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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
45/135

45 眠れない夜

 王女様の話によると、王女様の三つ年上の兄クラウディオ様は、幼い頃から頭脳明晰な秀才だったという。

 けれど、何でも完璧にできるが故に、自分より劣る周囲の者達を蔑視していた。それは、父である国王や、妹である王女様に対しても同様だった。当然、国王陛下からは疎まれ、広い世界で己を知れとばかりに大国であるゲルリア帝国への留学を申し渡され、三年前から国を出ていた。

 王女様もはっきりと聞かされていた訳ではないらしいけれど、国王陛下はいずれ王女様に王位を譲り、エクスエール公爵令息シザエルを王家に婿入りさせる腹積もりだったらしい。エクスエール公爵家には次男もいるから、公爵家の後継者についても何の支障もなかったそうだ。

 けれど、その縁談もシザエルの醜聞で水の泡となり、国王陛下はエクスエール公爵家に対して今でもかなりご立腹なんだとか。

 ……なるほど。それで、何の利用価値もない私の後見人に名乗りを上げて、国王陛下のご機嫌を取ろうと画策しているんだ。

 とにかく、今現在、王子様が王太子という地位を与えられていないのも、国王陛下との不仲が原因らしい。

 そんな人が帰ってきたことで、嫌な予感がするのは私だけじゃないようだ。幼い頃から兄妹関係がギクシャクしていたという王女様は、兄王子のことを話し始めてからずっと顔を顰めている。

「兄を出迎えた途端、はっきり言われたわ。魔族に攫われるなど、王女としてありえない失態だ。我が国が魔族に脅される材料として扱われる危険性を考え、すぐに自害すべきだったのではないか、と」

「……ひ、酷い」

 確かに、王族としての立場からシビアに考えればそうなるんだろうけれど、ハッキリ言い過ぎじゃないですか、お兄ちゃんなのに。

 成程。これは、結構容赦のなかった恩師達より、何倍も強烈なお人らしい。

「おまけに、生きて帰還したせいで、今度は城に魔族を呼び寄せることになってしまったと。……いちいち指摘が的確過ぎて、ぐうの音も出ないとはこのことだわ」

 兄王子に昔からそういうことばかり言われて慣れているのだろう。王女様は傷付いたというよりは、煩い兄が帰ってきてうんざりだ、という表情だった。

 確か、王女様は国王陛下に可愛がられている自分を叱ってくれる人は何人いるだろうか、って前に言われていたけど、王子様がその数少ない人の一人だったんだろうな。それにしても、叱ると言ったって、その言い草は余りに酷過ぎる。

「でも、何故、今になって急に帰国されたんでしょうか?」

「元々、留学の予定期間が終わりに近づいていたのもあるわね。それに加えて、わたくしが生きて戻ったことで魔族が我が国に進軍してくるのでは、という情報を耳にして、帰国準備を進めていたらしいわ。そこに、城が魔族に襲撃されたという報告がもたらされたので、慌てて戻ってきたんですって」

 別に戻って来なくてもよかったのに、と王女様は溜息交じりに呟いた。

 私の兄も優秀で、兄と比較されて劣等感に苛まれたこともあった。兄も私の至らないところをズバッと指摘してくることはあったけれど、これほど酷いことをハッキリ言われたことはなかったなぁ。

 その後、もし兄王子と会う機会があって何か言われたとしても逆らわないこと、反論すると何倍にもなって返ってくる上に無用の怒りを買うから気を付けること、決して外見に惑わされてはいけないこと、などと分かったような分からないようなことを懇々と諭して、王女様は帰っていった。


 王女様が部屋から出て行き、ドアが閉まったのを見届けると、大きな溜息が出てしまった。

 王女様にリザヴェント様とのことを話さずに済んだというホッとした気持ちと、黙っていたのは不誠実だという思いがない交ぜになって心を締め付ける。

 王女様が私とリザヴェント様とのことを知ったら、前よりもずっと怒るだろうな。ううん、それどころか、完全に嫌われてしまうだろう。

 そう思っただけで堪らなくなって、王女様に嫌われたくないから、という理由であのお話を断ってしまいたくなる。

 でも、駄目なんだよね。ちゃんと、自分の立場を考えないと。

 エクスエール公爵は、自分の息子が犯した失態を取り戻す為に、私を利用しようとしている。決して私や国の為を思っての事じゃない。それが分かっているから、リザヴェント様はその企みを阻止しようとして、対抗策を打ち出しただけのことだ。

 ……じゃあ、「大歓迎だ」なんて言ってくれたけれど、本当はリザヴェント様も心からそう思ってくれている訳じゃないのかも知れない。

「リナ様、どうされましたか?」

 ハンナさんが心配そうに顔を覗きこんでくる。いつもだったら残さず食べる夕食の途中で、手も口も止まってしまっていたからだ。

「……ううん、何でもないです」

 そう答える声も暗く弱々しいものしか出て来ない。

 お風呂でいい匂いのする石鹸で身体を洗っても、丁寧に髪を手入れして貰っても、沈んだ気持ちはなかなか元に戻らない。

 ……リザヴェント様にとって、私の存在が重荷になっていなければいいんだけど。

 きっと大丈夫なはず、と思う気持ちよりも、やっぱり迷惑を掛けているんじゃないかという気持ちのほうが膨らんできて、心はますます重くなっていく。

 よほど心配をかけてしまったのか、ハンナさんがエドワルド様に頂いたお茶を淹れてくれた。さっぱりした味わいで、ハーブのいい香りが鼻から抜ける。じんわりと身体の内側から温かくなって、ホッと小さな溜息が出た。うん、少し落ち着いたかも知れない。

