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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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17.ようやく帰ってきたものの

 オレアさんの後ろには、警備隊長をはじめ数人の警備隊員がついてきていて、そのうちの一人が自分の乗っていた馬の手綱をファリス様に差し出す。

ここに来るまでのとは格が一段違う豪華な馬車の御者台には、いかにも御者って感じの人が座っていた。きっと、馬車と一緒にサステート領主が貸してくれたんだろう。

 山で迷った時に私兵やサストの警備隊員を派遣してくれたことといい、サステートの領主様には随分とお世話になってしまった。お礼を言いたいと思ったけれど、領主の館に寄る時間はない。

 申し訳なくて、せめて感謝の気持ちを伝えて貰おうと警備隊長に伝言を頼むと、返って恐縮されてしまった。本来は領主自ら挨拶に伺うべきところ、所用が立て込んでいてそれも叶わず、主に代わって非礼をお詫びすると逆に頭を下げられ、驚きのあまり狼狽えてしまった。

 領主は自分の領地と王都を行ったり来たりするから、今度サステートの領主様が王都に来た時に、ちゃんとお礼をしよう。あ、勿論、フロワーズの領主様にも忘れずに。


 ウォルターさんの足は神官に治癒してもらって治ったものの、眼鏡がない状態で馬に乗るのは危険だということで、結局私と一緒に馬車で移動することになった。

 向かい合わせで座ると、また沈黙が落ちる。

 我が家の執事とはいっても、これまでのことでウォルターさんに対する苦手意識は随分と強くなっていた。特に、昨夜の退職して結婚しろ発言によって、私の中で彼に対する分厚い心の壁ができていた。だから、こっちから沈黙を破って気安く話しかける気も起きなかったし、何か言おうとしても言葉が喉を通過して出てこなかった。

 まあ、でも足が治って良かった。このまま王都に戻るまで骨折したままじゃ辛いし不便だろうし、何より怪我した姿をいろんな人に見られることは、彼のプライドを傷つけることになっただろうから。

 そう言えば、眼鏡で引っ掻いた顔の傷もちゃんと治して貰っただろうか、と窓の外を見ている整ったウォルターさんの顔を凝視していると、ふとこちらを見た彼は眉を思いっ切りひそめた。

「どうかいたしましたか?」

「……いえ。何でもありません」

 慌てて目を逸らしつつ、それらしき傷が見えなかったことにホッと溜息を吐いた。せっかくお肌が綺麗なのに、傷が残ったら残念だもんね。

 足も完治して、午前中ほぼ丸々眠っていたウォルターさんは、これからもう居眠りなんてしない。ということは、今度こそ昨夜村長宅を抜け出した件について厳しく問い詰められるんだろうな、と憂鬱な気分になった時だった。

「リナ様」

「はいっ」

 不意に呼ばれて、……これは説教タイム来た!? と背筋をピンと伸ばして身構える。

 すると、ウォルターさんは目を細めて鋭い眼光を飛ばしてきた。眼鏡が無い分、目の辺りがはっきり見えて余計に怖い。

 肩を竦めて恐縮しながら心の準備を整えていると、ウォルターさんは不意に深い溜息を吐いた。

「……申し上げたいことは多々ございますが、リナ様もお疲れでしょう。それはまた、お屋敷に戻ってからゆっくりお話させていただきます」

「えっ、……あ、ハイ」

 覚悟していた説教が先延ばしになって拍子抜けしつつ、小さく安堵の溜息を吐く。

 嫌なことはなるべく早く終わらせておきたいと思う一方で、できることなら先送りしたいという気持ちの方が強い。ついでに時間をおくことで、曖昧に事を済ませられるかも知れないと淡い期待を抱いたりもしている。

 やっぱり私は、弱い人間なんだなぁ……。

 

 そうして、日が暮れかけた頃に宮廷魔導師が待つフロワーズ領の中心都市に着いた私達は、これから荷物と共に移動魔法で王都へと戻る予定だ。

 トレウ村の山で迷って一晩山中で過ごした後、下山途中から夕方までぐっすり眠ったとはいえ、昨夜は河原でいつの間にか泣きながら少し眠ったくらいで、はっきり言って睡眠時間は全然足りていない。早朝からずっと馬車に揺られっぱなしというのも意外と疲れるもので、宮廷魔導師と合流した時にはヘトヘトになっていた。

 いろいろあったけれど、もう王都へ戻るんだ。今日はゆっくり休むとして、明日にでもクラウディオ陛下や宰相閣下に視察の報告をしに登城しないといけない。

 登城するとなれば、対魔情報戦略室にも顔を出さなきゃいけないし、そうなれば当然クラウスさんとも顔を合わせなきゃならない。クラウスさんはもう、仲のいい従姉妹がファリス様に昼食会をすっぽかされたことを耳にしているのかな。例えまだ知らなかったにしても、その原因となった私は、遅かれ早かれ厭味を言われるに決まっている。

 ……ああ、でも疲れた。もういいや。明日の事は明日考えればいい。今はもう、早くお家に帰って眠りたい……、と必死に眠気と戦いながら魔導師が描いた魔法陣に足を踏み入れる。

 王都へ戻る全員と荷物が魔法陣に入り、魔法陣が光に包まれる。

 そうして光のカーテンが下り、その先に広がる光景を見て愕然とした。

「……ここは、神殿?」

 何で王都のどこかじゃなくて、お城の神殿に!? 確かに出発したのはここからだったけれど、時間も時間だから、てっきり王都の中心部にでも飛んで、現地解散で家に帰れるものだと思っていたのに。

 しかも、魔法陣の外には、十人ほどの人が立って待っていた。その中でも一際目を引く存在なのは、長身で超美形な魔導室長リザヴェント様だった。

「……リナ!」

 何故か複数の神官さん達や衛兵達に腕やら胴やらを掴まれた格好のまま、リザヴェント様は切なげな表情で呼びかけてきた。

 この状況からして、もしかしてリザヴェント様、移動魔法を使おうと魔法陣に入ろうとしたところを取り押さえられている最中でした?

