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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
20/135

20.忙しいけど充実してます

 でも、そう言えば、最近リザヴェント様の姿を見かけない。田舎の家に忘れてきた剣と集落の人達からの餞別を届けに来て、いきなり走って帰ってしまって以来会ってないことに、今になって気付く。

 リザヴェント様はこの国で最も実力のある魔導師で、実はとても忙しい人だ。王女を救出して城に帰還した後、元の世界に戻れないかと一度相談に行った時も、机の上に山のように積まれた書類の中に埋もれるように仕事をしていた。

 ――元の世界に戻る? ……無理だな。そんな手段はない。

 それだけ答えると、横から部下の魔導師さんに資料を差し出されて指示を出し、さっきの話はもう終わったというように「それで?」と聞き返してきた。そのあまりの素っ気なさと、元の世界に戻れないというショックの大きさに、呆然としながら魔導室を後にしたのを思い出して、またちょっと泣きそうになった。

 もうちょっと親身になってくれてもいいじゃない、と腹が立ったけれど、実際に異世界から召喚された人で、元の世界に戻った人はいないらしい。というのは、落ち込んでいる私を心配したハンナさんが、どこからか調べて教えてくれた。

 召喚とは、簡単に例えると、魔導師が強い魔力で異世界から狙いを定めた人物を引っ張ってくるものらしい。だから、元の世界に戻るには、同じように向こうから引っ張って貰わないといけない。私が元いた世界には魔導師がいないので、引っ張ってもらうことは不可能。つまり、元の世界には戻れないのだ。

 多忙なリザヴェント様を煩わすのは気が引けるけれど、また旅に出る前に何か役に立つ魔法が習得できるならやっておきたい。ついでに、王女様に提供するリザヴェント様の情報も仕入れたい。なのに、待っていてもリザヴェント様はあの日以降、私の前に姿を現さない。

 待っていても現れないなら、こちらから訪ねていくしかないじゃないか。


 という訳で、午前中の剣の稽古を早めに終わらせて貰い、城の一角にある魔導室を訪ねた。ここは、王宮魔導師の職場で、国全体の魔導師や魔法使いの管理、育成、研究、その他の組織運営を統括している中枢機関だ。

 前もって訪問するとハンナさんから連絡を入れて貰っていたので、スムーズにリザヴェント様の執務室に通される。

 入室して机の前に立っても、リザヴェント様は書類に視線を落としたまま。以前、元の世界に帰れないかと訪ねた時と同じだ。

「あの、お忙しいようでしたら、また後日改めます……」

「その必要はない。言ってみろ」

 そう言われましても、頼み事をするのにそういう態度じゃ、言いにくいじゃないですか。

「いえ、もういいです。何か私でも短時間で習得できる魔法があれば教えていただきたいと思ったんですけど、お忙しいようですからまた後日……」

「待て。実は、私もお前に教えたい魔法が幾つかある。……だが、今は無理だ」

 でしょうね。だって、開いたままの執務室のドア付近にいる書類を抱えた部下の皆さんが、私の話が終わるのを今か今かと待ち構えているんだから。

「勿論、今すぐなんて無理なことは分かっています。それに、私もファリス様やアデルハイドさんとの約束もあるので、また日時を調整してお願いに来ます」

 では、と帰りかけると、またリザヴェント様に呼び止められた。何なんだと思いつつ振り返ると、リザヴェント様がこっちを睨んでいた。

 また何か無意識に失礼なことをしたんだろうかと肩を竦めていると、リザヴェント様は胸の辺りに手を当てて何度も大きく深呼吸をした。

「……今日は、それ程酷くはないな」

「え?」

「いや、何でもない。……で? ファリスやアデルハイドとの約束とはなんだ」

「剣の稽古をつけて貰ったり、魔物との戦い方について教えて貰ったりしているんです」

 そう答えると、リザヴェント様は眉間に皺を寄せ、何か考え込むように顎に手を当てた。それから、自分の袖を捲って腕を眺めてみたり摩ったりしている。……本当に、この人ってよく分からない。

「……このくらいなら、耐えられそうか」

「は?」

「いや、こちらの話だ。それで、いつならば都合がいいのだ?」

「そうですね。できれば午後の早い時間帯にお願いできればと思っています」

「では、その時間に来るがいい。こちらの方はいいように調整する」

「えっ、いいんですか?」

 驚く私に、リザヴェント様は皮肉めいた笑みを浮かべた。

「どうせ、暇な時間など無い。予定に合わせて無理矢理空けない限りはな」

 そう言うと、リザヴェント様は再び書類に視線を落とした。

「ありがとうございます」

 私の為に時間を作ってくれるというリザヴェント様に感謝しつつ、執務室を後にする。

 何を考えているのかよく分からない人ではあるものの、リザヴェント様は優しいところのある人だ。ただ、あの見た目と言動で敬遠され、勘違いされやすい人なのだろう。王女様も、なかなか見る目のある方なのかも知れない。

