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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
17/135

17.兵法の講義だったはずが

「リナ様……」

 部屋に戻ると、見たこともないほど青ざめ、怒っているのか泣いているのか分からない顔のハンナさんが待ち構えていた。

「ごっ、ごめんなさいっ!」

 ああ、やっぱり物凄く心配をかけてしまっていた!

 慌てて駆け寄り、必死で謝ると、ハンナさんはその豊満な胸に私の顔をぎゅっと押し付けるように抱きしめた。

 ……こんなふうに抱きしめられるなんて、親にだってしてもらった記憶はない。記憶がないだけで、物心つく前にはしてもらっていたんだろうけど。

 両親共働きで、しかも弟がちょっと手の掛かる子だったせいか、私にはあまり親に甘えた記憶がない。だからだろうか、マリカのことを抜きにしても、自分はちょっと家族に対して冷めたところがある。

「無事で、ようございました」

 押し殺した声の中に、どれだけ心配していたか、というハンナさんの気持ちが滲み出ていて、思わず涙が込み上げてくる。

 無事で、って、城の中でそんな危険な目に遭う訳ないのに。

 そう思ったけれど、そこまで心配してくれるハンナさんの気持ちが、苦しいくらいに嬉しかった。

 勿論その後、今度からは予定外の行動をするときには、何らかの手段でちゃんとハンナさんに連絡をいれるから、と約束した。


 翌朝、訓練所に行くと、ファリス様はまるでこれまでとは別人のように柔らかい表情をしていた。

 そうそう、そんな笑顔を浮かべていれば、とってもカッコいいのに。

 でも、今までそのカッコよさを霧散させてしまうような厳しい表情をさせていたのは、私が至らなかったせいなので、本当に申し訳なく思う。ともあれ、その眉間の皺が、深く刻まれる前に消えて本当に良かった。

 今日の私は、侍女さん達がしているような薄めのメイクに簡単なまとめ髪なので、訓練着でも違和感はない。

「そのぐらいなら、ちょうどいい」

 ちょっとムスッとしながら、ファリス様はそんな感想をくれた。これは、合格点をもらったってことでいいよね?

 稽古も、これまでの容赦ない手合せから、基本の型を確認しつつ、予想外の攻撃に対してどう対処すればいいかという丁寧な指導に変わった。きっと、剣の弟子をアデルハイドさんに盗られたくないから、これまでのスパルタ路線から方向転換したんだろう。

 それにしても、普通にしているファリス様は、見れば見るほど本当にカッコいい。

 この国の人達は、元の世界でいう西洋系の人達が多いんだけど、特にファリス様は欧州系の美男子で、モデル並みにスタイルがいい。

 確かに、この容姿だったらモテるよなぁ。女好きらしいけど、相手には苦労しないだろう。きっと、王女様の取り巻き令嬢達が気の毒がっていたのも、ファリス様のことに違いない。

 稽古中にそんなことを考えていると、集中力が散漫になり、軽く打ちこまれたファリス様の木刀を受け損ねて籠手に一撃をくらい、右手に激痛が走る。思わず木刀と取り落すと、大丈夫か、と駆け寄ってきたファリス様に打たれた右手を取られた。

