第一話
俺は香久山湊。
高校二年生。
俺には、気になっている奴がいる。
それは、隣の席の藍川真弓。
藍川はいつも漫画を持ってきている。どうやら、少女漫画のようだ。
クラスメートと会話しているところが聞こえたが、どうやら、漫画の中のバスケ男子に夢中らしい。
ちなみに、俺はバレー男子だ。バスケができないわけではないが、俺はバレーの方が好きだ。
さて、なぜ藍川のことが気になっているのかというと、隣だからわかるのだが、時々、ものすっごく可愛いのだ。
例えば、授業中隠れて漫画を読み、ふいに問題を解くよう、先生に当てられた時の、あの焦ったような顔。
俺がさりげなく教えてやると、両手を合わせて、軽くペコリと頭を下げる。
その時のほんのり赤くなった顔が俺のツボなのだ。
しかも、問題は完璧に答える。
あれだけ漫画に夢中になっているのに、その天才肌に関しては理解ができない。
まぁ、それが藍川なのだろう。
おっ、藍川たちが動き出したようだ。そっか、次は理科の授業だったな。
それにしても、そんなにバスケの方がいいのか?
バレーも俺的にはめっちゃかっこいいと思うんだけど。
スパイクをビシバシ打って、相手コートに上手く入ったときは爽快だし、サーブが決まったときも、相手からのボールをギリギリレシーブできたときも、最高に気持ちいいんだけどな……
そんなことを考えていると、気がつけば藍川に向かって、『バレー部じゃだめなの?』と呟いてしまっていた。
藍川は驚いた顔でこちらを見ている。
あ、別に藍川を責めるつもりはなかったんだ。
とりあえず、訂正しないと……
「いや、なんでもない……」
……なんでもないじゃねーよ、俺!?
あーもう、ますますきょとんとしてるじゃねーか!
結局、クラスメートの渡辺に呼ばれて、藍川は行ってしまった。
でもまぁ、藍川がこれで意識してくれればいいな。あれだけ、羅希というキャラの名前を連呼しまくってたら、無理かもしんねぇけど……。
たまには現実のことも見てほしいな。あんな性格でも、意外と男子にモテてるし、藍川は知らないと思うが、熱狂的なファンクラブもあるようだ。中には、羅希のコスプレをしたり、漫画を熟読したりして、藍川との共通点を持とうとする奴もいるのだとか。考えただけで寒気がする……。
まぁ、藍川は本当に羅希以外に興味を持たないようだから、軽くあしらわれ相手にされないファンクラブの奴らを見ると、時々かわいそうに思える。隣の席の俺を睨む視線も、どことなく哀れだ。
そう言う俺も、藍川にはただのクラスメートとしてしか認識されていないのだが。
「はぁ~。」
俺は深いため息をつきつつ、教室を移動したのだった……。
……翌週の月曜日。俺は藍川が持つ本を二度見した。
「あれ?今日はバスケ漫画じゃないの?」
藍川は席に座っている状態なので、自然と頭上から声をかける形になる。
「ぅわっ!?み、湊くん!?」
藍川は本を落としそうな勢いで驚いていた。おそらく、それほどまでに集中していたのだろう。
「え!?なに!?そんなに驚くことなくない?」
「あ……ご、ごめん……」
俺が冗談交じりに声をかけると、藍川は本気に捉えたようでしゅんとしてしまった。
……可愛い。この、うるうるした瞳でしゅんとなられると、抱きしめたくなる。
……ちょっと言い過ぎたかな。
「……まぁ、俺も急に声かけちゃったし、こっちこそごめんね。ところで、それ、もしかして、バレー?」
藍川の持つ漫画を指さして、気になったことを改めて尋ねる。
「あ、うん、そう。いや、この前、体育館でバレー部の練習を見て、少し興味が出たから、買ってみたんだ。」
藍川は簡潔に、バレー漫画を買うまでの流れを説明してくれた。
