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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
23/135

23.忠告してくれたのに

 頭が重くてズキズキする。身体も痛くて、全身が熱い。

 ゆっくりと目を開けると、涙ぐんだハンナさんがハッと息を飲んだ。

「目を覚まされましたと、お伝えして」

 ハンナさんの静かな声は、後ろにいる誰かに向けて言ったものらしい。

「……私、……どうしたの?」

 そう訊いた声は、自分でも驚くぐらい掠れていた。

「お疲れが出たのでしょう。高い熱を出して、倒れたのです。さあ、少し起きられますか? さっき、旅のお仲間だった神官の方が、薬を届けてくださったのです」

「……エドワルド様が?」

 そう言えば、この世界では、神官は医師の職も兼ねているって言っていたっけ。

 ハンナさんに支えられて起き上がり、苦い薬を飲む。それだけで体力を使い果たしたみたいに、ベッドの上にクタッと倒れ込んでしまった。

 高熱を出して倒れた? そんな記憶はない。……じゃあ、全て夢だったんだろうか。トライネル様に奥さんと子供さんがいたってことも、あの塔でのことも、全部。

 再び眠気が襲ってきて、目を閉じると、涙が眦から零れ落ちた。

 あれ、私、泣いてる? ……じゃあ、あれはやっぱり、現実だったのかも知れない。


 ――泣けよ。

 大きな腕に包まれた私の耳元で、何度も繰り返すその声自体が、泣きたいのを堪えているように聞こえた。

 ――俺の服が汚れるとか、そんな遠慮するな。

 そうじゃない、と胸元に顔を押し付けられている状態で首を横に振ると、上着のポケットからいい匂いのするハンカチを取り出して握らせてくれた。

 ――これで、遠慮する必要はないだろ。我慢しなくていい。思いっ切り、気が済むまで泣けばいい。

 何度も優しく背中を摩られて、それでようやくじわりと涙が込み上げてきた。一度流れ出すと涙は次々と溢れ出してきて、いつの間にか号泣していた。

 ――悪かった。こんなことになるのなら、お前にとことん嫌われてでも、全てをちゃんと伝えておくべきだった。

 苦しげなその声に、子供の様に泣きじゃくりながら首を横に振る。

 だって、あなたは何度も私に忠告してくれたじゃないですか。それに耳を傾けなかったのは私の方なんだから。

 一旦流れ出した涙は、堰を切ったように流れだし、止まらなかった。まるで子供みたいに声を上げて泣きながら、ああ、これは失恋の痛みだけじゃなくて、これまで溜めに溜め込んできた負の感情が、後から後から噴き出してきているんだ、と思った。

 いつまでも泣き止まない私の背を、ずっと大きな手が撫で続けてくれた。何度も何度も、私の名前を呼びながら。


「うん、もうだいぶ熱も下がったね。でも、あと三日は部屋でゆっくり休むこと」

 診察にきてくれたエドワルド様は、そう言って薬湯が入ったコップを手渡してきた。

「……飲まなきゃダメですよね」

 これって、物凄くマズいんだよね。吐き気がして、寧ろ体に悪いんじゃないだろうかって思うくらい。

でも、エドワルド様の顔には、飲まないという選択肢はない、と書かれている。

 渋々、吐き気を堪えながら薬湯を飲み切って、空のコップをエドワルド様に返した時だった。

「リナ。ようやく面会謝絶が解けたんで、見舞いに来たぞ」

 やってきたのは、山ほどの果物を盛った籠を手にしたアデルハイドさん。その後ろに続いて入ってきた人物を見て、無意識のうちに顔が熱くなってくる。

「あれ? 熱は下がったんじゃないのか?」

「いえ、完全にではなかったけれど、だいぶ良くなったはず……。薬湯が効いてきて、血の巡りが良くなったのかな」

 心配そうに顔を覗きこんでくるアデルハイドさんと、不思議そうに首を傾げながら私の額に手を当ててくるエドワルド様。そして、その後ろで、特大の花束を抱えたまま、立ち尽くしているファリス様。

「それは、こちらで預かりましょう」

 そう言われて、ピンク系の花とかすみ草に似た花を組み合わせた可愛い花束をハンナさんに手渡したファリス様は、私の顔を見て、ちょっと安堵したように息を吐いた。

「大体、リナは頑張り過ぎなんだよ。もうちょっと手を抜くことを覚えろ。な?」

「無責任な言い方をしないでください、アデルハイド」

 非難めいた口調でアデルハイドさんを窘めたエドワルド様は、優しげな笑みを浮かべてこちらを振り返る。

「次の旅に備えてできるだけのことをしておきたい、というリナの気持ちは分かるよ。でも、体調管理も大切な仕事だからね。治癒術は疲労を回復させる効力もあるから、疲れが溜まってきたと思ったら、次から遠慮せずに僕を訪ねておいで」

