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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
53/135

53.間違いだったんじゃ……

「リナ!」

 部屋に踏み込んできた王女様は、ハンナさんが止める間もなく私が寝そべっている長椅子の前まで踏み込んでくると、仁王立ちになってこちらを見下ろした。

 ああ。誰か外の人から耳にする前に、私の口から王女様に真実を伝えておきたいと思っていたのに。そうする機会も時間も無くて、結局こうなっちゃうのか。王女様を怒らせたくはなかったのに。

 これで本当に、王女様に愛想を尽かされてしまった。何で、もっと上手に立ち回ることができないんだろう。自分で自分が嫌になる。

「……大変、だったわね」

 不意に、予想もしてなかった言葉を投げかけられて、驚いてゆっくりと身体を起こす。

 ここ数日、ほとんど身体を動かしていなかった上に、ダンスのレッスンで普段使わない筋肉を酷使したせいか、身体の至る所が痛くてだるい。

 すると、さっきまで私が突っ伏していたところに、王女様はスッと腰を下ろした。

「昨日、シザエルが来たんですって?」

 何でそんなことまで王女様が知っているの?

 ぎょっとして目を見張ると、王女様はゾッとするほど悪意の籠った笑顔を浮かべた。

「あのバカは、世の中の女は全て自分の虜だと思っているから。振られてザマぁ見ろだわ。ふふん」

「……お、王女様」

 王女とは思えない言葉遣いに、呆気に取られたのは私だけじゃない。ポカンと口を開けたまま呆然と立ち尽くすハンナさんを、王女様はじろっと睨みつけた。

「あら、まだいたの。わたくしがリナとお喋りする時は、席を外してと言っておいたはずよ」

 そう言われて、慌ててハンナさんは深く一礼して部屋を出て行く。

 部屋に二人きりになると、王女様は深い深い溜息を吐いた。

「聞いたわ。リザヴェントと結婚するのですって?」

 打って変わって、王女様が静かにポツリとそう漏らした声に、さっきとは比にならないほどぎょっとして、思わず長椅子から飛び上がった。

「そっ、それはっ。実は、実は事情があって……!」

「そう……」

 どこか呆けた表情で、王女様は室内に視線を彷徨わせる。そして、ピタッと視線を止めたそこには、机の上に山と積まれた本の山があった。これまた丁度、こちらに本の背表紙が向いている。それを見て、王女様には何故そんな本が大量にこの部屋にあるのか、すぐにピンときたようだった。

「事情ね。それは、あのバカの行動を耳にしてすぐに分かったわ。リザヴェントとしては、あなたがエクスエール公爵にどういう扱いを受けるか分かっていて、指を咥えて見ている訳にはいかなかったのよね。政治的にも、心情的にも」

 それじゃあ、王女様は私が説明しなくても、この婚約話には理由があることに気付いてくれていたんだ。

 ホッと胸を撫で下ろした私に、王女様は挑むような視線を向けてきた。

「でも、ラウラスはどうやらあなたを手放しで歓迎している訳ではなさそうね」

 ん? ラウラスって誰? と目を瞬かせる私に、王女様は呆れたように宰相閣下の名前だと教えてくれた。

 えっと、それはどうして? 宰相閣下にとっても、私はエクスエール公爵に渡したくない人物じゃなかったのだろうか。

 首を傾げる私に、王女様は丁寧に解説してくれた。

「リザヴェントはハイランディア侯爵家の後継ぎよ。彼は確かに魔導師としてはとても優秀だわ。でも、政治的な駆け引きや貴族社会での立ち回りは、あまり得意な方ではないように見えるわね。ラウラスとしては、彼の伴侶には、そういう彼に足りない部分を補える人物を求めていたのかも知れないわね」

「……それって、私と正反対の人物ですよね」

「はっきり言ってしまえば、そうなるわね」

 そうはっきり言われると、落ち込んでしまう。

 ……それなら、宰相閣下が本気で私を侯爵家の嫁にと考えている訳じゃないんだ、と喜んでもいいもんだんだけど。お前みたいなのは嫁として相応しくないんだよ、と言われているようで、悔しいような悲しいような。

 じゃあ、この膨大な課題は、私の方から結婚を辞退するように仕向ける為に、わざと? ……いやいや、宰相閣下たるお人が、そんな嫁いびりをする姑みたいなことしないでしょ。……でしょ?

 問うような視線を送ると、王女様は意味ありげな含み笑いを漏らした。

「まあ、せいぜい頑張りなさいな」

「え!?」

 肩をポンと叩かれて、思わず目を剥く。何? その私には関係ないしって顔は。

「王女様は、それでいいんですか?」

「わたくしは王女よ。恋はしても、結婚は我が国の為にするもの。元々、リザヴェントと結婚できるだなんて思ってはいなかったわ」

「そんな……」

 そんなの悲し過ぎる。それがこの世界では当たり前で、王女としては当然の道だとしても。

「そんな顔しないで」

 王女様は笑みを浮かべると、フワッと私の肩を抱いた。

「わたくし、あのバカには長年騙されていたし、あんな恐ろしい魔族に無理矢理嫁にされそうになったわ。その上、恋をした相手には思いを伝えることもできずに、こんなにもあっさりと振られてしまったけれど、……だからこそ、将来は絶対に幸せになれると思うのよ」

 そうだよね。こんなに美しくて実はとってもいい人なのに、王女様って男運が無さ過ぎる。私と一緒にするなんて失礼極まりないとは思うけど、お互いの恋愛運の低さを、手を取り合って慰め合いたいくらい。

