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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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26.可哀想過ぎる

 余りに突然知らされた、王女様の結婚報告。衝撃のあまりただ目を見開いて何も言えずにいる私に、王女様は面白そうに笑った。

「そんなに驚かなくてもいいじゃないの。わたくしも、もういい歳よ。寧ろ、遅すぎるくらいだわ」

 確かに、この国の女性の適齢期は、元の世界よりずっと早い。特に貴族令嬢ともなれば、大体二十歳になるまでに嫁ぐのが一般的らしい。

 王女様は確かもう十九歳になられている。きっと、エクスエール公爵子息シザエルとの婚約が破棄されなければ、とっくにお嫁に行っていたはずだ。

「他国とは、どちらへ行かれるのですか?」

 呆然とする私に代わって、キャスリーン嬢が王女様に訊ねる。

「まだ正式に決まった訳ではないから言えないわ。けれど、魔将軍に目を付けられるような女を妻にと望んでくれる、剛毅な方がようやく現れたってことね」

 何ですか、それ。それって、こんな美しい王女様でも嫌だって言ってる国ばかりってことですか?

 じゃあ、国内にいればいいじゃない。リザヴェント様とだったら、家格が釣り合わないこともないでしょうに。ちょっと社交的に難ありな魔導室長の妻って、王女様にぴったりじゃないですか。

 言いたいことは山ほどあったけれど、頭の中でうまくまとまらない。

 それに、王女様がリザヴェント様のことを好きだってことは、私と王女様二人だけの秘密だ。キャスリーン嬢や、他にも侍女が近くにいる状況で口に出せることじゃない。

「……王女様は、それでいいんですか?」

 だから、絞り出せたのはそんな言葉だけだった。

 王女様は目を瞬かせると、にっこりと笑った。見ているこちらが涙を誘われるような切ない笑顔だった。

「わたくしは王女よ。この国の為になるのだったら、どんなところへでも行くわ。それが、王女たるわたくしのやるべきことよ」


 ああ、きっと王女様は、いついかなる時でも王女らしく振る舞うべきだ、と言ったリザヴェント様の言葉通りに生きようとしているんだ。

 もし仮に、王女様がリザヴェント様と結婚したいと我儘を通していれば、クラウディオ陛下の御世になった今は難しいとしても、先王陛下の時代だったらその望みは叶えられていたかも知れない。でも、そうしなかったのはきっと、リザヴェント様に幻滅されるのが嫌だったからだ。

 だけど、そうやって好きな人の言葉に従って生きたって、好きな人と結ばれる訳じゃない。

 そう。アデルハイドさんの言う通りにこの国に残った私が、彼と幸せになることができないように。



 ……結婚、か。

 好きな人と結ばれることを諦めながらも、キャスリーン嬢の恋を応援しようとしている王女様を見ていると、いつまでもアデルハイドさんに囚われている自分が間違っているような気がしてきた。

 王女様の部屋を出て対魔情報戦略室に戻りながら、ふとそんな思いに駆られた。

 私のやるべきことって、一体何だろう。ファリス様やウォルターさんから言われた、子孫を残すことっていうのは、何となく違うと思う。だって、子供を産み育てるなんて、他の女性でもできることだし。

 そうじゃなくて、『聖女』の私にしかできないこと。王女様が、自分にしかできないって言っていたように、私にも私にしかできないことがあるはず。

 あ、でも、神託の通りに王女様を魔王城から救い出し、その後の危機からこの国を救ったことで、もしかしたら私にしかできないことはもうやり終えちゃったのかな。

「リナ」

「うひゃあっ!」

 ずっしりと肩に重みを感じて思わず悲鳴を上げると、驚いたように手を引くファリス様がいた。

「すまない。驚かせたか」

「いえ。考え事をしながら歩いていたので、ちょっとびっくりしただけです」

 そう答えながら、何故か落ち着かない気持ちになる。びっくりしたせいか胸がドキドキして、何だか少し息苦しいような。

「城ではあまり気を抜くなよ」

 困ったように眉尻を下げたファリス様は、手にした布で額から垂れる汗を拭っている。きっと、騎士団との訓練が終わったばかりで、これから対魔情報戦略室に戻る途中なんだ。

「はい、すみません」

「謝ることじゃない。気を付けてくれればいいだけだ。それより、こんな時間にこんな所で何をしているんだ?」

「王女様のお部屋に伺っていました」

「ふうん。こんな時間に呼び出しとは珍しいな。どんなご用件だったんだ?」

「それが、……!」

 流れで普通に本当の事を喋りそうになって、慌てて言葉を飲み込む。

 危ない危ない。キャスリーン嬢の恋を実らせる為に、ファリス様との婚約を白紙に戻そうと企んでいますだなんて、本人に言ってどうするんだ。

 ……ん?