「……危なかった。ギリギリだったな」

 隣でファリス様が心底ほっとしたような声で呟いた。……やっぱりそうでしたか。

 もし、私が思っていたように王都の中心部で現地解散していたら、リザヴェント様は取り押さえている人達を振り切って、移動魔法で飛んで行ってしまっていただろう。そうなっていたら、とその後の事を想像するだけで冷や汗が出てくる。

「ああ、無事で何よりだわ」

 強張った表情でリザヴェント様の傍に立ち尽くしていたレイチェルさんが、我に返ったようにこちらに駆け寄ってきて私の手を取った。

「あなたはもうすぐ帰ってくるからと何度説得しても、室長は納得してくれなくて。私ならトレウ村まで移動魔法で飛べるから連れていけ、って引っ張って来られたのよ。皆が引き留めて時間を稼いでくれていたけれど、もし魔法を使って抵抗されたら誰一人敵わないから、どうなることかと冷や冷やしていたわ。間に合って良かった」

 今日も化粧バッチリのレイチェルさんだったけれど、心労のせいか、それとも実年齢を知ってしまったからか、いつもより老けて見えてしまう。

「レイチェルさんの荷物は、うちの執事がまとめて持って帰ってきました」

「あら、ありがとう。二日がかりで取りに行くか、誰か他の魔導師を連れて行かなきゃと思っていたから、助かったわ」

 正直、私はレイチェルさんの荷物の事まで気を回す余裕もなく、ウォルターさんが階段から落ちるまでに全て手配してくれていたのだ。

 それを伝えようと口を開きかけた時、ようやく自由の身になったリザヴェント様がレイチェルさんを押しのけるようにして私の前に立った。

「リナ……!」

 見上げるような高さから見下ろしてくるリザヴェント様の綺麗な濃い紫色の瞳が潤み、唇がふるりと震えた。

「心配した。無事で良かった」

「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 ファリス様のお話では、私が山で迷ったことをリザヴェント様には知られないよう、宰相閣下はじめ皆さんが気を配っていたようなのに、やっぱり知ってしまったのか。誰だよ、余計なことをリザヴェント様の耳に入れたのは。

「この男がついているからと思っていたが、こんなことになるとは」

 不穏な言葉と共に、リザヴェント様は私の横にいるファリス様を険悪な表情で睨みつけた。

「あの、違うんです。ファリス様は悪くないのです。私が勝手な行動を取って、馬鹿だから知らずにどんどん山の奥へ入って迷ってしまったんです。迷惑を掛けてしまったのは私なんですから、ファリス様や他の人を責めないでください」

 ファリス様を庇うように、間に割って入るように一歩前に歩み出る。リザヴェント様の怒った顔は相変わらず怖くて足が竦みそうになったけれど、私のせいで婚約者と気まずくなってしまったかも知れないファリス様が、更に私の事で怒られるのを黙って見ている訳にはいかない。

 すると、リザヴェント様はファリス様を睨みつけていたその表情のまま、私に視線を移した。

「リナがそういう行動を取ることは、予測していて当然のことだ」

「……えっ」

「それを未然に防ぎ、万一何かあったとしても守り切るのが護衛として当然の役割だろう。違うか、ファリス」

「返す言葉もない」

 本当に反省していますとばかりに項垂れるファリス様を振り返って愕然とする。

 ああ、私って、半年前と比べたら少しは周囲の人達の評価も変わっていると思っていたけれど、相変わらず駄目人間のまんまなんだ……。

 落ち込んだ私に追い打ちをかけたのは、背後から聞こえてきた笑い声だった。

「これは失礼」

 振り返って睨みつけると、オレアさんがニヤニヤ笑っている。その横で、ウォルターさんが口元を片手で覆ってそっぽを向いていた。あんたも笑っているのか……!

 どっと疲れが込み上げてきて、その場に座り込みたい衝動に駆られた時だった。

 いつの間にか現れた陛下の侍従が、不愛想な顔で口を開いた。

「お取込み中のところ、失礼いたします。ファリス様、リナ様、陛下がお待ちでございます」

 その非情な宣告に、思わず目を剥く。

 ええっ!? 明日じゃ駄目なの? だって、起きているウォルターさんと午後からずっと馬車の中で向かい合わせだったから、居眠りもできなくて疲れ切っているんだよ。おまけに精神的なダメージを受けてボロボロなのに、こんな状態で更に陛下に謁見なんて、無理。絶対に無理。

 ……ああ、でも、山で行方不明になって陛下にもご迷惑をお掛けしてしまったんだから、我儘なんか言っている場合じゃないのか。というか、そうでなくとも陛下に我儘なんか絶対に言えないんだけど。

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