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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
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4.呼び戻された理由とは

 城内の一画にある神殿に、その魔法陣が描かれた祭壇はある。

 この世界には魔法というものがあって、上級者になると移動魔法という便利なものも使える。ただし、魔法の使用者が一度行ったことのある場所にしか移動することはできない。

 そして、王城ともなると、移動魔法で移動できるポイントが結界によって制限されている。移動魔法の使い手が城内のどこにでも瞬間移動できるのは問題だからという理由らしい。確かに、国王の寝室や機密情報のある執務室、宝物庫なんかにまで移動魔法で侵入できる状態にはしておけないだろう。

 ポイントは幾つかあるらしいけれど、外部から城内へ移動する場合は、必ずこの神殿の魔法陣に飛ぶ、ということになっているそうだ。

 そうそう、王女様を魔王の城から救い出した後も、リザヴェント様の移動魔法でここに戻ってきたんだっけ。

 ……でも、その移動魔法が使えるようになるまでの数日間、あの王女様を連れての旅は本当に大変だったなぁ。

 何と、王女を救い出した時、リザヴェント様は魔力の消耗が激しく、移動魔法が使えなくなっていた。けれど、魔王の追手から逃げる間、魔力を回復できるようにリザヴェント様に一切魔法を使わずにいてもらう、ということも出来ず、結局数日間魔族の国に潜むことになってしまった。

 本当に、あの数日間が正直一番堪えたかも知れない。何せ、触れば壊れてしまいそうなほど繊細な上に、我儘なのが平常運転な王女様を守らなければならなかったんだから。

 正直、こんな粗末な物は食べられないとか、こんな場所では寝られないだとか、早く帰りたいはともかく、こんなことなら魔王に囚われていたほうがマシだったとまで言われた時には、じゃあそうしてやるよ、と怒鳴りたくもなったものだった。

 ……でも、この後には、愛しの婚約者との破局が待っているんだから。しかも、私のせいで。

 なんて思っていたから、ぐっと我慢して王女を宥めすかしてご機嫌を取り、何とか時間を稼ぐことができた。

 ……で、魔力が回復したリザヴェント様の移動魔法で、ようやくここへ戻ってきた。そして繰り広げられた、王女と婚約者の感動の再会場面。

 小説では、王女の婚約者である公爵令息は、戻ってきた王女の隣に立つ主人公マリカに心奪われる。そして王女には目もくれず、公爵令息はマリカの前に跪いてその手に口づけをするのだ。

 そして、王女の怒りを買った主人公マリカは、公爵令息の執拗な求婚を振り切って旅に出る。

 小説通りなら、今頃はそうなっているはず。なのに、主人公であるはずの私は公爵令息の視界に入ることすら出来ず、呆気なく田舎に移住させられた挙句、また城に連れ戻された。

 やっぱり私がマリカじゃないから、この世界は小説のストーリーからはかけ離れたものになってしまったんだろうな。

 痛いほど掴まれていた手が離れ、ハッとなって顔を上げると、リザヴェント様はこちらに構わず一人でさっさと祭壇を降りていく。

 夜の冷気に包まれた神殿に一人取り残されたら困るので、慌ててその後を追った。


 広い神殿の広間を通過して、城内へと続く長い廊下を歩く。

 時刻は、もう深夜といっていい時間帯だった。廊下には人の気配はなく、等間隔に置かれた魔導灯が周囲を照らしている。

 ……一体、どこに連れていかれるのだろう。

 それに、リザヴェント様は何のために私を城へ連れ戻したのだろう。まだその理由を教えてもらっていない。

 王女を無事に連れ帰って、『最終兵器』としての私はすでにお役御免のはずなのに。どうして一人静かに暮らしていた田舎から連れ戻されたんだろう。

 すると、こっちの心を読んだかのように、突然リザヴェント様が足を止めた。

 危うく後ろから追突しそうになり、踏みとどまった私の頭上から、無機質な声が投げかけられた。

「お前はまた、我々と旅に出ることになった」

「……は? ……え?」

「今回の使命は、我が国と魔王軍との戦いの隙を突いて魔王を倒すこと。若しくは魔王軍をかく乱して我が国を勝利に導くことだ」

 言われていることを理解するのを頭が拒否しているのか、どんな反応を示したらいいのか、何と答えたらいいのか分からない。

 というか、それって本当なんですか? 冗談ではなく? 本当に、私がそんな使命を背負って旅立たなきゃいけないんですか? また神託があったんですか?

「部屋に案内する。今日はもう寝ろ」

 固まったままでいると、リザヴェント様は大きな溜息を吐いた後、そう言って再び歩き出した。

 その背が遠ざかっていくのを、その場に立ち止ったまま、しばらく眺めてみる。

 もしこのまま逃亡して逃げ切ったら、そのとんでもない使命の旅に出なくて済むのかな~、なんて考えながら。

 ……そして、ふと思い至る。

 そう。主人公マリカは旅に出た。王女に疎まれて仕方なく出た旅だったけど、もしかしたら彼女もその旅の末、魔王と戦うことになったのかも知れない。続編はまだ発売されていなかったから、本当のところは分からないけど。

 周囲の扱いは正反対でも、私はこれまで主人公マリカと大体同じ道を進んできた。『最終兵器』としての役割を果たして小説のストーリーからは解放されたと思っていたけれど、どうやらそうじゃないのかも知れない。

 ……仕方がないかぁ。

 昔から妥協ばかりの日々だったから、諦めは早い方だ。

 歩き始めると、かなり先の方で立ち止まってこちらを睨んでいるリザヴェント様に気付いた。

 逃げようとほんの少しでも思ったこと、バレたかな。

 冷や冷やしながら追いつくと、かなり冷ややかな視線を浴びせられたけれど、叱られることはなかったのでホッとした。


 リザヴェント様に案内された部屋は、以前私が城にいた時に使っていた部屋だった。

「お久しぶりですね」

 真夜中だというのに、ちゃんと侍女の制服を着たまま待っていたのは、以前も私の身の回りの世話をしてくれていたハンナさんだった。

「ああっ、お久しぶりです」

 思わず声がはしゃいでしまう。

 私の母より少し若いくらいの年齢のハンナさんは、いきなり異世界に来て戸惑うことばかりの私に、とても親切にしてくれた。

 召喚されてから旅立ちまではあっという間で、旅を終えてから田舎に移り住むまでも数日間しかなかったから、ハンナさんと過ごした日々はとても短い。でも、この城にいる間はハンナさんと一番多くの時間を過ごしていたように思う。

 私達が再会を喜び合っている間に、いつの間にかリザヴェント様の姿は消えていて、部屋の外に私の鞄が置き去りにされていた。

 それに気付いて部屋の中に運び込むと、ハンナさんは着替えの準備をしてくれつつ、ふくよかな顔に何やら含みのある笑みを湛えていた。

「あんなふうですが、リザヴェント様はリナ様のことを気にかけておいででしたよ」

「そうなんですか?」

 意外だ、と思ったものの、まあ、一応私も命懸けの使命を共に果たした旅の一員なのだし、魔法の弟子なのだから、多少は気にかけるのも当然か、と思い直す。

 疲れている私を気遣って、ハンナさんは手早く寝る支度を整えると、すぐに部屋を出て行った。

 積もる話は、明日にでもできるし。

 一人では広すぎるベッドに潜り込むと、よほど疲れていたのか、いつの間にか深い眠りに落ちていた。

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