 言い淀む私を不審そうに見下ろしているファリス様の顔を見つめながら、ふとあることに思い至った。

 よく考えてみれば、キャスリーン嬢に協力する為に私からファリス様に結婚を切り出したとしても、当のファリス様が受けてくれるはずないじゃない!

 だって、婚約のお相手はあんなにお人形みたいに愛らしい伯爵令嬢なんだよ? ファリス様がそのキャスリーン嬢との縁談を断って、私に乗り換えるなんてありえない。

 どこぞの公爵に悪用されそうになっていた以前とは違う。私にはちゃんと貴族としての地位があって、最悪独身を貫いたって独りで生きていける。つまり、もうファリス様に同情される余地はない。

 ごめんなさいね、キャスリーン嬢。私、あなたのお役には立てそうにないわ。

 どこか安堵しながら溜息を吐いた時だった。

「だから、気を抜くなとさっきも言っただろう」

 いきなりファリス様に凸ピンされて、ハッと我に返る。

「それから、これ」

 ファリス様はポケットから折り畳まれた小さな紙を取り出すと、差し出してきた。

「何ですか? これ」

「王都で最近人気の店のリストだ。あのお堅そうな執事にでも連れて行って貰うんだな」

「え……」

 メモを開いてみると、ちゃんと甘味、衣服、雑貨別にお店の名前と、その店のある地区名が書き連ねられていた。王女様とのお茶会で聞いたことのある有名なお店もあれば、全く知らない店名もある。

 ふと、一昨日、ファリス様に王都散策に誘われた時、婚約者のいる身で他の女とデートだなんて、と変に思い違いをして、せっかくのお誘いを断ってしまったことを思い出した。

 ファリス様は、あの時私が言った通りに、律儀に店名と場所を教えてくれている。しかも、口で言っただけでは私が覚えていられないことも分かっていて、ちゃんとお店の種類ごとにリストにして。

 ……良い人だぁ!

 こんな良い人なのに。しかもこんなにカッコいいのに。なのに、キャスリーン嬢に振られちゃうことが確実だなんて!

 メモを握る手に思わず力が入り、クシャッと紙に皺が寄る。

 あんな、仕事一途で出来の悪い人間を馬鹿にするようなクラウスさんより、ファリス様のほうがずっとずっと、何万倍も優しくてカッコいいのに。

 なのに、あのクラウスさんに負けちゃうなんて、可哀想過ぎる!!

 ふるふると手が震え、唇が戦慄き、気が付くと私の目から熱いものが流れ落ちていた。

「…………は?」

 これ以上はないくらいに目を見開いたファリス様は、周囲を見回すと、慌てて私の手を引き、回廊から中庭へと連れ出した。

 建物と植木の陰になっている人目の付かないところまでくると、ファリス様は困ったように頭を掻いた。

「いきなりどうした。王女様にいじめられたのか?」

 そう言いながら、ポケットからハンカチを出して差し出してくる。皺ひとつない、微かにいい匂いのする綺麗なハンカチだ。

 首を横に振りながら目元を押さえる。まさか本当の理由なんてファリス様に言えるはずもない。

 すると、ファリス様は予想外なことを口に出した。

「……お前、まさかとは思うが、本当は俺に王都を案内して欲しかったのか?」

 え? と呆気に取られ、そのせいで涙も引っ込んだ。

「でも、あんな風に断った手前、言い出せずに困って泣いたという訳か?」

「……う」

 そうじゃない。そうじゃないけど……そういうことにすればうまく誤魔化せるのかな。

 小さく頷くと、その途端、これまで聞いたこともないくらい弾けたファリス様の笑い声が響いた。

「馬鹿だなぁ、お前は」

 その優しい声と、底抜けに明るい笑顔に、ゾクッと身体が痺れるような感じがした。

「分かった。今度の休みに、王都を案内してやるから」

 吸い込まれそうなほど美しいエメラルドグリーンの瞳を見つめながら、自分の顔がだんだんと熱くなっていくのを感じていた。


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