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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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18.国王陛下は眠れない

「無事で何よりだ」

 謁見の間ではなく、執務室に通されたファリス様と私を出迎えたクラウディオ陛下の前には、いつものごとく膨大な書類が積まれている。これまでの国の仕組みを変えようとしている陛下は、即位したばかりなこともあって大変多忙なのだ。

 そんな陛下の御手を煩わせたかと思うと、申し訳ないのと同時に、今度こそ愛想を尽かされるのではないかという恐怖を感じて、冷や汗が噴き出してきた。

「ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」

 ぎこちなく頭を下げると、全くだ、と私の心を震え上がらせるような陛下の呟き悩ましげな声が聞こえてきた。

「もしそなたに何かあったら、と心配で、私も昨夜は一睡もできなかった」

「えっ……」

 耳を疑いながら顔を上げると、どことなく疲れた様子の陛下が充血した目で真剣にこっちを見つめている。

 ……ど、……どどど、どういうこと?

 言葉の意味を理解すればするほど混乱し、愕然として言葉を失っていると、驚き過ぎて固まっていた私に救いの手を差し伸べてくれたのは、陛下の従兄弟にあたるブライトン公爵子息ジュリオス様だった。

「違いますよ。陛下が眠れなかったのは、ただ単に仕事が片付かないからです」

 ジュリオス様は陛下と共に帝国へ留学されていた方で、ずっと陛下の右腕として働いている。従兄弟だけあって少し顔立ちもどことなく似ているけれど、ジュリオス様は陛下とは対称的に温厚でいつもニコニコしている方だ。

 私の周囲の男の人は結構美形揃いだけれど、見た目の好みで言えばトライネル様の次にタイプなのがこのジュリオス様だ。勿論、それはあくまで好みのタイプであって、一番はやっぱりアデルハイドさんだけど。

「ばらすなよ」

 悪戯をばらされた子供みたいな表情を浮かべて、陛下はジュリオス様を責めるように睨みつけている。

 どうやら陛下は、私を揶揄って、反応を見て面白がっているようだ。この様子だと、下手をすれば今晩も徹夜でお仕事しないといけないみたいだから、私を揶揄ってストレス発散しているんだろう。

 ……別にいいけどね、いつものことだし。ただ、今は疲れているし眠いし、おまけに精神的ダメージを受けているから、できれば今日のところはもうこれで勘弁してほしいかなぁ。

「陛下は大変お忙しいご様子ですので、詳細につきましては、また明日改めてご報告に参ります」

 ファリス様がそう言って早々に退出しようとするのに便乗し、一礼して下がろうとすると、陛下は机に肘を付き、組んだ指の上に顎を乗せて、ゾクッとするようなアルカイックスマイルを浮かべた。

「城内に部屋を用意させてある。疲れただろうから、今日は城に泊まっていくがいい」

「えっ……」

「以前そなたが使っていた部屋だ。何なら、私の部屋を使ってくれてもいいのだぞ?」

「……もっ、元の部屋で結構ですっ!」

 真っ赤になって、オタオタしてしまう私を見ながら、陛下はニヤニヤ笑っている。

「遠慮など必要はないのだぞ?」

「……っ!」

 何も言えず、ただひたすら首を横に振りながら、楽しくて堪らなそうな陛下と、可哀想なものを見るようなジュリオス様の視線に耐える。

 ああ、こういう時、オホホ、と余裕の笑みを浮かべながら、気の利いた台詞でさらりと冗談を返せるスキルが欲しい。……切実に。

 

 結局断り切れずに、城にお泊りすることになってしまった。

 私に付き合って一緒にお泊りすることになってしまったファリス様のお部屋は、以前アデルハイドさんが使っていた部屋だ。

「……陛下も相変わらずだな」

「そうですね……」

 並んで廊下を歩きながら、ファリス様の呟きに溜息交じりにそう答える。

 クラウディオ陛下は、私に対しては随分と寛容だと思う。無能な人間は無慈悲にばっさり切り捨てる陛下の性格を思うと、私には随分甘いなと自分でも感じる部分はある。

 でも、時々ああやって揶揄われるのには辟易する。これまでも、クラウスさんに厭味を言われて落ち込んでいる時に会ったりすると、決まって「いっそ側室になるか?」と真剣な顔で言っては、狼狽える私を見て笑う。本当に困った人だ。

 でも、陛下がそんなだから、救われている部分も大いにあるんだろうな。あれも私とのコミュニケーションを図るために、わざとああいう冗談を言って場を和ませてくれているんだろう。……こっちはいつも本気かと焦って固まっちゃうんだけど。

 思わず勘違いしてしまう陛下の真剣な顔と甘い声を思い出し、顔が熱くなってくる。いつもまんまと騙されてしまう自分の愚かさに改めて恥ずかしくなり、ブンブンと頭を横に振った時だった。

