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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
26/135

26.つい、聞いちゃいました

 神殿は基本、大広間のある建物以外は神官ではない者の立ち入りが制限されている。だから、エドワルド様の指導は、大広間に付随している部屋の一室で受けている。

 神官は朝早くから神に祈りを捧げ、厳しい戒律の元に慎ましい日々を送りながらも、多くの知識を得て国と民の為に尽くしている。まさに、自己犠牲と言う言葉がぴったりだ。とても、私には真似できない。

 エドワルド様は、その並みいる神官の中でも、若手で最も学術や医術、神術全ての分野においてトップクラスなんだそうだ。

 王女を救出した功績もあるし、将来は間違いなく神官長ですね、と言ったら、エドワルド様は苦笑しながら首を横に振った。神官長は、神官による選挙のようなもので決まるので、エドワルド様のように貴族家の後押しのない者は、どんなに優秀であっても選ばれることはないという。それってつまり、実家の貴族家の権力をバックに賄賂とかも使っちゃうってことだ。どこのどんな世界でも、本当に実力のある人が埋もれ、金と権力がものを言うのは共通なんだな、と悲しくなってしまった。

 あ、でも、実家の後押しが期待できないなら、有力貴族の娘と結婚して後ろ盾を作っちゃえばいいじゃない。エドワルド様は顔立ちも整っているし、背もそこそこ高いし、何ていっても優秀な神官で王女を救出した功績もある。

 その辺を遠回しに提案してみると、エドワルド様は一瞬キョトンとした表情を浮かべたあと、ああ、と苦笑した。

「リナ。神官は結婚できないんだよ」

「……え? そうだったんですか?」

 だって、日本では神社の神官さんもお寺のお坊さんも、結婚してたけど?

「結婚するなら、神職を離れなければならない。勿論、そうする者も多いよ。神術は使えなくなるか、残ってもかなり弱くなってしまうけれど、医術や得た知識は無くならないから、それを活かして生計を立てる者もいる。貴族出身の神官の大半は、他の貴族家に婿養子に入るんだけどね」

 神官になる貴族は次男三男や庶子がほとんどで、騎士となって身を立てるのを断念したインドア系が多いらしい。

「だからね、リナ。人畜無害な神官だと思って、誰彼構わず気を許してはいけないよ。特に、神官の居住区には絶対に近づいちゃいけない」

「え? あ、はい」

 エドワルド様の言葉の意味がよく分からなかったけれど、流れでそう返事をする。

「じゃあ、エドワルド様もいずれは神官を引退しちゃうんですね」

 何気なくそう呟くと、エドワルド様は首を横に振った。

「僕は神職を離れるつもりはない。……でも、どうしても家庭を持ちたいと思うようになれば、平民の神官と同じように自分の力で生きていこうと思っている」

 ま、そんな女性が現れればの話だけれどね、と微笑んだエドワルド様は、包帯を巻く練習をしている私の手をペチッと叩いた。

「だから、そうじゃないって何度言ったら分かるの」

「すみません……」

「さあ、もう一度最初から。リナに後方支援要員として力をつけてもらったら、僕たちも助かるんだからね」

 ……あ。何か、私、期待されているのかも。

 結構私って単純で、期待されていると思うと嬉しくなって張り切っちゃうところがある。だから、この世界に召喚された時も、「えっ、私が主人公マリカってこと? 神託によって召喚されたってことは、私が行かないと王女様救出できないじゃない。じゃあ、頑張らないと」って調子に乗っちゃったものだ。で、後で後悔するところまでがお約束なんだけど。

 確かに、これまで後方支援はエドワルド様お一人で、戦闘後には治癒術を使って仲間を回復させる姿はとても大変そうだった。私は治癒術を使うことはできないけれど、護神術や簡単な医学の知識があれば、エドワルド様の負担も減らせることができるだろう。

 よし、そういうことなら頑張っちゃおうかな。……それには、まず、包帯をしっかり巻けるようになるところから身に付けないと。


 午後からアデルハイドさんの所へ行くと、何と来客中だという。

 それなら、空いた時間を料理の勉強に充てられないかな、と思い立った。結局、時間がなくて、集落の皆さんから貰った野菜は厨房に持ち込んで料理に使ってもらった。でも、その時に料理のレパートリーを増やしたいという話をしたら、料理長も協力すると言ってくれていたから、突然で悪いけどお願いしてみよう。

 厨房に入ると、近くの窓の外から声が聞こえてきた。ふと見ると、外の裏庭にアデルハイドさんの後ろ姿が見えた。その向かいに立つ人は、アデルハイドさんと同じ黒い髪に空色の目をした、もう少し若いくらいの男の人だった。

「……俺、もう無理だと思うんです」

 アデルハイドさんのものではない男の声が聞こえてくる。咄嗟に窓の下に置かれてある樽の陰にしゃがみ込んで、思わず聞き耳を立ててしまう。

「先月だけで、二人も不自由な身体になっちまって、戦士を続けられなくなったですよ。それに、村の外でこの国の女と一緒になりたがっている奴もいる。またアデルハイド様が何カ月もこの国を離れることになったら、どうすればいいんですか」

