「隣最悪じゃん」
中学生は説明が多いかもしれません。
すみません。
少し肌寒くなってきた秋の朝。
澄んだ青空の下。
学生の多い登校路に一際目立つ少年。
黒地に白の線入った学生服には所々に汚れが目立つ。身に着けた服とは対照的に容姿は整っていた。陽光に反射し美しく光る金色の髪、瞳は淡いブルー、スッと通った鼻筋に凛々しい顔立ち、誰がどう見ても美青年がそこにはいた。
周りの生徒は少年の様子をちらちらと横目にうかがっているが、その視線はどこか黒い感情を孕んでいた。
「ふぁ……」
欠伸をし、視線に眉をぴくりとも動かさずに歩く少年の名は獅村比呂
比呂が通うのはごくごく普通の公立校である雪ヶ丘中学校、彼はそこの最高学年であり、もうすぐ受験を控えていた。
× × ×
謹慎明け初日ってこと以外はいつもと変わらない朝。
いつの間にか冷たくなった秋の風に木の葉が舞っていた。
歩きなれた通学路。学校が近づくにつれて喧騒も増え、同時に学生の数も増した。
「あっ……」
「うわぁ……」
「今日からだったんだ……」
喧騒が一瞬止み、女子生徒の言葉が耳に入る。
意図して発したものではない反射的に出た言葉だった。だからこそ余計に刺さる。
決して好意的ではない嫌悪や悪意に満ちた視線は慣れたものとはいえ、ダメージがないわけじゃない。
そんな視線を無視して下足室に向かう。
「痛っ……」
足裏に刺さった痛みに声が漏れる。
ハッとして周りを見渡したが誰もいない。視線も感じない。
「クソ……」
丁寧にテープで止められた画鋲の先は赤く染まってる。
「無くなって無ェだけマシか」
3組の教室の前はいつにも増してうるさい。
……嫌われ者がクラスに居なきゃそうなるよな。
つい先ほどの光景が頭をよぎる。自然と扉に伸ばした手も止まっていた。
思考が終わる前に扉は開く。自分手では無い誰かの手で。
「あっ……」
「オイ南ィ! どうしたんだよ! ……チッ。んだよ来んのかよォ」
その言葉を合図のようにして、会話がピタリと止み教室中の視線が一気に集まる。反応はそれぞれだった。ほとんどが敵意剝き出しの表情を浮かべ、特に南と呼んだ男子生徒の顔は縦じわを寄せて不機嫌そのもの。
席は扉とは反対の一番窓側の後ろ。
『消えろ!』『死ね!』『ゴミ!』
机の上には花を一本添えられた花瓶が置かれ、文字でびっしりと埋まっている。木目調の茶色の面影はほとんど無く黒に近い。
椅子に座ると、今までの態度が気に食わなかったのだろう。先ほどの男子生徒が睨み付けながら迫って来る。癖のある黒色の髪をガチガチにワックスで固め、ズボンも腰で履いており学ランの間からは赤色のTシャツが覗かせる。
「おいおい、まだ学校くんのかよゴミくずがよォ!」
耳元でうるせェ。
一々相手にするのもバカバカしい、ここは無視を決め込むことにする。
「また無視かよ、ムカつくなァ!」
──バァンッ!
