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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
27/135

27.何で、こんなことに

「魔物とは違い、魔族は高い知能を持ち、魔力を含め戦闘能力は桁違いです。ですから、遭遇したらまず逃げることを前提に対処することです」

 騎士団への講義中のことだった。

 魔物の特性や対処法に関する説明がひと段落ついて、今日は魔族に関する講義内容だった。

 魔族そのものは、実はあまり数は多くはない。けれど、その力は圧倒的で、とても一人や二人では太刀打ちできる相手ではない。下手をすれば、ただ一人の魔族によって一小隊が全滅させられかねない。なので、まずは距離を置いて魔法や特殊能力による攻撃を回避すること、綿密な作戦を立てて相手の弱点を突くことが大切だ、とアデルハイドさんは説明する。

 でも、昨日のことがあったからか、今日のアデルハイドさんはいつもと違って機嫌が悪い。口調も投げ槍で、態度も何だかふてぶてしい。

 それが災いしてか、普段からアデルハイドさんに厭味たらたらの小隊長の一人が、組んだ足をわざとらしく揺らしている。それを見ているアデルハイドさんも、段々とイラついてきているのが見ているだけで分かった。

 ああマズいなぁ、早く講義終わらないかなぁ、という私の願いも虚しく。

「あのなぁ」

 とうとう、その小隊長がガタンと音を立てて立ち上がった。

「逃げろ逃げろと言うが、誇り高い我々騎士がそう簡単に相手に背を向ける訳にはいかん。そもそも、魔族とやらはそれほど強いものなのか? 魔物だってそうだ。小鬼程度に複数で対処しろだと? 我々騎士を見くびるのもいい加減にして貰いたい!」

 声高に言い放つ小隊長に、他の小隊長達からも賛成の声がちらほらと上がる。

「……何だと?」

 普段なら買わない喧嘩を買ってしまった、地を這うようなアデルハイドさんの声。ああ、斜め後ろに立っているから見えなくて幸いだったけど、あの恐ろしい目つきで相手を睨んでしまっているんだろうなぁ。

 距離を置いて、無言で睨み合う両者。ピリピリした空気の流れる訓練所の静寂を破ったのは、ファリス様だった。

「そこまで言うのなら、あなたの実力をこの男に見せつけてやればいい、ヴォルス小隊長。身を持って騎士団の実力を知れば、この男の講義内容も変わるかも知れない」

 うわ。ファリス様、明らかにこのヴォルスっていう小隊長が、アデルハイドさんにコテンパンにされることを分かっていて焚き付けましたね。

 完全に真面目くさった表情を作って対応しているファリス様だけれど、内心では面白がっているように見えて仕方がない。

 でも、私としても普段からこのヴォルスを始め数人の小隊長に腹が立って仕方がなかったので、よーし、アデルハイドさんやっちまえ! って心の中で拳を振り回していた。


 長椅子が壁際に寄せられ、広くなった訓練所の中央で、木刀を持った二人の男が対峙する。

「双方、準備はいいな。……では、始め!」

 審判係のファリス様の合図がかかると、ヴォルス小隊長は隙の無い構えから鋭い突きを繰り出す。さすがは小隊長だけあって、若い騎士さん達よりも動きが素早く、剣捌きもうまい。

 けれど、アデルハイドさんは、まるで子供の相手をしているように、その突きを払った。軽く払っただけのように見えたのに、それだけでヴォルス小隊長はたたらを踏んでよろめいてしまう。

 みるみるうちに、ヴォルス小隊長の表情が青ざめていく。

 機嫌の悪い大人が、子供を小突き回しながら壁際に追い詰めていく。そんな表現がぴったりなぐらい、二人の実力には差があるのは一目瞭然だった。

 じりじりと後退するヴォルス小隊長の起死回生の一撃は、アデルハイドさんが振り下ろした木刀に叩き落され、真っ二つに割れた木刀の先が回転しながら飛んでいき、鈍い音を立てて壁にぶつかった。

「そこまで」

 ファリス様が試合終了を宣言した。

 ところが、ホッと息を吐き出したヴォルス隊長の頭上に、アデルハイドさんは高々と木刀を振り上げた。

「……魔族や魔物との戦いに、そこまで、は無い」

「ひっ……」

 振り下ろされた木刀は、ヴォルス小隊長の頭部ギリギリのところで寸止めされた。

 ……っていう展開を予想していたのは、私だけじゃないはず。

 ところが、実際は、勢いよく振り下ろされた木刀は、奇跡に近い反応を見せてかわしたヴォルス隊長の身体を掠め、音高く床を叩いた。

「アデルハイド!」

 ファリス様の叫び声と、ガツンという鈍い音が連続して響いた。

 目に飛び込んできたのは、二人の間に割り込んだファリス様と、再び木刀を振り下ろした姿勢のまま固まるアデルハイドさんの後ろ姿。

 ……一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 呻き声を上げて左腕を抱えながら蹲るファリス様の姿に、思わず悲鳴を上げてしまう。