 でも、たっぷり過ぎるほど昼寝をしたせいか、ベッドに入ってもなかなか寝付けない。無理に寝ようとしても、余計に目が冴えてしまう。

 この世界に来て、なかなか寝付けなかったことは、実はあまりない。元々、子どもの頃からあまり運動をしていなかったせいで体力が無くて、旅の間は疲れていつでもどこでもあっという間に眠ることができた。城に呼び戻された後も、指導だ何だと結構忙しくて疲れ切ってしまい、毎晩快眠だった。

 けれど、この世界に召喚されたばかりの頃は、小説通りに現実が展開するのかという不安と緊張感で、なかなか寝付けない日が続いたものだ。

 そして、田舎で一人暮らしを始めたばかりの頃。主人公マリカとはあまりにかけ離れた自分の状況に、悔しくて悲しくて、思い出したように滲んでくる涙を拭きながら寝返りを打つ日々。外を吹きすさぶ寂しい風の音に怯えながら、早くこの一人暮らしに慣れないといけない、と自分で自分を励ます夜が続いた。

 あれからまだ数か月しか経っていないのに、まさかこんなことになるなんて。

 でも、今改めて思い返すと、いくら近くの集落の人々が優しくしてくれたといっても、やっぱり一人暮らしは寂しかった。

 もし、新たな神託が下されることなく、城に呼び戻されずにあの家で暮らし続けていたら、今頃私はどうなっていただろう。一人で家の前に小さな畑を切り拓いて、細々と野菜を作って、自分の為だけに料理を作って、夜は常に何かに怯えながら戸締りをして、眠たくなるまで本を読む。そんなご隠居のような生活を何十年も続けてお婆ちゃんになって、田舎の家でひっそりと一生を終えていたんだろうか。

 それなら、今の方がずっと、この世界で生きている、必要とされているって実感がある。

 リザヴェント様は厳しい方だけど、優しいところもある方だ。不安も多々あるけれど、決して悪いようにはならないと思う、多分。

 ああ、でも、問題は王女様だ。ちゃんと、エクスエール公爵の思惑から逃れる為には仕方が無いことだったんです、と説明しないと。……でも、説明する前に、先に王女様が情報を耳に入れてしまったらどうしよう。やっぱり、今日ちゃんと話しておくべきだったかも知れない。

 うだうだとベッドの上で寝転がりながら悩んでいるうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 ハンナさんに起こされて目を開ければ、いつもよりだいぶ寝過ごしていた。


 午後、昨日の返事をする為にリザヴェント様の元を訪ねる。

 魔導師さんに貴族令嬢と間違われて門前払いされないように、今日は指導を受ける予定もないのに訓練着姿だ。勿論、メイクも髪型も訓練着に合わせて自然なものにしている。

 魔導室の扉を叩くと、応対に出てきたのは、二日前と同じ魔導師さんだった。

「……いやあ、この前はすまなかったな」

 頭をボリボリ掻きながらペコリと頭を下げる魔導師さんは、どこか憔悴しているようにも見える。そう言えば、リザヴェント様はそれ相応の報いは受けさせたって言っていたけれど、もしかしたらそのせいなのかも知れない。……一体、どんな目に遭ったんだろう。聞いてみたいような、聞くのが怖いような。

「リザヴェント様か? すまないな。今、不在なんだ」

「……え?」

 この間のことがあるので、つい疑り深くなって眉を顰めると、魔導師さんは慌てて付け加えた。

「言っておくが、嘘じゃないからな。ついさっき、軍部から呼び出しを受けて、出て行かれたところだ」

「軍部……?」

 そう言えば、昨日ファリス様が言っていた。ヴァルハミルとの戦いの翌日、トライネル様をはじめ軍幹部の方々と旅の仲間が集まって会合をしたと。……私抜きで。

 そりゃあ、その日にはまだ私はベッドから降りることさえできなかったんだから仕方ないと思うよ。でも、私だけ呼ばれなかったってところが、やっぱり今でも小者扱いなんだな、と、拗ねたくもなる。

 ……ふうん。また、今日も私以外の皆は、その会合に呼び出されているんだ。へぇ~。

「いないんだったら、仕方ないですね。また改めます」

 悲しいやら寂しいやら腹が立つやらで、ついつい言い方がつっけんどんになってしまい、魔導師さんに八つ当たりした格好になってしまった。

「あ、ああ……」

 困ったような、戸惑ったような表情でボリボリと頭を掻く魔導師さんの姿にハッと我に返り、自己嫌悪に襲われながら一礼をして踵を返した時だった。

「リナ様!」

 ハンナさんが、体格のいい身体を揺らしながらやってくる。何故か表情が強張り、額には汗が浮かんでいる。

「どうしたんですか?」

「実はつい先ほど、将軍閣下から直ちに第二会議室へ来るよう知らせが来たのです」

 何と! どうやら、私にも件の会合へのお誘いが来たらしい。

 ……なーんだ、落ち込むことなんてなかったじゃない。

 そして、無駄に八つ当たりされた魔導師さんは、とんだとばっちりでした。ごめんなさい。これで、一昨日のことはチャラということで、どうかひとつお願いします。

誤字訂正いたしました。

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