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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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16.お詫びの気持ちを形に

 柔らかくて甘い果物は、元の世界にあったイチジクに似ていた。赤いソースはちょっと酸っぱかったけれど、いかにもビタミンCたっぷりって感じで、田舎の村で紫外線を浴び放題だった私には丁度良かったかも知れない。

 満腹になり、満足感に浸りながらお腹を摩っていると、ファリス様は腹ごなしに街を見て回ろうと言った。ここには、この地方の特産品や、異国から仕入れた珍しい品を売る商店や露店がいくつもあるらしい。

 それを聞いて、ふと思いついたことがあった。

「ファリス様。婚約者様に何かお詫びの品を買いませんか?」

 そう提案すると、ファリス様は形のいい眉を顰めた。

「婚約者? もしかしなくとも、それはヴァセラン伯爵令嬢のことか?」

「勿論そうです。大切な昼食会に出席できなかったのは、陛下の御命令だったんだから仕方がないとしても、ここはお詫びの気持ちを形にした方がいいと思いませんか?」

 私としては、自分のせいでこの縁談がうまくいかず、ファリス様が婚期を逃し、年齢を重ねてイケメンから残念な中年へと変貌してしまったらどうしようと心配でならない。ほら、男の人って三十歳前後からいきなり老けちゃう人もいるし。

 婚約者は貴族のお嬢様だから、こんな田舎で手に入る物よりも、王都の有名ブランドや高価な宝石なんかの方がいいのかも知れない。けれど、国境の田舎に赴いてもあなたのことを思っていましたと、お土産を買って帰ったら、婚約者のご機嫌も直るんじゃないだろうか。

「……そうか。お詫びの気持ちを形に、ねぇ」

 形のいい顎に指を当てて感心したように呟いたファリス様は、眩しいくらいの笑みを浮かべた。

「分かった。その代わり、当然リナも選ぶのを手伝ってくれるんだろうな?」

「勿論です。元はといえば私のせいなんですから」

 婚約直前の食事会が流れて、ヴァセラン伯爵令嬢は悲しんでいるに違いない。このお土産作戦でご機嫌を直してもらって、是非ともファリス様とうまくいって欲しい。迷惑を掛けてしまった事実は消えないにしても、これで少しでもフォローできればいいんだけどな。


 田舎の街だから、王都に比べるとあまり大した品は売られていないと思いきや、意外や意外、隣国から入ってくる織物や特産品の他に、街の宝石店ではこのサステートから産出される天然石で作られたアクセサリーなどが数多く売られていた。

 天然石だから、宝石ほど価値はなくて価格も安いけれど、元の世界と同じようにお守り的な力があるとされているらしい。職人の手で髪飾りやブレスレット等に加工されたものは可愛らしいものも多く、ついつい見入ってしまう。

「こういうのが好きなのか」

 特に気に入って凝視していた、淡いピンク色の石を花の形に彫って小粒の真珠で縁どった可愛い髪飾りを、横からファリス様がひょいと手に取った。

「可愛いですよね、それ」

「じゃあ、これにしよう」

 えっ、私の好みで決めちゃうの? と呆気に取られてしまった。そりゃあ、協力するとは言ったけど、あまりに適当過ぎやしませんか?

 そんな私の心の声など聞こえるはずもなく、ファリス様は店員さんと購入手続きを進めようとしている。

「待ってください。ここは私がお支払いします」

 慌てて割って入ると、ファリス様は眉を顰めた。

「は?」

「もとはと言えば私のせいなのに、ファリス様の懐を痛めるなんて心苦しいです。購入は私がしますから、ファリス様はこれをご自分からだと言ってご令嬢にお渡ししてください」

 そう言って、購入者のサインをしようとする私の手から、ファリス様はあっさりとペンを奪い取った。

「そんなことをする必要はない」

「でも……」

「お前が買ったものを、俺からだと人に贈れるはずがないだろう」

 うっ……。そうか。というか、普通に考えたら、他人が買ったものを婚約者に自分からだってプレゼントなんかできないよね。非常識なことを言っちゃったな。

 ちょっと凹んでいると、ファリス様から思ってもみない提案をされた。

「その代わり、リナは俺に何か買ってくれるか?」

「えっ……」

「お詫びの気持ちを形に、だろ?」

 そう言ってウインクしたファリス様に、危うく悩殺されてしまうところだった。至近距離からのイケメンのウインクはかなり攻撃力が高く、アデルハイドさん一途な私でさえ、ぐらついてしまうほどの威力があった。

 それはともかく。確かに、今回の事でファリス様には多大なご迷惑を掛けてしまっている。ファリス様には婚約者にお詫びの品を贈るよう提案しておいて、自分はファリス様に何もしないって訳にはいかない。

「分かりました」

 そう返事をしたものの、どんなものを贈ればいいのかさっぱり分からない。ファリス様ってカッコいいだけじゃなく、身に付けている物もセンスが良いから、下手な物を選ぶわけにはいかないし。

「どんなものがいいですか?」

「リナが選んでくれるものなら何でもいい」

 ああっ! それが一番難しいんですってば。意地悪!

