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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
25/135

25.犯人が分かった、って

 熱は下がったのに、更に丸一日、エドワルド様に絶対安静を申し付けられ、部屋でゆっくりと過ごすことになった。

 その日の午後、突然王女様が訪ねて来た。

 昨日、お見舞いに来てくれた時は、リザヴェント様を前に舞い上がってしまい、せっかくの機会だったのにまともに話もできないまま帰っていかれた、可哀想な王女様。

 残念ながら、今日は、リザヴェント様は来ていませんよ。

 さすがに口に出しては言えないので、そう心の中で呼びかける。すると、王女様は勢いよく私の前までズンズン進んでくると、長椅子に座っている私の隣にボスッと腰掛けた。

「いいこと、リナ。あなたをあんな不遇な環境に追いやった犯人が、ようやく分かったわ!」

 王女様は眉を吊り上げ、興奮して頬を膨らませてこちらに詰め寄ってくる。そんな王女様は、今日もとっても美しい。

「犯人、って……」

 こちらの世界は貴族社会で、厳格な身分制度がある。だから、例え異世界から神託によって召喚されたとはいえ、この国の貴族じゃない私を貴族と同等に扱う訳にはいかないという空気はある。

 だから、王女を救出して城に帰還した後、ザーフレムというアデルハイドさんもビックリのど田舎の、小さな集落の外れにある一軒家というとんでもないところに一人暮らしすることになったのも、まあ、仕方ないか、これが私への評価だ、王侯貴族って実は結構シビアなんだな、って思っていた。その後、旅のメンバーや王女様と再会して話をするうちに、この国の私に対する処遇は、やっぱりちょっとおかしかったんじゃないかと思うようになってはいた。

 でも犯人って、誰かが意図的に私を『不遇な境遇』に陥れたとでもいうのだろうか。そんな恨みを買うようなことをした覚えはないのに、と不安になる私を余所に、王女様は語り始めていた。

「お父様は、あなたを城から出して、どこかの貴族の館で預からせようとしていたのよ」

 ……王女様の話を要約すると。

 国王陛下は、御前会議の席で有力貴族に対し、私の身元引受人になり、穏やかな余生を過ごせるよう配慮せよとお命じになった。城は王族の住まいであり、国政の場でもあるので、今後もずっと異世界から来た私を城に住まわせるわけにはいかなかったんだそうだ。勿論、王女様が精神的に不安定で、私とばったり城内で出くわして王女様大パニック、っていう事態を避けたかったのもあるらしい。

 ところが、有力貴族の皆さんは、誰も手を挙げようとはしなかった。王女様は遠回しな表現を使ったものの、つまり彼らは皆、「いくら王女救出の功績があったとしても、平民だろ。しかも、政争の道具としても使いようがなさそうな子だし」という理由で渋っていたらしい。確かに、何か特別な力を持っている訳でもなく、美人でもなく、こちらの世界のことをまだまだよく知らない異世界の平民なんて抱えても、ただ飯食わせるだけで何の得にもならないよね。

 で、宰相閣下が奔走した末、最終的にザーフレムの領主様が承諾した。ところが、ザーフレムの領主様の奥方はかなり神経質な方で、夫が城から若い女を連れて帰ってきたことに激怒したらしい。……私、全然そんなこと知らなかったけど。

 王女を魔王の城から助け出したメンバーの一人だ、だなんて言っても信用しない。若い小娘がそんなことが出来る訳がない。そんな見え透いた嘘を吐いて私を騙そうとしたって無駄よ! と彼女は領主の館に私を迎え入れることを拒んだ。……それで、ザーフレムに到着してから数日、街の宿屋に宿泊させられたのか。

 領主様は多忙な方で、館を管理している執事に、奥様を説得して私を館に迎え入れるように命じて王都に戻った。ところがこの執事、実は領主様の奥方に弱みを握られて言いなりになっていた。結局、奥様の意向通りに、私はあの一軒家で暮らすことになった。近くの集落の人に面倒を見るよう命じていったのは、その執事のせめてもの償いの気持ちだったのか。そして、その後も王都での仕事に追われていた領主様は、私がまさかそんなところで一人暮らしをしていたとは夢にも思わず、王女様の手の者が事情を問い詰めるまで領地からの嘘の報告を信じ切っていたのだという。

「挙句に、あなたは周囲の住民に、身分ある方から手をつけられ、城を追われた侍女だと勘違いされていたようね」

 ……あー、何となく、皆さん思い違いをしているんじゃないかなぁって思っていたけれど、まさかそんなふうに思われていただなんて、と思わず溜息が出る。

 すると、王女様はいきなり手を腰に当てて傲然と立ち上がった。

「さあ、リナ。全ての元凶、ザーフレム男爵夫人にどんな罰を与えましょうか。男爵と離縁させ、貴族の身分を剥奪するのは当然として、他に……」

「なっ、何を仰っているんですかっ!」

 ぎょっとして慌てふためく私に、王女様は首を傾げてみせた。

「だって、当然でしょう? あなたの後見人として手を挙げなかったアリアデール侯爵を始め有力貴族達にも腹が立つけれど、やっぱり一番の元凶は男爵夫人よ。彼女が邪魔をしなければ、あなたはザーフレム領で何不自由ない生活を送れていたはずなんだから」

 いやいや、怖い怖い怖い。そんな簡単に、離縁させて身分を剥奪だなんて。そんなことを平気で言ってしまう王侯貴族って、実はとっても怖い人達なんじゃないだろうか。

「でも、私はその男爵夫人に直接会ったこともありませんし、何か危害を加えられた訳でもありませんから。それに、ちゃんと生活を保障してもらって、住民の皆さんにも親切にしてもらいましたから、それでいいんです、充分です」

