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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
34/135

34.生きていたのは……

 国王陛下をはじめ城にいた王侯貴族の方々が逃げ込んでいるこの場所は、王族方の私室がある一角で、城の中心部に近い。普段は王族方と彼らに仕えている侍女、それに近衛騎士ぐらいしか足を踏み入れることのないはずのこの場に、今は完全武装した多くの兵士や騎士達がひしめき合っている。

 彼らが十重二十重に護っている貴族達の大半は、城内での勤務中だったんだろう。人数がそれほど多くないのは、魔将軍の襲撃が夕刻を過ぎた時間帯で、大半が帰宅した後だったからかも知れない。

 怪我を治癒してくれた神官さんにお礼を言って立ち上がると、改めて周囲を見回してみる。

 ここには王族方と一緒に避難してきたらしき侍女達の姿も見えるけれど、その中にハンナさんの姿が見当たらない。それに、アンジェさんやフレアさんの姿もなかった。

 魔将軍が現れたのは、私の部屋からそう離れていない場所だった。

 ……ちゃんと逃げられたのかな。

 不安が押し寄せてきて、近くを通りかかった騎士を呼び止める。すると、その騎士が言うには、城内で働いていた侍女の多くや料理人、それに下働きの者等は、神殿の広間に避難しているという。そこにも、騎士と兵士がしっかりと配備されているので大丈夫だ、と言われて少し安心する。

 その時、一際大きな爆発音が響いた。まるで、すぐ近くに落雷があったかのように空気が震え、地響きのような音がしばらく続く。

 不安混じりの厳しい表情で音が聞こえてきた方向を見つめる騎士の横顔が、焦燥感を掻き立てる。彼も、ファリス様達と魔族との戦いの激しさを、この場にいても感じ取っているんだろう。

 駄目だと自制しようとしても、もう我慢ができなかった。

 ……ちょっとだけ、どういう状況になっているか覗いてみるだけだから。

 この場を守っている騎士や兵士達の間を何気ない顔ですり抜けると、王女様を連れてやって来た方向へこっそりと引き返しはじめる。

 遠くから見るだけでいい。皆がヴァルハミルと戦っている姿を見届けたら、足を引っ張らないようにちゃんと隠れているから。

 あ、でも、もし皆を振り切ったヴァルハミルが王女様を追いかけてきて、角を曲がったら鉢合わせしちゃった、なんてことになったら。

 途中、そんな想像をしてしまって足が止まってしまう。でも、じゃあこのまま引き返そう、という気にはならなかった。

 そのまま立ち尽くしていてもしょうがないので、廊下の角を曲がる度にビクビクしながら先へと進んでいった。


 あの一際大きな爆発音の後、それまで断続的に続いていた魔法の炸裂音らしき音は聞こえなくなっていた。その代わり、私がヴァルハミルに遭遇した廊下に近づくにつれ、焦げ臭い臭いと土煙が段々と濃くなっていく。

 ……えっ。

 次の角を曲がった瞬間、私は呆気に取られて立ち尽くした。

 そこは、本当ならまだ屋内のはずだったのに、まるで屋外にいるかのように夜空が見渡せる。

 立ち込める黒煙が地上の炎に照らし出されて、夜空は不気味な色合いの灰色に覆われていて、月も星も見えない。

 床には完全に崩れ落ちた壁や天井の破片が折り重なり、平なところがない状況になっている。

 そして、そこには人影はなく、不気味な静寂が流れていた。

 ……みんな、は?

 ここがこんな有様になってしまったので、戦いの場を他に移したのかもしれない。そう思いながらも、慎重に瓦礫を乗り越えていった私は、不意に目に飛び込んできたものに思わず悲鳴を上げた。

「……アデルハイドさん!」

 崩れ残った壁に背を預けるようにして座り込んだ姿勢のまま、がっくりと項垂れて動かないアデルハイドさんは、まるで頭から赤い液体を浴びたように血塗れだった。

 足場の悪い瓦礫を乗り越え、転びそうになりながら駆け寄る。けれど、どこもかしこも血だらけで、身体を揺すろうにもどこにも触れられない。……ううん、揺すってみて、もしもう手遅れだと分かってしまったらと思うと、怖くて何もできずに差し伸べた手を引っ込めた。

「……はっ。エドワルド様は?」

 そうだ。エドワルド様に早く治癒して貰わないと。アデルハイドさんがこんな大怪我をしているのに、あの人は一体どこに行ってしまったんだろう。

 振り向いて歩きかけた時、何かに躓いて転んでしまった。

「……ったぁ」

 咄嗟に着いた掌を擦りむいてしまい、汚れと滲んできた血を服で拭いながら起き上った時、自分が何に躓いたのかに気付いて驚愕の余り目を剥いた。

「ファリス様……?」

 この場に、騎士の制服を着ている人物がいるとすれば、ファリス様しかいない。けれど、彼の象徴だった鮮やかな金髪は焼け焦げて跡形もなく、うつ伏せで倒れているのでよく見えないけれど、耳から頬も真っ赤に焼け爛れている。

