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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
40/135

40.覚悟しておかないと

「リナ、紹介する。俺の妻だ」

 満面の笑みを浮かべているアデルハイドさんの背後から、すらりとした身体をドレスに包んだ貴族令嬢が現れる。

 長い黒髪を揺らし、幸せそうにこちらにニコリと笑ったその令嬢と目が合った瞬間、愕然とした。

「……マ、リ、カ!?」

 真夜中、真っ暗な自室に響き渡る自分の悲鳴で目が覚めた。


 あれから寝つけなかったせいで、眠いし頭は重いし身体は怠いし、最悪な気分だった。

 ……何故、マリカが。

 夢だったから良かったものの、実際にアデルハイドさんのお相手になるという、ノヴェスト伯爵の遠縁だという貴族令嬢がマリカそっくりだったらどうしよう、と心配で動悸が激しくなる。

 ……嫌だ。絶対嫌だ、そんなの。

 胸の奥でモヤモヤしているこの負の感情を辿っていくと、折角いい関係を築いている仲間との関係を壊されたくない、という自分本位な考えに行きつく。

 そんな自分勝手な感情で、アデルハイドさんの幸せにケチをつけちゃいけない、と自分を戒めるものの、だからといってすぐに気持ちの切り替えができるものじゃない。

 昨夜の悪夢は、きっと平民出身のアデルハイドさんと貴族令嬢なんかが結婚したって上手くいくはずがない、という自分の願望をこじらせた罰なんだろう。

 ……それにしても、マリカかぁ。

 こういう夢を見る度に、いかに自分がマリカに対してコンプレックスを抱いているかということを思い知らされる。

 王女救出の旅が終わって、城を出て一人暮らしを始めた頃から比べると、今は随分と人間関係に恵まれていると思う。打ち解けられずにいた旅の仲間とも随分親しくなれたし、リザヴェント様のことがあるまでは王女様とも仲良くして貰っていた。他にも、トライネル様や侍女さん方から騎士さん達、料理長をはじめ厨房のスタッフさん等、優しくしてくれる人がたくさんいる。

 でも、もし今、マリカがこの世界に現れたら、小五の時に引っ越してきた時のように、彼女はこの世界でも私の周囲の人々の心を奪っていってしまうんだろう。

 そんな想像をするだけで、苦い思いが胸いっぱいに広がっていく。

 ヴァルハミルとの戦いで、旅の仲間が皆死んでしまったと思って、言っておくべきだったと後悔したことを、私はまだ誰にも言えずにいる。結局、旅の仲間は助かったし、ヴァルハミルを倒すこともできたので、召喚されたのはマリカじゃなく私でも大丈夫だったんだと思えるようになったから。


 昨日、部屋の外に出てみて、あの戦いから三日も療養していたのは私だけだったと知った。恩師達はとっくに復活していて、アデルハイドさん以外の三人はすでに職場復帰して働いていた。

 私も、早く元の生活に戻らないと。

 エドワルド様には、無理をしたら後遺症が云々と脅されたけれど、今朝はもう普段と変わらないくらい痺れも違和感も無くなっていたので、大丈夫だろうと判断した。

 訓練着に着替えて、いつものナチュラルメイクに、簡単に髪を纏めてもらって部屋を出る。向かうのは、騎士の訓練所だ。

 前もって約束していた訳じゃないから、都合が悪いと言われたらすぐに帰ろう。

 そう思いながら訓練所を覗いてみると、訓練に励んでいる騎士さんの数はいつもよりだいぶ少なかった。

 ……まさか。

 あの戦いで、騎士さん達は善戦したけれど、少ないながらも犠牲者は出たと聞いていた。これまで優しく声を掛けてくれていた人達の中にも、命を落とした人がいたのかも知れないと思うと、背筋が寒くなる。

 それに、肝心のファリス様の姿が見えない。

 ……貴族令嬢達のお相手をするのに忙しいのかな。

 なんて、拗ねたような気分になった後、ふと思った。

 ヴァルハミルを倒したのはアデルハイドさんだけれど、ファリス様だって城を守る為にあの恐ろしい魔族と戦った一人であることに違いない。しかも、生まれながらの貴族で、元々女性に人気のある人で、地位に見合った実力のある優秀な人だ。

 だったら、ファリス様にも結婚話が来ているんじゃない?

