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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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15.サストの街で昼食を

 サストの街は、この国のものとは違う変わった衣装を身に纏った人々や、肌の色や身体つきの違う人々が行き交う賑やかな街だった。

 そもそも、異世界から来た私にとっては、この国の王都でさえ全てが物珍しくて、王領にある屋敷に移ってからは、休日を利用して何度か遊びに行ったことがある。でも、ウォルターさんも一緒についてきたから、見張られているみたいで何だか気が抜けなかった。

 その王都からすれば、サストは街の規模はかなり小さい。王都みたいに洗練された感じもないし、色も臭いも何もかもがごちゃごちゃした感じだ。でも、それが返って何だか楽しそうでワクワクする。

 ファリス様は、街の中心部にある大きめの建物の前で馬車を停めた。そこはサストの警備隊の駐在所らしく、ファリス様によると、私達が街を散策している間、馬車と荷物を預かって貰うんだそうだ。

 建物から出てきた警備隊員達が、御者台から降りたファリス様に敬礼している。緑っぽい制服を着た体格のいい隊員達の出迎えを受けるファリス様は、かつて騎士団の副団長だっただけあって、明らかに彼らとは違う別格のオーラを放っている。

 こんな風に少し離れたところからファリス様を見ていると、こんなにカッコよくて実力もある凄い人が私に構ってくれるなんて幸せなことだよね~、としみじみ思ってしまう。

 王女救出の旅の時や、その後王城に呼び戻されたばかりの頃と比べると、ファリス様とは随分と打ち解けられた気がする。その上、ファリス様はまだまだ危なっかしい私の事を、過保護なんじゃないだろうかと思うくらいに心配してくれている。本当にありがたい事だ。

 ファリス様は、警備隊の隊長らしき人と何か話しているけれど、まだ馬車に乗ったままの私には何を話しているのかまでは聞き取れない。耳を澄ましつつ、ファリス様の整い過ぎるほど整った綺麗な横顔につい見惚れていた時だった。

「ん……」

 色気のある吐息が聞こえてきて、馬車の中に視線を戻すと、ウォルターさんが瞼を震わせてゆっくりと目を開けた。

 焦点の合っていない目がこっちに向いた、その瞬間、ウォルターさんはいきなりガバッと跳ね起きると、愕然とした表情を浮かべた。

「……リナ様! 大変失礼いたしました。申し訳ございません」

「全然、失礼なんかしていません。薬のせいで眠くなってしまったんですから、仕方がありませんよ」

 ウォルターさんのプライドを傷つけないように、これは不可抗力だったんだという方向へ持っていく。

 目は覚めたものの、まだ頭がハッキリしていないのか、ウォルターさんは寝ぼけ眼で視線をさまよわせ、馬車の窓から外を見た。

「ここは……?」

「サストの街です。昼食を兼ねて休憩をするので、馬車と荷物を警備隊の駐在所へ預かってもらうのだそうです」

「そうですか」

 こちらに視線を戻したウォルターさんは、身体の上に掛けてあった私のショールをぎゅっと握り締めたまま、不意に眉間に皺を寄せて唇を噛んだ。

 もしかして、痛み止めの効力が切れて痛みがぶり返した? と心配になって声を掛けようとした時、不意に馬車のドアが開いた。

「……何だ、起きたのか」

 ファリス様は少し驚いたようにウォルターさんを見て軽く目を見開くと、すぐにこちらに視線を戻した。

「サステート領主から馬車を借りられることになった。荷物を積み替える間に、食事がてら街を見て回ろう」

「はい」

 差し出されたファリス様の手を取って馬車から降りる。

 そうして初めて気付いたけれど、馬車の外には五人ほど警備隊員達が揃って待ち構えていた。

「聖女様、ご無事でなによりでございました」

 中年の体格のいい隊長だという人が、何やら意味ありげににっこりと微笑む。

 ……え? と首を傾げる私に、隊長が教えてくれた。私がトレウ村の山で行方知れずになったという知らせを受けて、隊長を含めここの警備隊員の何人かは、領主の私兵と共に村へ向かったのだという。

「私どもが山に入ろうとした時に、聖女様を背負った戦士殿と会いまして、結局我らは何のお役にも立てなかったのですが」

「いえ、あの、お手数をお掛けして申し訳ありませんでした……」

 何という事だろう。見ず知らずの警備隊員さん達にまで、そんなご迷惑をお掛けしていたとは。

 そう言えば、山を下りて村に戻った時には、私はオレアさんに背負われたまま爆睡していたから、領主の私兵が捜索の為にわざわざ来てくれていたとか、オレアさんに聞かされるまで全然知らなかったんだよね。

 恥じ入って肩を竦めつつ詫びると、隊員さん達は一様に「飛んでもありません」と慌てた様子で首を横に振る。

 そこへ、馬車の中に残ったままのウォルターさんと何か話していたファリス様がやってきて、隊長を呼んだ。

「さっき話してあった聖女家の執事だが、今はもう目を覚ましている。荷物の積み替えについては、彼から指示を受けてくれ。それから、すまんが彼の食事の手配も頼む」

「かしこまりました」

「では行こうか、リナ」

 その言葉と同時に、ファリス様は軽く曲げた腕をこっちに突き出してきた。えっ、と若干引きながらも、何となくその腕に手をかけないといけないような気がした。ほら、警備隊員さん達の前で腕を取らなかったら、ファリス様が恥をかいちゃうから。

