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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
44/135

44.王子様の帰還

「ところで、どうしてこんなところにいるんだ?」

 ほろ苦い罪悪感に浸っていると、突然そう投げかけられたファリス様の問いに、冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。

「リナが西門に向かって走って行ったという目撃情報があった。そのせいもあって、城を脱走するつもりか、と思い込んでしまったんだが。何かここに急いで来なければいけない用でもあったのか?」

 ……うっ。

 アデルハイドさんの事情をこっそり探る為に、ここでダイオンさんを捕まえて話を聞こうと走ってきました、って白状する? 正直に言う?

 でも、そんなことを喋ったら、こいつ裏でこっそり他人のことを調べるなんて、いやらしい奴だって思われないかな。何より、アデルハイドさん本人にバレて、嫌われるのが一番怖い。

「……その。……そ、そのっ! 父が」

「……え?」

「父に! ……似た人を見つけてしまって」

 疑わしげに眉を顰めるファリス様。

「父親? リナは異世界から来たんだろう? この世界にリナの父親がいる訳がないじゃないか」

「そっ、……そうなんですけど、とても似ていたんです。だから、城から出るときはここを通るはずだって考えて、呼び止めて、その、少しお話をしていたんです」

 ふーん、と、ファリス様はまだ少し半信半疑といった表情で相槌を打つ。

「お話を聞いたら、ハイデラルシアの方でした。黒髪で背格好も雰囲気も似ていて、……まるで父と話しているようで。だから、その方がお帰りになるのを、ここで見送っていたんです」

 咄嗟に吐いた嘘を補完するために、更に嘘を重ねることになってしまった。

 ……ごめんなさい、ダイオンさん。うちの父は、あなたのように細身で紳士的じゃありません。お腹ポッコリの中年体形で、つまらないギャグばかり言って、娘の前でも平気でパンツ一丁でウロウロするような普通のおっさんです……。

 何やら考え込むように黙り込んでしまったファリス様。だよね、こんな嘘、バレバレだよね。嘘を吐くなんて最低だ、なんて思われるくらいなら、正直に本当のことを話しておけばよかったなぁ、と後悔していると。

「……リナ。まさか、その男の事を?」

「え?」

「違うのか?」

 違うのか? と言われましても、何がどう違うと言われておりますのでしょうか?

「リナは随分と年上の男が好みのようだからな。将軍のことといい」

「えっ」

 もしかして、ファザコンとか思われちゃった?

 父の姿を思い出して、勘弁してほしいと心の中で嘆く。けれど、ファリス様がうちの父がどんな人なのか知る機会は絶対にないので、そういうことにしておいても問題はない、と諦めることにした。

 ファリス様がこちらをじろじろ見ながら、顎に手を当て、そうか、大人の魅力が何とかと謎の呟きを発している。勘違いするのは勝手ですけど、頼みますから余り言い触らさないでくださいね……。


 いつの間にか、お昼をだいぶ過ぎていた。

 そうか。昼食の時間に部屋に戻らなかったから、またハンナさんを心配させてしまったんだ。おまけに、城の通用門に向けて走っている姿を目撃されていたらしいので、ファリス様に脱走を疑われたとしても仕方がない。

 ファリス様は、私が逃げないように見張っているというよりは、発作的に城を飛び出した後で路頭に迷うのではと心配してくれている、と勝手に思っている。それに、王命を果たさないまま逃亡したら反逆罪とかいう重い罪になってしまうらしいので、うっかりそうならないように気を付けてくれているのもあると思う。

 でも、それ以前に、その国の常識も知らない異世界出身の未成年である私が、いきなり市井に飛び出して生きていける訳がない、と己を弁えている。そう言うと聞こえはいいけれど、つまりは見知らぬ世界に飛び出して一人でやっていく自信も勇気もない。だから、脱走なんて、そんな心配なんてする必要なんてないのに。

 ファリス様と部下の騎士さん達の間に挟まれて城内に戻ると、騎士さんが一人、慌てた様子で小走りにやってきた。

「急ぎご報告いたします、ファリス様」

「どうした」

「王子殿下が、お戻りになられました」

「なに?」

 ファリス様の声に含まれる緊張感に、思わず身構えてしまう。

 ……王子? そんな人、いたっけ。

 小説では、この国の国王の子として登場するのは、王女様だけだった。でも、王女様が予定通り公爵令息に嫁いでしまったとしたら、後継ぎはどうなっていたんだろう。そう考えると、そうか、別に後継ぎがいたのか、と思い至る。

 第一巻では登場どころか存在を匂わせる一文もなかったけれど、本当はちゃんと王位を継ぐ王子様がいたんだ。じゃなければ、王女様の結婚相手は王家に婿入りしなきゃいけない。ハイランディア侯爵家後継者のリザヴェント様との結婚を王女様が考えていた時点で、そこに気付いていなければいけなかったんだよね。

