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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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28.これでも聖女様

サブタイトルを訂正しました。

 ようやく対魔情報戦略室を出たのは、お家に帰りたくないとぐずぐずしていた日々とほぼ変わらない時間だった。

 家では、きっと侍女さん達がお菓子作りの準備をして、私の帰りを待ってくれているに違いない。

 急ぎ足で廊下を歩いていると、前から色とりどりのドレスを纏ったご令嬢達の一団が歩いてくる。どうやら、午後から王女様のお茶会に招かれていて、その帰りらしい。

 ……嫌な予感がする。

 案の定、私に気付いた先頭を歩く背の高い令嬢が、口元を扇子で隠しながら私を呼び止めた。

 私がザーフレムから新たな神託を受けて呼び戻されたばかりの頃、再会した王女様のすぐ後ろにくっついていた令嬢だ。会うたびにこんな風に口元を隠して、こっちを見ながらひそひそ話をされるので、正直とっても苦手な人だったりする。

「これはこれは、聖女様ではございませんか」

 人違いです、とダッシュで逃げられたらどんなにいいか。けれど、もしそうしたら今は良くても、後でどんな不利益を被るか分からない。

「まあ、お久しぶりですわね、……えっと」

「カシュクロール伯爵が娘ロザリッタですわ。聖女様の前で名乗るのは、これでもう三度目になりますわね」

 そう! 分かってる! 二度も名前を聞いたのも覚えている! でも、肝心なその名前を覚えられないんだよ……。ああ、またウォルターさんに怒られる。貴族の名前は一度聞いたら忘れないように、って耳にタコができるくらい言われていたのに……。

「さすがは聖女様ね。わたくし達のことなど、どうでもいいと思っておられるのでしょう。ねぇ、皆様」

 厭味たっぷりなロザリッタ嬢の後ろで、他の令嬢達も含み笑いを浮かべながら頷いている。

「そんなことは……」

「ファリス様を始め、見目のいい殿方とはすぐに打ち解けられて親しくなさるのに、わたくし達とは常に距離を置いておられますものね」

 そんなに刺すような目で見られて厭味を言われたら、仲良くしたいなんて思える訳ないじゃない!

 そう叫びたくなる衝動をグッと飲み込む。

 ああ、何だか小学校の時にいたいじめっ子集団を思い出した。ロザレッタ嬢は、まさにその集団のボスみたいな子だ。取り巻きを引き連れて、言いがかりをつけては弱い立場の子をいたぶるところなんて、まさにそのもの。

 何の取り得もなく、何事もそこそこだった私は、歳の近い兄や弟が学年でそれなりに人気者だったこともあって、幸いにも彼女達の餌食になることはなかった。けれど、彼女たちに目をつけられたらどんな酷い目に遭うのかは知っていた。標的になるのが怖くて、私は虐められている子を助けようとしなかった。他の大多数の子達と同じように。

 ああ。もしかしたら、今その罰が当たっているのかも知れないな……。

「聞いていらして?」

「……え?」

 ロザリッタ嬢の声で我に返り、自分がまた自分の思考に耽って呆けていたことに気付く。慌てて見回せば、令嬢達の顔には怒りと呆れと蔑んだような表情が浮かんでいた。

 ぐあああ……。今日の午前中、ファリス様に城では気を抜くなと言われたばかりだというのに!

 実際にする訳にはいかないので、心の中で頭を掻きむしりながら、失礼いたしました、と謝る。すると、ロザリッタ嬢は私の謝罪を鼻で笑った。

「このような御方でも、我が国を救ってくださった聖女様ですものねぇ。さあ、皆様、参りましょう」

 礼をとった姿勢で固まったままの私にそう捨て台詞を吐いて、ロザリッタ嬢は他の令嬢達を率いて去っていく。

 ……あれが、陛下の御妃候補だなんて恐ろし過ぎる。陛下と年齢が釣り合って、お父上が宰相閣下と親しくて、同年代の貴族令嬢の中でも最も気が強くて教養や礼儀作法等も優れているので、今最も王妃の座に近い、という噂があるらしい。

 でも、あんな人が王妃様になったら、私の人生お先真っ暗だ。ただでさえ、近いうちにこの国の女性で一番力を持っている王女様が異国に嫁いでしまうというのに。

 そんな未来を想像しただけで、胃が痛くなってきた。



 聖女家の馬車に乗って家に帰り着いたのは、普段よりも寧ろ遅い時刻だった。

「お帰りなさいませ」

 出迎えてくれる、ウォルターさんとノアさんを筆頭に侍女さん達。

「……ただいま」

 笑顔を作ろうとしたけれど、失敗して目を伏せる。

 今日は色々なことがあり過ぎて、ぐったり疲れてしまった。けれど、どこか神経が張りつめているのか、馬車に揺られて帰る間に居眠りすることもできなかったのだ。

 しかも、部屋に戻って着替えをしたら、もう夕食の時間になってしまうくらいの時間になっている。お菓子作りの準備をして待っていてくれただろうに、皆に申し訳ないことをしてしまった。

「ごめんなさい。本当は、もう少し早く帰ろうと思っていたんですけど……」

「お菓子作りのことでしょうか。それならば、夕食後になさるというのはいかがでしょう」

「えっ、でも……」

 ウォルターさんをはじめ使用人さん達は、私が食事をしている間、給仕や次に出す料理の準備等、忙しく動き回っている。そして、私が食事を終えて居間で寛いでいる間に、僅かな時間で夕食をとっているのだ。

 それなのに、私が夕食を終えた後にお菓子作りをすれば、その間侍女さん方は夕食のお預けを食らってしまう。そこまでして我儘を通すつもりはないので、断ろうと思っていると。

