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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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9.その時、ファリスは

今回は久しぶりに、ファリス視点のお話です。

 絶対に知られたくない話をリナの耳に入れた執事が、薄ら笑いを浮かべている。一発殴るどころか半殺しにしてやりたい衝動を堪えていると、ふっ、とリナが泣きそうな声を漏らした。

 ……え?

 見れば、リナは黒い瞳を潤ませて、辛そうに俺をじっと見つめている。

 ……おい。そんな顔をして俺を見るな。勘違いするだろうが。……それとも、勘違いしてもいいのか?


 元々、何年も前から俺のところには縁談がひっきりなしに押し寄せていた。

 俺が女遊びを加速させると、純情なご令嬢達や、娘思いの当主達からは敬遠されるようになりその数は減ったものの、それでも皆無になるようなことはなかった。

 魔将軍の襲撃から城を守った辺りから、再び縁談話は増加していたようだ。だが、父親には全て断ってくれと言って放置しておいたから、実際の所はよく分からない。

 あの当時は、城内の情勢が緊迫していて、それどころではなかった。エクスエール公爵がリナを取り込もうと企んでいると知った時は、それを阻止する為には俺がリナを嫁に貰ってやってもいいと本気で思っていた。それもあっさり、リザヴェントに出し抜かれてしまったが。

 あの時、リザヴェントが言ったことは間違いない。日和見主義の俺の父親は、リナをデュラン侯爵家に迎えてエクスエール公爵と真正面から衝突するような面倒くさいことはやらない。だから、あの時、リナの件はリザヴェントに全て任せるしかなかった。まさか、あの堅物が本気になるなど誰が想像しただろうか。

 だが、リナがアデルハイドに好意を寄せていると知った時は、その比ではないほど驚いた。元々、あの二人は特別仲が良かったが、年の離れた兄妹のような雰囲気であったので、まさか色恋沙汰にまで発展するとは思ってもみなかったのだ。

 それにしても、リナという奴は、どうしてこう自分を幸せに出来ない奴を好きになるのだろうか。傍で見ていて、時折無性に腹が立ってくる。

 将軍閣下に一目惚れしたのは、既婚者だとは知らなかったのだからある意味仕方が無い。

 だが、アデルハイドは、祖国を失った戦士だ。例え、テナリオに旅立つことにならなくとも、ギルドの依頼の最中、いつどこで命を落とすかも知れない。おまけに、祖国復興を成し遂げれば、王族の一人であるあの男は当然、同族の有力者の中から妻を娶り、戦闘民族の血を多く未来に残す責任を負うことになる。

 本当に、どこまで行っても残念で可哀想な奴だ。せめて、もう安心だと思えるまでは、俺が見守ってやらなければ。

 だが、リナの気持ちを無視して事を急いたりすれば、リザヴェントのように避けられてしまうだろう。恋愛経験が乏しいせいか、リザヴェントは暴走し過ぎた。そのせいで、今でもリナは意識してリザヴェントと一定の距離を保っている。……ふふん、いい気味だ。

 だが、騎士団副団長から平騎士に降格処分となったことで、今まで俺を放任していた父親が厳しい目を向けてくるようになった。

 元々、父親は兄より器用で世渡り上手な俺の事を、放っておいても大丈夫だと思い込んでいるようだった。侯爵位は兄が継ぐことになるのだから、俺は自分の実力で昇格し、条件のいい結婚をすればいいと、俺の火遊びも黙認していた。いや、元々面倒くさがりで、余計なことに首を突っ込みたくなかったというのもあるだろうが。

 だが、ここまで順調過ぎるほど順調だった経歴に傷がついたことで、さすがに父親も心配になったらしい。

 ――あんな、異世界から来た女に惑わされるとは。

 初めてだった。俺がどんな女と関係を持とうが無関心だった父親が、相手の女に苦言を呈したのは。

 だが、俺がリナに惑わされるなどとは心外だ。それに、リナは俺を惑わすどころか、それこそ多方面から振り回されてボロボロになっているぐらいだというのに。

 その頃から、どうやら父親が俺に隠れて何か良からぬことを企んでいるのではないか、と思うようになってはいたが、敢えて問い詰めることはしなかった。どうせ、どんな縁談を持ってこようとも、俺は当面、身を固めるつもりはないのだから。