 ……なのに、王女様の何という前向きさ! 惚れ惚れするほど輝いている王女様の顔を見ていると、うじうじ悩んでいる自分が馬鹿らしくなって、私も頑張らなくちゃ、という気持ちになってくる。

 ところが、急に明かりが消えたように表情を暗くすると、王女様は大きな溜息を吐いた。

「それより、心配なのは兄のことよ。三年も帝国へ留学して、少しは大人になったかと思ったのに、相変わらずお父様に反発してばかり。困ったものだわ」

 昨日、軍部の会合の後でファリス様が言っていたことと全く同じだ。でも、そうとは言えず、思わず吹き出しそうになるのを必死で堪える。

「兄の言っていることも一利あるとは思うのよ。あなた達が魔将軍を討ち取ったこと、魔族の襲撃を退けるだけの戦術を広めたこと、それだけでも充分な功績だわ。それなのに、更に魔王討伐だなんて無謀よね。……でもね。三年も城を離れていて、帰ってきていきなりそんな風に口を出されても、お父様も困ってしまうと思うの」

「王子様は、昨日軍部の会合でも、私達が魔王討伐に向かうことになるのでは、と心配してくれていました」

「そう。兄と会ったのね。気難しくて我儘な人だったでしょう?」

 うっ、と口から出そうになった言葉を飲み込んで、曖昧に微笑む。良かった、王女様と似ていますね、なんてうっかり口走らなくて。

 内心ドキドキしている私のことなど気に掛ける様子も無く、王女様は不安げに呟いた。

「もし、あの魔族の襲撃でこの城が壊滅的なダメージを受けてしまっていたら、兄の帰還は城内の指揮を高めることになったでしょうし、発言力も増していたでしょうけどね。このままお父様と兄の対立が続けば、異国と連携して魔族と戦うどころじゃなくなってしまうわ。そうこうしているうちに、新しい魔将軍の元で秩序を取り戻した魔族が、再び攻勢に打って出るかも知れない」

 心配そうに表情を曇らせる王女様の横顔を見つめながら、ふと、ある可能性が脳裏を過った。

 もし、小説の通り王女救出メンバーが主人公マリカと共に旅に出て、魔族襲撃の時にもこの城に戻っていなかったら? 魔族と戦う術を知らなかった城の戦力は、魔将軍率いる魔族に歯が立たず、この城は壊滅的な被害を被ってしまっただろう。絶望に打ちひしがれる国民の前に現れたのは、遠い異国から駆け戻ってきた若き王子様。熱烈な歓迎と共に迎えられた王子の元、この国は復興へと歩み始める……。

 もし、そうなるのが二巻以降に辿るこの国のストーリーだったとしたら。王子様はこの国の新たな希望の光になるはずが、この国に変革を迫る火種へと変質してしまったことになる。

 もしかしたら、私達はこの城の危機を救ったと同時に、この国に新たな危機を生み出してしまったのかも知れない。

 ああ、もしそうだったとしたら、どうすればいいんだろう。やっぱり、私がこの世界に召喚されたのは間違いだったんじゃないの?

 一度そう考えだすと、どれだけ打ち消そうとしても不安はどんどん強くなっていく。

 その時、ふと脳裏にある考えが閃いた。

 ……そうだ。エドワルド様なら、神託について詳しく知っているはず。私が召喚されたのは間違いだった、なんてカミングアウトされたらと思うと怖いけど、今はそんなことは言っていられない。

 それに、新たな神託が私達に魔王討伐まで求めているのかどうかハッキリすれば、国王陛下と王子様もこれ以上喧嘩をしなくても済むんじゃないだろうか。

 よし。じゃあ早速、エドワルド様に会いに行こう!

 そう思ったものの、散々王子様について愚痴をこぼした王女様が帰った頃にはもう夕食の時間で、その後は神殿に行くのを許して貰える時間じゃなかった。じゃあ次の日にしよう、と思ったけれど、翌日からは、朝からびっしりと侯爵家から派遣される教師の授業予定が入っている。

 これじゃあ、エドワルド様に会いに行くこともできないどころか、侯爵夫人になる為の授業以外、何もできない。もし仮に魔王討伐の王命が正式に決まっても、剣の腕も魔法の能力どころか体力さえも落ちてしまって、私は益々使い物にならなくなってしまう。

 かと言って、侯爵夫人になる為の授業に加えて、剣や魔法の指導を受けた日には、確実にぶっ倒れてしまう。

 宰相閣下も、せめて授業を一日おきにしてくれればいいのに。それとも、魔王討伐には行かなくて済むように、国王陛下を説得してくれるのかな。ま、多分そうしてくれるよね。侯爵家の大事な跡取りを、もうこれ以上危険な目に遭わせたくないだろうし。


 エドワルド様と話たいことがあるから神殿に行きたい、とハンナさんに相談すると、いつも朗らかなその表情に影が差した。

「神官殿に、どのようなご用事があるのですか?」

 まさか、私が間違えて召喚されたんじゃないか聞きたい、だなんて言えずに言葉を濁していると、ハンナさんの眉間に深い皺が寄った。

「授業の予定でいっぱいで、とてもそのような時間は取れそうにありません。よろしければ、私がリナ様の代わりに神官殿とお話してまいりますが」

 その口調で、明らかにハンナさんの機嫌が悪くなったのが分かった。

 授業の様子を見ていて、あまりの私の駄目っぷりさに危機感を覚えているらしく、ハンナさんはここのところ情緒不安定そうに見える。

 仕方が無いので、授業に差し障りのない時間を選んで神殿に向かうことにした。

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