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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
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31.招かれざる襲撃者

 それから日々は流れ、護神術の習得はひとまず諦めたものの、私は少しずつ確実に戦闘能力を上げていった。騎士団への指導に時間を取られるようになったアデルハイドさんに代わって、料理長に野外料理の指導も受けるようになり、旅の準備は着々と進んでいる。

 グランライト王国軍の編成も大詰めを迎え、周辺各国との連携も順調に進んでいるようだ。

 そんなある日、私達五人はトライネル様の執務室へ呼び出された。

 何でも、魔王軍が半年以上侵攻中だった人間の国を滅ぼし、その軍が魔王の元に帰還したという情報がもたらされた。これから本格的に、グランライト王国への侵攻が始まるという見方が強まってきたのだという。

 いよいよ、旅立ちの時が来たんだ。

 見回すと、皆一様に緊張した面持ちでいる。

 私達五人で魔王城に乗り込んで魔王を討つよりも、魔王軍をかく乱する役割を担う方がより現実的だ。侵攻してくる魔王軍の動きを見ながら、王国軍と連携しつつ独自に行動する、ということで意見がまとまった。


 その日の夕刻、突然王女様が私の部屋に現れた。突然の訪問はいつものことだけれど、今日の彼女はこれまで見たこともないほど険しい顔をしていた。

「どういうことなの? リナ」

 美人は怒っても美人だ。けれど、返って凄みが増して恐ろしい。

 これは、旅の仲間にも共通していて、皆さん見惚れるほどの美形揃いなだけに、怒られると身が縮み上がりそうなほど恐い。

 ……と、過去を思い出している場合じゃない。何故か王女様がお怒りのようだ。

「わたくしが、リザヴェントのことを好きだと、あなたは知っていたはずよね」

「はい」

「なのに、何故あなたは、リザヴェントの心を奪ってしまったの? わたくしはあなたを信じていたというのに!」

 ……へっ?

 今、王女様に何と言われたのか信じられなくて、耳が今聞いたことを、頭が理解しようとしてくれない。

「失礼ですが、今、何と仰いましたか?」

「わたくしはあなたを信じて……」

「いえ、その前です」

「まあっ。こんな辛いことを、何度も言わせるのっ!?」

 憤慨した王女様は、地団太を踏んで涙ぐみながら、もう一度律儀にあのセリフを繰り返す。

「何故あなたは、リザヴェントの心を奪ってしまったかと言ったのよ!」

 そう言い終えると、王女様はがっくりと床に崩れ落ち、両手で顔を覆ってさめざめと泣き始めた。

 ハンナさんや王女様付きの侍女に、いつものように部屋の外に出てもらっていて良かった……。

 そう思いつつ、慌てて王女様に駆け寄って手を伸ばすと、その手を勢いよく払われた。

「触らないで、汚らわしい!」

 ……あー、これって、小説でマリカが言われた台詞じゃなかったっけ。確か、婚約者である公爵令息が王女様との婚約を取り消すと言い出して、部屋に乗り込んできた王女様を宥めようとしたマリカが、王女様に罵られる場面で。

 でも、本来のその場面からは時間が経ち過ぎているし、王女様はとっくに自分から公爵令息との婚約を破棄してしまっている。なのに、何故今になって。

「わたくしは、あなたに恩を感じて、大切な、……大切な友人だと思ってこれまで接してきたというのにっ!」

 王女様の言葉が胸に突き刺さった。

 隣の家に引っ越してきた、お人形みたいに綺麗な同い年の女の子。仲良くしようね、なんて言われて、嬉しくて、あっという間に私の中で特別な存在になったマリカ。そのマリカに、一週間後、五年もの間片思いをしてきたなるみ君を掻っ攫われた時の衝撃。大切な友達だと思っていたのに、どうして……?

 ……いやいや、違う! 私は別にリザヴェント様とお付き合いしているとか、そんな関係はない! 全くない! 寧ろ最近まで嫌われていると思っていたし、エドワルド様に否定してもらったものの、その後もリザヴェント様はそれまで以上に私と距離を取り続けているんだから!

