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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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25.仕事中ですが

 よし、今日は早く仕事を終わらせて早く家へ帰るぞ!

 思えば、そんな風に思ったことなんて、これまで一度も無かった。

 昨夜のうちに仕上げた分の清書と、原本のメモ帳を手に対魔情報戦略室へ向かう。出勤時間もいつもより早めだ。

 挨拶をしながら部屋に入ると、すでに机に向かっているクラウスさんがチラッとこちらを見た後、すぐに手元の資料へ視線を落とす。

 この人は何時に出勤しているんだろう。

 ふと不思議に思った。

 いつも私が出勤した時間にはいつも仕事を始めていて、私が帰る時にもまだ仕事をしている。

 昨日、キャスリーン嬢から聞いた話を思い出す。クラウスさんはシトラン伯爵家の次男で、伯爵家を継げないので官吏として身を立てようと頑張っているらしい。

 そんな彼からすれば、『聖女』という従来の身分制度には当てはまらない特別な貴族の位をポンと与えられた無能なわたしなんて、とても許せるものじゃないんだろう。その上、官吏の試験に合格した訳でもないのに、苦労して自分が手に入れた職に就いたとあれば、怒って当然だ。

 もし、クラウスさんがヴァセラン伯爵家の一人娘であるキャスリーン嬢と結婚すれば、爵位も手に入れられるし、あんな可愛い子をお嫁さんにできる。クラウスさんにとってはこれ以上ないくらい良い話だと思う。

 ……でも、正直、面白くない。

 はっきり言って、私はクラウスさんが苦手だ。いくら私を嫌う理由があるからって、冷たい態度を取り続ける彼にいい感情なんか持てっこない。そんな彼の為に、大切な旅の仲間であるファリス様を欺くなんてしたくない。

 ――駄目駄目。そんな心の狭い事でどうするの。あなたは『聖女』なのよ。それに、クラウスさんが幸せになるよう手を貸せば、彼もあなたに辛く当たっていたことを悔い改めて、優しくなってくれるかも知れないじゃない。

 いかにも聖女らしい理想論を並べ立てる心の声に耳を傾けていると。

「ボーッと突っ立ってないで、さっさと仕事しろよ」

 クラウスさんのカウンター口撃を受けることになってしまった。



 対魔情報戦略室で、私が担当しているのは、主にこのグランライト王国内における魔物の情報を取り纏めることだ。それなのに、以前はこの国では遭遇することのないような強い魔物の図鑑を作ってしまい、ギルドで壮大なダメ出しを食らってしまったんだけど。

 そんな失敗談は置いておいて、では、他の方々は何をしているのかと言いますと。

 ファリス様はギルドに聞き取りに向かう私の護衛をしがてら、そこで戦士達から魔物と戦う為の戦術を聞き取り、その情報を騎士団へ伝えている。大体、午前中に訓練所で騎士さん達と鍛錬しつつ、魔物との戦い方を伝授しているらしい。

 そして、クラウスさんや他の文官さん達は、魔族の国に関する情報や、魔王軍と交戦中の各国の情報を取りまとめたりしているらしい。らしい、というのは、彼らが具体的にどんな仕事をしているのかなんて、私は関知していないからだ。

 時々、文官さんが宰相閣下の執務机に地図を広げ、魔王軍の動きがどうのと話をしているのを耳にしたり、どこそこの国はかなり疲弊しているものの持ち堪えているといった会話が聞こえてきたりする。

 でも、彼らは私が聞いていると分かると会話を止め、あっちへいけと言わんばかりの視線を送ってくる。もしかしたら、私が文官さん達に気に入られていれば、他では知りようもない色々なことを教えてもらえたかも知れないけれど、クラウスさんと同じく彼らは私の事をよく思っていないようだ。

 でも、本音を言ってしまうと、私は魔王軍に関して詳しい事を知りたくはない。

 もし、魔王軍が団結力を取り戻して攻勢に出たなんて聞いてしまったら、アデルハイドさんのことが心配で胸が張り裂けそうになって、居ても立ってもいられなくなってしまうから。だから、ギルドでもテナリオの情勢がどうのという話が聞こえてきても、耳に入れないように気を付けている。

 ……ギルドと言えば。

 そうだ、今日は午後からオレアさんに会いに行こう。移動魔法で城に戻ってきた後、国王陛下が待っていると連れて行かれ、お別れも言えず仕舞いだった。お礼がてら、今度地方視察をするならどの辺りがいいか、ついでにまた一緒に来てくれないか相談してみよう。

 そう思いながら、宰相閣下に提出する清書を机の上に置き、まだまとめ終わってない部分の清書に取り掛かっていると。

「リナ様。王女殿下がお呼びでございます」

 対魔情報戦略室付きの侍女さんが近づいてきて、私に耳打ちした。

「えっ。でも、仕事中なのですが」

 これまで、王女様が午前中のこんな早い時間に私を呼び出したことなんてない。大概、仕事終わりに自分の部屋に来いとか、お茶会をしているので仕事が終わったら寄れという誘いぐらいなのに。

