子が顔を上げ俺へと視線が集まる。見ていたことは事実だったため何も返すことが出来ない。
……居心地悪ィ。
威嚇でもするようかのような鋭い視線が刺さる。
気づいてないフリをして授業まで寝ることに決めた。
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白咲加奈を観察していた。別に好きとかそんな感情じゃない。ただ純粋に彼女の存在が不思議に思えたから。気付いたら目で追っていたそんな感じ。
俺のことを普通の目で見ている唯一の生徒。そういう意味で少し興味が湧いた。
かったことは、本が好きなことと意外とドジ。
あとは頭良いということぐらい。
本は結構好きだ。
暇な日は本を読んで過ごすくらいに。
ドジっていうのはなんとなくだけど、何もないところで転んでいたり、壁にぶつかったりしている。
「今日は進路希望調査を行います」
担任がそう言うとクラスにはどんよりとした重苦しい空気が漂い始める。
受験は憂鬱。
……そういえば高校決めないとな。
出来るだけ近いところがいいけど、一番家から近い雪ヶ丘高校通称『雪高』はそれなりに偏差値が高い。恐ろしく高いわけでは無いが、今の俺にはキツイ。
他には中学と距離のあまり変わらない偏差値のかなり低い雪ヶ丘工業高校通称『雪業』。後は隣町にあるごく普通の平凡校秋野高校。ここの中学の進路先はこの二つが多い。
余談だがこの中学が学力が低い。それはさっき言った雪ヶ丘工業が近くにあるというのが大きな理由。ここは県内でも有名な不良校でここの中学の生徒もそれに影響されてか不良が多い。この学年は例年に比べて比較的に落ち着ているが学力はそれほど高くない。白咲は例外中の例外で先生たちも期待を寄せている。
雪ヶ丘高校は家から中学までとは反対の方向にある。この中学から行く人も少ない、今のところこのクラスにはいない。だからこそここへ進学するのが一番良い。
白咲はもう書き終わったらしく本を読んでいる
それを横目でチラッと見て、すぐに机に伏せて俺は寝る体勢に入る。
白咲は多分県内でも一番賢い晴山学園だろうな
……どうでもいいか
「加奈ー!どこ受けんの?」
「ふぇっ?わ、私は……」
「晴山じゃん! やっぱ加奈は凄いね」
「そんなことはないと思うけど……」
「謙遜しすぎ! もはやそこまで来ると嫌味だよ」
ふとそんな会話が耳に入った。
……やっぱり晴山か。
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午前の授業も終わり、今は6時間目、授業は社会。
教室には寝息とチョークの音と先生の声のみ。
例のごとくほとんどの生徒が寝ている。起きている生徒を数えるほうが早いくらいに。俺は数えた。10人だ。
先生は寝ているものを起こすわけでも注意するわけでもなく坦々と授業を進めている。新任の先生なら起こすだろうが、あいにく今の先生は中堅ってところだろう、起こすことを諦めてる。
俺は相変わらず黒板を眺めて授業を聞いているだけで、その隣で白咲は真面目に授業を受けている。
「ぅっ……」
横から力のない、声というより息に近い音が聞こえる。
……ん?
視線だけを白咲の方へと向けると、白咲は身体プルプルと震わせて何かを我慢しているように強張っていた。
……大丈夫なの…か?
「……ぁっ…」
また聞こえたかと思うと白咲は力が抜けたようにぐったりとして、泣きそうな目をしていた。俺は床を見て何が起きたのか一瞬で理解出来た。その様子には俺しか気付いていない。
……まずいな。
このままだと可哀想だ。
俺は花瓶から花を抜きとる。手入れのないまま放置されて腐った水酷い臭いほ放っていた。
丁度いいかもな。
──バシャ
「ひぁっ!」
白咲の声とともに生徒が後ろに振り向き、先生の声が止まる。
全員の視線が白咲から横にズレて授業中にもかかわらず立っていた俺へと移動する。状況を一番早く理解したのは白咲の前に座る女子生徒。
「加奈!? 大丈夫? おい! お前どういうつもりだ!」
俺が何も言わずにただ立ち尽くしていると、先生が授業を中断した。
「誰か白咲を保健室に連れて行ってやってくれ、それから獅村!お前は今すぐカバンを持って俺について来い。みんな今日はすまないが自習だ」
白咲は友達に連れられて保健室へと向かった。先生が教室を出ると周りはざわざわし始めた。
俺が教室の外に出る間、俺に対して、女子生徒は軽蔑の目を向け、男子生徒はニヤニヤして悪態をついてくる。どうでもいい。
「とうとうやったな、これで退学かァー?」
「水かけるなんてさいってー!」
「ふぅー!自習にしてくれてありがとさん!」
周りを見向きもしないで教室を出ると、そこには先生がいて、いかにも忌まわしそうな顔を俺に向けていた。
「早く来い!」
そう言うと先生は身を翻して歩き出した。
先生に促されるまま、俺はどこを見るでもなくただ窓の外を眺めながら後をついて行った。