蹴り上げられた机が宙を舞う。
おー、飛んだ飛んだ。最長飛距離だな。
気が済んだ様子でケッ、と言うと踵を返して、元いた場所へと帰って行く。
俺は何も言わずに黙って机を元に戻すと、また座った。
俺の親は2人とももうこの世にいない、だから厄介な親も来ないし、俺も何も言わないから面倒ごとを回避して先生もイジメは黙認してる。
けれど一番の理由は直線的な暴力を振るわれたことは無いだと思う。
それでも俺が毎日学校へ行くのは大切なものを守るためだ。
授業開始を告げるチャイムが鳴ると、先生が教室に入ってくる。眼鏡をかけた中年のおっさん。自分が一流大卒なことを鼻にかけた、陰気なやつ。当然のことだが生徒には人気ゼロ。
眼鏡は俺の方を一瞬だけ見て、目に見えて分かるくらいの不快感を表し舌打ちする。その後は花瓶を気に留めるとこもなく授業を始めた。
授業中俺は頬杖をついて黒板を眺めるだけだ、机の上に教科書が開いてあるが落書きがヒドくて使い物にならない。ノートもビリビリに破かれている。
「獅村、ここ分かるか?」
先生が眼鏡を中指でクイッとあげて、名指しで俺のことを指名した。顔にはニヤリと気味の悪い笑みが浮かんでいる。
生徒をストレス解消に使うなよ。恥晒しが。
「すみません、分かりません」
先生に当てられても大抵答えることが出来ない。他の連中はそれを面白おかしく笑っているが、別に気にしていない。
それよりもタチが悪いのは分かっているくせに俺を指す先生たちだ。
× × ×
「今日は席替えをします」
「よっしゃぁぁぁぁ!!」
「やったー!」
先生の一言に教室に歓声が上がる。学生にとっては席替えは最も頻繁に起きるイベントだ。
このクラスの席替えは生徒に全て委ねられてる。方式はくじ引きで場所を決め、黒板に自分と同じ番号のところに名前を書き込んでいくものだが、俺の名はすでに書き込まれている。
担任もそれを当たり前のように感じていて、我関せずを決め込み椅子に座って寝ていいる。
俺の席が一番後ろなのは視界に入るのが嫌だかららしい。
ぼーっと次々と名前の書き込まれていく黒板を眺めている。
名前見ても誰か分からない。
右隣の席へと目をやった。俺の左隣は空いていて、右隣にしか席はない。必ず誰か一人が貧乏くじを引く仕組みになっている。
枠が全部埋まり、獅村の隣には白咲の文字があった。
俺が1人だけ座る中、他の生徒はガヤガヤと騒ぎながら新しい自分の席へと移動する。
歓喜の声や悲観の声が教室に響き、余程うるさいのか担任が呆れた顔をして、静かにするよう促していた。
隣に座ったのは、地味な出立ちをした、黒髪のおさげで黒縁の大きな眼鏡をかけている女の子。
見たことないな……。
少女は席に座るとチラッと俺の方を見ると、カバンから本を取り出して読み始めた。
意外にもその視線には嫌悪は感じられなかった。
変わってるな……。
まあ嫌な顔されるよりはましか。
× × ×
授業終了を告げるチャイムが鳴り響くと同時に俺に向かって、クラスメイトの女子生徒が駆けてくる。正確には俺の隣に。
「加奈ちゃーん、勉強教えて!」
「うん、いいよ」
友人が白咲の隣をチラッと見ると、表情が変わった。明らかに嫌な顔だ。
「うげっ、加奈ちゃん、隣最悪じゃん」
「そうかな?」
「そうだよ最悪だよ、あんま関わっちゃダメだよ」
友達の言葉に白咲は困った顔で苦笑している。
俺はカバンを机の横から持ち上げると、教室を出て行く。
× × ×
俺の家は少し学校から離れた場所にある。離れていると言っても徒歩圏内なので問題はあまりない。不思議なことは近所に同じ学校の生徒があまりいないこと。子供が少ないわけではないが、中学生だけが少ない。高校生や小学生はそれなりにいるので問題は無いとは思う。
家は結構大きい、不便なところはあまりない。親が俺たちに残してくれた少ないものの一つだ。
俺は家に入ると、すぐに着替えた。
「よし、行くか」
秋の空はすっかりオレンジ色に変わっていた。
家を出てから10分程度歩くと目的地が見えてきた。
着いたのは雪ヶ丘保育園。パステルカラーのカラフルな建物はおとぎ話出てきそうな雰囲気を醸し出しいる。
中へ入ると、先生らしき人が俺に気付き、中へと声をかける。
「奏ちゃーん、お兄さんが迎えにきたよー」
「はーい!いっきまーす!」
元気な声と同時に扉からひょっこり少女が現れた。
明るい茶色の髪は2つに纏められていて、くりりとした大きな茶色の瞳の可愛らしい女の子。
「おにいちゃーん!!」
奏が俺に向かって叫びながら走ってくる。途中で地面を強く蹴り、しゃがんでいた俺の胸へとダイブ。俺はそれを軽く受け止めて奏を地面に降ろし、ぽんと頭の上に手を置いて、微笑いかける。
「奏、良い子にしてたか?」
「うん!」
「そうか、よしよし」
奏の髪をくしゃくしゃすると、嬉しそうにニコニコ笑う。
奏が先生と帰りの挨拶を済ますと、俺は先生にお礼を言って、そのまま奏と手を繋いで家へと帰る。
この子が俺の大切な者、たった1人の家族、妹の獅村奏。
俺は奏を守るために生きている。
ベタァ…
読んでくれてありがとうござます
よろしくお願いします。
二話からは少し軽くしようと思います