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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
21/135

21.噂の真相は

 アデルハイドさんが、ねぇ……。

「おい、リナ。そこは赤じゃなくて黒だ」

 フレアさんの言ったことが本当なら、まさに女の敵……!

「もう、しょうがねぇなぁ。上から塗っちまえって、おい! はみ出してるだろうが」

 でも、信じられないなぁ。この人がねぇ。男の人って分かんないなぁ。

「こら! リナ、お前、いい加減にしろよ!」

 ガッと筆を持つ手を掴まれて、ハッと我に返る。机の向こう側から身を乗り出したアデルハイドさんが、私の顔を覗きこむように睨んでいた。

 久しぶりに、背筋に寒気が走った。

「疲れているんなら休むか?」

 そう言われてキャンバスに視線を向けると、魔物を描いた下絵に出鱈目に色を塗っていたことにようやく気付いた。

「……はい」

 駄目だ、今日は朝から全然集中できない。

 剣の指導では、寝不足で欠伸ばかり出て、久しぶりにファリス様に怒られた。集中できないのなら稽古は止めておけと、今日は手合せをしてもらえず、ほとんど騎士さん達の訓練の見学で終わってしまった。

 魔法の指導でも、習得できたと思っていた新しい魔法が上手く発動せず、これまたリザヴェント様に集中できていないと怒られた。魔力は特に集中力が必要で、コントロールを誤ると使用者どころか周囲にも危険を及ぼしてしまう。そこのところを改めて長々と説教されて、今日の指導は終わってしまった。

 ……で、挙句にアデルハイドさんとの作業ではこれだ。

「すみません」

 落ち込んでいると、下げた頭をポンポンと撫でられる。

「お前はよく頑張っている。疲れが出たんだろ」

 アデルハイドさんはさっさとテーブルの上に置かれたキャンバスや絵具などを片づけると、さっき料理長が差し入れてくれたお菓子を目の前に置いてくれる。

「それとも、何か気になることがあるのか? だったら俺に言ってみろ」

 ……それを、本人が言いますか?

 そう思うと可笑しかったけど、まさか本人に「女の人を次々に身請けして、すぐに飽きて捨ててしまうって本当ですか?」なんて訊けるわけがない。

 なので、お菓子を食べつつ、遠回しに話を振ってみた。

「アデルハイドさんは、いつ頃から戦士をやってるんですか?」

 突然話を振られて驚いた表情を見せたアデルハイドさんは、そうだなぁ、と過去を振り返るように視線を天井へ向けた。

「確か、十二か、十三くらいだったかな」

「そんな年齢から?」

「祖国が滅びて、この国に流れ着いたのがそのくらいの年だったからな。生きていく為には働くしかなかった」

 苦笑いを浮かべるアデルハイドさんを見ていると、胸が苦しくなった。

「その、……家族とかは?」

「親父は魔族との戦いで死んだ。母親と妹は一緒にこの国まで逃げてきたんだが、今はもういない」

 何だか、聞いちゃいけないことを聞いてしまったかも知れない。やっぱり、辛い事ばっかりだったから、アデルハイドさんは過去を語ろうとしないんだろう。

「すみません。辛いことを聞いてしまって」

「別に、構わねぇよ。気にすんなって」

 ニカッと笑って見せるアルデハイドさんは、とてもあの噂通りの人には見えない。

 きっと、何かの間違いだ。それに、アデルハイドさんが何かの事情があってそういうことをしていたとしても、私にとっては旅の仲間で、この国を守ろうとしてくれている人の一人には変わりない。

 だから、例え噂は本当だと本人の口から聞いたとしても、動揺することはないじゃない。そう思いつつ、やっぱり怖くて訊けずにいる私だった。


 それから何日かは、もやもやした気分を引き摺っていた。

 でも、そうやっていつまでも集中力を欠いて、せっかく私の為に時間を割いてくれている人達に、迷惑を掛け続ける訳にはいかない。

 うん、やっぱり、思い切って本人を問いただすしかない! と、決意を固めた矢先、剣の指導が終わった後で、ファリス様に訓練所の隅に呼び出された。

「リナ。最近、少し様子がおかしいが、何かあったのか?」

「え?」

「悩み事でもあるのなら、俺で良ければ相談に乗る。稽古がきついのなら、もう少し時間を減らしてもいい」

 ……女たらしの本領発揮ってとこですか?