「ファリス様っ!?」

 アデルハイドさんの手から木刀が滑り落ち、地面に乾いた音を立てて転がった。

「……大丈夫、だ」

 駆け寄った私に、息を詰めながらそう答えたファリス様の顔は青ざめていて、額には脂汗が滲んでいる。どう見ても大丈夫なようには見えない。

「治癒術を、……エドワルド様を、早く!」

 焦りながらも顔を上げて見回すと、入り口近くにいた若い騎士さんの一人が頷いて訓練所を飛び出していく。

「……これは、試合を提案した私の責任だ。……今日の講義は終了、解散とする」

 肩を貸す私を支えにして立ち上がったファリス様は、立ち尽くしたままの小隊長達に、気丈にもそう宣言する。けれど、左腕は力なく垂れ下り、籠手の隙間から流れ出た血が指先を伝い、床に一滴二滴と落ちていく。

「ヴォルス小隊長。ここは私に免じて、勘弁してもらえないだろうか」

 自分を庇った若い上司にそう言われては、受け入れない訳にはいかない、と思ってくれたのだろうか。ヴォルス小隊長は青ざめた顔のまま小さく頷いて立ち上がると、他の小隊長達と一緒に訓練所を出て行った。

「……焚き付けた俺が悪いのだから気にするな、アデルハイド」

 ファリス様の言葉に、呆然としていたアデルハイドさんの表情が苦しげに歪んだ。

「……すまん。……頭を冷やしてくる」

 そう言い残すと、アデルハイドさんはそのまま訓練所から姿を消してしまった。


「大丈夫ですか?」

 青ざめた顔を覗きこみながらそう訊ねると、ファリス様はフッと口の端に笑みを浮かべた。

「いや、……大丈夫じゃない」

 そう言うなり、いきなり寄りかかられて支えきれず、二人揃って床に座り込んでしまった。

「まさか、あいつがこんなふうに暴走するとはな」

 確かに、これまでどんなことがあってもアデルハイドさんは冷静さを失わず、そのお蔭で旅の間、私達はどれほど命拾いをしてきたか分からない。

 アデルハイドさんは、自分が異国から来た平民の戦士だってことも、騎士と接する時にはそれ相応の礼儀を示さなければならないことも、ちゃんと分かって行動できる人だった。だから、まさか今日のように、戦意を失った相手に本気で攻撃を加えようとするなんて思ってもみなかった。

 らしくない行動をとった理由は、きっと一昨日の出来事のせいだ。

 あれからずっと、アデルハイドさんは様子がおかしかった。それはそうだ。あんなに故郷の人達の為に尽くしてきたのに、あんな話を聞かされたら、誰だって虚しくなる。

 私の肩に回されたままのファリス様の右手に力が入る。時々息を飲むのは、相当な痛みを我慢しているからだ。

「……っ。……籠手をつけていなければ、千切れ飛んでいたかもしれないな」

 ぎゃあああっ。止めて、その表現! 想像して鳥肌立っちゃいますから! 内心で叫びながら、ぐったりしているファリス様の身体を支える。

 治癒術が使えたら、私が治してあげられるのに。今はまだ、医学も学び始めたばかりで、どんな応急処置をすればいいのかも分からない。

「……リナ」

「いいですから、もう喋らないでください」

 これ以上、どんな表現で痛さを伝えようとするつもりですか、止めてください、と身構えていると、ファリス様は突然、無言のまま抱きついてきた。

「ちょっ、……ファリス様!」

 こんな時に何の冗談だ、と慌てふためいたものの、呼びかけてもファリス様の反応がない。

「副団長、しっかりして下さい!」

 騎士さんたちが駆け寄ってきて、気を失ったファリス様を数人がかりで持ち上げ、担架に乗せて運んでいった。


「副団長は大丈夫だよ。だから、今日はもう帰った方がいい」

 騎士さんの一人にそう声を掛けられるまで、呆然と床に座り込んでいた。

「……はい」

 頷いて立ち上がり、訓練所を出て部屋に戻る間も、何だか頭も体も痺れたようになっていて、何だか苦しくて仕方がなかった。

 ……何で、こんなことに。

 大怪我をしたファリス様も勿論心配だ。でも、アデルハイドさんのことが気になって仕方がなかった。

 同郷の人達のことで悩んで、それが元で苛々して、暴走した挙句に大切な仲間を傷付けてしまったなんて。きっと、物凄く傷ついているに違いない。

 足は自然に、自室じゃなくて厨房へと向いていた。けれど、そっと覗いてみたものの、いつもの場所にアデルハイドさんの姿はなかった。

 ……部屋って、どこだっけ。

 確か、アデルハイドさんには、私と同じように城内に部屋が与えられていると聞いていた。厨房の片隅に入り浸っているアデルハイドさんだけれど、ちゃんと夜はその部屋で寝ているらしい。

 厨房から出て、最初に会った衛兵に部屋の場所を聞く。答えてくれた衛兵は、そう言えば、と顎に手をやった。

「あの戦士殿は、よく厩舎付近で見かけるらしいよ。あの馬鹿でかい剣を振りまわしたり、北の山をじっと見ていたりしているんだってさ」

 北。……それは、故郷の人々が暮らすハイデラルシア村のある方角だった。

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