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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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27.早く帰りたいのに

「よお、聖女様、しばらくぶりだな!」

 ギルドの扉を開けると、談笑している戦士達の向こうから立ち上がったオレアさんがニカッと笑って手を振る。

 一昨日まで行動を共にしていたんだから、しばらくぶりな訳がない。でも、そうやって冗談を言いながら声を掛けてくるぐらい、オレアさんは私に心を開いてくれている。そう感じられるだけで嬉しかった。

 歩み寄って、これまで随分お世話になったお礼を言うと、オレアさんは少し照れたように笑いながら、気にする必要はないと言ってくれた。

 その間ずっと、オレアさんの周囲に座っていたガタイのいい戦士達がニヤニヤ笑いながらこっちを見ていたけれど、これまでのように怖いとか近寄りがたいとは思わなかった。寧ろ、全員がオレアさんのような頼もしい存在に思える。

 もっと多くの戦士達と仲良くなってみたくて、傍に行こうとしたけれど、ファリス様に止められてしまった。

「おや、リナ様ではありませんか」

 カウンター内からそう声が掛かり、振り向くとそこには紙の束を手に持ったダイオンさんがいた。相変わらず渋くて物腰が柔らかい。でも、以前からダイオンさんは元ハイデラルシアの騎士にしては体の線が細いとは思っていたけれど、最近また少し痩せたような気がする。

「お久しぶりです、ダイオンさん」

「トレウ村はどうでしたか?」

 どこか具合でも悪いのかと聞こうとしたのに、先にあちらからそう訊ねられてしまった。

「長閑でいい所でした。魔物についても、いろいろと知ることができましたし」

「そうですか」

 ニコニコ笑っているダイオンさんは、どうやら私が山の中で迷ったことや、その後のゴタゴタを知らないようだ。オレアさんは皆に喋らずにいてくれているらしい。

 ふと、ダイオンさんが抱えている紙の束に目をやる。裏側しか見えないけれど、紙の縁が青や赤や黄色に縁どられているのは分かった。

「それって、依頼票ですか?」

「はい。これから貼り出すところなのですよ」

 そう言いながらカウンターから出てきたダイオンさんは、依頼票が疎らに貼りつけられている掲示板の前に立ち、残っている依頼票を外したり一か所に寄せたりして、それから広く開いたスペースに色ごとに新しい依頼票を貼り出した。

 すると、ガタガタ音を立てながら戦士達がのっそり席を立ち、ダイオンさんの背後から依頼票を眺め始めた。

「魔兎一匹討伐が金貨二十枚だと? どんな化け物だっつーの」

「不安なら俺と組むか? 金貨十枚ずつ分け合っても割のいい仕事だぜ」

「よし、乗った。それにしても、やっぱり西部の樹海付近は魔物が増えているらしいな」

 そう言いながら顎鬚を摩っていた戦士が、今貼られたばかりの依頼票を掲示板から引っ剥がした。

「あそこを狩場にしていた連中が、まとめてテナリオに行っちまったからなぁ」

「それもあるが、お隣の国から入ってくるっていうのもあるらしいぜ」

「フェルゼナットか。あの国の奴ら、魔物を狩らずにこっち側へ追い立てるようなことばかりやっているってのは本当なのか?」

 ん? なんだか、聞き捨てならない話が聞こえてきたよ。

 振り返ると、ファリス様は苦笑いを浮かべている。

「フェルゼナットって、西側の隣国ですよね?」

 魔族の国がある方向とは逆側にある隣国で、グランライト王国よりも魔物の数も少ないと聞いていた。それなのに、本当に魔物を他国に押し付けるようなことをしているのだろうか。

 すると、ファリス様は私の手を引っ張って戦士達から離れた場所にあるソファに腰を下ろすと、私をその横に座らせ、耳元に口を寄せて小声で教えてくれた。

「元々、西部の樹海では、我が国の戦士がギルドの依頼を受けて魔物を狩っていた。だが、テナリオでの挙兵以来、戦士の数が減って魔物が増えている。樹海から溢れた魔物がフェルゼナットにも流れ込んでいるのだが、それを彼の国は我が国がわざと魔物をあちらへ放っていると捉えているらしい」