 真剣な顔でそう言うファリス様は、何も知らなければ誰でもフラッと恋に落ちてしまいそうなくらい、とっても魅力的だ。

 でも、王女様には『気を付けろ』って言われてるし。

 心配してくれているのは素直に嬉しい。ただ、その言葉を心から信用して飛び込むことのできない自分がいる。だって、これまでの経緯があるから、急に優しくされたって、何か企んでいるんじゃないかって警戒してしまう。

 あ、そうだ。ファリス様はアデルハイドさんの噂について、何か知っているかも知れない。だって、旅の間、私抜きの四人で、男同士の話で盛り上がっていたぐらいなんだから。

「あの……」

「あのな、リナ」

 二人同時に話し出してしまい、何だか変な空気になってしまう。

「何だ?」

「いえ、ファリス様こそ、お先にどうぞ」

 いや、そっちが。いえいえ、お気になさらず……、と譲り合いになった末、ファリス様が小さく咳払いをした。

「じゃあ、俺から。こんなところで言う話ではないんだが、お前の耳にどうしても入れておきたいことがある。実は……」

「あっれぇ~? 副団長、リナちゃんと何を話してるんですかぁ~?」

 突然、若い騎士さん達がわらわらと湧いてきて、私達を取り囲んできた。

「二人でお互い譲り合っちゃって、可愛いんだー。……あれれ? 赤くなった?」

「きっ、……貴様らっ!」

 鬼の形相になったファリス様は、キャ~ッ! と楽しそうな悲鳴を上げて逃げる騎士さん達を、木刀を振り上げながら追いかけていく。

 今更だけど、絶対、ファリス様って部下に遊ばれてるよね……。

 唯一の救いは、彼らがファリス様のことが好きで、構って欲しくてちょっかいを出しているように思えることかな。

 ……で、話って、一体何だったんだろう。


「リザヴェント様、お聞きしたいことがあるのですが」

「魔法に関する質問か?」

「いえ、そうではなくて……」

「今は魔法の指導中だ。それ以外のことは考えるな。集中しろ」

「申し訳ありませんでした」

 そして、指導の時間が終わるや否や、リザヴェント様の周囲を部下さん達が取り囲み、書類を押し付けながらあっという間に執務室へ連れ帰ってしまった。

 ……いつもの光景だから、もう驚かないけどね。


「リナ。俺の顔に何か着いてるか?」

「そうじゃなかったんですけど、今、顔を触った時に、絵具が頬に着いちゃいましたよ」

 マジか、と呟きながら、アデルハイドさんは手の甲で頬を拭いまくっている。

 結局、旅の仲間だったファリス様とリザヴェント様の二人から情報を聞き出すことができなかったので、やっぱり本人に直接聞くしかない。

「あのっ、アデルハイドさんは……」

 言いかけて、言葉に詰まる。

 何て訊けばいい? 身請けした女の人をポイ捨てしてるって本当ですか、って? そんなふうに訊いたら、まるで私がその話を信じているみたいじゃない。……ううん、未だにモヤモヤした気持ちを引き摺っているのは、アデルハイドさんのことを信じ切れていないからだ。

 すると、アデルハイドさんは、口の端に笑みを浮かべた。

「何だ。俺の良くない噂でも聞いたか?」

 ギクッと全身が強張る。違う、と否定するには無理があるくらいに。

「……信じたくないんですけど、どうなんですか?」

 恐る恐る訊くと、アデルハイドさんはフフン、と鼻で笑った。

「そうか。リナは信じたくないと思ってくれているんだな」

「勿論です!」

「じゃあ、それで充分だ」

「えっ」

 何それ。それって、こっちは全然すっきりしないんですけど。

「いい子だな、リナは」

「もうっ、はぐらかさないで下さい!」

 けれど、やっぱりアデルハイドさんはニコニコ笑うばかりで、結局何も教えてはくれなかった。


「ちょっといいかい」

 厨房を出たところで、料理長が私に手招きをする。

「何ですか?」

「言っただろ? あの人の話を真に受けちゃ駄目だって」

 そう言えば、前にそんなことを言われたような気がする。

「ハイデラルシアって村を知ってるかい? 北の山奥にあるんだが」

「いいえ」

 旅の間にエドワルド様からこの国の地理を教わったし、田舎暮らしの間に本を読んだりしたけれど、そんな名前の村は聞いたことはなかった。

「昔、東の方に、同じ名前の国があった。今はもう滅びてしまったが。あの人が身請けした女は、ほとんどがその村で暮らしている」

「そうなんですか?」

「ああ。でも、ワシからこの話を聞いたってことは、黙っておいてくれよ」

 そう言うと、料理長は夕食の支度が佳境を迎えて戦場と化している厨房へと戻って行った。

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