 奇しくも、ファリス様は貴族服、私はシンプルながらもドレスを身に纏っている。王都ならまだしも、国境に近い田舎の街でははっきり言って私達は浮きまくっていた。

 でも、そんなことを全く気にする様子もないファリス様は、若干腰が引けている私を引っ張るように賑やかな大通りへと繰り出した。


 昼時とあって、サストの大通りには屋台が軒を連ねていた。

 まるでお祭りの時みたいに、あちこちから美味しそうな匂いが漂ってきて、腹の虫が盛大に鳴き声を上げる。そう言えば、今日の朝食は随分早かったから、実は結構前からお腹が空いていたんだった。

「どれにする?」

 隣を歩いているファリス様にそう言われて、驚いて思わず目を見開いた。貴族らしく、どこかの高級そうな飲食店に入るものだと思っていたのに、何と屋台で買い食いしていいらしい。

 うわぁ、嬉しい。そう言えば、屋台で買い食いだなんて、王女救出の旅で人間の国を旅していた時以来だ。

 でも、屋台の数も料理の種類も多過ぎて、何を選べばいいか分からない。これまで見たこともない食べ物もたくさんあるし、見た目が美味しそうでも味の予想がつかないから困ってしまう。

「ソースが垂れるようなものは避けておけよ。ドレスを汚したら面倒だからな」

 そう言いつつ、ファリス様は近くの屋台で串焼きやチーズのようなものを挟んだパンを買っている。

「……ファリス様。私も同じものをお願いします」

 自分で選んでいたらどれほど時間がかかるか分からないし、口に合わないものを選んでしまっても困るので、結局無難にファリス様と同じものにすることにした。

 でも、何かとっても残念な気がする。せっかく滅多に来られないところへ来たんだから、せめてこの地方の特産品だとか名物料理だとかローカルな情報を仕入れておけばよかった。

 というか、屋台で買い食いするなんて分かっていたら、さっきの警備隊員さんにお薦めを教えてもらっていたのに、……無念!


 屋台と屋台の間には、ちょっとした椅子とテーブルが置かれてあって、屋台で買ったものをそこで食べていく人達もいる。

 ファリス様は当然のように開いている席を確保し、テーブルに買ってきた料理を並べた。

 牛肉と野菜の串焼きは、野菜にも肉汁が沁みていてとても美味しかった。味付けは塩と香辛料らしく、ソースが絡んでいないのでドレスを汚す心配もない。

「どうだ?」

「おいひいでふ」

 口に物が入っている状態で喋ってしまい、慌てて口元を押える。

 行儀が悪いと睨まれるかと思いきや、意外にもファリス様はふんわりとした笑顔を浮かべた。

「あの旅以来だな。リナとこんな所でこんな風に食事をするのは」

「そうですね」

「あの時は他の奴らもいたが、二人きりというのは初めてだな」

「そう言えばそうですね」

 その通りだと思って返事をしただけなのに、ファリス様は不満げに眉を顰めた。……あれ? 私、何かおかしいこと言ったっけ?

 自分の分をペロリと完食したファリス様は、まだパンを食べている私に、ゆっくり食べてろと言い残して席を立った。

 大人しくその言葉に従いつつその行方を目で追っていると、ファリス様は別の屋台で何かを買っている。おや、まだ食べるんだ。そう言えば、どちらかと言えば騎士の中でも細身なのに、ファリス様って結構食欲旺盛なんだよね。それで全然太らないんだから羨ましい。

 一方私はというと、こっちの世界に来てから明らかに太ってしまった。元の世界では特に細身という訳でもなかったんだけれど、凹凸のない幼児体型だった。でも、こっちの世界に来て、特に胸とか腰回りとかの肉付きが良くなってきている。こっちの世界の女性はハンナさんを始め結構ふくよかな人が多いから、食べ物のせいもあるのかも知れない。

 今はドレスでお腹を締めているからいいけれど、油断していたら絶対にお腹にも肉がついてくる。最近は剣の稽古もやらないから、完全に運動不足だ。その分、節制しないといけないけれど、こっちの世界って私の好きなクリーム系とかチーズ料理が多くて、美味しいからついつい食べちゃうんだよね。

 そんなことを考えながらパンを食べ終わった時、ファリス様が戻ってきた。自分の分らしき皿を持っているのとは別の手で、小さな器を私の方へ差し出してくる。

「……え?」

 首を傾げながら受け取って器の中を見ると、何か柔らかそうな果物を切ったものに赤いソースが掛かっているデザートが盛られていた。

「これは、今女性の間で美容にいいと密かに人気の果物だ。隣国が産地だから、ここでも売っていた」

 ふうん。さすがはファリス様。女性の流行にも敏感で、こういう気遣いをさらっとやってくれるだなんて、やっぱりもてる男は違うなぁ。

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