「抱きつくな!」
「俺やっぱ部活入んのやめるわ」
突然の言葉に一緒に帰っていた私と先生は足を止めた。
「比呂くんどうして?」
比呂も足を止めて振り返る。
「だって、俺がいない方がいいだろ。今日もそんな反応してたし」
「でも……」
比呂の言葉にうつむく先生。
私はどうしたらいいんだろうか。比呂がやめたいならそれを止めるべきじゃない?
でも、私は比呂と一緒に部活がしたい……
私の我が儘を言ってもいいのかな。
「比呂くんはどうしたいの?」
「俺はどっちでもいい」
私は比呂の顔を見たが、表情は逆光でよく見えない。
それどころか、比呂が今いる距離よりも遥かに遠く感じる。まるで目の前に薄く硬い壁があるみたい。
「私は比呂くんと一緒に部活したいんだけどな〜、先生だけど」
私だって、私だって比呂と部活したい……したいけど……
えっ?
私の背中にポンと軽く衝撃が。
横に顔を向けると先生が微笑みながら頷いた。
「ひ、比呂」
そう言って私はゆっくりと壁の向こうへと足を踏み入れて行く。
比呂の前に立ち呼吸を整える。
そして、彼の青い瞳を真っ直ぐに見つめて、
「──私も比呂と一緒に部活がしたいよ。だから、やめるなんて言わないで」
比呂は少し目を見開くと、溜め息を吐いて、
「あのなー、白咲が……」
「あ〜ら、比呂くん。こんなに可愛い女の子のお願いを断るの?それは男としてどうなのかな〜?奏ちゃんが聞いたら悲しんじゃうな」
「なっ……!」
先生凄い……比呂の弱点を熟知してる。
比呂は小さく舌打ちをすると、頭をガシガシと掻きながら、
「あーあー、わーったよ。やりゃあいいんだろ。」
そう言うと、私の方を向いてムスッとした表情をしながら、
「言っとくけどこれはあれだからな。弁当の借りだ」
私はなんだかむず痒い気持ちになった。
だって比呂のムスッとした顔がちょっと可愛いなって。
「うん!」
「じゃあ加奈ちゃん。行こっか」
そう言って先生は私の手を取って走り出す。
「えっ、ちょっ」
「おい、どこ行くんだよ」
「どこって、比呂ん家に決まってるじゃない」
「は?おい待てよ」
「待たないよ。どうせエリナもいるんだし、ケチケチしないの」
先生といると普段は見れない比呂が見れるな。
それは私にとって嬉しい反面なんだか寂しく感じる。
─────
───
─
比呂の家に着くと、奏ちゃんはエリナ先輩に身体を預けてすやすやと眠っていた。
「ついさっき眠っちゃった。遊び疲れちゃったんだね」
「そうか、悪いな」
「ううん、私もさっき来たから」
「そう、さつきちゃんとは会えたの?」
「うん。久しぶりに会えて楽しかった」
エリナ先輩は中学校からの友達に会っていたらしい。高校に入ってその友達が引っ越ししちゃったんだって。なんでも母親が有名なパティシエらしい。
先生が床に腰を落とすと、
「おい、いつまで居る気だ。さっさと帰れ」
「え〜〜、比呂くん。冷たいっ」
「うざっ」
「がーん」
「比呂、加奈はいいのか?」
「白咲は家が近いから別にいいんだよ」
いいの!?
「ほう、なるほどな」
顎を摩りながら話すエリナ先輩。すると、比呂の背後にニョッと先生が顔を出して、
「え〜〜、怪しいな〜」
「背後を取るな。あと、怪しくもなんともない」
「ふぅーん」
先生はそう言ってニヤリと笑うと、
──ムギュッ、
「え!?」
「比呂くんどうだ!従姉妹のお姉さんおっぱいは」
教室での様子と違う先生に私はひたすら混乱していた。
「おい!杏、抱きつくな!離れろ!」
「やーーー、離さないもん」
必死で抵抗している比呂の顔が少し赤くなっていた。先生はずっと胸を比呂の背中に擦りつけている。
比呂もやっぱり男の子なんだな。心なしか先生も少し可愛い……
って、関心している場合じゃなかった!
「加奈」
「はい?」
「奏を任せた」
そう言ってエリナ先輩は私に奏ちゃんを渡すと、立ち上がって、先生のもとへ行き、
──ゴチーンッ!
「ふぎゃ!」
先生が比呂から離れて崩れ落ちた。
「全く、姉さんは何をしてるんだ」
「いったぁ〜い。もうっ!」
拳を握り締めるエリナ先輩を先生はコブのできた頭を抑えながら涙を溜め込んだ目で見上げている。
「せっかくの比呂との戯れの時間を」
「通報するぞ」
「うげっ、も〜〜〜。エリナのバカバカ!」
先生がポカポカとエリナ先輩を叩いている。比呂は先生を呆れたように見ていた。
いつもこんな感じなのかな?楽しそう。
私は自然と頬が緩んだ。
「んっ……ん〜〜〜」
奏ちゃんを見ると私と目が合った。奏ちゃんは目をパチクリさせ、
「かなねぇ?」
「あ、起きた?」
「……うん」
そう言うと奏ちゃんは私の背中に手を回して顔を埋める。
「かなねぇ。おかえり」
思いもよらなかった言葉に私ははっとした。
その後は私は奏ちゃんにおかえりと言われたことが嬉しくて、「ただいま」と言いながら何度も奏ちゃんの頭を撫でていた。
奏ちゃんはくすぐったそうに頭を動かすけれど、それがまた可愛いくて、私はなんとも言えない幸せな気分になっていた。
「奏がここまで懐くとはな」
「え?」
「私よりも懐いちゃってるし。悔しいな〜」
そうなんだ。なんか嬉しいかも
「奏が姉さんに懐くわけないだろう」
「エリナひど〜い」
先生は少し口を尖らせていた。
「2人とももう帰れ。邪魔だ。特に杏」
「ひっど〜い」
この人本当に20代なのかな……
「悪かったな比呂。今日はもう帰る。また来るよ」
「ああ」
「ほら、帰るぞ」
エリナ先輩は先生の首根っこを掴んで引き摺りながら外へと出て行く。私は先生の悲しそうな顔を眺めていた。
エリナ先輩の方が姉っぽいなあ。
「じゃあ、私ももう帰るね」
「え?奏を持って帰るのか?」
「あっ……」
私は奏ちゃんを抱えたままだったことを忘れていた。奏ちゃんはまた眠っている。
「ごめん、そういうつもりじゃ」
「ああ、分かってるよ」
奏ちゃんを比呂に渡すと、
「今日は送ってもらわなくて大丈夫だから。またね」
「悪いな」
「ううん、いいよ」
いまいち……




