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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
36/135

36.お見舞いに出掛けました、が。

 新たな自室を出て廊下を進み、アデルハイドさんの自室へと向かう。

 ……何だか、ドキドキするなぁ。

 思えば、旅の仲間の私室を訪ねるのは今回が初めてだ。

 男性の私室を訪ねていくのはこの国のマナー上問題はないのかな、と不安にもなったけれど、それならきっと最初からハンナさんに止められているはずなので、大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。

 ――リナが身を挺して気を引いてくれたお蔭で、ヴァルハミルを倒すことができた。

 ふとアデルハイドさんの言葉を思い出して、気恥ずかしさが込み上げてくる。

 迂闊に戦場へ足を踏み入れて、危うく人質として魔王城へ連れていかれるところだったけれど、そのお蔭でヴァルハミルを倒すことができたのなら、ちょっとは、ううん、本気で胸を張っていいのかな。

 アデルハイドさんの部屋の前まで来ると、思い切ってドアをノックする。……けれど、誰も出て来ない。

 あれ、留守かな。

 ひょっとしたら、また厨房奥の例の場所で寛いでいるのかも知れない。

 そうできるまで回復しているのなら、それでいい。でも、それなら何で私の様子を見に来てくれなかったのかな。他の人達は役職もあるから仕方が無いと思っていたけれど、アデルハイドさんはそうじゃないのに。

 ヴァルハミルを倒した後、あんなに私のことを心配してくれていたのにな……と悲しくなっていると、不意にドアが開いた。

「……あ」

 出てきたのは、アデルハイドさんではなく、背が高くてグラマラスなラテン系の顔立ちをした女性だった。

 ……誰。

 ズキン、と胸が痛んで、冷たい汗が全身から噴き出す。

 ひょっとしたら部屋を間違えたのかも知れない、と挙動不審になっていると、女性はニッコリと笑って首を傾げる。

「アデルハイド様に何か御用でしょうか」

 やっぱり、間違っていなかった。じゃあ、この人は……?

「あ、はい。そうなんですが……」

「そうですか。ですが、現在アデルハイド様はお部屋にはいらっしゃいません」

「え?」

 そう言われて、冷静にその女性の格好をよく見てみれば、ハンナさん達と同じ型のお仕着せを着ていた。

 余りに美人だから、先入観が先に立って、変な勘違いをしてしまった自分が恥ずかしくなると同時に、その場に座り込んでしまいそうになるほどホッとした。

「戻って来られるまで、中でお待ちになりますか? それともご伝言をお預かりしましょうか」

「いえ、また改めます」

 慌ててペコリと頭を下げると、逃げるようにその場を立ち去る。

 廊下の角を曲がって立ち止まってから気付いた。アデルハイドさんは今どこにいるのか、何時頃部屋に戻って来るのか訊いておけば良かったのに、と。


 アデルハイドさんには会えなかったけれど、ご機嫌伺いをする恩師はあと三人いる。

 取り敢えず、次はここから一番近い場所にある騎士団副団長の執務室に向かうことにした。

 そこへ向かうには階段を降りなければならないのだけれど、やっぱり左足に違和感が残っているせいか、危うく段を踏み外して転げ落ちそうになった。

 普段とは違い、ドレスを着ているのもあって、足元が見えないのも原因の一つだ。私の足の具合を心配して、ハンナさんは踵の低い靴を用意してくれたのだけれど、それでもやっぱり足元がグラグラする。

 ま、これもリハビリだと思って頑張るしかない。

 周囲に誰もいないので、これ幸いと壁に両手をついて蟹歩きのようにして階段を降りる。

 途中、衛兵に場所を尋ねながら騎士団本部に向かっていると、何だか廊下の先が騒がしいのに気付いた。

 ……え、あれって。

 色とりどりのドレスを身に纏った貴族令嬢達が、とある人物に群がっている。

 そう言えば、今日から貴族の方々の登城制限が解除されるとか聞いたような、聞かなかったような……。

 魔物の骸の処理が終わり、城内の安全が確認できるまで、要職にある方や武門関係の方以外は例え貴族であっても登城を制限すると王命が下っていたらしい。けれど、目の前に広がる光景を見れば、その制限が解除されたのは明らかだった。

 ファリス様には、今まで騎士団の訓練所で指導を受けていたから、副団長の執務室を訪ねるのは今日が初めてだ。だから、これが今日限定のことなのか、それともこれまでも恒常的に繰り広げられている光景なのかどうか分からない。

 ……それにしても、すごいなぁ。

 恐る恐る近づいてみて、貴族令嬢の発する熱気にドン引きしてしまった。さすがに貴族令嬢なので、アイドルの追っかけみたいに黄色い声で叫んだりなんかはしていないけれど、扇子で口元を隠して熱を帯びた視線を送りながらも、令嬢同士にこやかな顔で互いにけん制し合っている。

 ……怖っ。

 貴族令嬢達は皆、両手を広げた幅くらいスカート部分が広がったドレスを着ているので、人と人との間が開いているからといって、その間に割り込んで進むなんてことはできない。

 でも、そのお蔭で、遠く離れた場所からも、令嬢達の隙間からその人の姿を見ることができた。

 ……誰? あの人。

 その先にいたのは、所謂スポーツ刈りくらいまで短く金髪を刈り込んだ、長身の爽やかなイケメンさんだった。

 まさか、ファリス様?