 でも、もしリザヴェント様と王女様が結ばれるようなことになれば、小説の世界とはこれまた大きくかけ離れてしまうことになるんじゃないだろうか。

 だって、小説では第一巻が終わった時点で、リザヴェント様は王宮魔導師の地位も侯爵家跡取りの立場も捨てて、主人公マリカを追いかけて城を出るんだもん。続巻で、また城に戻って元の地位を回復するって展開になるのかなぁ。それって現実的には、なかなか難しいと思うけど……。


 それからは、本当に一日一日があっという間に過ぎていった。

 朝早くから起きて早めに訓練所へ行き、ファリス様に剣の指導を受ける。早めに部屋に戻って汗を流し、身支度を整えて昼食をとり、午後からリザヴェント様に魔法の指導を受ける。それが終わると厨房奥のスペースでアルデハイドさんから講義を受けたり魔物の絵を描いたり、裏庭で短剣や弓矢、それから素手で魔物と格闘する技術などを教わる。

 それらが終わって、へとへとになって部屋に帰ると、たまに王女様が待ち構えている時がある。今日のリザヴェント様の様子を話して差し上げ、頬をピンク色に染めながら綺麗な瞳をキラキラさせる王女様を見て癒される。

 その後、夕食を食べたら、お風呂で寝ちゃいそうになるくらいクタクタになっていて、うつらうつらしつつハンナさんにお手入れをしてもらってベッドへ直行。余計な事なんか考えている暇もなく、あっという間に眠りについてしまう。

 でも、自分でもすごく充実した日々だと思う。

 リザヴェント様の指導はやっぱり厳しい。私の最後の詰めが甘いところとか、核心をズバッと突いてくるので、時々心が折れそうにもなる。でも、自分を奮い立たせて、やっと一つ新しい魔法を習得することができた。

 不思議なのは、リザヴェント様は私と一定の距離を保とうとしていることだ。一度、何かの拍子に手が触れそうになって、コントみたいな大げさな動作で飛びのいたのにはすごく驚いた。今までそんなことはなかったのに。何か反応が、思春期入り口の中学男子みたいなんだけど、リザヴェント様に限ってまさかねぇ……。

 あれから、ファリス様はずっと優しい。最初の頃こそ、私への態度はすごくぎこちなくて、ああ、無理して優しくしようとしているんだな、と感じることが多々あったけど、最近では随分と慣れて自然な感じになってきた。勿論、王女様の忠告通り、気を許さないように注意している。

 不満なのは、時々視察に来て下さるトライネル様とお話をしていると割り込んできたり、「あの人はお前が思うほどいい人じゃないんだぞ」とか「本気になるんじゃないぞ」とか忠告してきたりする。そりゃあ、私だってトライネル様が私なんか相手にする訳ないって分かってるよ。でも、腹が立つから「はい、分かってます」って適当に答えて無視することにしている。

 アデルハイドさんは、あんな酷いことを言われたにも関わらず、その後も数日に一度、騎士団に講義を行っている。たまに、若い騎士さんから「魔犬と戦うときはこうすればいいんだよね~?」なんて話しかけられるから、小隊長さん達も何だかんだ言ってもちゃんと部下に伝達講習してくれているみたいだ。勿論、私も絵を描いたりアシスタントしたりと協力している。

 そんな日々が続いて、私が城に戻ってひと月ほどが経とうとしていた。


 夜、寝る支度を整えていると、以前、私のオシャレに付き合ってくれた侍女さんのうち、商家の出身だというフレアさんがやってきた。あの、麻袋の蚤にやられて発疹ができた人だ。ハンナさんは急用ができたので、代わりに来てくれたらしい。

「リナ様、実は、気になることがありまして。戦士のアデルハイド殿についてなのですが」

 思わぬ人からその名を聞いて驚きつつ、髪を梳いてくれているフレアさんを鏡越しに見る。

「あの方は、城下ではあまり評判の良い方ではありません。花街に通って、随分と派手に遊び回っているとか」

「……はい、その話はきいたことがありますけど」

「では、気に入った女を身請けした後、すぐに飽きて捨ててしまうのを繰り返しているというのも、御存じでしたか?」

「えっ……」

 呆然としたまま首を横に振ると、フレアさんは悲しげな表情を浮かべた。

「リナ様の大切な旅のお仲間であることは重々承知しておりますが、そういった噂話を耳にいたしまして、どうしてもお伝えせずにはいられなかったのです。ただの噂であれば良いのですが、どうか、お気をつけください」

 ぎこちなく頷きながら、どうしてもその話を信じたくない自分がいた。

 ……アデルハイドさんが?

 どれだけ稼いでも稼ぎ足りない理由って、それなの? すぐに飽きて捨ててしまうって、じゃあ、その女の人達は……?

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