 ある日突然、リナは地方視察などという、また突拍子もないことを言いだした。止めようとしたものの、一緒に来てくれるんですよね? などと無邪気に言われて、まあ俺が一緒に行けばいいか、とついついその気になってしまった。

 だが、よりにもよって、地方視察の途中に実家から早急に帰るよう知らせが来た。

 兄から、父が倒れたという知らせだった。ご丁寧に、地方視察の任を切り上げて戻れるよう、上司である宰相閣下の許可まで得てくれていた。

 そこまでするということは、仮病の可能性はかなり低い。王都に戻らなくてはならなくなったが、気掛かりなのはリナのことだった。あいつは、どうしても残りの期間、トレウ村に残ると言ってきかなかった。

 最終的に、リナを監視するという同行している戦士の言葉を信じて、俺は魔導師レイチェルの移動魔法で王都に戻った。


 久しぶりの実家は、重苦しい雰囲気に包まれていた。やはり、父が倒れたというのは嘘ではなかったらしい。

 俺とは正反対に、真面目で地道にコツコツ積み重ねるタイプの兄は、すでに今日明日何があっても、父から侯爵位を継げるほどの力を身に付けていた。

 駆け寄ってきた三歳の甥を抱き上げて、玄関まで迎えにきてくれた兄や義姉と挨拶を交わす。

「父上にとって、心残りはお前のことだけだ、ファリス。どうか、父上を安心させてやってくれ」

 真剣な顔で兄にそう言われて、その後、どういった話を切り出されるのか、聞かなくても容易に推察することができた。

 案の定、病床の父の枕元で、俺の縁談話が出た。しかも、急遽明日、お相手のご令嬢と会食することが決まったという。先方は、病床の父を安心させる為、急いで縁談を進めることを快く受け入れてくれたらしい。

 俺としては、父の急病により職務を離れて帰宅したのに、その上見合いまでとは気が進まなかった。だが、今は小康状態を保っているとはいえ、医者によると今後父の容体はどう転ぶか分からないという。

「お父様の為だと思って。これが最後の親孝行になるかも知れないのよ」

などと母に泣きつかれては、跳ねつけることなどできなかった。

 お相手のヴァセラン伯爵令嬢のことは良く知らない。名前だけは記憶にあるが、その名前と記憶にある顔とが一致しない。俺に群がってくる令嬢達の中にいたのだろうか。

 だが、結局、そのヴァセラン伯爵令嬢がどんな人物か知ることはできなかった。会食の直前、城から急遽登城するよう連絡を受けたからだ。

 ――リナが、山の中で行方不明になり、一晩経っても戻らない。

 騎士の制服に着替える時間も惜しく、そのまま実家を飛び出して馬を駆り、陛下の御前に参上した。

 すでに、父親の容体が安定していることを知っているのだろう。陛下は特に俺を気遣う様子もなく、急ぎサステート領に戻り聖女の捜索の指揮を執るよう命令を下された。

 何故か、その場に聖女家の執事がいて、一緒にトレウ村へ行くことになったと聞かされた時は驚いたが、その必要の有無について論議している時間はなかった。

 唯一、サステート領に直接移動魔法で飛べるレイチェルは、昨日俺を王都へ連れ帰る為に移動魔法を使った後、まだ十分な魔力を回復していなかった。だが、彼女の魔力が回復するまで待っていたら、手遅れになるかも知れない。

 フロワーズ領に到着し、そこに魔導師を残して、聖女家の執事と共に全力で馬を駆った。ついて来られなければ容赦なく置き去りにするつもりだったが、意外にも執事は平気な顔でついてくる。

