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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
41/135

41.好きですって言っちゃった

 ファリス様を取り囲んでいる貴族令嬢達がこちらに意識を向ける前に退散……したかったけれど、黙って逃げる訳にはいかない。

 そうこうしているうちに、とうとう話題がこちらに及んでしまった。

「……あら、あちらの方は?」

 最初から私の存在に気付いていただろうに、今気付きましたわとばかりに一人の令嬢がキョトンと首を傾げ、上目遣いにファリス様を見上げる。……うん、とっても可愛い仕草ですね。でも、ちょっとわざとらしいかなぁ。

「リナ」

 その問いかけに、こちらを振り向いたファリス様に手招きをされて呼ばれたら、大人しく従うしかない。

「紹介しよう。こちらは……」

 右から順に令嬢の名前と家名を教えられたけれど、カタカナ名が脳みそを上滑りして全く覚えられなかった。

「こちらは、リナと申します。神託によって異世界から召喚された者なので、城や貴族社会のしきたりに疎い部分もあるかと思いますが、どうか皆様、大目にみてやってください」

 まるで保護者のように紹介してくれたファリス様に戸惑いつつも、失礼に当たらないようにと貴族式の礼をする。

「リナ・サクマと申します。よろしくお願いいたします」

「サクマ? 聞いたことのない家名ですわね」

 おっとりとそう言って、首を傾げる一人の貴族令嬢。

 ……あの、異世界から来たって言ったの、聞いてました?

 思わず突っ込みを入れそうになった時、ファリス様が苦笑した。

「異世界の家名ですからね。それでは皆様、今日のところはこれで失礼します」

 ファリス様はさり気なく私の背に手を回すと、脇に庇うようにして貴族令嬢達の前を通り過ぎた。

 背後から、殺気に似た嫉妬の視線が背中に突き刺さっているような気がして、脇汗が滲んでくる。

 大丈夫ですよ、皆様。私がファリス様の傍にいられるのは、神託にある『この国の危機』を救うまでですから。

 向けられる悪意を祓うように、心の中で念仏代わりにそう唱える。

 前回の旅の後は、仲間とあまり打ち解けられない状態での別れだったから、こんなものかという諦めもあって割と簡単に受け入れられた。でも、この次に来る別れは、きっと物凄く寂しくて悲しいものになるに違いない。

 心構えをしておかないといけない。もしお役御免になって、また城から去る日が来た時、旅の仲間と別れる辛さに押しつぶされないように。


 副団長の執務室には応接用のローテーブルとソファが置かれてあって、そこへ座るよう促された。腰を下ろすと、ローテーブルを挟んで向かい側にファリス様が座る。

「アデルハイドから聞いた。リナがいなければ、ヴァルハミルを取り逃がしていたと。でも、その代わりに、酷い怪我を負わせることになってしまったな」

 すまなそうに目を伏せるファリス様に、慌てて首を横に振る。

「大丈夫です。私だって、神託を受けた一人ですから。それに、一方的にやられるばかりで、アデルハイドさんがヴァルハミルを倒してくれなかったら、危うく人質として魔王城に連れ去られるところでした。あんなに剣の指導をしてくださったのに、何も活かせずにすみません……」

 座ったまま頭を下げると、膝に置いていた手を不意に握られた。慌てて顔を上げると、身を乗り出したファリス様の顔がびっくりするぐらい近くにあった。

「……無事でいてくれて良かった」

 ドキン、と心臓が痛いくらい跳ねる。

 例えそれが、剣の弟子に対する情であっても、王命を果たすために欠けてはいけない存在に対する義務的な感情だったとしても、私に気があると余裕で勘違いさせるだけの色気が半端じゃない。

 さすが、城内屈指の女たらし。その魅力に、駄目だと思っていても、ついフラッと靡いてしまいそうになる。

「あの戦いの翌日、ようやく動けるようになったところで、将軍をはじめ軍幹部との話し合いがもたれたんだ。リナ以外の旅のメンバーも呼ばれていて、そこでアデルハイドから戦いの顛末を聞いた。王女殿下を連れ去ろうとしたヴァルハミルに立ち向かおうとしていたんだって? 魔族に遭遇したらまず逃げろと教わっていたんじゃないのか?」

 私の手を握っているファリス様の手に力が入る。

「いえ、あの、それは立ち向かおうとした訳じゃなくて……」

「剣を構えて対峙していたと聞いたぞ。寸でのところで割って入ったとアデルハイドは言っていたが」

 ……うっ。その状況説明は間違ってはいません。

 確かに、恩師の教えを忠実に守って、気を失っていた王女様をほったらかしにして逃げていれば、ヴァルハミルと剣を交えることなんてなかったかも知れない。思い返せば、私はあの日二度、アデルハイドさんに命を救われていた。

「おまけに、せっかく王女殿下と安全な場所まで逃れたのに、何故また戦いの場に戻った? そのお蔭でヴァルハミルの息の根を止めることができたのだとしても、余りに無謀な行動だったとは思わないか?」

