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ジョー・メハラ伝説  作者: 加藤源次
高校生ジョー
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高校生ジョー

その夏、ジョーの野球部は、夏の大会に…出場しなかった。

上級生が、全員、退部してしまっていたからである。

高1の部員も多くがやめてしまい、残ったのはジョーを含め5人。

ジョーをこの野球部に誘った悪友までも、去っていた。


ジョーは、なぜ、残っていたのか?

別に野球が好きになったわけでは、ない。

バットにボールを当てるという、その深遠を垣間見たからである。

やはり、あのプレーはジョーには大きかった。

来た、振った、当たった、地面に跳ね上がった、ヒットになった。

成功体験というのは、恐ろしいものである。

ジョーは、ひとり、バットとボールの関係を追求し続けていた。


ただジョーは、面倒くさがり屋で、野球関連の本なぞにまったく興味を示さなかった。

さらに始末の悪いことに、ジョーはリアルの野球中継を嫌い、まったく見なかった。理由は、<観客が音曲を鳴らし騒いでうるさい><間延びして飽きる><長時間いやだ>。

そのため、ジョーの追求は、完全な独自研究になっていた。

それは、こんな感じである。


ボールは、丸い。

バットは…、縦に長いが、横から見ると丸い。

丸いものに、丸いものを当てる。

当たるのか?

ふつう、当たらんぞ。

なぜ、俺のバットには、ボールが当たるんだ?

<こればかりは、ジョー本人のもって生まれた素質としか、言いようがない。もしジョーが野球を始めていなかったら、この素質も永久に埋もれていたかと思うと、ぞっとする。(加藤源次氏の注釈)>


グランドの隅で、自分の左手でボールをポンと挙げ、自分のバットで打つということを繰り返しているジョーの姿が、夏じゅう、見られた。

そしてその光景を、ときおり訪ねてくる男が、遠目で眺めていた。

そのわきに、リトルリーグ経験者の高1の投手が、黙々と投球練習。

相手をしている捕手は、同じリトルリーグで、その投手とバッテリーを組んでいた男子。(ただしこの捕手役の男子は、この学校の生徒ではない。投手が友人を呼んだのだ)


やがて夏休みも後半になると、変化が現れた。

投手の投げるボールを、ジョーが打っていた。

投手は打たれるたびに、なぜ打たれる?こんなど素人に?というような顔をして、次は打たれるものか、次は打たれるものか、と必死に投球練習していた。

この投手は、ストレートのほか、カーブ、スライダー、フォークなど変化球も多彩で、しかもどのコースにも正確に投げるというコントロールである。

ジョーは、それを全球初めから、打てるのだった。

ただし、ほとんど全球が、キャッチャーゴロだったが。


この新しい練習の過程で、ジョーは、新しい研究課題を見つけたようだ。

キャッチャーゴロは、どうしたらポンと高く跳ね上がるのか?

あのヒット数本は、その後しばらく、出ない状態が続いていた。

バットにボールが当たるのだが、ころころと転がるだけ。

やがてジョーが出した結論は、バットに力を入れたら、力を加えたらいいんじゃ?