 侍女さんは、言外に「お伝えしましたからね」という視線を送ってきた後、さっさと立ち去っていく。どうやら、「今は無理」という私の返事を伝えてくれるつもりはないようだ。

 本当は直接手渡しして感想を聞きたかったのだけれど、仕方がないので宰相閣下の机の上に清書した紙の束を置く。朝議の時間中なので、閣下はまだしばらく対魔情報戦略室には来ないだろう。

 お茶を淹れている先程の侍女さんに、王女様のところへ行ってくると告げて、私は対魔情報戦略室を出た。



「待っていたわよ、リナ」

 王女様の部屋に通され、そう声を掛けてくる笑顔の王女様の横に腰掛けている先客を見た時、何故こんな時間に突然呼び出されたのか、その理由が何となく分かった。

 分かったけれど、ちょっと腹が立ってわざと分からない振りをした。

「このような時間に、一体どうなされたのでしょうか」

 敢えて、こっちは仕事中だったのに、と暗に非難するように『時間』という言葉を強調してみた。

 けれど、王女様はそれに全く気付く様子もなく、あっけらかんと言い放った。

「昨日の話の続きに決まっているでしょう。ねぇ、キャスリーン」

 王女様の隣で、可憐なキャスリーン嬢が肩を竦めながら頷く。

「王女殿下、それに聖女様の貴重なお時間をいただいて、申し訳ございません」

 どうやら彼女の方は、少しでも私に悪いことをしているという遠慮があるように思える。

 すると、王女様はいつもより更に高飛車な笑い声を上げた。

「いいのよ、気にする必要なんかないわ。それより、一刻も早く作戦を実行しないと、これ以上話が進んだら、ファリスとの結婚を回避するのは益々難しくなるわよ」

 魔将軍の心を奪ったほどの美女である王女様と、お人形のように可憐な美少女のキャスリーン嬢が並んで座っている様子は、本当に絵になる。けれど、二人がまるで本当の姉妹のように寄り添い、姉が妹を案じるようにキャスリーン嬢に親身になっているのを見ていると、何だかもやもやしてくる。

 大体、王女様の隣は私の指定席だったのに。向かいのソファーに座りながら、ついついキャスリーン嬢を見る目が厳しくなってしまう。

 そもそも、貴族令嬢が親の決めた結婚に従わないのはルール違反なんじゃないの? ヴァセラン伯爵だって、デュラン侯爵家と縁を結びたいからこそ、この縁談を受けたんじゃないの? 自分がクラウスさんと結婚したいからって、私とファリス様を無理矢理くっつけようとするなんて、私達に対して失礼だとは思わないの?

「リナ」

 王女様に呼ばれてハッと我に返る。

 心の内の不満が全部表情にだだ漏れしていたようで、王女様は怒ったように眉を顰めて私の方を睨んでいた。

「やはり、聖女様にはご協力いただけないようですね」

 キャスリーン嬢が細い肩を震わせながら顔を伏せる。宥める様にその肩を抱いた王女様が、キッと鋭い視線をこちらに向けてきた。

「リナ。自分の恋が叶わなかったからって、他人の恋を応援できないようでは、淑女として失格よ」

 心の一番痛いところを、ピンポイントで思いっ切り突かれてしまった。

 王女様に指摘されたことは、全くもってその通りだった。確かに私は、自分のアデルハイドさんへの想いが叶わないのに、王女様にまで協力して貰って恋を叶えようとしているキャスリーン嬢に腹を立てている。

 けれど私は、キャスリーン嬢を羨ましいと思っているとか、妬んでいるとか、そういう自分の心の厭らしい部分を素直に認めることができなかった。

「きょ、協力しないとは言っていません」

「本当ですか?」

 涙目になっていたキャスリーン嬢が、パッと顔を上げる。その様は、まるで朝露に濡れた可憐な薔薇の花のようで、思わず引き込まれてしまいそうなほど美しかった。

「でも、お二人の恋を叶える為に、ファリス様を騙すような手段は取りたくないのです」

「では、騙すのではなく、本当にファリス様と結婚してくださればいいのです」

 はっきりきっぱりとキャスリーン嬢にそう言われて、思わず目を剥いた。

「ですから、私とファリス様はそういう関係ではありませんと昨日も言ったはずですけど。それに、王女様も以前私に、ファリス様は止めておけと……」

「あら。別に、当人同士がそれでいいなら別にいいのよ」

 あっさりと掌を返した王女様に、私は再び目を剥いた。

「失恋の痛みを忘れるには、新しい恋をするのが一番だってよく言うでしょう?」

 へー、そうなんですかー。ってことは、王女様もリザヴェント様の事を忘れる為に、新しい恋でも始めるんですかねー。

 ジト目で王女様を見つめていると、私の言いたいことを察したのか、王女様はにっこりと笑った。

「あなたにはまだ言ってなかったかしら。わたくしね、他国に嫁ぐことになったのよ」

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