「……いや」

 王女救出の旅でも、結構酷くてグロい怪我を見てきて、慣れていたつもりだった。でも、これは余りに酷過ぎる。

「エドワルド様っ!」

 込み上げてくる吐き気を堪えながら、涙目で必死にエドワルド様を呼ぶ。早く治癒しなければ、顔に火傷の痕が残ってしまうかも知れない。

「どこにいるんですか、エドワルド様っ!」

 涙交じりの声で叫んでも、誰も何も答えてくれない。少し離れた所で、地上から放たれた氷魔法を受けて落下していく魔トカゲの悲鳴が聞こえてきただけだ。

「エド……」

 瓦礫の山を登ってその向こう側に飛び降りた時だった。折り重なって倒れた瓦礫の隙間から、金糸のような長い髪がひと房覗いているのが見えたのは。

 絶望の余り、そのまま座り込んでしまった。

「何で……」

 気付きたくなかったのに、そのすぐ傍に魔導師の杖が落ちているのに気が付いてしまう。その先を視線で辿れば、瓦礫の下から魔導師のローブの端が微かに見えている。

 ……何で、こうなっちゃったの?

 押し寄せてくるのは、とてつもない絶望と後悔の念だった。

 だって、神託では、私達が国の危機を救うはずじゃなかったの?

 ……もしかして、この場に私がいなかったから、皆死んでしまったの?

 愕然として、震えが足元から立ち上ってくる。

 私のせいなのかも知れない。私が、マリカじゃなかったから。

 きゅうっと胸が苦しくなって、みるみるうちに涙が込み上げてきた。

 心の奥でずっと抱いていた思いを、これまで誰にも言わずに黙っていた。本当に私でいいんですか? マリカじゃなくていいんですか? ってことを。

 だって、私も一度くらい主人公になってみたかった。マリカが隣に引っ越してきてから、ううん、その前からずっと、私は目立たない脇役みたいな人生だったから。だから、大好きだった小説の主人公として召喚されたと分かった時、大変なことになったと思いつつも、正直嬉しかった。旅の仲間には大変な思いをさせてしまったけれど、王女様を救出できたことで、私でも主人公としての務めを果たせたんだ、私で良かったんだって思えた。

 でも、それは間違いだったんだ。私じゃダメだ、マリカじゃなきゃいけないんだって訴えるべきだった。そして、改めてマリカを召喚してもらっていたら、きっと結末は変わっていた。皆、マリカと一緒に旅に出て、城を襲った魔将軍と戦って死ぬことなんかなかったのに……。

「……ううん、まだ諦めちゃ駄目だ。早く助けを呼んで来ないと」

 怖くて自分では確かめられないけれど、もしまだ息があれば、神官の治癒術で一命を取り留めることができるかも知れない。

 震える身体を鼓舞して立ち上がり、元来た道を引き返して助けを呼びに行こうと瓦礫をよじ登る。さっき飛び降りた箇所に手を着いて右足を瓦礫の上部に置き、左足を引き上げようとした時だった。

 何かが左足首に絡みついた感触がした。ぎょっとして振り返った瞬間、乗っていた瓦礫が突然下から突き上げられるように持ち上がり、音を立ててひっくり返った。

「きゃあっ!」

 視界が回転し、身体が宙に舞う。ひっくり返った瓦礫の端が頭を掠め、ガリッという衝撃を右頭部に感じた。

 でも、痛みを感じている余裕はなかった。自分が置かれている状況が余りに悲惨すぎて、失神しかけていたから。

「……フン。よく見れば、さっきの小娘か」

 身の毛がよだつような声が下から降ってくる。……正しくは、私がまるで捕まえられたネズミのように左足首を掴まれて、逆さに持ち上げられているのだった。

「ネリーメイアはどこだ」

 今は防具に包まれた足しか見えないけれど、声を聞いただけで魔将軍はかなりお怒りの様子だと分かる。

「答えろ」

 掴まれた足が焼けるように痛んで、みっともなく泣き喚いた。それ以上強く掴まれたら、冗談抜きで骨かアキレス腱がどうにかなってしまう。

 でも、ヴァルハミルの問いに答えることはできない。王女様がどこにいるかなんて答える訳にはいかないし、逆さに吊られた状況でまともに話すことなんて無理だ。だから、結果的にそのままずっと泣き喚くことになってしまった。

「まあいい。お前はネリーメイアと親しい間柄なのだろう。さっきも、お前を助けてくれと懇願していた。ならば、お前を餌に、ネリーメイアを釣ることにするか」

 ……人質にされるってこと?

 私にそんな価値なんてないのに。それに、例え王女様が今でも私に友情を感じてくれていたとしても、国王陛下をはじめ周囲がそれを許さないだろう。

「しかし、この私がここまでダメージを受けることになるとはな。ここは一旦、城に引き返すとするか」

 ヴァルハミルがそう言うのが聞こえたと同時に、バサッと何かを広げるような音がした。

 ええっ、し、城って、この城じゃないことは確かだよね。

 ……引き返すって、もしかして、魔王城?

 ぎゃあああっ、嫌だあぁっ! あの城に連れていかれるの、嫌あっ!

 泣き喚きながら必死に手足をばたつかせて抵抗する私の左足を、今までとは比にならないほどの痛みが襲った。

「人質に、両足は不要か。その方が扱いやすい」

 その恐ろしい台詞を聞いた瞬間、恐怖と痛みで意識がフッと遠のいた。

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