ってか、俺の練習見てたの!?恥ずかしっ!…………こほん。
手で顔を覆い隠しそうになるのを堪え、会話を続ける。
「そうなんだ!でも、外まで聞こえるほど、教室で”羅希くん、羅希くん”って言っていたのに、浮気しちゃっていいの?」
藍川がバレーに興味を持ってくれたことが嬉しくなり、少し嫌味交じりに、確信をつくような質問をする。
「うっ……で、でも、本命は羅希くんのみだから、大丈夫だよ!」
だが、藍川は笑顔で、何の迷いもなくそう言い放った。
グサッと、まるで刃物が心に刺さったかのように、ショックを受けた。
「そ、そっか。まぁ、そうだよね……」
何とか言葉を絞り出す。
「まぁ、漫画読むのもいいけどさ、ちゃんと授業は聞きなよ?俺だって、いつでも助け船出せるわけじゃないんだしさ?」
「ははっ。善処します!」
俺は子供のようにふてくされて、そんなことを言い放つ。本心はもちろん、これからも喜んで助け船を出すつもりだ。
ビシッと、敬礼のポーズをしてみせる藍川を撫でまわしたくなる衝動を、何とか抑える。
「ふっ、こりゃ、期待できねぇな。」
そう言いつつ、俺は口に、軽く握った手を当てながら優しく笑った。
……恥ずかしいから、このポーズは今後、封印しよう。
そして席に着くと、朝のSHRを待ちながら、今日の時間割表を確認する。
「今日の体育って、男女合同だっけ?」
ふと、藍川が尋ねてきた。
「ん?あぁ、そう言えばそうだったな。確か、クラスマッチの練習だっけ?」
……クラスマッチかぁ。俺はもちろんバレーだな。
バレー部だから勝てて当たり前とか、ズルいとか知ったこっちゃねぇ。好きだから、断然バレーなのだ。
「藍川はやっぱバスケなの?」
まぁ、そうだよなと思いつつ尋ねる。しかし、予想外の答えが返ってきた。
「……う~ん、この前まではバスケ一筋だったんだけど、バレーもいいなって思ったんだよね。湊くんのアタック?してるとこ、かっこよかったから。」
「えっ……///」
い、い、今なんと……!?
俺が……かっこいい!?
まじか、そう思ってくれたんだ!やべぇ。にやけそう……。
脈、あるかも……?
「……?どうしたの?」
俺の反応が不思議だったのか、気持ち悪かったのか、藍川がきょとんとした様子で声をかけてきた。後者でなければいいが。
とにかく、俺は急いで呼びかけに答える。
「あ、い、いや、なんでもない!バ、バレーにしなよ、今年は!バレーも楽しいよ!!」
くそっ。気が動転して呂律が回らねぇ。
藍川はますます、心配そうな顔をしている。
「?本当に、大丈夫?なんか赤いよ?」
「だ、大丈夫!バレーに興味持ってくれて嬉しかっただけだよ!お、ほら、せっかくだしさ、バレー、一緒にやろーよ?」
何とか絞り出した声の勢いのままに、バレーに誘ってみる。
「わ、わかったよ。そこまで薦められちゃ、断れないしね。羅希くんに謝って、今年はバレーにするよ!」
え?まじで?
藍川は気圧され、バレーに変更してくれた。……再変更なんて、無いよな?
少し不安を覚えながらも、笑顔を隠せないままに、体育の授業は一緒にバレーの練習をした。
渡辺もどうやら道連れにされたようである。
それにしても、やべぇ、超嬉しい。
クラスメイトの一部に少し変な目で見られたが、そんなことは気にならない。
藍川がバレーに興味を持っただけでなく、クラスマッチの種目も同じなんて、これは距離をかなり縮めるチャンスである。授業中の便利人間から、せめて友人や親友、願わくば恋人まで一気に距離を縮めたい。
これからどのようにアタックしていこうかと、脳内にお花畑ができたようなルンルンな気持ちで、その日、一日を過ごしたのだった。