「……」

「……」

 手を取り合った格好のまま、思わず二人して見つめ合ってしまう。

 数秒の沈黙の後、目を伏せたファリス様がボソッと呟いた。

「……何か、調子狂うな」

 ……ですよねぇ。


「……でな、魔蜂は数種類いるんだが」

 午後からは、アデルハイドさんによる兵法の講義だ。

 場所は、例の料理長のお気に入りスペース。しかも、講師は酒を飲みながらで、受講生は料理長特製のお菓子を食べながらという、何ともふざけた講義だった。

「一番攻撃的なのは黄色い奴で、毒性が強いのは赤い奴だ。奴らは上から直滑降してきやがるから……」

 酔った状態で身振り手振りを交えながら説明されるけれど、いまいち分かりにくい。

 旅の間は、今日襲ってきた奴はとか、倒した魔物の死骸を目の前にしてとか、実戦に即していたから解りやすかったけど、言葉で説明されただけではいまいちピンとこない。

 すると、アデルハイドさんは、テーブルの片隅に押しやられていた料理長の事務用品一式の中から、メモ用の紙を一枚引き抜くと、同じく傍にあったペンを手にとった。

「ほら、こんな奴だ」

 サラサラサラ~と描いてくれたアデルハイドさんの絵は、……はっきり言って下手過ぎて、何が何だか分からない。

「ちょっと貸してください。ひょっとして、こんな奴ですか?」

 旅の記憶を頼りに、魔物の特徴をちょっとデフォルメしたイラストを描いてみる。それを見たアデルハイドさんは目を見張った。

「リナ、お前、絵上手だな」

「そんなことないです。普通です」

 そう言いつつも、褒められて嬉しかった。昔から何をやっても平々凡々だったけど、絵を描くことは好きだったから。

「じゃあ、今度アレ描いてみろ。……おお、そうそう、いや、あいつには、ここにこぉんな角があってだな……」

 いつの間にか、兵法の講義はお絵描き教室へと変わっていた。


「何だ、この有様は」

 ひょっこりと顔を覗かせたファリス様は、辺り一面に散らばるメモ用紙を見て目を丸くした。

「よお、見てくれよ。これ全部、リナが描いたんだ。上手いだろ」

 まるで自分のことのように自慢するアデルハイドさんに少し冷めた視線を向けながら、ファリス様はテーブルの上から私が描いた魔物のイラストを一枚取り上げた。

「これは、魔犬の一種だな。だが、それにしては少々可愛すぎるんじゃないか」

 確かに、実物の魔物は目にするだけで全身鳥肌が立つくらいおぞましい姿をしているけど、私が描いたイラストはどれも冒険ゲームの草分け的某有名ゲームのモンスター並みに愛嬌がある。

「そこがいいんだ。リナらしくてな」

 この酔っ払いは、私のことを妹か娘と勘違いしてるんじゃないだろうか。っていうか、元の世界では父にも兄にもこんな褒められ方をしたことはなかったけど。

 同じように感じたのか、呆れたように溜息を吐いたファリス様は、それで、と腕を組む。

「確か、兵法の講義をしていると聞いたのだが」

「リナが、口だけの説明では解り辛いと言うんでな。絵を描いて説明しようとしたんだが、リナの絵が予想以上に上手かったから、つい色々と描かせちまった」

 全く悪びれた様子もないアデルハイドさんを余所に、ファリス様は手にしたイラストを見つめたまま、何やら考え込んでしまった。

 何だろう、と気になりつつも、「次は死霊系のアレだ、魔王城の近くで遭った奴」とアデルハイドさんに急かされる。

 こっちの世界では、魔物や魔族は大まかに分類されているけれど、その細かな種別毎に名前がつけられている訳ではないらしい。例えば、犬に似た魔物を全てひっくるめて『魔犬』、鳥形の魔物をひっくるめて『魔鳥』といった具合に。その中には、大きさや強さ、性質もピンからキリまでいるらしい。けれど、それを詳しく調べてまとめようなんて研究者はおらず、魔物の性質に関する知識は、魔物と戦う者達の間で口伝によって受け継がれているくらいだという。

「アデルハイド」

 不意に、ファリス様が口を開いた。

「何だ」

「お前に、騎士団で魔物について講義をしてほしい」

「……はぁ?」

 アデルハイドさんは間の抜けた声を上げると、苦笑しながらひらひらと手を振った。

「冗談じゃない。俺にそんなことできるかよ。それに、プライドの高い騎士様が、大人しく平民の教えることに耳を傾けると思うか?」

「俺はお前の知識に助けられたぞ」

「最初から素直に聞き入れた訳じゃないだろうが」

 アデルハイドさんにやり込められて、ファリス様はむっつりと黙り込む。

 王女救出の旅の序盤、まだ私の無能っぷりが皆に露呈する前、メンバーは別の意味で緊張感に包まれていた。完全マイペースで何を考えているか分からないリザヴェント様、やたらプライドが高く他のメンバーをどこか見下しているファリス様、真面目過ぎて融通の利かないエドワルド様、そしてそんなメンバーにへそを曲げて不機嫌なアデルハイトさん。

 元々、『最強少女マリカ』の序盤も、旅のメンバーはそんな風にバラバラだった。そんな彼らをまとめたのは、主人公マリカの魅力と努力。

 実際は、私が使えなさ過ぎるのが分かり、このままではマズいと危機感を抱いたのか、彼らは私がどうこうしなくても早いうちに自然と結束するようになっていた。

「……だが、城内にいる騎士の大半は、魔物と戦った経験がない。魔王軍との戦いが始まれば、前戦に送られる者も少なくない。その前に、少しでも魔物についての知識を身に付けさせてやりたいのだ。それに、わが軍が善戦すれば、それだけ俺達にかかる負担も少なくなるだろう」

 頼む、とファリス様に頭を下げられて、アデルハイドさんはボリボリと頭を掻いた。

「そう言われりゃ、それも一利あるな。まあ、やってみなくもないが、それには、一つ条件がある」

「条件?」

「リナが手伝ってくれることだ」

 ……えっ、私!?

「頼む、リナ」

 驚いて目を瞬かせていると、ファリス様がこちらに縋るような視線を送ってくる。

 基本的に、私は頼まれると断ることができない人間だ。だから、マリカから掃除当番を代わってくれるようにお願いされ、引き受けたばっかりに、今この世界にいる訳で。

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