 騎士の制服を着ているし、よくよく見れば顔立ちは確かにファリス様だ。

 思わずぎょっとして目を剥いたけれど、よく考えればファリス様は頭部に火傷を負って、あのキラキラしい金髪も無残に焼け焦げていたから、ギリギリまで短くするしかなかったのかも知れない。さすがに治癒術でも、焼け焦げた髪までは元に戻せないらしい。

 ここから見る限りでは、顔に火傷の痕は残らなかったようで、良かったと胸を撫で下ろす。

 短髪になったファリス様は、カッコよさの中にどこかチャラチャラした感があった以前とは違い、今はトライネル様にも通じる爽やかさと実直さを感じさせる雰囲気になっている。やっぱりどんな人でも見た目の印象って大事なんだなぁ、と感心してしまった。

「うーん……」

 それにしても、と思わず唸ってしまう。

 ご機嫌伺いに来てみたものの、タイミングが悪かった。この様子じゃあ、とてもファリス様に近づくことなんて出来ないし、この状況下で下手に声を掛けられでもしたら、貴族令嬢達に要らぬ恨みを買ってしまうことになりかねない。

 ……うん、出直そう。

 踵を返した時、左足に体重がかかってしまい、ガクンと身体が傾く。

「おっと、失礼」

 突然伸びてきた手が、私の腕を掴んで転倒を防いでくれた。

「あ、すみません。ありがとうございます」

 そう言いながら顔を上げると、そこにいたのは見覚えのある顔の人物だった。

 確か、いつも訓練所で顔を合わせていた若い騎士さん達の一人。名前は、……すみません、聞いたことあるかも知れませんが、忘れました。

「えっ。……ひょっとして、リナちゃん? どうしたの? 怪我はもう大丈夫?」

 ぎょっとしたように目を剥いたその騎士さんに、笑顔で頷く。

「ファリス様のお見舞いに来たんですけど、とてもお元気そうで安心しました。それにしても、凄いですね。いつもこんなふうなんですか?」

 そう訊くと、その騎士さんは人の良さそうな顔に苦笑いを浮かべた。

「確かに、この廊下で副団長を待ち伏せする女性は常に何人かいるね。でも、今日は特別だよ。副団長が魔族と戦って大怪我をしたって話は、貴族の中でも知れ渡っていたからね。登城が解禁になって、一斉に押し寄せてきたんだ」

「そうだったんですね。じゃあ……」

 話の途中なのに、騎士さんは私の言葉を遮った。

「待って。今、副団長に声を掛けるから。副団ちょ……」

「わっ! バカっ、待って!」

 大声を出そうとする騎士さんの腕を、咄嗟に容赦なく思いっ切り叩いた。

「え? ……ば、バカって言った?」

 驚きの表情を浮かべて若干涙目になった騎士さんに謝りつつ、驚いて振り返る貴族令嬢達の視線から逃れるように手を引いてその場を離れると、籠から焼き菓子の包みを一つ取り出して渡す。

「これ、お見舞いにと思って持ってきたんですけど、ファリス様に渡していただけますか?」

 すると、騎士さんは顔を引きつらせながら首を捻った。

「……いやあ、これはリナちゃんが直接渡した方がいいと思うけどなぁ」

「でも、この様子じゃファリス様に近づくのは無理そうですし」

「だから、副団長に伝えてあげるから。リナちゃんが来てくれたと分かったら、副団長は貴族のご令嬢の相手なんかしてないで会ってくれるよ」

 ……だから、そうなると余計な恨みを買う恐れがあるから嫌なんですって。

 王女様と仲良くなってから、城で貴族令嬢達と擦れ違うことがあっても、当初ほどあからさまな嘲笑や厭味をぶつけられることは無くなっていた。きっと、王女様が私の知らないところで彼女達に注意してくれていたんだと思う。

 でも、ファリス様が大怪我、しかも顔に大火傷を負ったなんて話が広まった後で、私がのこのこと出て行った挙句に、ファリス様が彼女たちを差し置いて私の相手なんかしたら、『役立たずの女のせいで、ファリス様のお顔が台無しになるところだった』だなんてあらぬ因縁を付けられるかも知れない。

「この場を混乱させたくはないですし、他にも行かないといけないところがあるので」

 騎士さんは、私が下げている籠の中に同じ包みがあと三つ入っているのを見ると、大きく溜息を吐きながら肩を落としつつ、分かった、と了承してくれた。


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