 リザヴェント様だってそうだ。侯爵家の跡取りなら、王女様を筆頭にそれなりの家柄の貴族令嬢との結婚話が持ち上がっていてもおかしくない。

 だって、貴族なんだし、あれだけ凄い実力と端麗な容姿を持った人達なんだから。

 エドワルド様にだって、どこかの貴族から養子に迎えたいという話が来ても不思議じゃない。ううん、もしかしたら言わないだけで、すでにそう言う話になっているのかも知れない。

 旅の仲間が皆、結婚して幸せそうに奥さんや子供の話で盛り上がる中、一人蚊帳の外な自分の姿を想像すると、余りに悲し過ぎて思わず涙目になってしまった。

「リナ!?」

 だから突然、短髪の超イケメンに両肩を掴まれて顔を覗きこまれた時には、驚きの余り心臓が止まりかけた。

「どうした。大丈夫か? 具合が悪いのか?」

 そうじゃなかったんですけど、今現在、跳ね上がった心拍数のせいで胸が苦しくて顔が熱いです。

 思うように言葉が出ないので、首を横に振る。すると、ファリス様は目に見えてホッと肩を撫で下ろした。

「そうか。何だか泣きそうな顔をしていたから、心配した」

 眉尻を下げたファリス様の微笑みは、見た目が誠実そうになったせいで、破壊力が増していた。真正面から心配そうな顔をされると、本当に私一人を心から想ってくれているような気分になってしまう。

「もう、怪我の具合はいいのか?」

「はい。もうすっかり良くなりました」

「それは良かった。昨日は、わざわざ訪ねてきてくれたんだって? 声を掛けてくれればよかったのに」

 いやいや。あの貴族令嬢の群れの前で、そんな危険な真似はしたくなかったですから。

「見舞いの品も受け取った。ありがとう、リナ。……で、今日は、普段と同じ格好なんだな」

 ファリス様は、ちょっと拗ねたような表情を浮かべ、何故か残念そうに呟いた。

「昨日はドレスを着ていたと聞いていた。見てみたかったな」

 ええっ。だって、前にちょっと濃いめのメイクをして訓練所に行ったら、色仕掛けで魔物と戦えるか、とかって怒りまくっていたのに。

「ご都合が良ければ、また剣の指導を受けたいと思ったので、この格好で来ました」

「そうだったのか。でも、まだ無理をしない方がいい。そうだ、執務室に来ないか。色々と話したいことがあるんだ」

 こちらを覗きこむようなファリス様のエメラルドグリーンの瞳に、思わず吸い込まれそうになってしまう。

 こんな風に、超イケメンキャラのファリス様に気に留めてもらえるようになるなんて、城に戻った時からは想像もしなかった。本当に有り難いことだと思う。

 でも、こんな日々がいつまで続くんだろう。ファリス様だって結婚すれば、女遊びは勿論のこと、私にだってこんなに気安く接する訳にはいかなくなる。

「はい……」

 考え事をしながら、ついうっかりそう返事をしてしまい、嬉しそうに微笑んだファリス様の顔を見てハッと我に返った。

 待って。執務室って、そこへ行くまでの廊下には、ファリス様の追っかけが……。

 けれど、時すでに遅し。ファリス様はすでに執務室に向かって歩き始めていた。

 呼び止めて、やっぱり止めます、と言えなくもなかった。でも、こういう機会ももう二度と無いかも知れないと思うと、ファリス様のせっかくのお誘いを無下に断ることも出来なかった。


 案の定、昨日よりは随分減ったものの、四、五人の貴族令嬢が廊下に佇んでいて、ファリス様の姿を見つけた途端、喜色を浮かべながら取り囲んだ。

 やや距離を置いて、彼女達の姿を眺める。背が高い人低い人、顔立ちのハッキリした人そうでもない人、と特徴は様々だけれど、皆美しいと表現できる人達だ。元からの美人と言うよりは、自分を輝かせる為の術を知り、磨く努力をして輝いている女性という感じがした。

 もしかしたら、彼女達のうちの誰かが、ファリス様と結婚するのかも知れない。

 剣の弟子としてファリス様とこれからも関係が続くとして、その奥方と親しくお付き合いするなんてできるんだろうか、と不安が過る。

 この世界に来た時は十六歳だった。兄は十八歳で、大学生ですでに彼女もいたから、将来小姑になった場合について想像してみたこともあった。

 ファリス様の妹分だなんて図々しいことは言わないけど、勝手にそれに近い感情は持っている。アデルハイドさんの結婚話を聞いて負の感情を抱いたのも、きっとそんな気持ちの現れだ。

 やっぱり、ちょっとは覚悟しておいた方がいいのかも知れない。

 昨日のように、ある日突然、旅の仲間の誰かが結婚するって話を耳にすることが、今後もあるだろう。そうなった時、仲間として弟子として、嘘でも心から祝福しないといけない。

 それは想像しただけで、思ったより寂しいことだった。

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