表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジョー・メハラ伝説  作者: 加藤源次
大学生ジョー
9/13

いきなりの練習試合

ジョーは、配属されたチームにおもむきながら、リトリやニョーボを探した。

いた、いた。2人は、まるで永遠の別れをする姉上と弟のような感じで、泣きべそをかいている。

おまえら、いいかげん離れろよ、夫婦じゃあるまいし。

けっきょく3人は、それぞれチームに分かれた。


ここのグラウンドは、とにかく広い。

ダイヤモンドを3つ作ったが、もう1つ作れそうだ。というか、本塁とかベースが地面にくっついてるぞ?それに、それぞれのダイヤモンドの背後にバックネットまで作ってある。

ナイトゲームもできるようだ、照明設備もある。

なんてきょろきょろしていたら、チームメイトつまりナインが口々に

「アザ(あだ名。アザラシに似ているからかな?)さんだ」

「アザさんが、なぜここに?」

と叫んだ。

誰?

東圀大学のエース級の投手で、去年、2年生ながら東国リーグ2部で最多勝をとったという。

なぜここに?って、上級生なんだからここに来るのは当たり前だろ?と、ジョーは、ナインの反応にいぶかしげ。


さて、試合開始。

1年生は表の攻撃で、上級生が裏の攻撃である。ハンディキャップも、何もない。

審判員は、大学が雇っている正式のライセンスを持った人間たちで、主審、塁審とそれぞれに、配置された。

上級生ナインたちも、グラウンドに散った。

主審が

「1番、ショート、ジョー」

とコール。

ジョーは、例の長バットを持ち、ヘルメットをかぶって、右打席に入った。


ジョーが打席に入ると、相手の上級生ナインも、味方の1年生ナインも、主審も、一同みなジョーのようすに驚いた。

ジョーは、およそ野球選手ではない、つまりは、ど素人まる出しの打撃スタンスだったのだ。

「ワハハ?なんじゃ、ありゃ?」

あちこちで、失笑が漏れた。

ジョーは、いったいどんなようすで打席に立っていたか?


ジョーは、左足を投手側に大きく踏み出す、いわばオープンスタンスである。

しかしいくらオープンとはいっても、基本は打者は顔や胸を1塁側ベンチの方向に向けるだろう。

しかしジョーは、顔や胸、つまり体全部が投手に向いていた。投手と正対していた。

「投手が、あっちのほうからボールを投げてくる。だから、こっちも投手のほうを向くのが当たり前じゃん」

それが、ジョーの本音だ。

そんな変則的な姿でも、バットを構える形が弓で矢を引くがごとくしっかりと決まっていればいいのだが、ジョーはカラダがぐにゃぐにゃでバットの位置がふらふら、ゆらゆらとしきりに揺れて定まらない。それは、まるで軟体動物が打席の中にいるよう。

バットが、今まで使っていたものと比べ長大なのも、そのフラフラの原因になっている。

ところでこのバット、実は木製なのだが、ジョー本人は気づいていない。

(だいたい金属バットも木製バットも、それほど重さは変わらない。金属バットは中身が空っぽだし、木製バットでも表面に塗装があり手触りだけでは木でできているように見えない。ただ木のバットは、金属バットに比べ芯の広さが狭い。ジョーは、これまで金属バットで独自研究という名の練習を重ねてきている。対処できるだろうか。)


アザ投手が、ワインドアップで投球動作に入った。

ジョーのバットは、まだ揺らいでいる。

ボールが飛んできた。

コースは、外角やや低め。球種はいきなりシュート。オープンスタンスでは難しい、ましてやジョーのような極端なスタンスではとうてい対処できない球道と思えた。

ジョーが、バットを振った。

なんと?ボールは、ジョーのバットに当たった。

それは、ある意味バットの長さのおかげであったわけだが。

ジョーは、自分でもびっくりバットに吸いついてきたボールを、バットの上に載せると、1塁手の頭上をふわっと飛び越えさせる打球を、放っていた。


打った球は、1塁線を抜きライト線を転々と転がっていく。

歓声が上がる。

ジョーは、バットを放り投げて走り出し、1塁ベースを踏んで2塁へと。


実は、ジョーはバットにボールを載せる独自研究のかたわら、どうやれば速く走れるかとか、どうやればベースをすんなりと踏めて2塁へ早く行けるとかも、独自研究していた。もちろんその動機は、ジョーの場合は<いかに省エネで楽に>というのが、前に付くが。