「え……」

「だから、やり返しているつもりなのだろう」

「ええー……」

 それって、まるで子供の喧嘩レベルじゃないか。

「だから、これまでの訓練の成果を確認する意味もあり、近々騎士団が樹海へ魔物討伐に出る予定になっている」

「そうなんですか」

 いよいよ、これまでファリス様が半年間取り組んできたことの成果が試されるのか。そう思うと、胸が熱くなる。

「そう言えば、西の樹海の魔物って、どんなのがいるんでしょうか」

「戦士からの聞き取りによれば、魔鹿や魔兎、魔犬が主だと。どうやらトレウ村よりも大型で強いものが多いと聞いているが……」

 いや、そこは聞き取りだけじゃなく、ちゃんと下調べしておいた方がいいんじゃないかな。

 あ、いいこと思いついちゃった。騎士団が魔物討伐に行く前に、樹海周辺を視察してどんな魔物がいるのか纏めて資料にしておけば、きっと役に立つに違いない。



 早めにギルドを出て対魔情報戦略室に戻ると、ちょうど定時になったのでさっさと荷物をまとめて帰ることにした。だって、今日は帰ったらお菓子作りが待っているんだから。

「お先に失礼しま……」

 そう言い掛けた時、宰相閣下がやってきて、私の顔を見て手招きをした。

 いつもなら、はいはい何でしょう、と喜んで飛んでいくのだけれど、今日は家に帰りたくて仕方がない。でも、無視する訳にもいかないので、渋々閣下の執務机の前に立った。

「午前中に提出してもらっていた地方視察の資料だが、なかなか良くまとまっていた」

「ありがとうございます」

「さっそく複写して、サステート領とその周辺にある領地を治める領主、それからギルドにも資料として配布することになった」

 ……採用決定!?

 嬉しさのあまり舞い上がってしまい、言葉が出て来ない。

「それから、白月草のことだが、今後ハイランディア侯爵領の神殿に併設された薬草園で栽培されることになった」

「ハイランディア侯爵領の……?」

 それって、エドワルド様がいらっしゃるところじゃないですか!

 いい所だから遊びにおいで、って別れ際に言われていたのに、あれから一度も訪ねることができずにいた。

 思い出したら、急に懐かしくなって、久しぶりにエドワルド様に会いたくなってきた。でも、一日ぐらいの休みでは、家から馬車でハイランディア侯爵領まで往復ってなかなか厳しいんだよね……。

「そこで、仮に次にどこか地方視察に出るとすれば、白月草以外にも魔物によって負った傷に有効な薬や治療方法等の知識も集めてきてほしい」

「分かりました。それから、近々騎士団が西部の樹海へ魔物討伐に出るとお聞きしたのですが……」

「ファリスか。もう話してしまったのかね」

 あ、やばい。まだ言っちゃいけなかったのか。もう、ファリス様ったら。

「で?」

「はい。その前に、樹海周辺の魔物について情報収取できたら、と思っているのですが……」

 そう言うと、宰相閣下は眉間に皺を寄せて考え込んだ。

「あの周辺は、トレウ村とは違って魔物も大型で数も多いと聞いている。……まあ、一応陛下の御耳には入れておこう」

「ありがとうございます」

 ぴょこんと一礼して下がる。とんとん拍子に話が進んで、何だかいい感じだ。

 さあ、それじゃ帰るぞぉ! と意気込んだ時だった。

「ああ、それから……」

 何と、宰相閣下のお話はまだ続くらしい。

 えー、閣下、明日じゃ駄目ですか? 確かに、定時きっかりであがる人なんて皆無に等しいですけど、でも一応就業時間は過ぎているんですケド……。

「近いうちに、ファリスが騎士団の副団長に復職することになった」

「えっ……」

「本人にも、今朝伝えたところだ。恐らく復職して最初の仕事が、さっき話していた西部の樹海への遠征になるだろう」

 そんな。ファリス様とは廊下で会って話したし、午後からも一緒にギルドへ行ったのに、そんなこと一言も言ってくれなかった。

「彼もそろそろ身を固める時期だ。平騎士で任務が聖女の護衛というのでは、お相手の家に対しても格好がつかないこともあるのだよ。それに元々、処罰的な降格と人事異動でもあったからね。あれから半年以上経った。もうそろそろ処分を解くべきだという話になったのだ」

 宰相閣下は、説明というよりは、何だか私を説得するような口調だった。

 確かに、ファリス様がずっと私の護衛的な存在だったことが異例で、実力を考えれば副団長に戻すのが当然だ。それには全く異論はない。……ちょっと寂しくて、ファリス様がいなくなっても大丈夫かな、って不安はあるけれど、それは私自身の問題に過ぎない。

「ああ、安心してくれ。ギルドへ出掛ける際は、その都度騎士が護衛につくことになる」

「ありがとうございます」

 そう答えながらも、どうしようもなく気持ちが沈んで仕方がなかった。


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