「今年の分の税金は、耳を揃えて払ったはずだ」

 不機嫌なアデルハイドさんの声は、こちらに背を向けている分、やや聞こえ辛い。

「税金だけじゃないんですよ。今年の夏は寒くて、収穫量も少なかったんで、このままじゃ冬を乗り越えられるかどうかって皆心配してます。口減らしに、また娘を売ろうかって者までいる始末で」

 ガシャン、と何かを叩き壊したような音がして、思わず肩を竦めた。

「……分かった。近いうちに、また金を送る」

「そういう話じゃないんです。いつまで、こんな不毛なことを続けるんですかってことです。……は、領主と組んで好き勝手し放題で、俺たちのことなんか働き蜂ぐらいにしか思っていない。……みたいに、裏切り者呼ばわりされても、別の街に住まいを構えて家族を呼び寄せたがっている奴は大勢います」

 泣きそうな声で訴える男の声が止まっても、アデルハイドさんは無言のままだった。

「お前もそうしたければ、勝手にすればいい」

 しばらく経って投げやりなアデルハイドさんの声が聞こえたあと、雑草や砂利を踏む足音が近づいてきたかと思うと、頭上から声が降ってきた。

「立ち聞きは感心しねぇな、リナ」

 驚きのあまり、本気で心臓が口から出るかと思った。

 恐る恐る見上げた窓から覗くアデルハイドさんの顔が怖すぎて、立ち聞きじゃないです、しゃがんでいます、とはとても言えなかった。


 その後、一方的に「今日の講義は休みだ」と宣言したアデルハイドさんは、どこかへ行ってしまった。仕方がないので、料理長にお願いして、夕食の仕込みまでの間、野外料理の指導をしてもらうことになった。

「本当に仕方のない人だな、あの人も」

 ナイフを手に、見事な手捌きであっという間に芋の皮を剥いていく料理長。あ、そうか。そんなふうに剥けばいいのか、とプロの手元を参考に私も続く。

「あの、……料理長は、アデルハイドさんと昔からのお知り合いだったんですか?」

 料理長は、アデルハイドさんの国の人々が暮らしている村のことも、彼が身請けした女の人達がその村にいることも知っていた。

「まあね。わしがまだ料理長になるずっと前のことだ。城下で倒れている若い戦士を拾ったことがあってね。それが、まだ戦士になりたてのあの人だったのさ」

 空腹で倒れていたという少年戦士を拾ったバルトさんは、彼がギルドで依頼をこなして食うに困らなくなるまで、度々食事を恵んでいた。その時に、アデルハイドさんが置かれている境遇は聞かされていたという。

「あの人は、あっという間にギルドでも稼ぎ頭になったし、わしも仕事が忙しくなって、ここ十数年ぐらいは会っていなかったんだが。まさか、王女救出のメンバーに抜擢されて城にやってくるなんて思ってもみなかったさ」

 その時に、城下で流れていた悪い噂のことも問いただしたけれど、アデルハイドさんははぐらかすばかりで本当のことを言わない。だから、休日を利用して城下で聞き込みをし、身請けされた女性が全てハイデラルシア系だという事実を掴んだ。それを元にアルデハイドさんを問いただして、ようやく口を割らせたのだという。

「悪い噂になっているから訂正しろと言っても聞き入れない。寧ろ、悪い噂がある方が、自分に身請けしてくれと向こうから泣きついてこられなくて済むから、とね。あの人は、ハイデラルシアの女性以外の娼婦を助けるつもりはない。それに、例えハイデラルシア系の娼婦であっても、何人も一度に身請けすることは無理だからね」

 だからって、あんな酷い噂を放置しているなんて。

 でも、アデルハイドさんの意図を考えれば、代わりに私が真実を広めるなんてことはしない方がいいのかも知れない。……勘違いされっぱなしなのは本当に腹が立つけど。

 アデルハイドさんに会いに来ていたあの若い男の人も、きっと戦士なんだろう。前にエドワルド様が言っていた。ハイデラルシア村の人は、領主に税金を払うために戦士になって村を出るんだって。

 王女救出の旅から帰った後、アルデハイドさんはその報奨金を税金に充てるために村へと送ったんだろう。でも、村人が生きていく為にはそれだけでは足りなくて。

 確かに、戦士として稼げるようになれば、そんな過酷な環境の村を出て、自分の稼ぎで生活したいという気持ちにもなるだろう。でも、アデルハイドさんはこの国随一の戦士と呼ばれるまでになっても、どんなに稼いでも、故郷の人々が暮らす村の為にその稼ぎの全てをつぎ込んできた。

 それだけじゃなくて、この国の騎士達が魔物と戦えるようになる為に、嫌な思いをしてもずっと講義を続けてくれている。

 ……どうして、そこまでできるの? 確か、もう家族もいないって言っていたのに。

 お酒を飲んでおっさん化している姿に騙されそうになるけれど、本当に凄い人なんだよね、アデルハイドさんって。


 ――でも、その二日後、事件は起きてしまった。

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