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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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20.王城で修羅場!?

 トレウ村の山の中で迷い、多方面に心配と迷惑を掛けてしまったにも関わらず、何と宰相閣下から再度地方視察を行う方向で意思確認をされた。これって、私がトレウ村でやってきたことが認められたって思ってもいいよね?

 舞い上がりそうになる気持ちを必死に抑えながら、宰相閣下から今後やるべきことの指示を受ける。メモ帳の情報をきちんと清書したり、内容を補足したり、指摘されてみればまだまだやるべきことはたくさんあった。

 でも、また今回と同じように地方視察に出られるなんて、嬉しくて仕方がない。その為にお仕事を片づけなければならないというのなら、張り切ってパパッとやりきっちゃうもんね~。

 ……そんな風に浮かれていたものだから、私はクラウスさんの従妹であるヴァセラン伯爵令嬢のことをすっかり忘れていた。

 クラウスさんの方から、「お前のせいで従妹が悲しんでいる」だなんて責められるんじゃないかとヒヤヒヤしていたけれど、そんな気配も全くなかったから、そんな心配なんていつの間にか綺麗サッパリ頭の中から消えてしまっていた。

 対魔情報戦略室での報告が終わった後、宰相閣下と共に国王陛下の執務室へ向かった。そこで、トレウ村の山中で迷った件について、ファリス様と共に国王陛下に報告を行った。

 山の中で迷子になってしまってから、オレアさんに発見されるまでの経緯を正直に詳しく話すと、腕を組み、ムスッとした表情で耳を傾けていた陛下の肩が、途中からプルプルと震え出したのが分かった。

 嫌な予感に包まれながら話し終えると、案の定、陛下は大爆笑だった。

「……お前、何でそんなお馬鹿な行動が取れるんだ?」

 分かりませんよ。真剣にやってこれなんですから。


 陛下への報告が終わり、執務室を出てファリス様や宰相閣下と別れた。本当なら、これでもう家に帰ってゆっくり休めるはずなんだけれど、これから王女様との約束がある。

 ウォルターさんは、すでに城に待機している我が聖女家の馬車に荷物を積み込んだりしてくれているので、私は一人で城内を歩いていた。向かうのは、勿論王族方の住まいがある城の中心部だ。

 すでに魔将軍の襲撃で破壊された城の修復は終わり、私が脱走を試みた挙句に落ちた場所も無くなっている。

 以前は、王女様が私の部屋を訪ねて来てくれることはあっても、逆に私が王女様のお部屋を訪ねることはなかった。何故なら、私はその時は貴族でも何でもなくて、王女様のお部屋に伺える身分ではなかったからだ。

 でも、聖女という身分を得てからは、王女様にお茶に呼ばれることが度々あった。これまで仕事終わりに何度も訪ねているから、一人でも迷うことなく足を運ぶことができる。

「聖女様とお見受けします」

 城の中心部へ向かって歩いていると、不意に鈴が転がるような綺麗な声で呼び止められた。

「はい」

 振り向くと、そこには造り物ではないかと疑ってしまうほど美しくて愛らしい貴族令嬢が立っていた。ふんわりとした金髪に囲まれた白い肌に、見たこともないほど大きな菫色の瞳を潤ませている。

 何故か私を睨むように見据えているその貴族令嬢に見覚えは無かった。故に、今まで私に「ファリス様を独り占めするなんて!」と難癖をつけてきたご令嬢方のうちの一人ではないと思われる。それに、ご令嬢方の中にこんな可愛い子がいたら、絶対に覚えているはずだ。

「……あの?」

 首を傾げながら目を瞬かせていると、その貴族令嬢は見た目の愛らしさからは想像もできないほど毅然と口を開いた。

「お初にお目にかかります。私はキャスリーン・ヴァセランと申します」

「あ」

 思わず間抜けな声を上げて口を開いたまま、呆然と立ち尽くした。

 ……この人が、ファリス様の婚約者!

 ファリス様のお相手というから、もっと大人で、グラマーで、派手な美人系の女性を勝手に想像していたけれど、こんなお人形さんみたいに可愛い人だなんて。

 しかも、このご令嬢、どう見ても私より年下だよ? 政略結婚だろうから、ファリス様にロリ……だなんて言うつもりはないけれど、ついそう思ってしまうくらいの年齢差だ。

「私のことをご存じのようですね。デュラン侯爵子息ファリス様とのことも」

 キャスリーン嬢は、私の様子から、こっちが自分の事を知っていると推測したらしい。確かにその想像は間違ってはいないけれど、そんな風にガンガン向かって来られると、こんなに可愛いのにちょっと怖いと思ってしまう。

「それなら、話は早いですわ。聖女様にお願いがあります」

 キャスリーン嬢の形のいい眉が吊り上がり、可愛らしい顔が歪み、白い肌がさっと赤く高揚する。

 えええっ!! こんなところでまさかの修羅場!?

 ――ファリス様は私の婚約者よ。もういい加減離れて頂戴、この勘違い女!!