「王女様。何か勘違いされていませんか? 私とリザヴェント様は、そういう関係ではありません」

「あなたにそのつもりがなくても、リザヴェントはあなたのことが好きなのよ」

「そんな馬鹿な……」

「その台詞はこっちが言いたいわ! でも、確実にそうなのよ」

 涙に濡れた顔でそう訴えた王女様は、再び両手で顔を覆って泣き始めた。

 きっと、王女様は私のことを調べたように、人を使ってリザヴェント様のことを調べたんだろう。でも、その人たちは一体何を勘違いして、王女様にそんな突拍子もない報告をしたんだろうか。

「それはきっと、何かの間違いです」

「馬鹿ね。気付いていないのはあなただけよ。リザヴェントが、旅の仲間であるあなたを気に掛けるのは分かる。でも、気に掛かるだけで、あの多忙な人が個人の指導の為だけに態々時間を空けると思う? その時間を作る為に、寝る間も惜しんで業務を片づけているのよ」

 顔を伏せたまま、唸るように語る王女様の言葉に、衝撃のあまり固まってしまう。

「し、……知りませんでした」

「でしょうね。最近まで、彼自身も自分の気持ちに気付いていないようだったらしいわ。でも、今では職務中にも関わらず、突然切なそうに溜息を吐きながら、あなたの名前を呟いているそうよ」

 うげぇっ! と思わず飛んでもない悲鳴を上げてしまった。

 ……一体、リザヴェント様はこんな私のどこをお気に召してくださったのか。全く心当たりはない。信じられない。寧ろ、王女様にドッキリを仕掛けられているんじゃないかとさえ思えてくる。

「……嘘だぁ」

 半笑いで呟いた時だった。左頬に、バチンという音と共に焼けるような痛みが走ったのは。

「そうやって茶化して、わたくしを馬鹿にしているの?」

 本気で怒っている王女様の真剣な目に射すくめられて、胸に痛みが走った。

「馬鹿になんて、そんな……」

「わたくし、本気だったのよ。本当に、リザヴェントのことが好きだった。でも、彼があなたを望むならそれも仕方がないかって、諦めるつもりでいたのに。そんなふざけた態度を取るなんて、許せないわ!」

 拳を握り締めて立ち尽くす王女様の全身から、強い怒りが滲み出ている。

「待ってください!」

 そのまま踵を返して部屋を出ようとする王女様を引き留めようと腕を掴む。本来ならこんな不敬な行為は許されないんだろうけれど、他に誰もいなし、王女様を引き留める為にはしょうがない。

「離しなさい!」

 手を振り払おうとする王女様。でも、ここで振り解かれて、誤解されたまま別れるなんて嫌だ。

「嫌です。私の話を聞いてください」

「嫌よ! 言い訳なんて聞きたくないわ!」

「言い訳じゃありません。私だって、王女様を大切な友人だって思っているんです。なのに、こんな風に嫌われてしまうなんて嫌なんです」

「無礼な。身の程を弁えなさい!」

 鋭く叫んだ王女の言葉が胸に突き刺さった。

 もう、身分の差を盾に拒むほど、王女様は私を嫌いになってしまったんだな……。

 キュンと鼻の奥が痛くなって、目の奥が熱くなる。

 その時だった。耳障りな轟音が鳴り響いたのは。

「……何事?」

 バン、とけたたましい音を立てて、王女様付きの侍女が部屋に飛び込んできた。

「非常事態を知らせる鐘です。王女殿下、こちらへお急ぎください」

 侍女の言葉に頷いて部屋から出て行く王女様。次いで部屋に駆け込んできたハンナさんに、何があったのか尋ねようとした時、窓の外から悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。

「何だ、あれは!」

「魔物だ。魔物の襲撃だ!」

 ガシャーン、とどこか遠くからガラスの割れる音が響き渡った。鐘の音は煩いほどなり続けていて、頭が割れるほどだった。

「……魔物って、今、そう聞こえましたわ」

 蒼白になって立ち尽くしているハンナさんに背を向けると、部屋の片隅に置いていた愛用の剣を掴んで戻る。

「ハンナさん、気をしっかり持って。屋内を通って、なるべく城の奥へ逃げて」

「リナ様は……?」

「私は、王女様を追いかけます」

 ハンナさんが後ろから何か叫んでいるのが聞こえたけれど、構わずに走り出す。

 重いドレスを着て歩みの遅い王女様の後ろ姿を、廊下の角を曲がったところで発見することができた。方向からして、どうやら安全な城の中心部、王族方の住まいがあるところに避難するようだ。

 そこに辿り着くまで見送ろう。

 そう思いながら、追いつこうと足を速めた時だった。

 突然、王女の前方の壁が轟音とともに崩れ落ちた。

 悲鳴が上がり、建物の破片と埃が舞い上がる。

「王女様!」

 慌てて駆け寄り、瓦礫の傍で倒れていた王女様を抱き起すと、彼女を庇うように覆い被さっていた侍女が力なく床に崩れ落ちた。

「大丈夫ですか?」

 問いかけに、王女は力なく首を横に振る。その顔には恐怖が貼りついていて、土埃で薄汚れた顔に涙の線が二筋流れ落ちていく。

「ネリーメイア」

 ゾッとするような声が、崩れ落ちた壁の向こう側から聞こえてきた。

「見つけたぞ、我が花嫁」

 地を這うような低い声にそう言われた途端、蒼白になった王女様は、ヒッと悲鳴を上げて気を失ってしまった。

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