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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
46/135

46.王命って……。

 第二会議室は、主に軍関係の会議が行われる部屋らしい。場所も、数ある会議室の中では一番将軍の執務室に近い場所にあるんだそうだ。

 ハンナさんに案内されて辿り着くと、ドアの前に立っていた騎士さんが、小さく頷いて会議室の扉を開けてくれる。

 足を踏み入れようとして、その中にずらりと居並ぶ方々の威圧感に思わず足が竦んだ。

 騎士の制服とは違う、紺色の地に金色の飾りがついた制服を着た壮年から老人までといった年齢層の軍幹部の方々がすでに着席していて、一斉にこちらを振り返る。

 こ、怖い……。

 浮かべようとした愛想笑いが、口元で強張って固まってしまう。落ち着きなく彷徨わせた視界の端に、同じ紺色の制服を着たトライネル様が一番上座から目を細めて小さく頷くのが見えた。

 きっと、早く入って座れってことなんだろうな。

 呼ばれたのは嬉しかったけれど、やっぱり帰りたいなぁ、なんて思いながらおずおずと入室すると、待っていたかのようにすぐ背後で扉が閉まる音がした。

 退路は断たれてしまった。うん、もうこうなったら腹を据えるしかない。

 覚悟を決めた時、小さく私の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、扉からほど近い席に旅の仲間が並んで座っている。私を呼んでくれたエドワルド様が、小さく手招きをして隣の空いている席を軽く叩いた。

 ありがとうございます、と口だけ動かして、いそいそと席に着く。

 これだけの人が揃っているということは、ひょっとして私待ちだった? うわぁ、すみません、遅くなって。冷や汗をかきながら恐縮する。

 でも、私が席に着いてからも一向に会合が始まる様子がない。

 よかった。まだ誰か来ていない人がいたんだ。

 ホッと胸を撫で下ろしたものの、だからといって隣のエドワルド様と談笑できるような雰囲気じゃなく、会議室には何か言い知れない緊張感が漂っていた。

 軍幹部の方々の顔には、何となく見覚えがある。ヴァルハミルが襲撃してくる前、トライネル様の執務室に呼び出された時に紹介された記憶があるし、騎士団の視察に来るトライネル様に同行していた人もいる。ただ、申し訳ありません、ほとんど名前を憶えておりませんし、全く顔と名前が一致しない有様です……。

 その向かい側には騎士団長が座っている。何度かお会いしたことはあるけれど、とても寡黙な方で、挨拶くらいしかしたことがない。

 見知った顔ぶれを目にして、段々とこの会議室内に漂う威圧的な空気に慣れかけたかな、と思いかけた時、会議室の上座にあるドアが開き、二十代くらいの男の人が入ってきた。

 突然、全員が一斉に立ち上がり、礼の姿勢を取る。

 ……えっ! あ、ええっと、こ、こう? こうでいいの?

 あたふたしながらも、反射的に慌てて周囲に倣ったけれど、明らかにワンテンポ遅れてしまった。

「よい。皆、席に着け。始めよう」

 やや早口で神経質っぽい、滑舌のいい声が室内に響く。その声を合図に、全員が一斉に元の様に席に着いた。またもワンテンポ遅れて続きながら首を捻る。

 ……誰だろう、この人。

 トライネル様よりも上座の席に着いた青年は、この部屋にいる男性の誰よりも若いのに、何故か態度は一番でかい。せっかく整った顔立ちなのに、眉を吊り上げ、両肘をテーブルに着けて口元に重ねた手を当て、上目遣いに会議室にいる人全員を睨みつけている。

 もしかして、この人が王子様?

 よく見てみれば、王女様と似ていなくもない。髪の色も瞳の色も同じだし、決して体格がいい方ではないけれど、キュッと引き締まった均整のとれた身体つきをしているところも同じだ。

 ふうん、この人が王子様なのか。

 確かに、厳しそうな人という感じがするけど、そんなに怖い人には見えないけどなぁ。なんて思いながら見つめていると、不意に相手の視線がこちらに向いた。

 ……げっ。

 慌てて目を伏せて、何でもないです、ジロジロ見てしまって申し訳ありません、と心の中で平謝りする。王女様から気を付けるよう懇々と諭されたせいか、変に意識して緊張してしまう。

「内偵からの報告によれば、魔将軍ヴァルハミルが討たれたという報がもたらされ、魔王軍は大いに混乱しているとのこと。絶対的な指揮官を失い、複数の副官が次の将軍位を巡って牽制しあっているという情報もございます。よって、ただちに我が国に対して再度の襲撃、及び進軍の可能性は極めて低いと思われます」

 トライネル様の隣に座った、眼鏡をかけた品のいい壮年の幹部が、手元の報告書を淡々と読み上げる。

「ヴァルハミルが我が国を急襲するにあたって飛空部隊の一部を率いておりましたが、それが全滅した為に、魔王軍の機動力は著しく低下していると思われます。また、ヴァルハミルが討たれたという情報が魔族の国と国境を接する国々に伝わり、防戦一方から反転攻勢に出ようという動きもみられるとのことでございます」