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私は友達に連れられて、保健室へと向かう間ずっと泣いていた。教室を出るといきなり涙がいっぱい出てきた。理由はどっちなんだろう。獅村くんが怒られたからかな? それとも私が……。
「大丈夫?加奈ちゃん。あんなの気にしちゃダメだよ。私が仇を討つから。だからもう泣かないで」
友達はそう言いながら私の背中をさすっている。
「うっぐ……、ぐずっ……」
違うんだ。仇とかそんなんじゃないんだ。獅村くんは悪くないんだ。私は助けてもらったんだ。だから、私は、私は、獅村くんに謝らないと、お礼も言わないと……。
保健室に着くと養護教諭の先生がいる。大人っぽい雰囲気を醸し出しす女の先生。
友達から事情を聞くと、そのまま友達を教室へと帰した。
「白咲さん、取り敢えず着替えましょうか」
顔に涙の跡の残る私に先生は優しく言うと、私に替えの下着を手渡した。多分学校にあった予備だと思う。
「はい」
私は体操服に着替え終えると、カーテンをシャーっと開けて先生に濡れた制服と下着を渡した。先生は下着を見つめた後、何かに気付いたように私に向かって言う。
「そういうことだったのね」
「え?」
「獅村くんだっけ? 彼優しい子ね」
バレたんだ……
「はい……」
先生は服をカゴに入れると椅子に腰掛け、私に背を向ける。
私はうつむいたまま。少ししてから、気になるっていることを尋ねた。
「先生、獅村くんはどうなるんですか?」
先生身体ごとクルッと回転して私の方を向く。
「退学にはならないでしょうけど、謹慎ぐらいにはなるんじゃないかな」
「そうですか……」
どうしよう……
私のせいだ。
「本当のことを言えば、謹慎もなくなるとは思うけど。それだと貴方が…」
先生が憂いた表情でそう言うと、
「それは……」
私は先生に返す言葉が出ない……
「多分彼も分かっててやったんじゃないかな? だって、ほら、ちょっと有名でしょ?」
「はい、まあ……」
「まさかそんなことする子だとはねぇ」
先生は獅村くんを感心した様子だった。
「多分、本当はみんなが思っているような人じゃないと思います」
私の言葉に先生は一瞬目を丸くしてから、優しく笑った。
「そうね。そんな気がしてきたわ」
先生は腕時計をチラッと見て、
「あら、もうこんな時間、下校時刻よ、白咲さんもそろそろ帰りなさい。あまり考えすぎないようにね」
「はい、ありがとうございました」
私は一礼をすると、保健室を後にした。
私は獅村くんのことは少し知っている。
理由は家が彼の2つ隣だから、多分彼は気付いていないと思うけど、
私は中学校に入学と同時に雪ヶ丘市に引っ越して来た。
そのときに初めて話しかけてくれたのが獅村くん、初めは金髪でびっくりしたけど、優しくてちょっとカッコいいなって思った。
それ以来は話したことはないけど、私は彼が苦労をしていることを知っている。
妹さんと2人で暮らしていることも学校での事も。
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「はぁ、また停学か、まぁいいか」
「おにいちゃん、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
俺は奏と手を繋いで家までの道を歩いている。
あの後、校長室に連れて行かれて一週間の停学を言い渡された。
「あー!」
不意に繋いでいたはず後ろの手が引かれた。振り返れば奏が立ち止まっていて、前を指差している。
「おにいちゃん、おうちのまえにだれかいるよ。」
奏の指す方向を見ると、確かに家の前に人影が見える。
「誰だろうな?」
「だれかなー?」
そんなことを言いながらまた歩き出す。徐々に顔が認識出来るようになり、はっきりと誰なのかが分かった。
「……あれは」
嫌な顔でもしていたのだろうか、俺の顔をチラッと見た奏は繋いでいた手をパッと放して、俺の前に背を向けて立ち、両手を大きく広げた。
「おにいちゃんにわるさしにきたの!?かなでがゆるしません!かえってください!」
「え?わ、私は…」
奏……ありがとう……
俺は込み上げてくる涙をグッと堪えて、しゃがみこむと、奏の肩をポンと叩き、微笑いかける。
「奏、大丈夫だよ、この人は悪い人じゃないから、ありがとうな」
「おにいちゃん……」
奏の目には艶がある。
俺が立ち上がると奏は俺の後ろに隠れる。でも、様子が気になるのか顔をひょこっと出して見ている。
立っていたのは女の子。
体操服にジャージを羽織りピンク色のマフラーを巻いた黒髪のおさげの女の子は俺にもの言いたげな視線を送っていた。
「……何?白咲」
俺は切るような鋭い視線を向けて、距離を感じさせる冷めた声で言った。
中学校は登場人物少なめです
書き方がまとまらない……すみません。