「……リナ」

「はい?」

「俺が言ったこと、全然聞いていなかっただろう」

 ……げっ、しまった。

 いつの間にかこちらを振り向いていたファリス様に睨まれて、すみません、と肩を竦める。他人が傍にいるのに、王子の存在に驚いて、ついつい自分の世界に入り込んでしまっていたと反省する。

「俺はこのまま執務室に戻る。ちゃんとまっすぐ自分の部屋に戻って、今日はもう外に出るんじゃないぞ」

「分かりました」

 そう答えた後で、アデルハイドさんには無理だとしても、リザヴェント様とのことをエドワルド様に相談したかったのにな、と残念に思った。

 結局、自分一人で答えを出さなきゃいけない。でも、さっきのダイオンさんとの会話の中で、もう答えは出ているのかも知れなかった。


 部屋に戻り、涙目で出迎えたハンナさんに詫びて、ようやく遅い昼食にありついた。

「……ねむっ」

 昨夜、夜中に悪夢を見て起きてから寝付けなかったせいで、かなり睡眠不足だった。昼食を食べてお腹が満たされたのもあって、強烈な眠気が襲ってくる。

 ハンナさんにお昼寝がしたいと申し出ると、快諾された。汗もかいていないので、訓練着のままベッドに潜り込んで目を閉じる。

 あっという間に眠ってしまったらしい。ハッと気付いた時には、窓の外が茜色に染まっていた。ファリス様に部屋の外に出るなと言われていなくても、結局午後からは何もできなかったんだなぁ、と思いつつ、ベッドから出た時だった。

「リナ様。宜しいでしょうか」

「あ、はい。起きていますよ」

 ハンナさんの声にそう答えて振り向いて、驚きのあまり目を見張った。

「……久しぶりね。もう身体の方は良くなったのかしら」

 ツン、と顎を反らし、両腕を豊かな胸の下で組んで、美しい王女様が部屋の入り口に立っていた。


 王女様のお姿を見るのは、ヴァルハミルが襲撃してきた日以来だった。国王陛下の元に辿り着くと気を失ってしまい、そのまま抱えられてどこか奥の方へ連れていかれるお姿を見送ったのが最後だった。

 捻った右足も神官に治癒術を受けてとっくに回復しているようで、スタスタと部屋に入ってくると、いつものように長椅子に腰を下ろし、当然のように人払いをした。

 でも、ご機嫌は悪いのか、いつものような輝く笑顔はなく、むっつりとしている。

 ……リザヴェント様のことがあるからなぁ。まして、午前中にあんな話になった後では、気まずい事この上ない。

 あの日、ヴァルハミルが襲撃して来たため、話は途中になっていた。それが無ければ、私達は最終的に決裂していたんだろうか。そして今、王女様は何のためにこの部屋を訪れているのだろう。

 起きたばかりで乱れている髪を手串で撫で付けていると、王女様は上目使いで私をチラッと睨んだ後、目を伏せて大きな溜息を吐いた。

「……悪かったわ」

「えっ」

「リザヴェントが誰を好きになろうと、誰のせいでもないもの。あなたのような子が好みなのなら、わたくしが敵う訳がないわ」

 ……あの、そのお言葉、どこか刺さるようなんですけど。

「いいえ、違うの。こんなことを言いたいわけではないのに。……ああ、もうっ! とにかく、わたくしはあなたに謝罪と感謝を伝えに来たのよ。あなたがいなければ、わたくしはあの魔族に連れ去られていたわ。今頃はまたあの魔王の城に……と思うと、恐ろしくて震えが止まらなくなってしまうけれど」

 長椅子の上で自分を抱きしめるように震えている王女様は、女の私でも庇護欲をそそられる。近づいてその前に膝を着き、そっと震える手に触れると、王女様は弾かれたように抱きついてきた。

 細くて柔らかくて、そして甘いいい香りが鼻孔をくすぐる。

「ありがとう、リナ」

 ああ、幸せだなぁ、という思いに浸った瞬間、リザヴェント様との結婚話を思い出して全身から冷や汗が噴き出す。

 ……私、王女様にこんな風に感謝して貰える資格、無いのにな。

 そんな私の胸の内などお構いなしに、謝罪と感謝を伝えるという目的を果たしてさっぱりとした表情になった王女様は、涙の滲んだ目元を拭いながら、不意に私の手を握った。

「実は、今日、突然兄が留学先のゲルリア帝国から戻ってきたの」

「そう言えば、そういうお話を耳にしました。王子様って、王女様のお兄様だったんですね」

「兄と言っても、……あの人は、わたくしやお父様を毛嫌いしているから」

 えっ、今何て? と目を見開いた私に、王女様は鼻先が触れるほど迫ってきた。

「いいこと? 兄には気を付けるのよ。あの人は完璧過ぎて、情け容赦のない人だから」

 そんな人を三人ほど知っていますが、それより凄い人なんでしょうか……。

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