「打った時、前のめりにつま先立ちしておいて、そのまま前傾で走り始めると、スタートダッシュできるんじゃ?」

「走るときは、風圧を少なくするため、常に前傾し、さらにオネエみたいに内また走りをして横の幅も小さくすればいいんじゃ?」

ジョーは、スポーツ医学とか専門書の類は、いっさい読まない。限りなく無駄を省こうとするのだ。

「走るとき腕を振るけど、肩を動かすと疲れる。腕だけ振ればいいんじゃ?」

その独自研究は、実は寝入りばなに布団から手を出し、人差し指と中指で人間を作り、それを布団の上で走らせてみるといったことを毎夜毎夜繰り返したものだ。いちど親にその様子を目撃され

「息子がおかしくなった?」

と救急車を呼ばれそうになった。

これは、ジョーが自分が寝つきの悪いことを利用した、寝付くまでのヒマつぶしでもあった。


ベースを回るときも、前から気になっていて、ベースのどこを踏んだらラクにできるのか、どの足で踏んだらラクにできるのか、とジョーは独自研究。

「上はふんわりしていて踏みにくい。端なら堅いから、踏みやすい。ベースの投手側の端っこを踏めば、最短距離でいいんじゃ?」

「左足で踏めば、最短距離じゃん?」

ジョーは走りながら、ベースの左端を左足で踏むんだ踏むんだと念じていた。


あと付け加えるなら、バットにボールを乗せて運び2塁打にするには、3塁線に運ぶ手もある。強打者はそうするのが普通。

しかしジョーは

「3塁線に運んだら、1塁に走るとき顔を常に左に向けて走らなきゃならん。1塁のベースを踏まないかんわ、3塁線を見なきゃいかんわでは、カラダが持たん。1塁線なら正面なんで打球を見ながら走れるんで、超ラク」

と。


そんなこんなで、打球はライトのポール際まで転がっていった。


2塁ベースへのすべり込み方も、ジョーは独自研究していた。2塁に走り込むとき、いつも2塁手がベースの上に仁王立ちになっていてぶつかりそうで危なかった。

「相手が立ってるなら、こちらは座ればいいんじゃ?それなら、ぶつからない」

「でも、うつ伏せ(頭からすべりこみ)とか、仰向け(尻をつけてのすべりこみ)はいやだなあ。服が汚れるし、寝てしまったら、すぐに立てないじゃん。土の地面に体を付けたくないよ」

そしてジョーは、例の寝入りばな布団上の指人間で、人差し指を伸ばし、中指を曲げてすべりこむやり方を思いついた。

「これなら、中指が曲がってるから、それに体を乗せてすぐに立てるじゃん?ひざは汚れるけど、尻は汚れなくていいじゃん」

もちろん、近くの公園で実践した。できた。


ジョーは、2塁ベースに、その独自研究の結果のやりかたで、すべり込んだ。


「うーん、やるなあ。スタンスはめちゃくちゃだったが、打球のもって行きかた、走塁のしかたは申し分ないな」

近くで見ていた中年男が、つぶやいた。

「あれ、全部、ひとりで研究したみたいですよ」

と男に言い添える、もう一人の中年男。

「ほんとか?すごい向上心だな?ますますプロ向きだな」


練習試合は、着々と進んで行った。


そして日もとっぷりと暮れた午後7時半、3試合が終わった。

新入生たちは、疲れた表情でグラウンドを後にした。

ジョーは

「ああ、楽しかった。ひさしぶりに試合した。やっぱり試合は、いいなあ。すごい楽しい」

と満足げだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