今までジョーは、力を加えず、振っていただけだった。


さて、ど素人が急に力を加えたら、普通、バットはボールをとらえきれずに空振りする。

しかし、素質を持っていたジョーは、ボールに力を与えることに成功した。

もちろん素質だけが理由ではないだろう、黙々とひとり独自研究していた成果も、あった。

地面ではねたボールは、高く跳ね上がった。

「いまだっ!」

ジョーは、1塁に向け走り出した。

残念、ベース寸前でタッチアウト。

しかしジョーは、この練習を何度も何度も、やった。

そして、ついに夏休みの終わりころには、いつでも地面ポン跳ね上がりヒットが打てる状態になっていた。


秋の大会も、出場できず。

そして、春の大会も、ムリ。

ジョーは高2になり、下級生の何人かが入部したが、ほとんどが退部してしまった。


この間、ジョーは、守備のほうも独自研究していた。

ジョーは、他のポジションも研究はしたが、遊撃手以外に自分にできるものはなかった。

自動ノックマシーン、という便利な機械がある。

なにせ校長が顧問をしている部活だ。そんな機械があっても不思議でない。ただ購入して数年、ほこりをかぶっていた。

ジョーは、それを利用して独自に遊撃手の練習を始めた。

しかしもちろん、カラダをわざとボールの横に位置させるというアクロバット的な動作は変わらない。

「いちいちめんどくさいなー、これ」

さすがのジョーも、しんどくなった。

右横、左横に来たボールは、難なく拾えるのにねー。


そのとき、だった。

ひとりの30代半ばくらいの体格のいい男が、スーッと近づいてきた。

その男は、前からときおりグラウンドの野球部練習(といっても、わずか数人だが)を眺めている人間で、ジョーも知っていた。しかし近づいてきたのは、これが初めてである。

「きみ、なにか悩みでもあるのかね?」

ジョーは、このオッサンに言ってもわかるのか?と思いつつも、つい口に出した。

「飛んできたボールを横では取れるんですけど、正面で取れないんす」

「横というのは、からだの左?右?」

「ああ、どちらでも取れるっす」

男は、すると微笑んだ。

「逆シングル、出来るのか…」

という言葉が聞こえた。ジョーには意味不明な言葉だった。

「それで、正面のボールは、わざと横に回り込んで取るようにしてるっす」

「ほうーっ!」

男は、感心した様子。こんなアクロバット的な動きに関心するこの男も、自分と同じど素人に違いないと、ジョーは思った。

「正面で取りにくいんなら、その方法でいいんじゃないか?」

自分と同じど素人のおっさんの意見なんか、知らねえよ。

「ただ、そんな大きく動かなくても、少し回りこむような感じで、そう、例えばボールが転がってきたとする。そのとき右足を1歩2歩、あるいは3歩4歩、前に出せばいいんじゃないかな?そうすれば、ボールの転がるコースは、カラダの左側になるよ」

ジョーは、少し心が動いた。そのやり方でやってみたら、少しの動きで右横に回って捕球できた。


「あと、きみはボールを取るとき、どういう感覚で取っているのかい?グラブのことをどう思ってるか、という意味だけど」

「あ、俺…、いや僕、グラブが使いにくいんで、素手でボールをつかむその補助みたいに思ってるっす」

男は、うんうんと大きくうなずいた。


その男のど素人みたいなアドバイスの後、ジョーの遊撃手の捕球の動きが、柔らかくなった。相も変わらずの左右への動きだったが。


ジョーの高2も、瞬く間に過ぎて行った。


そして、ジョーの高3。

高校の野球部は、初めて夏の地方大会に出場した。

ただし、1回戦で敗退した。

ジョーは、1番、遊撃手で、出場。

成績は、4打数3安打、うち1本は2塁打。守備は、エラーゼロであった。

安打3本は、すべてキャッチャー前ゴロで、地面にポンとはね、それが高く跳ね上がり、その間に1塁を駆け抜けたもの。2塁打は、キャッチャーが捕球に失敗しエラーと思っていたら記録は2塁打になった。

守備機会は13度あり、ジョーにとって幸いだったのは正面に来たゴロが1つもなかったこと。(裏を返せば、投手がいい当たりを打たれているということなのだが)


この試合、観客席にプロ野球、関西の伝統球団であるブッキラーズのスカウトマンが来ていることを、誰も知らなかった。

スカウトマンのお目当ては、ジョーの対戦相手の強豪校の選手数名であったが、この日は試合に出ていなかった。

そのスカウトマンは、ヒット性の当たりを13度も阻止したジョーの守備を見て

「加藤さん、あの遊撃手、誰なんだ?」

と傍らの男に、言った。

「あれは、ジョーという人間だ」

とその男は答えた。

「進路は?大学か?社会人か?」

「推薦で大学に行くらしい。東国リーグの2部の大学だ」

「野球推薦か?」

「じゃ、ないだろう」

「1部の大学に行けばいいのに」

「その大学が1部に昇格すればいいだけの話だろう。いい指導者が付けばな。おまえ、指導者の候補、幾人か知ってるだろ」

男の言葉に、スカウトマンはうなずいた。男は、内心『よしよし』とほくそ笑んでいた。


夏の終わり、大学への推薦入試があり、ジョーは、合格した。

面倒くさがり屋で、宅勉をまったくやらない人間だったが、授業をその場で全理解する基礎学力はあった。

ジョーは、このように本場や実地で力を発揮するタイプであった。


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