 はい。そうですね。分かっております。仰る通りです。そう致します。

 泥棒猫呼ばわりで叫ぶ美少女に、そうひたすら謝る自分の姿が脳裏を過る。

 そう言えば、王都に戻ったら二人でヴァセラン伯爵令嬢に謝りに行きましょうね、って約束していたのに。まさか、こんな所で自分一人だけ件の伯爵令嬢に遭遇してしまうとは思わなかった。

 ……何てこったい。

 せめて、ファリス様の買ったプレゼントが届いて、伯爵令嬢の怒りが和らいだのを見計らって、ファリス様にくっついて謝りに行くつもりだったのに。私の計算は甘すぎた。

「聖女様。私の話、聞いていただけますか?」

「……あ、はい」

 また自分の脳内の世界に迷い込んでいたところを、少し怒ったような可愛らしい声で現実に引き戻される。

「えっと、どういうことでしょうか?」

 覚悟を決めて身構えると、キャスリーン嬢は手を胸の前で合わせて息を整え、大きく息を吸い込んだ。

「どうか、ファリス様とご結婚していただけませんでしょうか」


 …………は?

 目を瞬かせる私の前で、キャスリーン嬢は「言ってやったわ!」的な充実感に浸っている。

 だが、しかし。

 言葉、間違っちゃっていますからね? それじゃあ、私とファリス様が結婚してしまうことになっちゃいますから。

 あれだ。ファリス様と結婚するのは私ですから、ご遠慮していただけませんでしょうか、とでも言いたかったのだろうか。でも、この様子だと、言い間違ったのに気付いていなさそう。

 ……もう、仕方がないなぁ。

「……あの。先日は、私のせいでお二人の大切な昼食会が取りやめになってしまったとお聞きしました。不慮の事故が原因とは言え、本当に申し訳ございませんでした。心からお詫び申し上げます」

 とにかく空気を読んで、相手の口からその件についての苦言が出てくる前に謝っておく。

「いえ。寧ろ、助かりましたわ」

「ええ、もう本当に助かったって、……え?」

 首を傾げながら顔を上げると、キャスリーン嬢はにっこりと微笑んだ。

「ファリス様は、聖女様のことが何より大切なのだと、はっきり分かりました。最初から、私の出る幕ではございませんでした。すでに、父にもこの縁談は無かったことに、と私の気持ちを申し上げております」

「――ちょっ、と待って!」

 何だ何だ、この展開はっ!

 あれか、愛し合う二人の邪魔をするくらいなら、私は身を引きますって奴か。

 そんなんじゃないから! キャスリーン嬢がそんなことする必要なんか全くないんだから! そんなに超可愛いのに、何でそんなに諦めがいいんだ! 寧ろ、私に会って、これなら勝てるって意気込む場面じゃないのか!

「あの、キャスリーン様は勘違いされております」

「勘違い?」

「ええ。私とファリス様は共に辛い旅を乗り越えた仲間であり、今は同じ職場の同僚という立場におります。けれど、キャスリーン様が思っているような関係では決してございません。ですから、どうか早まって、縁談を白紙になどなさらないでください」

「……それは困ったわ」

 不意に、キャスリーン嬢は顔を強張らせ、声のトーンを落とした。何故困る?

 ああっ! そうか。もうすでにキャスリーン嬢は、縁談を断ると彼女のお父さんに伝えてしまっているんだ。

「大丈夫ですよ。仮に、ヴァセラン伯爵がこの縁談を白紙にと申し入れて来ても、あなたが誤解をしていたせいだったと、私からファリス様に申し上げておきますから」

「誤解ではありません。私は、ファリス様との結婚を望んでいないのです」

「え……?」

 またも言い間違いか、それとも聞き間違いか。戸惑いながらキャスリーン嬢の顔を覗き込んで見る。けれどどうやら、それは間違いではなく、彼女は本気らしかった。

「でも、どうして……?」

 ファリス様はとってもかっこいいし、若くして騎士団副団長になって、王女救出の旅に若手騎士代表として選ばれるくらい優秀だし、優しいし。一体そんな完璧なファリス様の、どこが不満なんだろう。

 私の脳裏に、禿げて狸腹になり、今のカッコよさが見る影も無く衰え、女性に振り向かれることもなくなったファリス様の未来予想図が、やけにリアルに浮かぶ。

「……理由をお聞きしてもよろしいですか?」

 思わず、そう口走っていた。

 例えば、アデルハイドさんに怒られるまで私に厳しかったように、ファリス様が乗り気でない縁談に腹を立てて、キャスリーン嬢にツンケンしていたとしたら。私は散々足を引っ張ったから仕方ないな~、と思って耐えられたけれど、正直、貴族令嬢にアレは厳し過ぎると思う。

 そんな理由だったら、本当は優しい人なんだってちゃんと誤解を解いて、二人の仲を取り持ってあげないと。

 じっと返事を待っていると、キャスリーン嬢は困ったように眉を下げ、それからもじもじと肩を竦めた。

「……仕方がありませんわ。正直に申し上げます。実は、他にお慕いしている御方がいるのです」

 ……何ということでしょう。

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