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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
55/135

55.良かったと思っている

「ごめん。僕は新たな神託については、詳しいことは何も知らないんだ。地方神殿の視察に赴いていた時に儀式が執り行われたからね。それに、儀式の際に鏡に映った神託の内容については、一切漏らしてはいけないことになっている。後になって、神殿が発表した神託の解析結果に異論を唱える者が出ては、混乱の元になるからね」

「じゃあ、エドワルド様でも、その儀式に参加していた他の神官様から情報を手に入れることはできないんですか?」

「さっきも言った通り、それをすれば、僕も相手も神殿から追放され、厳罰に処せられる」

 そっかぁ。じゃあ、仕方が無いよね。でも、せめてもう少し具体的に、何々をして国の危機を救うって結論を出してくれたら良かったのに。

「聞きたいことはそれだけ? じゃないよね。だったら、アデルハイドに出て行ってもらわなくても良かったはずだから」

 さすがはエドワルド様。お察しの通りです。

「はい。確か、最初の神託の儀式には、エドワルド様も参加していたんですよね?」

「そうだけど」

 私の口調から何かを察したのか、エドワルド様は訝しげに眉を顰めながら頷く。その表情を見て、やっぱり言うのを止めようかな、と気持ちが萎みかける。でも、折角ここまで来たからには、何も訊かないで帰る訳にはいかない。

 一つ大きく息を吐くと、覚悟を決めて口を開いた。

「実は、……ずっと疑問に思っていたんです。召喚されたのが私で、本当に良かったのかって。本当は、別の誰かが来るはずだったんじゃないかって」

 すると、エドワルド様の表情がみるみる強張っていく。

「どうして、そんな風に思ったんだい」

「それは……」

 私が主人公マリカのようにはうまく立ち回れなくて、この世界が小説とはかけ離れた展開になっているから、だなんて言えない。今いるこの世界がファンタジーなラノベの世界で、あなたもその登場人物だなんて、信じて貰える訳がない。

「私が、余りに非力で皆さんに迷惑ばかりかけているので、ずっと不安だったんです。本当に神様が選んだ人なら、もっと能力の高い人なはずじゃないかって」

 そう上目遣いに顔色を窺うと、エドワルド様はこめかみに人差し指を当て、目を閉じて頭痛を堪えるように揉み解した。

「そうだね」

「えっ」

「……正直、リナを最初に見た時には驚いたよ。この子が本当に、魔王から王女を救い出す旅に不可欠な神託の少女なのかってね」

 ……ああ、やっぱり。本当は、マリカがこの世界に来るはずだったんだ。名前も同じだし、マリカだったらあの小説の主人公マリカのように立ち回れたはずだ。

 最悪の結果に、予想していたとはいえやっぱり相当堪えた。間違いだったのなら、今からでも何とかしなきゃいけないのでは? と申し上げるべきだと思ったけれど、そう口に出す気力が湧いてこない。

 何も言えずに黙って俯いていると、エドワルド様の手が肩を叩いた。

「でも、リナはちゃんと神託通りに事をやり遂げたじゃないか。だから、そんな疑問を持つ必要なんてないんだよ」

 思ってもみない言葉に、思わず勢いよく顔を上げる。

「でも、それは皆さんが凄い方々だったからで。私は足を引っ張るだけで、何も……」

「もし、仮に召喚されたのがリナじゃなかったら、今とは随分とかけ離れた現在いまがあっただろうね。でもね、リナ。それは、もう現実になることのない現在いまだ。今、神託の少女としてこの世界にいるのは、リナ、君だ。それを否定することなんてできないし、すること自体が無駄なことだよ」

 それにね、とエドワルド様はこれまで見たこともないほど蕩けるような笑顔を浮かべた。

「確かに色々あったけれど、僕はリナで良かったと思っているよ。いきなりこの世界に召喚されたのに、反発することもなく、この国の為に全力を尽くしてくれていることに感謝している。だから、リナには幸せになって欲しい。それは、旅の仲間全員が思っていることだよ」

 若干一名、私欲に走った者はいるけどね、と苦笑いするエドワルド様の顔がぼやけて見えなくなる。

 ……そっか。そんな風に評価して貰えていたんだ。

 何だか、今まで感じていた不安や虚しさが払拭され、存在を認められたという安堵感に包まれて、嬉しくて涙が溢れた。

 ずっと怖かった。私でも王女様を救出できたんだからと何度も自分に言い聞かせても、やっぱりお前じゃ駄目だったと、いつか審判を下されるんじゃないかって。エドワルド様は、実はそれを知っているけど黙っているんじゃないかって。

 でも、そうじゃなかった。リナで良かったって言って貰えた。それが何より嬉しい。

 エドワルド様が言った通り、私じゃなくてマリカが召喚されていたら、確かに全く違った現在いまがあったに違いない。でも、その現在いまはもうどこにも存在しない。この世界に来たのは私で、この国を救うという神託を成就させるのも私なんだ。