 サステート領に入ったところで、領主の手の者からリナと戦士が無事に戻ったという報告を受けたが、それはよかった、と引き返す訳にはいかなかった。

 俺はあの戦士に、リナのことを託して王都に戻ったのだ。それなのに、その直後にリナを危険な目に遭わせるなど以ての外だ。一発殴ってやらねば気が済まない。

 それに、どうしてもこの目でリナの無事を確認したい。そして、今度こそリナを引き摺ってでも王都に連れ帰る。懇願されようが、泣き喚かれようが、絶対にそうする。

 トレア村の村長宅に辿り着き、馬から降りると、二人がいるという食堂に直行する。ドアを開けると、暢気に酒を飲んで気持ちよさそうに喋っている戦士の姿が目に入り、怒りが頂点に達した。

 戦士に殴りかかった俺を、リナは必死で止めにかかった。

 ……お前は、俺がどんなに心配したか、分かっているのか!

 叱りつける意図だったが、そんな私情がかなり入っていたのは間違いない。リナの頬を叩いてしまってから、自分でも驚くほど動揺した。リナの目から涙が溢れるのを見て、苦しいほどの後悔が押し寄せてくる。

 ほんの少しだけ音がするくらい、軽く掌を当てただけのつもりだったのだが、そんなに痛かったのだろうか? いや、どんな理由があったとしても、女性に手を上げるなど最低な奴だ。許してくれ、リナ。俺を嫌いにならないでくれ……。

 だが、そんな俺に、食堂に現れた聖女家の執事は、リナに甘い顔をするなと偉そうに言いやがった。確かに、ただ可愛いと甘やかすだけではリナの為にならない。しかし、執事ごときにそれを指摘されるのは腹立たしい。

 しかも、リナは執事の存在に気付くと、一瞬怯えたような表情を見せた後、無理に気を張って貴族を演じているようだった。それは、本来のリナを知っている俺からすれば、笑えるくらい滑稽にも見えて、哀れさを感じさせる姿だった。

 ――うちの執事、厳しいですから。

 何度か、そう言ってリナが溜息を吐くところを見たことがあった。

 城から出て自分の家に移れば、もっと安心して楽しく暮らせるだろう、と俺を含めて大多数の者がそう思っていたが、リナは日に日に元気がなくなっていった。やはり、聖女家の主として、会ったばかりの使用人達に囲まれて暮らすことに慣れずにいるのか。それとも、さほど距離はないとはいえ、王領から毎日馬車で城に通うのが辛いのだろうか。

 だが、どうやら主な原因は、この執事にあるらしい。

 この男は、クラウディオ陛下の帝国留学に同行していたメンバーの一人だ。陛下の従兄弟で、共に帝国留学していたブライトン公爵子息の従者だった。父親は、公爵家の家令を勤めている。

 将来は、ブライトン公爵家の家令になることがほぼ決まっていたらしいが、陛下の命令で聖女家の執事となった。恐らくそれが不満で、リナに辛く当たっているのだろう。

 何とかしてやりたいが、聖女家が募って雇い入れた訳ではなく、陛下の意向で聖女家に派遣されている者に、おいそれと苦言を呈することなどできない。それに、下手をすれば余計に二人の間の溝を深くし、リナを余計に苦しめることになるかも知れない。

 俺に出来ることは、常にリナの味方であり続けることだ。それが、王女救出の旅のメンバーで、唯一リナの傍に残った者の務めだ。


「ファリス様。王都に戻ったら、一緒にヴァセラン伯爵令嬢に謝りに行きましょうね」

 突然、リナからそう言われ、興奮の余り鼻血が出そうになった。

 ……リナ。それは、俺と一緒になると言っていると解釈していいんだな? 共に先方に断りを入れ、その場で俺と結婚すると宣言するつもりだと思っていいんだな?

「リナ。お前、それは本気で……?」

「へ?」

 目を丸くして、キョトンとしたまま瞬きを繰り返すリナ。

 案の定、リナはそういうつもりではなかったらしい。

 ……いや、分かっていた。分かっていたのだが、ほんの少しだけ期待してしまった自分を哀れに思う。

 身を乗り出してリナの両腕を掴んだまま、盛り上がった気持ちが消沈していくのを感じていると、背後から虫唾が走るほど冷静な声が聞こえてきた。

「勘違いをなされておいでですよ、ファリス様」

 ……言われなくても分かっておるわ!

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