「ご心配には及びません。彼女達には交代で食事をとらせますので」

「でも、皆さんの負担になるのでやっぱり……」

「皆、リナ様とのお菓子作りを楽しみにしていたのですよ。負担だなどと思う者はおりません」

 何故か物凄く協力的なウォルターさんの言葉と、その後ろでうんうんと頷いている侍女さん達を見て、沈んでいた心がじんわりと浮き上がってくる。

「嬉しい。よかった。今日は無理だって諦めていたから」

 ホッと溜息を吐きながら笑うと、ウォルターさんは小さく咳払いをして、眼鏡のブリッジを細く長い中指で押さえた。



 お菓子作りといっても、予め侍女さん方が用意してくれていた道具に、計量されてあった材料を言われた通りに入れて混ぜ、型に流し込んで、竈に入れるだけだった。それでも、甘い生地の匂いに包まれ、侍女さん達とわいわい言いながらするお菓子作りは楽しかった。

 作ったのは、ドライフルーツたっぷりのパウンドケーキだ。焼きあがったら、道具の後片付けをしてくれている料理長が竈から取り出して、冷ましておいてくれるらしい。たくさんできたから、私用に一本だけ残しておいてもらって、後は使用人の皆さんで昼間の休憩時間に食べて貰うことにした。

 何もかもお膳立てしてもらって、しかも後片付けまでやってもらって、これじゃまるで小学校の調理実習だ。こんなんじゃ、お菓子作りしました! だなんて自慢できるようなレベルじゃないことは分かっている。

 でも、これでいいんだと思う。うちには料理長がいて、勿論お菓子作りも彼が責任をもってやってくれている。私が好き勝手に厨房に入ってやりたい放題したら、きっと自分の城を荒らされるような気持ちになるんじゃないかな。

 だから、時々こうやってお菓子作りに参加させて貰えるだけで嬉しい。きっと、私が関わることで、皆さんには何倍も手間と労力がかかっているんだろうけど。



 鼻孔に残る甘い匂いにうっとりしながら部屋に戻り、お風呂に入って侍女さんにいつものお手入れをしてもらっている間に、ふと城でロザリッタ嬢に言われた言葉を思い出した。

 言われてみれば、周囲から見れば私が見目のいい殿方とばかり仲良くしているように見えるのかも知れない。ファリス様やリザヴェント様、トライネル様に、陛下やジュリオス様。私の事を気に掛けて、親しくしてくれる人は見目のいい殿方ばかりだ。

 皆、私の事が心配なのか、何かと親切にしてくれる。陛下に至っては、反応に困るような冗談まで言って打ち解けようとしてくださっているし。

 でも、確かに第三者から見てみれば、私はロザリッタ嬢にあんな風に言われても仕方がないのかも知れない。自分に厳しく当たる人、例えばクラウスさんやその他の官吏達、ロザリッタ嬢を筆頭に貴族令嬢達、それから少し前のウォルターさんを苦手だと避け、何か言われたら嫌われているからとメソメソ嘆いていた。

 うわぁ。よくよく考えたら、私って相当嫌な奴じゃない?

 この世界に来てから、マリカだったらどうするか、って考えながら生きてきて、マリカだったら上手くいくのに、やっぱり私じゃ駄目なんだって落ち込んでばかりだった。でも、私でも何とか神託通りに王女様やこの国を救うことができて、私は私なんだから、自分らしく生きて行こうと思えるようになった。

 でも、それから私らしく生きようと思っていたのに、何か上手くいかない。違う、こんなんじゃない、と思っていても、じゃあ何がどうなればいいのか、その為にどうすればいいのか分からない。

 ただ一つ、ロザリッタ嬢にああ言われて感じたことは、私は優しくしてくれる人にただ甘えてばかりなのは嫌だってこと。聖女としての身分を与えてもらったことに見合うだけの貢献をしたいってこと。

 けれど、今、対魔情報戦略室でやっている魔物の情報をまとめることというのが、どうもしっくりこない。もっと他に、やれることはないだろうか。ロザリッタ嬢達が、何も言えなくなるくらいの凄いこと。

「……なーんか、こう、瘴気をパーッと浄化しちゃうとかさ」

「何かおっしゃいましたか?」

「あ、ううん、何でもないです」

 髪に香油をつけて丁寧に梳いてくれている侍女さんに怪訝な表情をされて、慌てて首を横に振る。

 大体、この世界に来たときから不満だったんだよね。大抵の主人公は、元の世界では平凡でも、異世界に来たら勇者だったり聖女だったり、何かしら並外れた特別な力を授かっているっていうのかテンプレなのに。

 それなのに、私にはそんなものはない。あったのは、ほんのちょっとした魔力だけだ。

 ……あれ?

 ベッドに横たわったものの、ふと疑問に思って上半身だけ起こし、自分の掌を見つめる。

 確か、王女救出の旅に出ていた頃は、もっと魔法の威力も強くて、一日に使える回数ももっと多かったような気がする。

 尤も、あの時は毎日無我夢中だったし、がむしゃらに頑張っていた自分を自分で過大評価しているだけなのかも知れない。けれど、それでもトレウ村の山の中で迷った時のように、いくら睡眠不足と空腹が重なったからって、何度か炎の魔法を使っただけでぶっ倒れてしまうほど魔力は少なかっただろうか。

 ……まさか、神託通り役目を果たしたからって、このなけなしの魔力まで消えちゃったりしないよね?

 魔法を使えるというのは一種のステータスだ。これがなくなってしまったら、本当に私は平々凡々のただの異世界人で、聖女だなんて説得力が益々なくなってしまう。

 今後、視察先の地方で迷子になるつもりは更々無いけれど、もしもの時に自分の身を守る為にも魔力の強化は必要だ。

 という訳で、翌日さっそく魔導室を訪ねることにして、今日の所は寝ることにした。


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