 ……はい。それも深く反省しています。でも。

「私だって、神託によって王命を受けた旅のメンバーの一人です。私一人が安全な場所にいるのが耐えられなかったんです。せめて、皆さんが無事か、この目で確かめたいと思っただけで、皆さんの足を引っ張らないようにするつもりだったんですが……」

 甘い雰囲気から一転、先輩に失態を咎められる後輩みたいな状況に、しゅんとしながら答える。

 握られていた手が離され、ハッと顔を上げると、ファリス様があっという間にローテーブルを回ってくると、私の隣に腰を下ろした。

「そんな無謀な真似をされたら、心臓が幾つあってももたない」

「……はい、すみません。……え?」

 命が幾つあっても足りない、じゃなくて? それじゃあまるで、心配しているように聞こえちゃいますけど。

 そう思った瞬間、見た目よりも逞しい腕の中に包まれていた。

「今後は、気を付けるんだぞ。いいな?」

 苦しいくらい強く抱きしめられて、先輩が後輩を締めるのに、ヘッドロックをかけるシーンが思い浮かんだ。……すみません! 今後はちゃんと状況判断に気を付けますから。ギブギブ!

 深く反省してもがいていると、ガチャガチャッと陶器が鳴る音がした。

「失礼いたしました……!」

 まだ幼さの残る少年の声がして、慌てたようにドアを乱暴に閉める音が続いた。

「馬鹿が。用意した茶器を置いていけばいいものを」

 呆れたようなファリス様の声が頭上から降ってくる。

 いやいや。こんな状況を見たら、誰だって勘違いしますって。もう充分反省しましたから、取り敢えず放してください……。


 結局、あの後しばらくして、ノックの音と共に再度入室してきた少年騎士にお茶を淹れて貰った。年齢は私よりも下に見える。騎士見習いで副団長の従者をしている子なのかな。つい、生意気だった弟のことを思い出してしまった。

 その頃にはファリス様は私を解放して、向かい側の席に戻っていた。あんな諌め方をしておいて、私が顔を赤くして戸惑っているのに気付くと、嬉しそうに顔を綻ばせている。

 ファリス様は私の怪我の具合を詳しく聞いて、まだあと数日は剣の指導を受けない方がいいと言った。その代わり、体力を落とさないように、無理のない範囲で基礎訓練をした方がいいと、足に負担のかからない腹筋や腕の筋肉の鍛え方を教えてくれた。

 ヴァルハミルとの戦いで、ファリス様は頭部に酷い火傷を負ってしまった。何でも、剣の打ち合いでヴァルハミルを壁際に追い詰めたところ、ヴァルハミルが剣を握っているのとは逆の手で発動させた魔法をまともに食らってしまったのだという。

 そのまま気を失ったので、その後に何があったのかは分からないのだそうだ。けれど、他のメンバーと話をすり合わせてみると、それから間もなく戦闘の衝撃に耐えられなくなった天井や壁が倒壊して、リザヴェント様とエドワルド様、それにヴァルハミルが瓦礫の下敷きになってしまったらしい。難を逃れたアデルハイドさんとファリス様も、それまでに重傷を負ってすでに意識を失っていたのだそうだ。

 どうやら、私がのこのこ戻ってきたのは、そんな場面だったらしい。

「火傷の痕は残らなかったが、髪はここまで短くせざるを得なかった。……おかしいだろう?」

 指でギリギリ摘まめるかどうかという長さになってしまった金髪に手をやって、恥ずかしそうに苦笑するファリス様。

「いいえ。似合っていると思いますよ。私は好きです」

 素直に感想を述べた直後、あ、好きだなんて馴れ馴れしい表現を使っちゃった、と慌てたものの、もう取り返しがつかない。

 あ~あ、ファリス様の顔が強張っているじゃない。こいつ、何勘違いしてやがるんだ、気持ち悪い、だなんて思っているんだろうな。

「あの、お茶、御馳走様でした。それでは、数日経ったらまた伺います……」

 急いで立ち上がり、お茶のお礼と退室の挨拶を述べていると、勢いよく立ち上がったファリス様が無言で迫ってくる。

 もしや、さっきのヘッドロックもどき第二弾か、と身構えた私の肩にファリス様の両手がかかり、前髪越しに温かな感触と吐息がかかる。

「……ふえっ?」

 思わず変な声が出てしまった。額にキスをされたと分かった瞬間、顔が焼けそうなくらい熱くなる。

「ありがとう、リナ。自信になった」

 ……これは、もう。漫画だったら、絶対に勢いよく鼻血を吹いている。いくら「あの男は遊び人だから気を付けなさい」と耳にタコができるほど忠告されていたとしても、うん、遊びでもいい、と思わず靡いてしまうレベルだ。

 至近距離で見る甘い甘いファリス様の笑顔に、視線を反らすこともできずに見入っていると、執務室のドアが開く音がした。

 また、例の騎士見習い君が入ってきたのかと振り返ると、開いた戸口を塞ぐようにして立っていたのは、絶対零度の視線でこちらを睨んでいるリザヴェント様だった。

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