「リナ」

 ファリス様に呼び止められて、慌てて振り返る。

 気が付けば、ファリス様はご自分が泊まる予定の部屋の前で足を止めていた。また自分の思考にのめり込んで、周囲の様子が見えていなかったらしい。

 ファリス様は、そんな私の行動にもう慣れっこになってしまったようで、困ったように小さく溜息を吐いただけだった。

「疲れただろう。ゆっくり休めよ」

「はい。今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

 サストの街を二人で巡ったことを思い出して、お礼を言いながらついつい表情が緩んでしまう。

 あんな風に、男の人と二人で街を歩いて、買い食いしてショッピングするなんて、元の世界でも経験がないことだった。

「俺も楽しかった。良かったら、今度は休みの日にでも一緒に王都を散策するか?」

「えっ……」

「街に出ても、いつも城とギルドを往復するばかりだからな。お前が好みそうな店をいくつか知っているから、案内してやる」

 超爽やかイケメンに微笑みを浮かべながら誘われたら、抗いようもなくのぼせたようになってしまう。

 これまで私は、元の世界でもずっと彼氏とかデートとかいったものに縁が無かった。こっちの世界に来ても、過酷な旅だとか田舎で一人暮らしだとかで、きっといつかは訪れるだろうと思っていた『青春』とか『恋愛』とは全く無縁だった。トライネル様やアデルハイドさんに恋をしても、それはあくまで一方的な片思いでしかなかったし。

 私だって、実は密かに憧れていたんだ。男の人と街を歩きながら食事して買い物して、手を繋いで肩を寄せ合ったりして。自分にはマリカみたいな魅力は無いから縁が無いんだって諦めかけてはいても、そんな願望はずっと私の中に存在していた。

 まさか、ようやくこんな私にも青春の一コマが……! と舞い上がりそうになって、寸でのところで思い出す。ファリス様には、ヴァセラン伯爵令嬢という婚約者がいることを。

 駄目じゃないか、と思った瞬間、寂しいような切ない気持ちになった。

「じゃあ、今度そのお店の名前と場所を教えてください」

 緩みきった表情を引き締めてそう返すと、眩しいほどの笑顔だったファリス様の眉間に見る見るうちに深い皺が寄った。

「俺と一緒は嫌ということか?」

「……えっ? いえ、そういうことでは……」

「分かった。この話は無かったことにしよう」

 いきなり突き放すように言い放つと、ファリス様は素早く部屋の中に入り、ドアを閉めてしまった。

 何で怒られるの? だって、婚約者がいるのに、他の女性とデートするなんておかしいじゃない。いくら遊び人だからって、そこのところはちゃんとけじめをつけないといけないんじゃないの?

 ……それとも、まさかファリス様は私の事を女だと全然意識していなくて、ただ単に私の為に王都の街を案内しようとしてくれていただけ? だとしたら、変にデートだなんて意識して、ファリス様の好意を無碍にしてしまったことになる。

 呆然と立ち尽くしながら罪悪感に襲われていると、背後から声を掛けられた。

「リナ様。どうされましたか」

 私が泊まる予定の部屋のドアが開き、中から現れたウォルターさんがこちらへやってくる。

 クラウディオ陛下の執務室に同行していなかった彼は、先に私の荷物を部屋に運んで宿泊の準備をしてくれていたらしい。つまり、私が今夜城に泊まることは、私の意志に関わらず、とっくに決定事項だったってことだ。

「……何でもないです」

 憧れのデートへの期待にのぼせあがった分、それを自ら断った後の険悪な空気に、私のテンションはこれ以下ないほど下がり切っていた。

 ファリス様に悪いことをしてしまったという思いと、でも婚約者である伯爵令嬢の為にもやっぱり断って良かったんだという思いが交錯して、疲れ切った頭の中は爆発してしまいそうだった。


 部屋の中には城の侍女さんがいて、ウォルターさんは私が部屋に入ると一礼してドアを閉めた。彼はこの後も聖女家に帰還の連絡を入れ、明日家に帰る馬車を手配する等、まだまだ仕事があるらしい。

 侍女さんはハンナさんではなかったけれど、見知った顔の人だった。再会を喜びつつ、早速お風呂に入る。

 いい匂いの石鹸の泡に包まれながら、やっぱりファリス様とのことが頭を離れなかった。

 もし、ファリス様に婚約者がいなかったら……。

 そんな思いが脳裏を過って、慌てて首を横に振る。

 何で、そんな風に思ってしまうんだろう。私が好きなのはアデルハイドさんなのに、超イケメンのファリス様に構って貰えて浮かれているんだ、きっと。

 第一、ファリス様にとって私は、頼りなさ過ぎて心配で放っておけない困った奴でしかないのに。ファリス様に私よりも優先すべき女性ができたことを寂しいと思うなんて、増長し過ぎでしょうが、私。

 ずっと厳しいだけだったファリス様は、城で再会したアデルハイドさんに怒られて、それから少しずつ優しくなった。今では優し過ぎるんじゃないだろうかと困惑することもあったけれど、いつの間にかその優しさに慣れてしまい、甘えていたかもしれない。

 ファリス様もリザヴェント様もいずれ誰かと結婚し、エドワルド様は地方の神殿、アデルハイドさんは戦場から戻って来ない。旅の仲間と完全に疎遠になってしまう。近い将来、そんな日はきっと来る。

 その時私は、自分の足でちゃんと立っていられるだろうか……。

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