 へぇ。ヴァルハミルを倒したことで、随分情勢がいい方に変わったんだな。倒すことができて本当に良かった。逃がしていたら、いつまた襲ってくるか分からないって、常に怯えていなきゃならなかっただろうし。

 それに、あの時アデルハイドさんがヴァルハミルを倒してくれなかったら、私はあいつに魔王城へ連れ去られて人質にされていた。でも、私と王女様の人質交換なんて、国王陛下が認める訳がない。そして、今頃は……。

 想像するだけで、冷たい汗がどっと噴き出してくる。

 リナのおかげでヴァルハミルを倒すことができた、ってアデルハイドさんは言ってくれたけど、一歩間違えば大変なことになっていたんだよね。

 眼鏡の幹部さんは報告書を読み上げ続ける。

 魔族の国と国境を接する国々がどういう状況にあるか、国名を挙げて現在の状況が語られる。その中には、以前の旅で通過した国名もあって、懐かしさが込み上げてくる。

 確か、あの国では山賊に襲われて、逃げろと言われて駆け込んだ森の中で迷子になっちゃったんだよね。半日、魔物に追い回されながら彷徨って、命からがら村に辿り着いたら、何と皆さん山賊のアジトにまで乗り込んで壊滅させていたんだっけ。返り血で全身血みどろのアデルハイドさんに、「どこにいたんだ!」と怒鳴られた時は、こっちだって色々大変だったのに、と泣かずにはいられなかったっけ。

 あ、そうそう、その国では知らずに毒キノコを料理に入れようとして、寸でのところでエドワルド様に止められたんだっけ。「死ぬ前に助けてあげるから、その恐ろしさを身を持って体験してみるかい?」なんて毒キノコ片手に笑顔で迫られたお蔭で、緊張感を持って食材を扱う心構えが身に付いた。

 他にも、あんなことやこんなことがあったなぁ、なんてしみじみと思い出に浸っていると、いきなり机を強く叩く音が響いた。驚いて現実に意識を戻すと、眼鏡の幹部さんが報告書を手に口を開いたまま固まっていた。

 ただ一人を除いて、会議室にいる全員の視線が王子様に向けられている。その王子様は、拳を机の上に置いたまま、何故か薄笑いを浮かべながら睨むようにこっちを見ていた。

「今の報告を聞いたうえで、なお魔王討伐へ向かえという命令が下されれば、そなたらは大人しくそれに従うのか?」

 ……え?

 従う、従わない、じゃなくて、王命は絶対なんじゃないの?

 ううん、それ以前に、王命は魔王討伐になったの? 魔王軍をかく乱させるんじゃなくて? ……あ、ヴァルハミルが死んで、魔王軍は混乱しているんだっけ。じゃあ、王命は果たしたんじゃないの、……って、あれ?

 首を捻って隣を見ると、エドワルド様は視線をやや下に落として小さく溜息を吐いている。その向こう隣りに座っているリザヴェント様の、机の上で組み合わせている手に力が籠っているのが、指や爪の色づき具合で分かった。後の二人の反応は、手前の二人の陰に隠れて見えない。

「殿下」

 何も答えない、答えられない私達に代わって、トライネル様が諌めるように応じた。

「王命は絶対でございます。どのようなご命令が下されようと、臣下はただそれに従うのみでございます」

「ならば問おう。魔将軍ヴァルハミルとやらを倒したことで、魔王軍は混乱し、とても我が国に侵攻できるような状態ではない。現在の状況を見れば、先の王命は果たされたといえるのではないか?」

 うん、そうだよね。王子様の言う通りだ。直接魔王軍に何をした訳ではないけれど、魔王軍がこの国に攻め込んでこられなくなるくらい混乱しているなら、王命を果たしたって言えるんじゃない?

 大体、神託自体が、『この国の危機を救う』だった。ヴァルハミルの襲撃から王城を守ったんだから、この国の危機を救ったってことになるよね? あー、良かった。私達、無事お役目を果たしたんだ。

 ……って、魔王討伐? それはハードルが高すぎるから、魔王軍のかく乱で行こうってことになったんじゃないですか。いつの間に、王命はそっちに変更になったんですか?

「おっしゃる通りかと存じます」

 恭しく答えたトライネル様に、王子様は鼻で笑って厭味ったらしく言い放った。

「ところが、国王陛下はそう思っておられない。魔将軍を倒せたのなら、魔王を倒すことも可能であるとお考えだ」

 ……はあああっ?

 いやいやいやいや。国王陛下、確かにいきなり城を襲われて怖かったのは分かるよ? だから、またいつか襲って来るんじゃないかって怯えながら暮らすより、親玉である魔王を倒して心の底から安心したいって気持ちも分かる。でも、この城に少数で乗り込んできたヴァルハミルを倒すのと、厳重な警護が敷かれている魔王城に少数で乗り込んで魔王を倒すのとは、全然違うからね。

 なのに、国王陛下はとうとう私達にそこまで求めちゃうのか。で、やっぱり私達は、それに従わなくちゃいけないのかなぁ。

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