 今更、間違いだったとか間違いじゃなかったなんてこだわっている場合じゃない。やらなきゃいけないのは、私であって、この世界にいないマリカじゃない。

「それが訊きたかったの?」

「はい」

 訓練着の袖口で涙を拭いながら頷くと、優しく背中を撫でられた。

「でも、何故今になって? これまで幾らでも訊く機会はあったはずなのに」

「それは……」

 本当は、訊くつもりはなかった。ずっと心の中に押し隠しておくつもりだった。でも、マリカじゃなくて私が召喚されたことで、もしかしたら本来続編になかった危機を生み出してしまったんじゃないかという危機感に駆られたから、どうしても確かめずにはいられなくなっただけで。

 言葉に詰まる私に、エドワルド様は困ったように眉尻を下げた。

「それだけ、リナと僕との間に距離があったってことかな」

「えっ、……と、それは」

「まあ、それも当然か。でも、遠慮することはないんだよ。僕も貴族家の後ろ盾を持たない、しがない一神官に過ぎないから、してあげられることは限られているけれど。でも、僕にできることは協力するから、リナはもっと自分の思いを主張してもいいんだよ」

「ありがとうございます」

 ジーンと胸が熱くなって、折角止まりかけていた涙がまた溢れ出してくる。

 エドワルド様は旅の仲間の中で一番現実的で、物腰は柔らかいけれどシビアな人だと思っていた。でも、ちゃんと私の努力を認めてくれて、力になってくれようとしている。

 こんなに良い人で、神官としての能力もとても高い人なのに、実家の後ろ盾が無いというだけで出世の見込みが無いなんて。

 そう言えば、確か、リザヴェント様が言っていた。エドワルド様は、エクスエール公爵に繋がるような縁談を受け入れるはずはないって。もしかしたら、アデルハイドさんのように、エドワルド様も複雑な事情を抱えているのかも知れない。

 それなのに、私の事まで気を掛けてくれるなんて、と感動しながらエドワルド様を見上げた時だった。ノックと同時に小部屋のドアが開いた。

「おい。いくら何でもそろそろ戻らないと……」

 アデルハイドさんの声だ、と振り向くと、ゆっくりとドアが閉じられていくのが見えた。……ん? 何で入って来ないの?

「……参ったね。また勘違いをこじらせなきゃいいけど」

 私と同時にドアの方を振り返ったエドワルド様が、眉を顰めながら神官衣の長い裾を翻してドアへ向かっていく。

 勘違いって何だろう。それより、本当にもうそろそろ戻らないと、朝食を食いっぱぐれてしまうかも知れない。


 アデルハイドさんとエドワルド様に挟まれるように自分の部屋に帰ったのは、いつもの起床時刻を少し過ぎたくらいの時間だった。

 丁度、私を起こしに部屋に入った後、私がいないことに気付いて、メモ書きを片手に慌てて飛び出してきた様子のハンナさんと、廊下で鉢合わせにすることになった。

「……リナ様」

「黙って部屋を抜け出したりしてごめんなさい、ハンナさん。勉学の時間を確保するには、朝早くに用件を済ませるほかなかったんです」

 ワナワナと唇を震わせている涙目のハンナさんに、事前にエドワルド様から言われていた通りしおらしく謝る。ちゃんと、侯爵家の嫁になる為の授業を尊重した上での行動だと伝えなくちゃいけないと言われたので、その通りに言葉にした。

 ハンナさんはやや青ざめた表情で近づいてくると、不意に厳しい表情を浮かべてアデルハイドさんとエドワルド様を見据えた。

「お聞き及びと存じますが、リナ様は近く侯爵夫人になられる御方です」

「ええ、知っていますよ。あなたがずっと以前から、そう望んできたこともね」

 エドワルド様が柔和な顔に挑発的な笑みを浮かべた。そうすると、元が穏やかな顔つきのせいか、やけに悪人顔に見えてしまう。

 鼻白んだ様子のハンナさんに、でもね、と更にエドワルド様は畳み掛ける。

「それが果たして、リナにとって幸せなのかどうか、一番近くでリナを見てきたあなたなら分かるはずですよね」

「それは……」

「侯爵家の未来を憂えるのなら、目先のことより将来を見つめるべきじゃないですか」

 そこまで、まるで厳格な神が降りたようなオーラを醸し出していたエドワルド様は、不意にフワッと笑顔になった。

「これは失礼を。差し出がましいことを言ってしまいました」

「……いえ。ですが、リナ様の為にも、今朝のようなことは今回限りにしていただきます」

 ああ、駄目だ。ハンナさんはエドワルド様達が悪いと思い込んでいる。

「ハンナさん、違うの。私が勝手に部屋を抜け出しただけで、二人は何も悪くないんです。軽率だったと反省もしています。だから、……少しだけでいいですから、私に自由をくれませんか?」

 旅の仲間と会って、今後の事を話し合って、魔王討伐に向かわなければならなくなった時の為に剣や魔法等の指導を受けて。そんな時間を持てるゆとりが欲しい。

「お願いします」

 縋るように近づいて頭を下げると、呆然としたように呟くハンナさんの声が落ちてきた。

「リナ様には、侯爵夫人になられる自覚が足りません」

「……え?」

 驚いて顔を上げるより早く、ハンナさんに腕を掴まれ、物凄い力で部屋の中へと引きずり込まれてしまった。

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