 本当は充分じゃなかったけど、そう言わないと私のせいで顔も知らない男爵夫人が不幸になってしまう。

「まあ、あなたって本当にお人好しね」

 王女様は、仕方がないわね、本人が処罰を望まないのなら、と溜息を吐いた。

 いえいえ、そうじゃありません。私のせいで他人に不利益を被らせて、恨まれたくないだけのただの小心者です。情けは人の為ならず。要らぬところで恨みを買って、背中を刺されるのは御免です。

「それにしても、王女様。よくそこまでお調べになられましたね」

 まさか、私の為にそこまで調べてくださるなんて。ま、王女様本人が動いていた訳じゃなく、お仕事をしたのは側近の方々だろうけど。

「あら、調査は重要よ。あの公爵愚息のおかげで、わたくしはそれを嫌というほど思い知らされたの。それに、途中から何だか楽しくなってきて」

 王女様は含み笑いを浮かべた。……そうでしょうとも。王女救出の立役者の一人なのに、何がどう間違って田舎で一人暮らしを送るようになったのか。大人の思惑、嫉妬、勘違い。第三者として聞く分にはさぞ面白かったでしょうね。

「でも、面白くないこともあったわ」

 王女様は華やかな笑顔から、一変してふくれっ面になった。

「え?」

「だって、どうやら住民たちは、あなたのお相手がリザヴェントだと思い込んでいるらしいのだもの」

「…………は?」

 思わずポカンと口を開けて固まってしまった。また何故あの善良な集落の方々は、そんな突拍子もない勘違いをしてしまうんだろう。……あ、そうか。

「ああ、リザヴェント様は私を城から迎えに来てくれましたし、翌日には忘れ物を取りに行ってくださったんです。だから、集落の人達はリザヴェント様を見て、そう勘違いをしたんですね、きっと」

「まあ。あの多忙なリザヴェントが、あなたの為にそんなことまで?」

 王女様の顔に、じわりと嫉妬の色が浮かぶ。そんな表情まで可愛いんだから、美人って得だよねー、と感心しながら見入ってしまう。

「リザヴェント様は、基本お優しいんですよ」

 敢えて、よく分からないところだらけですけど、とは口には出さなかった。

「あら。あなたにだけ、ではなくて?」

「と、飛んでもない! ……あ、それに、最近リザヴェント様は、私に近寄らないんですよ。気付きました? お見舞いに来てくれた時も、あの辺りに立ったままだったんですから」

 納得していない様子の王女様に、ベッドから二メートル以上離れた位置を指さしてみせる。

「あら、……言われてみれば、そうだったわね」

 王女様は小さな顎に指を当てながら、これは、調査が必要ね、などとブツブツ呟いていた。


 旅のメンバーから受ける指導は、午前・午後に分け、二日おきにという決まりになった。午前中に剣の指導、午後から魔法の指導。そして翌日の午前に護神術と医術の指導、午後から兵法と体術その他の指導と魔物のイラスト作成、時に騎士団への対魔物戦講義助手。前よりも時間に余裕ができて、その分集中して取り組むことができるようになった。

 本当なら、私はまだ高校生で、朝から夕方までみっちりと授業を受けているはずだった。だから、今の生活を苦痛だとは思わない。寧ろ、将来役に立つかどうかも分からない数式を解いたり、歴史を丸暗記したりするよりも、今身に付けていることの方がずっとやりがいがある。というより、真剣にやらないと命に関わるから、取り組む意識から違う。

 どうやらファリス様は、私が失恋したことを黙っていてくれているらしく、皆、私が高熱を出した理由を疲れのせいだと思っているみたいだ。できれば隠しておきたいことだったので、ありがたく思っている。

 私に対するファリス様の態度は、以前よりも更に優しくなり、まるで壊れ物を扱うような気の使いようだ。まだ心の傷が癒えていない今はありがたい限りだけれど、正直剣の弟子としては甘やかされ過ぎじゃないかな。以前のように、とまではいかなくても、もう少しビシバシやってもらっても構わないんだけど。

 あの時、別に塔から飛び降りるつもりはなく、ただ風に煽られてよろめいただけです、と後で説明したけれど、どうやら信じてくれていない様子だった。女は失恋のショックで何を仕出かすか分からないから、なんて呟いていたけれど、それってまさか経験談ですか?

 こちらとしても、私が失恋したって弱みを唯一知られていて、しかも号泣しているところを慰めてもらったという負い目がある。そのせいか、ファリス様といるとどうにも居心地が悪く、まともに顔を見ることもできない。

 これまでと同じように、時々トライネル様は訓練所を視察にやってくる。どうやら本格的に魔王軍と戦う王国軍の編成を行っているらしく、これまであまり見ることができなかった将軍らしい一面も目にする機会が増えた。

 ……悔しいけど、その凛々しいお姿が痺れるくらいカッコいいんだ、これが。

 既婚者で子持ちだって分かっているけど、だからって好きだっていう気持ちをすぐに断ち切ることなんてできない。勿論、不倫なんてとんでもないことは分かっているから、愛人になりたいだなんて望んだりしないし、そもそもあちらから望まれるはずもないし。

 ……私がマリカみたいに綺麗だったら、だなんて考えそうになって、慌てて首を横に振る。

 そんな邪なことを考えちゃいけない。出来る出来ないじゃなくて、それは絶対にしちゃいけないことだ。例え、どんなにトライネル様のことが好きでも。

 ううん、好きだからこそ、しちゃいけないんだ。

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