 えっ、いいんですか? と驚きつつ、小さく頷くと、エドワルド様はホッと小さく息を吐いた。

「でも、驚いたぜ。いつまで経っても来ないと思ったら、高熱を出して倒れたって連絡が来てさ。丸二日寝込むなんて、随分と疲れが溜まってたんだなぁ」

 可哀想に、と頭を撫でてくるアデルハイドさんの手を、ピシャッとエドワルド様が叩いた。

「あなた方三人が、寄って集ってリナを鍛えすぎたんですよ。……全くもう、これじゃあ、それに加えて僕がリナに簡単な護神術を教えるなんて、言い出しにくいじゃないか」

 護神術、という言葉に、耳がピクッと反応する。

「……護神術って、あの、防御力を上げるとか、魔法の威力を削ぐとかいう、アレですか?」

 王女救出の旅の間、戦闘中にエドワルド様が後方からメンバーにかけていた支援神術だ。

「そうだよ。そもそも神術というのは、神に忠誠を誓った神官しか習得できないものだ。けれど、神殿の記録書を調べてみたら、過去、神職に就いていないにも関わらず、異世界から召喚された者が護神術を得られたという記述があった。だから、リナにも可能かも知れない」

「……わざわざ、それを調べてくれたんですか?」

「まあね。他の三人が君を成長させようとしているのに、僕だけ何もしていないのも癪だし。そうだね、あとは簡単な医術の知識を教えようか。君の包帯の巻き方は、ハッキリ言って不合格だったからね」

 そう言われ、王女救出の旅の間、いつも適当にグルグル巻いていた包帯を、エドワルド様にセンスがないと酷評されていたことを思い出して、つい噴き出してしまった。

「でも、無理は禁物だよ。医師の立場から言わせてもらうと、負担にならない日程を組んでからじゃないと、他の三人の指導再開も許可できないからね」

 厳しくそう言われ、はい、と素直に頷く。

 失恋のショックで一時はやる気も失せていたけれど、こうやって旅のメンバーがわざわざお見舞いに来てくれて、私の為に何かをしてくれているのを実感すると、また頑張ろうって思えてくる。

「リナ」

 不意に名前を呼ばれて、心臓が痛いくらい跳ね上がった。

「……大丈夫か?」

 遠慮がちに問いかけてくるファリス様の声。その短い台詞の中に、どんな意味が込められているかが痛いほど伝わってきて、ついつい目元が熱くなってくる。

 皆、私が疲れのせいで、熱を出して倒れたと思っている。本当の理由を知っているのは、きっと、ファリス様だけ。

「はい、多分」

 掠れた声で答えると、少し離れたところに立っているファリス様は、辛そうに表情を曇らせた。


 ――何やってんだ、馬鹿!

 強く腕を引かれ、傾きかけた身体が鍛えられた腕の中に包み込まれた。

 馬鹿なことを考えるな、と耳元で怒鳴られて、よろめいただけで飛び降りようとした訳じゃないのに、とぼうっとする頭の片隅で思った。

 ――あの話を聞いたのか……? 聞いたんだな。

 耳元で囁くように問う声は微かに震えていて、ファリス様が自責の念に駆られているのが伝わってきた。

 ――すまない。お前をこんな風に追い詰めたのは、俺だ。……俺を恨め、リナ。

 その声は、恨めと言いながら、必死に許しを請うているように聞こえた。

 ……結局、泣いて泣いて、……その後の記憶がない。目が覚めたら、自分の部屋のベッドで、高熱にうかされていて。

 ファリス様が、自分を責める必要なんてない。だって、ファリス様はずっと私に、トライネル様に本気になるなって忠告してくれていたんだから。それなのに、どうせお前なんか相手にされないぞって馬鹿にしているんだって勝手に思い込んで、反発して、聞く耳を持たなかったのは私の方。

 そう言えば、話しておきたいことがあるって、何かを言いかけたときがあったっけ。騎士さん達が乱入してきて有耶無耶になってしまったけれど、……もしかしたら、あの時、はっきり忠告してくれるつもりだったのかも知れない。

 お前が恋している相手は、既婚者だぞ、って。


「回復したようで、何よりだ」

 三人が帰った後、しばらくしてリザヴェント様がお見舞いにきてくれた。とっても忙しいのに、わざわざ時間を空けて来てくれたらしい。

 お見舞いに来てくれたというのに、やっぱりリザヴェント様は私に近づいてこない。ベッドからたっぷり二メートル以上離れた位置から、心配していたといくら言われても、何だか心に響いてこないんですけど。

 そんな不満をつい漏らしそうになった時だった。

「ま、……まさかっ、……リザヴェントっ?」

 部屋の入り口付近で黄色い声が上がった。……あ、あれは王女様の声だ。

 見れば、今日も相変わらず美しい王女様が、驚きのあまり口元を押えて立ち尽くしている。

 奇しくも、失恋のショックで高熱を出し、今もベッドの住人と化している私の目の前で、王女様は恋する相手と偶然の再会を果たしてときめいている。……くっ。何か、モヤモヤと黒い感情が湧き上がってくるのが止められない。チクショウ、メノマエデ、ナニミセツケテクレテンデスカ、オフタリサン……!

 王女様の声に振り向いたリザヴェント様は、優雅な仕草で敬礼する。

「これは、王女殿下。このようなところでお会いするとは思ってもみませんでした」

 さすが、国内随一の王宮魔導師にして次期ハイランディア侯爵。優雅に片膝を着き、王女の手を取って軽く口づけする仕草なんか、まるで絵画の世界みたいだ。

 一方、王女様の方は顔を真っ赤にしつつ、喜びのあまりうち震えている。良かったね、王女様。

 ……ごめんなさい。心の声に若干棘があるかも知れないけど、失恋ホヤホヤのこの私を哀れに思って許してくださいませ。

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