 そんな心の声が表情に現れてしまっていたのか、ファリス様は苦笑した。

「本当に何でもいいんだぞ」

「そんなことを言われましても、全く見当も付かないので……」

「よろしければ、お手伝いいたします」

 困っている私を見かねたのか、初老の渋い店員さんが救いの手を差し伸べてくれた。


 ファリス様がヴァセラン伯爵令嬢に贈る髪飾りの購入手続きをしている間に、私は店員さんとファリス様へのお詫びの品を選んでいる。後日、商品は王都のお屋敷に配達され、代金は商品と引き換えに支払うことになるんだそうだ。

「男性のアクセサリーと言えばまず指輪ですね。こういったものが主流です。他には、お守りとしてこういったペンダントを購入される方もいらっしゃいます。他には……」

 目の前に並べられていく品を眺めながら、ふと溜息が漏れる。

 指輪かぁ……。

 男性用だという天然石が埋め込まれた太いシルバーの指輪を見ていると、ふとリザヴェント様と婚約していた時のことを思い出してしまった。

 まさか、ファリス様に指輪を贈って、それが婚約指輪と勘違いされて……だなんてことは起こらないと思うけれど、危険な橋は渡らないに越したことはない。

「じゃあ、ペンダントを見せてください」

 そう言うと、店員さんは幾つか品を並べて見せてくれた。

 その中で、一際目を引いたのは、ファリス様の瞳と同じエメラルドグリーンの石が、長方形のシルバープレートに埋め込まれたものだった。プレートには細かい模様が彫られていて、シンプルで大人の男性に似合う感じがする。

「これがいいかな」

 値段を聞くとそこそこいい値だったけれど、ウォルターさんから雷を落とされるほどじゃない。そう判断して、そのペンダントに決めた。

 店員さんが購入手続きの書類を用意する間に、ふと近くのショーケースに飾られている指輪に目が吸い寄せられた。

 まるで、アデルハイドさんの瞳のような、空色の丸い石が埋め込まれた太めの銀の指輪だった。ターコイズに似ているけれど、もう少し青みが強くて透明感のある、見たこともない石だった。

「あの、これも買います」

 書類を手に戻ってきた店員さんに、気が付けば私はそう伝えていた。

 私が購入手続きを済ませて席を立った時、向こうのカウンターで髪飾りの購入手続きをしていたファリス様もほぼ同時に立ち上がった。

「何を買ってくれたんだ?」

「秘密です。届いてからのお楽しみです」

 すでに購入した商品は、書類と共に店員さんが店の奥へ持って行ってしまった。買うと決める前に、これでいいかファリス様に訊いたほうが良かったかな、と今になって思いつつ、でも何となく気に入って貰えそうな気もしていた。

「じゃあ、楽しみにしておこう」

 そう言って微笑んだファリス様のあまりのカッコよさに、またクラクラしてしまう。いつも見慣れた騎士の制服姿じゃなく、貴族服だからいつにも増して笑顔が眩し過ぎるのかも知れない。


 宝石店を出て、街道沿いに彩りを添えている露店の珍しい異国からの品をひやかしていると、通りの向こうからやってきた立派な馬車が私達の傍で止まった。

「随分と楽しそうなご様子のところ申し訳ございませんが、そろそろ出発しませんと日暮れまでにフロワーズ領まで辿り着くことができません」

 馬車から降りて一礼したのは、ウォルターさんだった。骨折は治癒してもらってすっかり良くなったらしく、普通に歩いている。眼鏡をかけていないところ以外は、いつもの彼と全く変わらない様子だった。

「せっかくお二人で楽しく街を見物しているところに水を差すのはどうか、って俺は言ったんですがね」

 その後ろから、馬の手綱を引いたオレアさんが苦笑いを浮かべながら現れた。

 そう言えば、一刻も早く王都に帰りたいと言っていたファリス様に、随分と時間を取らせてしまった。

「一体、誰のせいで時間を食ったと思っているんだ?」

「申し訳ありません」

「ごめんなさい!」

 不穏なファリス様の問いに、ウォルターさんと私の謝罪の声が重なる。

 一瞬、目を丸くしたファリス様は、苦笑しながら私の頭をポンポンと叩いた。

「まあいい。俺も楽しかったからな。帰るか」


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